『アトム君』
【キャスト】
神１（大王・父）
神２（女王・母）
神３（アトムの姉）
神４（高橋先生）
神５（あや）
神６（まゆみ）
神７（いずみ）
神８（所長）
神９（その助手）
ＭＤ（Ｄ．Ｊ）
アトム
取扱説明書の少女
カメラマン
レポーター
「神々の会合」
重々しい音楽が流れ来る。雷鳴を思わせる明りが暗い舞台を照らし出す。
神々が静かな足取りで方々から集まり始め、舞台中央で円を作り、廻る。
神５ 月が赤く天空を照らし、
神６ 地表の濁りを天空が引き裂き、
神７ 大地の息吹を嵐が乱す夜、
前３人 我らはここに集う。
神２ 我らの下部を試問し、
神３ 我らの下部の不軌を慷概こうがいすべく、
前５人 我らは今宵集う。
神４ それが万物を脾睨へいげいする我々の務めであり、
神８ うつしき青人草あおひとくさを果てしなき暗黒から解く唯一の法である。
神９ 我らの理想郷に生を受けた下部らが、酔生夢死に終わらぬために、
神２３４ 与うべき賦課ふかをここに取り決めよう。
神々の歩みが止まる。中央に神１が毅然と立つ。
神１ 皆の者、よく集まってくれた。これより、定例の集いを執り行う。
神３ どうぞ、お楽に。
その声が掛かるや否や、それまでの荘厳な空気が消し飛ぶのであった。
神１ いやー、今日のはなかなか良かったですなぁ。
神４ でしょう、やはり我々はこういう雰囲気で行かなければ。私の申し上げた通りでございましょ
う？
神１ いやいや敬服いたしました。さすがは先生。
神５ 肩こっちゃったわ、私。
神７ ねえねえ、あの人美しき青人草って言ったでしょ？
神６ 言った言った。
神７ どんな人の事かしら。
神８ （にこやかに）君達。
神７ あ、こっち向いたわよ。
神８ 君達は誤解している。
神５ あ、こっちに来た。
神８ つまりね、
神６ いや、さわらないで！
神８ いや、僕はそんな…
神７ 照れたふりしてごまかさないで。
神８ 誤解している！
神６ さわらないでって言ってるでしょ！
神９ 所長、恥ずかしいことやめてください。
神８ お、お前まで何を言う。
神５ 先生、変な人がいます。
神８ だから、誤解だと言ってるじゃないですか。
神４ あの、失礼ですが、あなたこの子達に何か…
神８ 変な気持ちなんぞこれっぽっちも。
神９ すいません、人よりちょっとすけべなだけですから。
神８ そんな言い方はやめてくれ。
神６ やっぱりあの人、変態だったのよ。
神７ 始めて見たわ、変態。
神５ 先生、私怖い。
神４ 大丈夫よ、先生が付いているから。
神９ すいません、良く言い聞かせますので。
神８ 待て、上司は俺だ！ お前は部下！
神４ お願いしますね。
神９ 心得ました。
神８ おい！
神７ まだあの人暴れてる。
神５ 私、襲われたらどうしよう。
神９ 所長。
神８ …。
神９ これ以上立場、無くなくされますか？ それとも抵抗、止めますか？
神８ …覚えてろ、このぉ〜
神９ よそ者はつらいものなの。
神２ まあ、これはお見かけしないお顔ですわね。
神８ 名もない通りがかりの者です。
神９ 定例の集いが今宵、ここで開かれると聞きつけまして。
神８ 申し遅れました、私こういう者で。
神２ まあ、探偵さんですか。深川辰五郎さん。
神９ 私、助手のお光でございます。
神２ ちょうど良かったですわ。大王様。
神１ どうされた。
神２ こちら、私達の長を務めます…
神１ ペコちゃん大王です。
神８ これはこれは。
神９ よろしくお願いいたします。（粗品を進呈する）
神２ あの、こちら深川さんとおっしゃる探偵さん。
神１ いやいやいや、そーですか、探偵さん？
神８ 所長です。
神９ 助手です。
神３ へー探偵さん？かっこ悪い。
神２ どうぞお気になさらないように、この子は本当の事は何一つ申しませんので。
神３ マライア・キャリーはマラリヤです。
神１ ほら。
神３ プエルトリコでは今、『なんて素敵に梓弓』が上演されて大講評。
神２ ね！
神８ なるほど、こいつはひどい。
神１ それはそうと、探偵さんならお仕事をお願いできるかもしれませんぞ。
神９ 所長、仕事だって。
神８ と、申しますと？
神１ いやいや、ある人間を追って頂きたいのです。
神９ 追跡調査ですね。
