『悪魔のまなざし』

作　五ノ井幹也

　【キャスト】

　　悪　　　魔

　　美　　　雪
　　麻　由　美
　　英　　　子

　　祖　　　父
　　祖　　　母
　　婿（悪魔父）
　　娘(悪魔母）

　　知　　　子
　　お　　　景
　　生徒会長
　　追っかけ

　　指導部高山
　　担任　吹田
　　高橋芙美子

　　　　　「誕生の秘密」

　　　　　幕開き。なぜか“こんにちわ赤ちゃん”が流れている。ガラガラを持った男と
　　　　　縫い物をしている女が舞台にいる。何かの想いを必死で押さえるかのように
　　　　　ひたすらじっとしている。しかし、やがて我慢の限界がやってくる。もうじっと
　　　　　していられない。限界だ。突然立ち上がり叫ぶ男。

男 　　　遅い！
女 　　　２分３０秒です。
男 　　　何？　母さん、計り間違えとるんじゃないか？
女 　　　いいえ、きっかり。気持ちは分かりますけどね。
男 　　　１０分は耐えたと想ったが…
女 　　　…だめだめ
男 　　　何をやっとるんだまったく。（ゴルフのスイング）
女 　　　やっぱりついて行った方が良かったんじゃないですか？
男 　　　うん。
女 　　　素直にならないと、人生棒に振りますよ。
男 　　　わしは負けず嫌いだからな。棒に振ろうが雨が降ろうが耐えて見せる。しかし、辛い。
女 　　　あたしだってそうですよ。でもじたばたしたって始まらないでしょ。
男 　　　わかっとる。なんだ、自分だけ妙に年寄り臭いじゃないか。
女 　　　そりゃ、お婆ちゃんですから。
男 　　　…お婆ちゃんか。（さりげなく去る）
女 　　　そうですよ。あら？　ついにその辺まで見に行くんですか？　おじい…
男 　　　言うな！その先は言うな！
女 　　　まあ。
男 　　　まだ、心の準備がつかん。わしは今まで通りのわしだ。何一つ変わってない。なのに、なぜ…。わしは歯を食い
　　　　しばるぞ。
女 　　　何か聞こえません、車の音。
男 　　　…通り過ぎた。まだ、耳はいいな。
女 　　　当たり前。
男 　　　わしだってまだまだ。
女 　　　そりゃそうですよ。楽しみが増えたんですから。これからが人生です。
男 　　　決めた。
女 　　　なんです？
男 　　　うん、おじいちゃんとは呼ばせん事にした。
女 　　　じゃ、なんて呼ばせます
男 　　　ダディーなんてどうだ。おじいちゃんなんて、年寄り臭くて身の毛がよだつ。わしが死んだら好きなだけそう呼んで
　　　　くれ。今日からわしはダディーになる。
女 　　　今度こそ。
男 　　　着いたか。

　　　　　チャイム。飛び上がる二人。

男　　 　早く開けてきなさい。
女 　　　はいはい、今開けます。おじいさんがお待ちかねですよ。
男 　　　よけいなことを言わないでさっさと開けてやりなさい。それからダディーだぞ、ダディー。

　　　　　男、顔のにやけがとれない。落ちつきもない。心拍数もいつになく上がっている。
　　　　　居間までの廊下を近づく足音やざわめきがこんなに長く感じた日もなかった。
　　　　　やがて娘夫婦が赤ん坊を連れてやってきた。初孫である。