神８ やりましょう。で、その人間とは？
神１ 鉄腕アトム君です。
神９ 所長、相手は十万馬力ですよ。
神８ やめましょう。
神１ いやいや、アトムといってもそれは我々の間の識別コードでして、手塚さんのアトムとは
違います。
神２ この町の少年なのですが、今度私達がこの少年をめぐってもめておりまして。
神３ 大王様、お時間が余裕です。
神１ それはいかん。今から会議を始める。
全員会議の席へ。
神１ 先日から出ていたアトム君のことで議事を再開する。
神４ 議長。
神１ 発言を。
神４ 先日来注目されておりましたアトムの魂の件に関して、調査が出来上がりましたのでご報告いた
します。結論から先に申し上げれば大王様の御心配通りでございました。
神２ やはりそうでしたか。
神１ これは何か手を打たねばな。
神４ 私もその様に。そもそも人の魂とは、純白に生まれ、それぞれの色に染まっていくもの。それが
人としての価値を決める基準になります。
神５ しかるにアトムの場合、すでに幼年期、児童期を終え、初期熟成期というべき思春期を過ぎつつ
もなお、純白を保ったまま。この様に稚拙で、無遠慮な魂に対して、我々は断固手を打つべきな
のです。
神６ そもそも人の価値とは、そこにただ存在するだけではなく、他の環境によって変化し、それによっ
て微妙なうまみを生じるためであり、アトムの現状は我々にとって磨かれる前の原石、酒になる前
の実りなのです。
神７ アトムを今のまま放置しておくことは我々にとっていい恥じさらし、創造者の大失態と呼ぶべき
おこないでーす。いや、言葉が過ぎました。
神４ なにとぞ彼に新しい試練を与えられますよう提案致します。
神３ 大反対。
神２ 賛成。
神５６７ 賛成。
神１ どうやら全員の賛成を得られたようなので、この案を可決いたします。
神９ 所長、あの人やっぱり相当ひねっくれてますね。
神８ ああ。
神１ そこでさっそくだが探偵所の諸君にアトム君の監視をお願いしたい。彼がいかに我々の与えた賦課
を全うしてくれるかを。途中で崩れたり、腐ったりして、あるいは命を落とすやもしれぬが、百十
四面にカットされたダイヤのように、まろやかな酒のように、純白の魂が美しく染められていくこ
とが創造者たる我々の、最高至極の喜びなのだ。
この間に少年が数人の神々によって運び出される。一種の狂気の世界が展開して行く。それは実
りのための儀式の一つであろう。少年は十字架にかけられたキリストのように、あるいは人喰い人
種につかまった冒険家のように掲げられ、神々は周りで踊る。暗転。
「少年と家族」
小鳥の声が聞こえる。明るい朝。小鳥の声がぎこちなくなる。舞台には
アトムがぼぉーっとして座っている。だんだん小鳥の声がうるさくなる。
目覚ましのようだ。
アトム ようおはざいごすま…。れあ？しいおかな、かんなれずてるたいみ。てい、またあがいたい。
れあ？またあ？（と頭を指す）たま（と又を指す）また（とタマをさす）うーうーうー！ よ
うおは、ようおはございます。ようおは… おはよう！ おはようございます。これでいいんだ。
おはようございます！ あ、いた、頭いてー どうしたんだろう僕。僕？れあ、ちがう、あれ？
私は誰？僕は…。
エプロン姿の母親、フライパンを持って出て来る。
アトム おはよう。
母 ま、アトムちゃん一人で起きたの？偉いわ、おはよう。
アトム （やり過ごすが、今のやり取りが気にかかり取って返す）おはようございます。
母 おはよう。どうしたの二回も。
アトム うううん。
母 はい、朝ご飯。しっかり噛んで食べるのよ、寒い日には体が暖まりますからね。
ポーンと目玉焼を少年の方へ放る。目の前の皿にそれがパスッと収まる。
アトム （手を合わせ）おはようございます。
母 ちょっとアトムちゃん、いただきますでしょ。
アトム ああ、いただきます。
母 どうかしたの？お熱があるの？（ひたいに手を）
アトム 大丈夫だよ。でもちょっと頭が痛い。
母 大変、お薬飲まなきゃ。はい、これ飲んで
アトム うん。母さん？
母 そうよ。どうかしたの？（次の目玉焼を焼くのに忙しい）
アトム 聞いてみただけ。
母 早く食べてお薬飲みなさい。
アトムはうなずいてぱくつく。母、横目でちらりとそれを見る。父、現れる。
アトム あ、おはようございます。
父 うん。
アトム あれ？（父の方へ行く）おはようございます。
父 うん？ うん。
アトム （考える）うん。
父 あ〜？
姉も登場。
姉 こんばんわー。
父・母 （表情でたしなめる）
姉 いただきま（小さく）せん。
父 うん。
母 いただきます。
アトム家の朝食。アトム一人だらだら食べている。
アトム どうやらこの人がお母さんで、そのとなりが姉さん。でも一番向こうの存在感の無い人は誰だろ
う。
父 うん？
アトム うん（にこにこと父に笑いかける）
父 母さん、アトムはどうしたんだ、今日は。やけににやにやしとるが。
母 おかしいんですよ、頭が痛いなんていうし。
姉 俺、心配で飯も喉、通らないよ。
アトム あの人、うんって言う以外にもしゃべれるんだ。
父 あたりまえだ。まったく。
母 アトム！父さんにあの人なんて言う人がありますか。
姉 父さん毎晩明るいうちに帰ってくるからきっと忘れられたのよ。
父 （咳ばらい）ウォホン、さてそろそろ行くかな。
母 あ、行ってらっしゃい。
アトム 父さん！
父 （振り向かず）なんだ。
アトム 覚えておくよ。
父 行って来るぞ！
姉 喜んじゃった。賢いなあ、お前は。
母 大変、私も遅刻しそうだわ。
姉 おっといけねえ、余裕の時間だ。
アトム みんな、どこ行くの。
母 いい加減にしなさい、アトム。忙しいんだから。母さん達をからかわないでちょうだい。頭痛い
んだったらさっさと薬飲んで、遅れるわよ。
姉 遅れない。
父 遅れる。
母 遅れるぅぅぅ、イエィ！
音楽スタート。
父・姉 イエィ！
母 乗ってるかい。
父・姉 オーイェー！
母 じゃ今日もいつもの奴、行くぜ。
その他大勢も応援に入り、線を一本切っておこう。
母 今朝も起きたら遅刻だヤバイぜバイクにまたがりキック・オン！
全員 ハイ、吸入圧縮爆発排気、吸入圧縮爆発排気！
父 ２丁目過ぎたらエンジン全開、メーター振り切りレッド・ゾーン！
全員 ハイ、吸入圧縮爆発排気、吸入圧縮爆発排気！
姉 タイムカードにゃ仁義はいらぬ、ドリフト決めたらかっ飛ぶじぇ！
全員 ハイ、吸入圧縮爆発排気、吸入圧縮爆発排気！
人々、狂ったように踊りながら去っていく。呆然と見送るアトム一人。
「テレフォンショッピング」
人々が去った後、軽快なテレフォンショッピングの音楽が流れてくる。呆気に
とられるアトムの前に現れたのは、深川探偵事務所の２人であった。
助手 五光通販がお送りする、テレフォンショッピングのお時間です。今日は、いざという時頼りにな
るお守り「カミイラーズ」のご紹介です。
深川 えー、お守りですか？僕もう持ってますよ。北野天満宮に、修学旅行で行った太宰府天満宮。でも
皆気安めですね。あんなにお願いしたのに受験に失敗するし、せっかく就職した会社はつぶれるし。
僕ってついてないなァ。
助手 おやおや。苦しいときの神頼みほど見苦しいものはありませんね。そう思ってはいても、いざそう
いう場面が来るとどうしても頼ってしまうもの。でもこのお守りがあれば大丈夫。このお守り
「カミイラーズ」は苦しい時からあなたを守ってっくれます。もちろん、中を覗いても罰の当らな
い安全設計。
深川 しかも、特殊な御祈祷によりご利益が２倍にパワーアップ。
助手 効き目が違いますね。
深川 しかも、このボタンを押すと、ラジオとして使えるんですね。
助手 これは便利ですね。
深川 さらにここから覗くと、双眼鏡としても使えるんですね。
助手 使う人の身になってますね。
深川 その上裏にはプレートが一枚入っていて、迷子札としてもお使いになれるんです。
助手 これさえあれば安心ですね。
深川 今なら表に豪華な家門の刺繍をお入れして、定価２５０００円のところ、特別テレショップ価格
９９８０円、９９８０円です。現定数は一個。分割払いの場合は月々３５００円の３回払いでお
求めいただけます。
助手 お求めはフリーダイヤル０１２０ー５５５ー５５５ ５５５のゴーゴーゴー！ 五光通販までお
早めにおかけください。
二人 お待ちしております。
一礼すると助手は素早く電話を取り出しダイヤルし、アトムに渡す。ベルの音。
深川 はい、五光通販でございます。