娘 　　　父さん、ただいま。
男 　　　おう！
婿 　　　おじゃまします。
男 　　　いらっしゃい。
女 　　　お父さん、見てください、このかわいいこと。ほら。
男 　　　その辺、荷物置いて。
婿 　　　はい、失礼します。
男 　　　いちいち失礼せんでも良いから。
娘 　　　見て、この子男前でしょ。看護婦さんがね…。
男 　　　ばあさん、お茶でも出しなさい。
女 　　　あらごめんなさいね。今入れますから。
婿 　　　どうぞお構いなく。
娘 　　　あたしやろうか？
女 　　　いいわよ。座ってなさい。じゃ、お婆ちゃんとお台所へ行こうね。
男 　　　置いて行きなさい。つれていってどうするんだ。そんな、第一男の子だぞ。男子厨房に入るべからず。
娘 　　　（赤ちゃんを受け取り）古いわね。うちのダーリンなんか私より得意な料理あるんだから。オムレツ関係や
　　　　スパゲッティー。ね！
婿 　　　お恥ずかしい。
男 　　　ホントに恥ずかしい。男子たるものフライパン持つ暇があったら志を高く持て。
娘 　　　あんたはそんなカビ生えたみたいな男になっちゃダメよ。
男 　　　ちょっと貸しなさい。おまえ達には任せとけん。わしが立派な男に仕込んでみせる。
娘 　　　はいはい。男前でしょ。落とさないでね。
男 　　　どれ、うん、おうおう。
娘 　　　どう、初孫を抱いた気分は。
男 　　　かわいい…
婿 　　　目元なんか僕にそっく…
男 　　　おじいちゃんでちゅよー！　ばぁー！　おー笑った、見たか、今口元がぴくぴくっと。
娘 　　　まだ笑わないわよ。
男 　　　いや、ぴくぴくっと、やっぱり分かるんだな、わしが。いないいない、ばあ！
娘 　　　ちょっと、びっくりするじゃない。
女 　　　あらあら、もうでれでれ。お茶が入りましたよ。
婿 　　　あ、すいません。
男 　　　でれでれでもなんでもいい。
女 　　　本当に、さっきまで「おじいちゃんとは呼ばせない、ダディーだぞ」なんて。
娘 　　　開口一番に叫んでたわ。おじいちゃんでちゅよーって。
男 　　　もう、おじいちゃんでもお婆ちゃんでも好きなように呼べ。そんなことはどっちでもいい。
女 　　　あらまあ。重傷。
男 　　　ところで和司君。名前は決まったのかね。名前がないとどうも感情移入しにくくていかん。
婿 　　　はい、二人で相談してあります。
娘 　　　地球上に二人といない大切なわが子だからとびっきりの名前にしたの。あんまりどこにでもいるような名前じゃ
　　　　いやでしょ。
女 　　　でもね、あんまり奇抜なのもちょっと。
男 　　　いや、太郎とか次郎とか一郎とか二郎とかそんなありふれたのはつまらんな。なんと言っても東條家の跡取り
　　　　だからな。将来の日本を背負って立つようなやつがいい。
娘 　　　じゃあ、安心したわ。反対されるかと思って一足先に届けちゃったから。
女 　　　なんて名前なの。
婿 　　　はい、画数もばっちり。インパクトも最高。『悪魔』です。

　　　　　悪魔のテーマが流れる中、ちょうど一枚の記念撮影のように両親と悪魔が
　　　　　浮かび上がる。これが悪魔の背負った宿命の旅の始まりであった。という
　　　　　ことを印象づけるのだ。仮面を付けた奇怪な悪魔達がどこからともなく現れ、
　　　　　両親から悪魔を受け取り踊りながら去っていく。ここで、幸せなホームドラマ
　　　　　は終わった。

　　　　　「転校生来校」

　　　　　新学期。今日から学校である。静かだった学校がまた生徒たちのざわめきに
　　　　　あふれかえっている。それぞれの想いで学校が動き出す日。ここは教室。
　　　　　何人かの生徒が雑談中。

美　雪 　おはよう。
麻由美 　あー美雪、ひさしぶり。元気してた？
美　雪 　うん。むっちゃ元気。
麻由美 　そうよね、あんたはいつでもむっちゃ元気。
英　子 　ねえ、宿題やった？
美　雪 　全然。
麻由美 　やっぱり。
英　子 　なんや、やってないんか。
麻由美 　英ちゃんは？
英　子 　全然。英語だけできたけど。
美　雪 　見せて！
英　子 　なあ、数学誰かやってないん？美雪ちゃん、交換条件。
美　雪 　やってるわけ
麻由美・英　子 　ない。
美　雪 　当たりぃ。これありがとうね。
英　子 　どうしょう、数学。
麻由美 　もう、何で休みやのに宿題があるんよ。
英　子 　ほんまや。許されへんで。
麻由美 　理不尽よ。
美　雪 　おお、いかっとる。神よ、この哀れな二人に救いの手を差しのべたまえ。
英　子 　人事ちゃうで。

　　　　　会長がやってきた。この人ならきっと宿題もやってきた。

会　長 　おはよう。
美　雪 　見よ、救いの手は差しのべられた。
麻由美 　もう、あんたは。
会　長 　救いの手ってなんのこと。
英　子 　えへへ。うちらピンチやねん。
麻由美 　会長やったら、私らのこと見捨てへんよね。
会　長 　田平先生の方、それとも下原先生の方？
英子・麻由美 　田平ぁ！
美　雪 　さすが会長。
英　子 　なあ、写させて。
会　長 　いいわよ。
英子・麻由美 　やったー。ありがとう。（等々）
会　長 　ただし、交換条件。あたしもリスクを負うわけだから多少のことはいいでしょ。
３　人 　…？
会　長 　見せてあげるから生徒会手伝ってね。（英子と麻由美にノートを渡す）はい、契約成立。
麻由美 　えー、そうなん。
英　子 　なあ。
会　長 　人がいなくて困ってたのよ。苦労して宿題やったかいがあったわ。よろしく。
美　雪 　さすが会長。後には引けぬ完璧な勧誘。
会　長 　美雪も来年のクラブの勧誘、この手でやってみたら。
美　雪 　考えてみるわ。