アトム あの…。
深川 あの電話ですね。お客様は運がよろしい。当選なさいましたよ。
アトム 僕が持ってて、役にたちますか？
深川 立ちますとも、元はと言えばあなたのためにやってる様なもんですから。
助手 苦しい時の神頼みが、今回は100%通じないんですからね。
アトム 何か知ってるんですね。
深川 少年、今はそれを教えてあげられないんだ。
アトム 僕は今朝起きた時から分からない事ばかりなんだ。よく分からない家で目覚めて、よく分からな
い人達と朝ご飯を食べて。
深川 「艱難かんなん汝を玉にす」君は今、戦わなければいけないんだよ。
アトム 何と、なにと戦うんですか？ さっきまで一緒にいた人達とですか？
助手 お守りは送ったよ。ちゃんと説明書も入っているからね。
深川 それからローンはちゃんと振り込んで！
アトム あ、切らないで、教えてください！
助手、少年のそばへ行き、少年の手から電話を取ると、ピッっと切る。
二人高笑いで「また会おう」と退場。
アトム 今日はいったいなんて日だ。（はっと気付く）今日？明日、昨日！昨日は何をしていたんだろう。
昨日の昨日は…。昨日も同じ様に、さっきの父さんや母さんや姉さんと朝ご飯を食べたんだろう
か。
声 それは、記憶喪失です。
アトム 記憶喪失？
声 そうです。あなたは記憶喪失にかけられたのです。
アトム 誰に？
声 そこまでは分かりません。でも、これには明かに策略の気配がします。
アトム 君は誰、何処にいる？
さっと下手にあった黒い布がどけられると大きな包みが置いてある。箱には五光通販の文字。
アトム 五光通販の人だったんですか。これ、ひょっとしてお守りの包みですか、こんな大きな。
声 毎度お買い上げありがとうございます。
アトム 箱の中から声が出てる。
アトム、静かに箱の中を覗く。
アトム あ！
中からは、お守りを持った少女が出て来る。
少女 ご注文のお守り、「カミイラーズ」でございます。
アトム あ、ありがと。
少女 ここに単４乾電池を２本セットして、この赤いボタンを押せばラジオとして、ここの穴から向こ
うを見ると３００倍の双眼鏡としてお使いになれます。
アトム どうも。
少女 お気に召しませんか。
アトム いや、そういうわけじゃ。
少女 お客様の場合はローン契約ですので、７日間は返品が可能です。
アトム そうじゃないんだ。
少女 では他に何かご不満でも。
アトム 君、誰？
少女 取扱説明書です。
アトム じゃ、このお守りは君付きで９９８０円？
少女 いいえ、正確には私と単４アルカリ乾電池２本付きで。
少女はアトムにお守りを手渡す。ラジオのボタンを押すとガーッと言う音。
Ｍ Hay Goodmorninng Boys and Girls.オハヨーゴザイマス。朝っぱらからのlisteningどーもア
リガト！
アトム （少女に向かって微笑んで）本当だ、スゲェー。
Ｍ さっそくrequestのFAXをいただきました、 FAX Nameは、東京は深川の、チャキチャキ下町ッ子、
深川辰五郎さんから 「オーイ、アトム君、聞いてるかい？」
アトム 僕の名前を呼んでる。
Ｍ 「おいちゃんを知ってるかい？ ある時はテレフォンショッピングのセールスマン、ある時はビル
の窓拭き男、そしてその実体は俺達深川探偵事務所。」というメッセージ。じゃあ彼からの
request、「The thema of Huka-gawa!」
アトム すごいよ、これ気に入ったよ。
少女 嬉しい。
アトム （今度は穴を覗く）うわぁー、見える。
少女 何が見えますか。
アトム ビルの森、車の行列、へぇ〜手に取るように見えるよ。でもあんまり人間はいない。きっとビルの
中なんだ、あんなに立ち並んでるもん。
少女 気に入ってくれた。
アトム とっても、あ、本当に家紋まで付いてる。
少女 私が縫いました。
アトム …うまいよ、とっても。
少女 よかった。それから裏に迷子札が付いてますけど。
アトム これはいいよ。
少女 そうですね、これはもっと小さな子供のための物ですもの。
アトム それも迷子になる前の。
少女 え？
アトム どうやら僕はもう迷子になった後らしい。名前はアトム、これだけしか分からない。もっともこ
の名前も母さんらしい人がそう呼んだだけで覚えがないんだ。後は何処にすんでいたか、何をして
いたかまったく分かんない。自分が誰だか分からないなんて…。でも気楽なもんさ、これから探す
んだもの。このお守りはずいぶん役に立つと思うよ。裏の迷子札は白いままでいい、僕が自分を
見つけた時に初めて自分の手でで書き込むんだ。
少女 今から探しに行くの。
アトム そう、これから。手がかりはバファリンでは消えない頭の痛み。それから…
少女 それから、何？
アトム うん、自信はないんだ。自信はないんだけどやっぱり今まで僕が生きて来たことには変わりはな
いはずだろ？ だから今日の僕がいるわけで。
少女 差し出がましいけど、出発点で自信がないなんて良くないんじゃない？
アトム …そりゃそうだ。今日まで僕は生きて来たんだ。生きていた証しがきっと見つかると思うんだ。
突然水をかけられた焚火のように、青白い煙が僕のなかに立ちこめているのが分かるよ。もう一度
真っ赤な炎を僕の中に呼びもどさなきゃ。
少女 煙の中には何が見える？（お守りを渡す）
アトム うっすらと…走り回るパンダが見える！
少女 パンダ？ 他には？
アトム それから小さく歓声が聞こえるよ。小さな歓声、でも打ち寄せる波のように次々と僕の方へ…
近づいてくる。
遠くの歓声がだんだんと大きくなってくる。暗転。
「神々がやって来る」
遠くの歓声がだんだんと近付き、ライブの熱狂の中『吸入圧縮音頭』が
鳴り響く。スポットに浮かぶのは大王、嘘付き姉さんとネエチャンズ達で
ある。
神１３ 行きは渋滞帰りも渋滞ドブ板鳴らして
神５６７ パワーＯＮ！ ハイ、吸入圧縮爆発排気！ 吸入圧縮爆発排気！
神１３ 明日の通いにゃ掟はいらぬ、勝ってメットの
神５６７ 紐締める！ ハイ、吸入圧縮爆発排気！ 吸入圧縮爆発排気！
やっとおさまった５人組。
神１ いやいやいや、久しぶりにいい汗かいたもんだから、つい乗ってしまった。
神３ ひでぇ汗かいちまった。
神５ でも大王様、素敵でしたわ・
神６ もぉ、とっても・
神７ キャー、私ファンになってしまったわ・
間
全員 （無責任に笑う）
神１ いやいや、そーかい？ じゃ私もペコちゃん大王をやめて矢沢大王なんてのに変えてみようかな。
神３ わーそれいいい！
神１ いやいやいや照れるねぇ〜（ふと神３の発言であることに気付き）そうかね、気に入らんのかね。
神３ そ、そうです。
神１ 無理することはないんだ、ほんの茶目っ気だったんだから。でもあれだね、歳はとりたくないも
んだねぇ、茶目っ気も通じなくなるものね。中年になれば、そうでしょ、そうでしょ。
神３ そんなこと、あります。（これは最高に気を使った台詞である）
神５ でも大王様はそのサングラスというものがとってもお似合いですわ。
神７ 私そんな所も…素敵・
再び間。
全員 （今度は真剣に笑う）
神１ いやいやいやそーかね。慣れない物をかけたりして最初はちょっと照れたりしたんだけど、そん
なに似合ってるかね。
神３ 似合ってません。
神１ …いやいやいやそうかね。しかしこのサングラスというのも使い様によっては面白いもんでな、
太陽からの強い光をさえぎる以外にも応用出来るものだ。
神７ ねえ大王様、さっきから奥様の姿が見えませんよ。
神３ あんまりしつこくロックンルールしてたからって怒り出すような人じゃありませんもの。
神１ あいつ、またへそを曲げよったのか、すぐあれだ、ちょーっとわしが羽目を外すとすーぐむくれて、
いつもあーだから困ったちゃんだ。（と、探しに行く）
神５、６、７でひっそりと。
神５ ああなったらあの方、後に残るから。この間なんて、岩の扉に隠れちゃって中からばか力で閉め
るもんだから、私達も迷惑よね。
神６ そうそう、大王様なんてこういう時甘いから。
神７ おかげで岩の扉の前で岡本夏樹のまねまでさせられてさ。結局あの時はバカが一人裸踊りするま
で出て来てくれなかったでしょ。いい語り草だったわ。
神１ 何をぺちゃくちゃしゃべっておる。心配には及ばん。こんな時のためにとっておきの術があるの
だ。
深川 ペコッちゃん大王秘伝の術、クマの縫いぐるみ作戦ですな。
深川の２人登場。
神１ おお、これは深川さん。いやいや良くご存じですな。