　　　　　どたばたともう一人来校。情報屋のお景である。

お　景 　おはよー！　なあみんな、聞いた聞いた？
美　雪 　なになに？
お　景 　大ニュース。特ダネやで。
英　子 　また始まった。
お　景 　今日のはほんまに特ダネやって。ばかにするんやったら教えたらへんで。
会　長 　そうとんがらんと教えてよ。
お　景 　転校生が来るねんて。しかもこのクラス。
美　雪 　男、女？
お　景 　男。
麻由美 　どんな子やろ。
お　景 　それがかっこええねん。
美　雪 　見たん？
お　景 　まだ見てない。でもな、名前がかっこええねん。
英　子 　ええ？　
麻由美 　どんなん？
英　子 　いしだ壱成とか？
お　景 　そうそう、そのいしだ壱成。違うわ！
会　長 　違うの。
お　景 　なんや、会長、残念そうやな。そんなんちゃうねん。もっとかっこええ。
美　雪 　なんて言う名前なん。
お　景 　よう聞きや、東條悪魔いうねんて。
美　雪 　…なんて？
麻由美 　悪魔？
英　子 　それ、本名？
お　景 　当たり前じゃー　転校するのに何で芸名でするねん。
会　長 　そうよねぇ。
美　雪 　どんな子やろ。
麻由美 　何か情報つかんでる？
お　景 　残念ながらここまでや。新学期からうちのクラスに入るらしい、いうとこまで。
美　雪 　むっちゃかっこええ子やったらどうする。
英　子 　ええ、悪魔みたいな子かもよ。
麻由美 　どんな子よ。
英　子 　黒い服着て、頭に折れ曲がった角生えててヤリ持ってんねん。
麻由美 　ええー、どんなんよ。
お　景 　それ、バイキンマンやん。
英　子 　あ、そうか。ほんまや。
会　長 　あと、虫歯菌のイメージよね。
美　雪 　歯、磨かんと寝たら、夜、そのヤリで歯、突っつく奴。
お　景 　お前らイメージが貧困すぎる。バイキンマンみたいな高校生がおるわけないやろ。
美　雪 　アンパンマンみたいな高校生やったらおるで。

　　　　　間

会　長 　何でこっち見るんよ。
美　雪 　ごめんごめん。
お　景 　変な間、作ってもうた。とにかくあたしはこれから情報収集や。何か調べとって欲しいことあるか。
麻由美 　どこから来たか。
英　子 　かっこええかどうか。
美　雪 　クラブどこ入る気か。
会　長 　生徒会やる気無いか。
お　景 　よっしゃ、行って来るで。
残　り 　行ってらっしゃーい。

　　　　　お景出ていく。悪魔ってどんな奴やろ。

美　雪 　おもろない新学期の始まりがむっちゃおもろなってきた。
会　長 　転校生って不思議よね、こうやって姿見る前は凄く興味がわいてみんなの話題にもなって、でもしばらくすると波が
　　　　　退いていくように話題に上らなくなって…
麻由美 　でも今度の場合は違うでしょ。悪魔よ。絶対しばらく盛り上がると思うわ。
英　子 　バイキンマンみたいやったらもっと盛り上がると思うけど。
美　雪 　そんなん、笑いもんやで。あんた、親にそんな名前つけられたとしたらどうする？
英　子 　ええ、そんなん絶対いやや。
会　長 　ちょっとね。
麻由美 　ほんまや。その子の親、何考えとったんやろ。きっとすごい変わった親やったんやろな。
美　雪 　あたしはいいと思うけどな。
麻由美 　ええ、本気？
美　雪 　うん、目立つやん。女やったら魔女ちゃんとか。
会　長 　これで分かった。その子の親は美雪みたいな性格なんよ。
英子・麻由美 　そうなんか。

　　　　　しゃべっている四人の背景に一人二人とクラスの友達がやってくる。チャイム。

英　子 　ああ、また学校が始まるねんな。
麻由美 　英ちゃん、早く数学写してね、次、私やねんから。
英　子 　うん。（別の友達と別の話）
会　長 　お景ちゃん、遅いね。もう先生来るよ。
美　雪 　そしたら転校生も一緒かな。
会　長 　たぶんね。どっちに賭ける、男前、ぶちゃいく。
美　雪 　美雪、男前。
会　長 　じゃ私、ぶちゃいく。
美　雪 　よし！　この勝負、もらった。
英　子 　先生来たで。
美　雪 　転校生は？
英　子 　うううん、先生だけ。
美　雪 　なんや、じらすなぁ。会長、勝負は持ち越し。

　　　　　担任の教師が少しあわてた様子で教室に入ってきた。

会　長 　起立。礼。着席。
担　任 　おはようございます。今日から新学期です。二学期もがんばりましょう。先生はちょっと用事があるので、みんなは
　　　　　十五分後には体育館に各自で入っておいてください。始業式があります。終わったら教室で待っておくこと。何か
　　　　　質問は？
美　雪 　先生、このクラスに転校生が来るって噂があるんですけど、本当ですか。
担　任 　その話は後で。
麻由美 　じゃ、来るんですね。（やっぱり）
担　任 　ほかの質問は？じゃ…

　　　　　そのとき廊下で争う声が聞こえてくる。みんなが廊下の方に注目。突然教室に飛び込んできた人影。お景である。

お　景 　先生、何あの子。
担　任 　どうしたの。
お　景 　高山先生振り切って学校の中、走り回ってる。
担　任 　なんですって。

　　　　　悲鳴が上がる。机が倒れる。悪魔である。強烈なメイクはまさに悪魔の顔である。

悪　魔 　ここが俺の教室か。
担　任 　何勝手な事しているの。指導室で待ちなさい。
悪　魔 　俺は人間ごときの指図は受けん。何しろ俺は、悪魔だからな。
英　子 　悪魔だ。
麻由美 　あの子が？
担　任 　あなたはまだ教室に入れません。さあ出て行きなさい。

　　　　　どたばたと生徒指導部、高山先生が竹刀を持って登場。お景シャッターを切る。

高　山 　こら、お前何考えとる。指導室に戻れ。
悪　魔 　皆に告げる。俺がこの学校に転校してきた悪魔である。楽しくやろうではないか。職員共もよく覚えておけ。俺の
　　　　　名は、悪魔だ。
高　山 　うだうだ言わんともどれ。
美　雪 　…かっこええ。
悪　魔 　俺は挨拶がしたかったのだ。戻ってやるから安心しろ。行くぞ公僕。（教室を出ていく）
担　任 　高山先生。
高　山 　大変な奴がやってきましたな。
お　景 　まさに大ニュース。忙しくなるわ。

　　　　　「ＳＴＶ　耳ダンボ」

　　　　　校内放送人気番組、お昼のニュースの時間。キャスターはお景である。
　　　　　もちろんトップニュースは初日から学校の話題を独り占めにしている悪魔に
　　　　　ついてである。

お　景 　みなさんこんにちわ。スクールテレビの昼時に、気になる話題を選りすぐってお送りする「ＳＴＶ　耳ダンボ」。
　　　　　司会の山本景子です。これからしばらくごゆっくりお楽しみください。では本日のトピックス。（テロップ）政治部
　　　　　より「茶髪は認められるか」　社会部からは「食堂のおばはん、またまた期限切れのパンを売る」　芸能部から
　　　　　「Ｆ先生、５度目のお見合の行方」　そしてなんと言ってもトップニュースはこれです「悪魔御来校」今日はこの
　　　　　話題から。噂はもうかなり広がっていると思いますが今日、二年九組に転校生がやってきました。名前は悪魔
　　　　　君。本名東條悪魔。実際に姿を見た人は少ないと思います。彼は今、生徒指導室に監禁状態でとらわれてる
　　　　　のです。というのも、彼の特殊メイクが本校の校則「第三十九条二項補足一」に明らかに違反しているからです。
　　　　　前回の特集でお送りした「色付きリップの是非」をごらんになった方はおわかりでしょうが、本校指導部は色付き
　　　　　リップを断固認めないという強硬な発言を繰り返しております。彼が教室に入れる日はいつなのか、なぜ彼は
　　　　　あのような姿でやってきたのか、彼の生い立ちは…　興味は尽きません。スタジオには彼を目撃した数少ない
　　　　　幸運な方々をお招きしています。二年九組のみなさんです。