深川 一応は心得ております。
神７ ねえ、クマの縫いぐるみ作戦ってなに？
助手 例えば、街頭で見かけるキャンペーンのための頭の大きな縫いぐるみ、中にバイトの人間が入っ
て動くのであります。ところがこれが、外から見るのと違って大変な重労働。熱いわ狭いわ苦しい
わ、動機、息切れ、めまいの連続なのであります。
深川 たいてい二十分もすると、中のバイトの人間はやけくそになって行くのであります。そのやけくそ
のバイト人の中に、若き日のペコちゃん大王の姿があったのでありました。
神１ あれは終戦間もなく、ようやく立ち始めた商店街もだんだん立派に変わっていく頃のことでありま
した。始めて出来たデパートの宣伝のためにはチンドン屋では古すぎる。大きな縫いぐるみにビラを配らせようということで私の登場であります。
大王、大きなクマの頭をかぶる。
助手 越後屋デパートです、よろしくお願いします。
深川 懸命に働く若き日のペコちゃん大王の姿であります。
助手 よろしくお願いします！ お姉さん、来てね。
深川 十分経過。まだ元気な若き日の大王の姿があります。
助手 越前屋デパート、どうぞ。
深川 二十分経過。必要最低限のことをなんとかこなす、若き日のやけくその大王の姿であります。
助手 何でこんな事しなきゃならねえんだまったく。
深川 三十分経過。必要最低限のことも危うくなった若き日の傷心の大王の姿であります。
神６ 知らなかったわ、大王様にあんな頃があったなんて。
深川 その時であります。大王の前を横切ったのは、この世の人とは思えない麗しの君。（神２、出て
来て大王の前を横切る） こんな美しい女性は見たことがない。これぞ砂漠の花一輪。朦朧とした
意識のなかで、大王は宿命に引き寄せられるように歩みよりこう言ったのでした。
助手 電話番号、教えてくれませんか。
深川 驚いたのも束の間。街角でクマが電話番号を聞いて来るという意外性に、乙女心は揺らいだので
ありました。
助手 ええ、教えましょう。ありがとうお嬢さん。
深川 にっこり微笑み合う二人。ああ、世紀のローマンスはハッピーエンドに終わるのでした。
大王と妻は手を取り合って『森のクマさん』を歌っている。
神７ すごい、あっという間に機嫌直してる。
深川 これがクマの縫いぐるみ作戦だ。意表を付くところで意表を付く茶目っ気を使う事による強力な
心理作戦なのだ。ちなみに大王は縫いぐるみをかぶって女性のお尻をさわったりしていたが、全部
許してもらえたと言っていた。
神３ しそうにないわね、あの人なら。
神１ しかしこの術は疲れる、しかも熱い。
５６７ お疲れ様でした。
神１ あいつを怒らせるとろくなことはない。
神２ まあ、浅川さんいらしてたんですか、お恥ずかしい所を。
深川 深川です。
神２ まあ、すいません。ちょっと息を切らせているもので。
神６ 馴れ染めのシーン見られちゃったから動揺してるのよ、きっと。
神５ あれで結構自意識の強い人だから。
神２ あのそれで、アトムちゃんの方はどうなりました。
深川 それを御報告に参りました。
神１ それはそれはご苦労様ですな。どうですか奴の心は動き始めましたか。
深川 報告書を。
助手 中間報告です。まずアトム君は現在、完全な記憶喪失の状態にあります。
神１ そうかね、完全かね。
深川 ええ、100%何も残っていません。
神１ アクシデントに見せかけての私の術もますます冴えとるな。
神２ それでどっちの方向に動き始めましたか。
助手 まず純白から黄色掛り始めました。
神５ 黄色は“焦り”の色ね。
助手 捕えられた虫がガラスの器に入れられたように、回りの理解できない全ての物に焦りを感じるの
でしょう。
深川 つぎは“困惑”深緑色が加わります。
神６ 面白い色になりそうね。
助手 次第に紫“嫌悪”がむらむらと沸き上がってくるのです。これは黒“絶望”とほとんど同時でしょ
う。
神１ そうか、黒が出たか。皆にも言ったであろう、純白に見えたアトムの心にもこのように醜い色が
隠れているはずだと。
深川 現在はそれらが渦を巻いた形で分離しておりますが、やがて渾然一体として深身のある光を発する
と思われます。
神１ うむ、我々の創造物のなかで最も高度で複雑な人間。その魂は磨けば磨くほど恐ろしく魅力的な