　　　　　麻由美、英子、美雪である。

美　雪 　イェーイ！（ピース）　アッコちゃん見てる？
お　景 　美雪、あほ。さっそくですが悪魔君を見たのはいつですか。
麻由美 　朝のショートの時間です。
お　景 　彼は指導室に監禁状態のはずですが。
麻由美 　高山先生が止めるのも聞かず勝手に抜け出したみたいでした。
美　雪 　人間ごときの指図は受けん。かっこよかってんで。みんな見たら絶対ファンになるわ。
お　景 　なるほど。名前だけでなく、言動までも悪魔そのものと言った感じですね。あなたはどう思われますか。
英　子 　…あぶない。
お　景 　え？
英　子 　あたしの机、バーンて、危なかった。
お　景 　少し緊張しているようですね。意味がよく分かりません。
英　子 　何で、お景ちゃんも見たやん。
お　景 　見てない人にも分かるように言わなあかんの。
英　子 　もうええよ。
お　景 　失礼しました、ショックのあまり言葉を失っているようです。
英　子 　（にらむ）
お　景 　ここにＳＴＶが独自に入手した彼の写真があります。スクープはスクープなんですが何しろ校舎内を走り回って
　　　　　いる瞬間をとらえた物なので、画像の乱れはお許しください。

　　　　　映し出される何枚かの写真。高山先生との追跡劇のコマ取り。

美　雪 　これこれ、この子。かっこええわ。
麻由美 　ようやるね。
お　景 　現在ＳＴＶが入手した情報はここまでです。引き続き悪魔関連のニュースは入り次第お届けしまが、指導部
　　　　　からの報道管制もあり取材は困難を究めております。

　　　　　指導部高山先生、乱入。

高　山 　こら、山本、この問題は遊び半分で放送するなとあれほど言っておいたやろ。
お　景 　やばい。みんな逃げるで。みなさんには引き続き社会部からのニュース。
高　山 　こら、待て。

　　　　　お景たち逃げていく。後に残った高山。

　　　　　「指導室」

高　山 　ほんま、しょうがない奴や。

　　　　　たそがれてくる。どうやら場面が変わった。ここは生徒指導室。高山が
　　　　　指導室の後片付けを始めた。悪魔の姿はもう無い。担任が指導室へ
　　　　　戻ってくる。

担　任 　今帰しました。
高　山 　あー、ごくろうさん。
担　任 　先生こそ。今日は新学期早々大変でしたね。
高　山 　…大笑いや。どういう時代になったんかな。転校生があんなわけの分からん顔してやって来るなんて。吹き
　　　　　ちゃん、分かるか？
担　任 　残念ながら。よくあの顔で来たなって思います。あの子勇気ある。
高　山 　あんなもんは勇気とは言われへん。しかし、正常じゃないな。そうそう、聞こうと思ってたけど編入試験、つき
　　　　　合ったんやろ。その時はどうやった。まさかあの顔で試験受けに来てないやろ。
担　任 　あ、そうですね。すっかり忘れてました。もちろん普通でしたよ。書類見ます？
高　山 　見せてくれるか。
担　任 　ええっと、これです。写真もここに。
高　山 　…なんや、あいつこんな顔してんのか。別に隠さなあかんような顔とちゃうよな。試験の成績は、これか。
　　　　　…よう出来てる。これやったらうちでもトップクラスやろ。アホにはほど遠い。
担　任 　他の子と変わってるのはここだけです。
高　山 　…悪魔か。親何考えとるんや。
担　任 　あの子は自分の名前のこと、どう思ってるんでしょう。
高　山 　そりゃ、いややろ。分からんのはそこや。どう考えても普通、自分が悪魔いう名前つけられて喜ぶ奴はおらん。
　　　　　なのにあいつは悪魔になろうとしてる。自分から。そや、面接担当したの誰や。
担　任 　高橋先生です。
高　山 　もう帰ったかな。しもたな、先聞いとくんやった。高橋さん早よ帰るからな。
担　任 　そんな言い方せんとってください。高橋先生には御家庭があるんですから。
高　山 　家庭ぐらいわしにもある。ちょっと呼んでみてくれるか。
担　任 　はい、行って来ます。

　　　　　担任出ていく。高山書類に目を通す。

高　山 　悪魔か。こいつをあのまま学校に入れるわけにはいかん。なんとしてもあの化粧とらせてみせる。罪を憎んで、
　　　　　人を憎まず…か。もし、親に悪魔と名付けられたら俺はどうなっていたやろ。間違いなく生徒には悪魔と呼ばれ
　　　　　るな。今でも相当やからな。生徒指導部長、悪魔。…ふっ、恐すぎる。

　　　　　担任、高橋先生を連れて戻る。高橋先生はすでに帰り支度をしている。

担　任 　高橋先生お連れしました。
高　山 　ああ、高橋さん、悪いな。ちょっと聞きたいことあって。
高　橋 　はい。
高　山 　さっそくやけど悪魔の面接したときのこと聞かせてくれるか。
高　橋 　特に変わった様子はありませんでした。
高　山 　変わった様子は無いか…。現にむちゃくちゃ変わってるやないか。なんのための面接です？
高　橋 　すいません、急いでるんで。
高　山 　悪魔という名前について本人はどう思ってるか聞けましたか。
高　橋 　そんな…。
高　山 　まさか、聞いてないとか。
高　橋 　そんなこと、聞けません。
高　山 　前の学校でその名前が原因でいじめられてたとかいう様子は？
高　橋 　いくら面接でもそういうことは喋りたくないでしょう。
高　山 　そりゃそうでしょう。でもそれを聞き出すか、当たりをつけるために面接をやってるんでしょ。
担　任 　あたしも、自信ないなぁ。やっぱり聞きにくいですよねぇ。
高　山 　お前は黙ってろ。そうやって生徒との真剣勝負を避けているから、好き勝手なことをする奴がでてくるんじゃない
　　　　　ですか。違いますか。
高　橋 　…当たりはついてるでしょう。あの子は精いっぱいそれを表現してると思いますけど。
高　山 　と言うと？
高　橋 　言葉では言えないことが人にはいっぱいあります。行き場を失った言葉は、思いとなって心の中に渦巻いて
　　　　　いきます。思いはやがて心からあふれだし、あんな姿や行動に形を変えて吹き出すのだと思います。
高　山 　分かりました。どうもお引き留めしてすいませんでした。
高　橋 　失礼します。

　　　　　高橋出ていく。

高　山 　難しい理屈こねはるな。やっぱり、あの人よう分からへん。
担　任 　茶々入れてすいませんでした。ちょっと、殺伐とした雰囲気だったので、つい。
高　山 　吹きちゃん、飲みに行くぞ。またセイラームンの歌聞かせてくれ。（出ていく）
担　任 　…あの人もよう分からへんと思うけどな。

　　　　　「エスケープ」

　　　　　チャイム。翌日。音楽室から歌声が聞こえる。運動場からは笛の音。学校が
　　　　　動いている。でもここに独りぼっちの少女がいる。知子である。知子は授業中、
　　　　　気分が悪いから保健室に行くと言って体育館からそっと抜け出してきたので
　　　　　した。どこが保健室や。ここは保健室と違うぞ。その時上空から忍び寄る人影。
　　　　　悪魔である。

悪　魔 　ここで何をしている。
知　子 　♀☆〒＄◇℃∞☆・！
悪　魔 　…そんなに驚いたか。
知　子 　うーん。（その場に倒れる）
悪　魔 　おい、ありゃ、おーい。しっかりしろー。大げさな奴だな。人が突然声をかけたぐらいで。（近づく）おい、大丈夫か。
　　　　　おい。