光を放つものだ。その光がまた、新しいより美しい人間を作ることにもなる。我々は一世代の実り
を待つ賭けをしているのだ。
所長 賭けですか。
神２ その昔、私達は“飢え”と言う肥やしを人間に与えた。死を本能的に恐れる人間はきらきらと輝
く魂を私達にもたらしました。
神５ でもそれは過去の話。どうやら人間はその“飢え”では輝かなくなってきたのです。
神６ 次々と私達は肥やしを取り替えて行くのです。“夜の暗さ”“伝染病”“戦いの恐怖”みんな人間
の魂を輝かせていきました。
神７ でももうそれらも終わりも時代です。明日のために私達は新しい肥やしを与えるのです。
神１ 人間は少し太りすぎた。土が肥えすぎて今の魂は皆だめだ。輝くものがない。やはり我々の手を
加えなければ良い魂は育たないのだよ。
深川 で、これからしようとしていることは？
神１ 人の魂に直接手を加えることだ。今までは魂の根付く肉体に手を加えていたにすぎん。現実という
もので魂を固定し、肉体と魂を分離する。肉体との一体性を失った魂はバランスを求めて変化を
始める。
神２ 時代は変わるのです。あるいは今の人間というものが滅び、全く別の創造物に生まれ変わるかも
しれませんが、それはそれで仕方のない事。
助手 でも余りいじりすぎても、腫れるとかおねしょするなんて昔からよく言い聞かされませんでした？
神１ 我々にミスはない。それに人間の魂がみすみす腐ってしまうのを黙って見ているわけにはいかん
のだよ。
深川 そうですかね、人間の魂は腐ってきてますかね。アトムを見る限りじゃどう逆立ちしたって私の
ような凡人にはそう思えないんですがね。
神５ あれ、この人反抗的な態度に出て来たわ。
神１ どういう意味かね？
深川 いままでそうやって奢り高ぶって全てを操って来たツケが出てるだけじゃないんですか？
神１ 心外ですな、深川さんからその様な事をお聞きするとは。
深川 何事にも限度って物がありゃしませんか。熊の縫いぐるみ被って女のお尻触るぐらいならまだ
ジョークで済みますが、熊がパンツ脱ぎ始めた日にゃ森のお嬢さんも黙っちゃいないでしょう。
神２ あなたの様な落ち着きのない人に何が分かるというのです。私達は全てを維持して行かなければ
ならないのです。
助手 人や獣や草や木がそれを望んでいますか。
神５ それはちょっと奴らには無理な注文よ。
神６ 人にしたって考えることは矛盾だらけ。自分達だけには感情って物があると信じてるけど感情
なんて人間の物じゃないのよ。その証拠に人間は自分の感情をコントロールできないもの、やって
もせいぜい真似事止まり。あれは私達の与えた環境にただ反応しているだけなの。
神７ 今どき変にナチュラリスト装わないでちょうだい。偽善者、へんこつ。
深川 何とでも言ってもらって結構ですが、なめてもらっちゃ困ります。
神７ あなたたちのこと？
助手 いいえ、アトム君を。あの子はきっとあなた達を驚かすぐらいのパワーと神秘性を持っているわ。
神１ ずいぶんと肩を持つね。
神３ 私、深川さんの意見に反対する。
神２ 何言い出すの、気でも狂ったんじゃない。
神３ 人間の魂がなぜあんなに醜く輝くのか考え直して見たことありませんか。それは人間を作り上げ
た私達の愚かさのためだけではない。私達の知らないパワーを人間は決して持っていない。
神１ だまれ、まともなことは何一つ言えない出来損ないが。一人前にこのわしに逆らうのか、今度は
全ての言葉を奪ってしまうぞ。
神３ でも…。
助手 なるほど、この子の真実はあなたが奪ったのね。
神１ その通りだ。
深川 なぜ？
神１ 我々には正義と悪が完全に見分けられる。人間のように時代によって正義が悪に変わったりする
ことはありえない。同時に真と偽も正確に判断が可能なのだよ。だから正の数にマイナス１を掛け
たように、負の数だけによって成立するこいつを作ることが出来るのだよ。いわば私の力の見せし
めだ。さあ、私の怒りに触れぬうちにここから去るが良い。そして二度と私の前に現れぬことだ。
お前も二度とおかしなことを言い出すとただではすまさぬ。良いか、私は万物を取り仕切る重要な
役目にある。万物が美しく流れ、滞りなく全てが生きるためには、それを管理する者が必要なのだ。