　　　　　知子、ぴくりとも動かない。さすがに悪魔も心配になった。まさか心臓麻痺で
　　　　　登場してからわずか十五秒の命とは。

悪　魔 　こりゃ本格的にやばい。誰か呼んでこな。

　　　　　駆け出そうとしたとたん知子が悪魔の足首をつかんだ。見事に転ぶ悪魔。

悪　魔 　ダー！
知　子 　復讐成功。
悪　魔 　何をする。
知　子 　人をびっくりさせるから罰が当たったんだ。マジで死んだかと思った。
悪　魔 　こんな所で何をしている。
知　子 　さぼっている。あんたこそ何をしている。
悪　魔 　真似をするな。いちいち腹の立つ。
知　子 　悪魔も怒るのか？
悪　魔 　怒る。
知　子 　怒るとどうなる？　取り付くのか？
悪　魔 　…その期待した目は何だ。
知　子 　なあ、取り付くのか？
悪　魔 　取り付かん。お前になんか死んでも取り付かん。
知　子 　…こんな事しても？
悪　魔 　やめろ！
知　子 　…お前もつまらん。ちょっと期待してたのになあ。
悪　魔 　（完全に調子を崩された、おまけに何か悔しい）悪魔は怒るから取り付くのではない。悪魔が取り付くのはもっと
　　　　　別な場合だ。
知　子 　え、どんな時？
悪　魔 　悪魔はいつも暗闇の中から見ている。
知　子 　じゃ、悪魔はのぞきの仲間だな？　いやらしい。
悪　魔 　話の腰を折るのならもう話してやらん。指導室に戻る。
知　子 　ごめんなさい。黙って聞きます。
悪　魔 　…悪魔は見ている。孤独な人間を。孤独な人間に悪魔は優しい眼差しを向けるのだ。怒るから取り付くのではない。
知　子 　取り付くとどうなる？
悪　魔 　俺の意のままに動く。
知　子 　それから？
悪　魔 　悪魔のしもべとして俺に忠誠を誓うのだ。
知　子 　今日は？　あたしが孤独だと思って来たのか？　取り付きに来たのか？
悪　魔 　お前は孤独か？
知　子 　うん、孤独だよ。
悪　魔 　その割には陽気に見えるが孤独なのか？
知　子 　うん、まあまあ。
悪　魔 　世の中にはもっと孤独な奴が大勢いる。そういう奴は、自分の心の中を誰にも打ち明けず、一人でみんな背負った
　　　　　ような気持ちで暮らしているんだ。どんなに大勢の人間の中で暮らしていても、孤独はやって来るのだ。
知　子 　それ、分かる気がする。
悪　魔 　本当に分かるのか？
知　子 　ばかにするなぁ！　分かるもん。ついさっきもそうだったんだから。
悪　魔 　さっき？
知　子 　うん。さっきな、体育やってて、みんなで声、出さされてた。体育館に大きな音が響いてた。でも、急に私のまわり
　　　　　だけ真夜中の地下室みたいに静かになってん。「あれ、あたしなんでここにいるんやろ」って考えててん。すごく
　　　　　つまんない事してるような気がしたから先生の所へ行って「気分が悪いので保健室へ行って来まーす」って抜け
　　　　　出した。
悪　魔 　（聞いてて何か感じたのかな、少し優しくなった）変わった学校だな、保健室が裏庭にあるのか。
知　子 　そう、おまけに保健の先生は悪魔なの。
悪　魔 　悪魔は健康を保ったりはせん。しいて言えば健康を危うくするということで危険だ。
知　子 　じゃあここは危険室だ。なあ、もっと聞いてもいいか？
悪　魔 　なんだ、聞いてみろ。
知　子 　デーモン小暮とは親戚か？
悪　魔 　くだらん質問だ。あんな奴は知らん。悪魔の中に隠し子を持った奴はおらんからな。
知　子 　卓球したり同窓会に行ったりする悪魔は？
悪　魔 　おらんおらん。
知　子 　もっと上ぇぇ。っていう悪魔もいそうにないもんね。
悪　魔 　お前が言うと似合うな。
知　子 　うるせー、ばしっ。どうせわしは三才児じゃ。もっと聞いていいか。
悪　魔 　いいぞ。
知　子 　悪魔なのになんで転校してきたのだ？　
悪　魔 　へ？
知　子 　悪魔も高校を出てないと就職に不利だとか世間体が悪いとか大学に行けないとか、あるのか？
悪　魔 　もちろん関係ない。
知　子 　じゃあ、なんで来たの。面白くもなんともないよ？
悪　魔 　…正直に言おう。高校に来ないという発想がなかった。
知　子 　変なの。悪魔なのに。
悪　魔 　本当だ。いいところに気がついた。
知　子 　じゃあね、悪魔にはお父さんとかお母さんはいる？
悪　魔 　…おらん。
知　子 　じゃあ、どうやって生まれたの？
悪　魔 　悪魔は死なん。つまり生まれん。他の質問にしてくれ。
知　子 　へえー…。悪魔は孤独か？
悪　魔 　…孤独だ。この世に俺のように強力な悪魔は一人しかおらんからな。だが人間どもと違うのは、悪魔は孤独でも
　　　　　寂しくないというところだ。
知　子 　本当に？
悪　魔 　本当だ。嘘を言ってもしょうがないからな。
知　子 　じゃああたしと一緒。あっしも一人でいても全然寂しくないねん。せいせいする。
悪　魔 　嘘つきが。
知　子 　嘘ちゃうもん。
悪　魔 　そうか、ではおまえも意外と悪魔の一族になれるかもしれんぞ。
知　子 　なりたいなりたい。悪魔、なりたいぞ。
悪　魔 　変わった奴だな。
知　子 　なんで？　悪魔、なりたいよ。どうすれば仲間に入れてくれる？　やっぱり黒ミサに参加するのか？
悪　魔 　まあ、そうだな。
知　子 　やろう、黒ミサ。
悪　魔 　ここでか？
知　子 　不可能か？まさか世界一強力な悪魔に不可能な事があるとは言うまい。言うまい。言うまいなぁ。
悪　魔 　ちょろちょろするな。もちろん出来る。ただし、悪魔の踊りという物があってな、黒ミサにはこれが不可欠なんだ。
　　　　　ちょっと難しいぞ。
知　子 　いいよ。どうするの？
悪　魔 　（まじかいや、こいつ）こうだ。ただし笑うなよ。笑うと効果がなくなって悪魔にはなれん。
知　子 　いいよ。

　　　　　悪魔、まさか踊らされるとは思ってなかった。でも、まあいいかとも思った。
　　　　　笑わないように一生懸命まねをする変な奴がいた。最初は悪魔のリズム
　　　　　に合わせ知子が太鼓をマスター。それから知子が太鼓、悪魔が踊る。
　　　　　次に悪魔が太鼓にまわり知子を促す。知子、踊ってみる。結構明るいリズム
　　　　　に仮面をかぶった悪魔が数人やってきて一緒に踊る。知子はにこにこ笑って
　　　　　しまった。照れ笑いではなく。ごまかし笑いではなく。素直に楽しかった。
　　　　　やがて二人きりに戻る。

悪　魔 　どうした。笑っていては悪魔になれんぞ。
知　子 　笑ってないもん。
悪　魔 　だめだだめだ。まだ修行が足らん。とても悪魔の踊りには見えんぞ。
知　子 　うひょー、おもろいぃ。こんなの初めてやった。
悪　魔 　そうか。面白いか。
知　子 　ねえ、悪魔。悪魔はさっき、世の中には孤独な奴が大勢いるって言ってたよね。そんな奴はみんな寂しさを一人で
　　　　　我慢してないで、悪魔の一族になればいいのにね。
悪　魔 　そうだな、孤独を恐れないですむわけだ。それにそうなれば悪魔が世界を征服する日も近い。
知　子 　うん。ねえ、屋上行かない。結構景色いいし、今日みたいな日は、空向いて寝転がって、雲がもわーって流れて
　　　　　行くの見ると気持ちいいよ。それに考え事をしててじゃまくさくなったらふわっと飛んじゃえるところも気に入ってん
　　　　　だ。（危ない奴）
悪　魔 　行ってやってもいいぞ。本来は明るいところはあまり好まんが特別だ。どこから上がるのだ？
知　子 　えへへ、もっと上ぇぇ。
悪　魔 　（思わず笑っちゃう）お前、面白い奴。名はなんという。
知　子 　知子。さ、早く行こう。

　　　　　二人屋上へ向かう。悪魔に初めての友達が出来た。

　　　　　「大事件」

　　　　　のんきに雲なんか眺めている場合ではなかった。まわりが大騒ぎを始めて
　　　　　しまった。悪魔が、女学生を一人誘拐したことにされたのだ。悪魔、ピンチ！
　　　　　血相を変えた高山と担任が飛び出してくる。

高　山 　居たか。
担　任 　どこにも居ません。保健室には一度も来なかったようです。そっちは？
高　山 　おらん。まさか奴が連れだしたんじゃないだろうな。
担　任 　そんな。
高　山 　自宅に電話してみてくれ。
担　任 　分かりました。
担　任 　悪魔め。もし一緒だったらただでは済まさん。

　　　　　二人駆け出す。続いてお景登場。

お　景 　みなさん、今大変なことが起こっている模様です。本日四時間目、二年九組の木村知子さんが消息を絶ちました。
　　　　　そしてなんと、木村さんを連れだしたのは昨日から学校を騒がせている話題の人、あの悪魔ではないかという疑い
　　　　　がかかっています。今日はこの話題から。悪魔の最初の犠牲者が出ました。

　　　　　英子、美雪、麻由美登場。

麻由美 　いた？
英　子 　いない。
麻由美 　裏庭は？
美　雪 　美雪、見た。おらんかった。
麻由美 　知ちゃん、どこ行ったんやろ。
英　子 　なあ、ほんまに悪魔がさらって行ったんやろか。
美　雪 　悪魔もおらんようになったん？
麻由美 　そうみたい。高山先生、目つりあがっとったもん。
英　子 　今度見つかったとき、知ちゃん、洗脳されとったらどうする？
麻由美 　ええ？
美　雪 　悪魔の手先になってんの？
英　子 　そう。目の玉が緑色になって牙が生えてるねん。
美　雪 　こわー。でもそれ、吸血鬼ちゃうか？
英　子 　ほんなら、どうなってるのよ。
麻由美 　もう、そんな事どうでもいいから。

　　　　　そこへ会長、急いで登場。

会　長 　あ、いた。麻由美ちゃん、英ちゃん、ちょっと来てくれる。
麻由美 　どうしたん？
英　子 　今それどころちゃうのに。
会　長 　すぐ済むから。ＳＴＶに呼ばれてるんやけど人手が足りないの。これ持って立ってるだけでいいから。
麻由美 　ええ、知ちゃん探さなあかんのに。
英　子 　それに、お景ちゃん冷たいからいやや。
会　長 　宿題、見せたでしょ。生徒会も大変なんよ。高山先生に別の宿題もらっちゃったから。
麻由美・英　子 　えー！
美　雪 　しゃあないな。あたしが探しとくから行っといで。（駆け出す）
麻由美 　美雪ぃ。
会　長 　行きましょう。（白い手袋を渡す）
英　子 　持っとくだけやからね。

　　　　　三人スタジオへ。

続く…

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