手出しは一切無用だ。
深川 では我々はこれで。ただしくれぐれもお忘れなきよう。アトムのあの字は。
神１ アトムのあの字は？
深川・助手 明日のあの字。（去る）
神１ …なんじゃ今のは。アトムのあの字が何で明日のあの字なんじゃ？
神５ 私、アイスクリームのあ、かと思ったのに。
神２ それを言うなら赤福餅のあ、でしょ。
皆好き勝手なことを言っていると、神４登場。
神４ 大王様。
神１ おや先生、先生は何だと思われました？
神４ 私はあつかましいのあ、かと。大王様に今し方請求書が送られて参りました。
神１ はて、私は何も買った覚えはないが。９９８０円？ 何じゃこれは。「この度は五光通販を御利
用いただき、ありがとうございました。ラジオ、双眼鏡内臓型お守りをアトム様にお送りいたしました。付きましては代金９９８０円を御光通販まで。代表深川所長」 あいつらばかにするにもほどがある！ ええい、アトムのあ、は！
全員 アトムのあ、は？
神１ （ただパクパク）
全員 呆れて物が言えないの、あ！
暗転。
「ＯＮＬＹ ＹＯＵ」
月明りに下に少年がいる。静かな曲。
アトム 家を出てから二度目の夜が来ました。頭の中がぼぉーっとして夢の様な二日間でした。自分を探す
なんておかしなことを考え付いたもんだ…そんな気がしてペンをとったのです。周りの人達はもの
すごいスピードで歩きます。夜になると死んだように眠ります。僕はあなたの声をラジオで聞きな
がら生きたまま眠るのです。もし僕が自分を見つけた時、ものすごいスピードで歩き、夜は死んだ
ように眠らなければならない人になってしまうとしたら、なんだかそれも怖い様な気がするのです。
ＭＤ 自分を探して旅に出たんだってねアトム君。今君が通った道はきっと、ずっと遠い未来には素敵な
勲章になって、君の胸に輝いていると信じてるよ。それには怖いなんて言ってちゃだめさ。自分を
信じてまっすぐに歩くんだ。ゆっくりでもいいさ。その足跡をパパになったとき、子供達の前で
話してあげられるようにね。僕のパパもＤＪだったのさ。僕の１３歳のバースデーにパパは話して
くれたよ。「もしお前が大人の男になりたいなら、自分の信じた道を歩け、自分好みのストーリー
を描け。そして生きてる限りラストシーンはとっておけ。一目散に書いたストーリーだからこそ、
エンドタイトルが映えるんだ」ってね。ちょっと今夜は臭かったかな、アトム君。ハッハッハッ、
でも普段は口にさえ出さないことを書いてきてくれたんだ。僕は嬉しかったよ。じゃ、ネクスト
ソングはアトム君に僕から送るよ。プラターズのオンリーユー。
ラジオから曲が流れる。
少女 よかったね、ハガキ読んでもらえて。
アトム うん。
少女 読んでもらえると思ってた？
アトム うううん。
少女 なんて言ってた？
アトム ただ歩けって。
少女 それから？
アトム 子供達に話して恥ずかしくない足跡を残せって。
少女 子供達？ まだ早いわ。私達まだ子供でしょ？
アトム でも僕はもう子供じゃないって、ちょっと前に思っちゃったもん。
少女 それ、いつごろ？
アトム 今までの記憶をなくして新しい僕になったとき。でもまだ大人じゃないしね。なかなか難しいよ。
少女 サナギマンね。
アトム えっ？
少女 昔テレビで見なかった？イナズマンになる前のかえって弱い超人、サナギマンって言ったわ。
アトム そんなのもう誰も知らないよ。そんなの見てたのかい？
少女 パパがマニアだったの。
アトム へぇ…。ねえ、君のパパも、ものすごいスピードで歩いてた？
少女 え？
アトム 僕のパパはものすごいスピードで歩くんだ。あんまりすごいスピードで歩くもんだから、言葉を
忘れちゃって普段は「うん」意外にはなかなかしゃべらない。怒るときは別だけど。
少女 考えたことないわ。
アトム 僕だって考えたことなかったさ、子供の間は。子供をやめてから考え始めたんだ。ママも速いよ。
待ってて欲しいな、なんて思ってないけど間違いなく行っちゃうね。心配させると今度はものすご
いスピードで飛んでくるから僕の方が吹っ飛んじゃう。
少女 なんとなく分かる。
アトム そう？
少女 うん。（間）
アトム 何処にも落ちてやしないね、僕の生きてた証なんて。
少女 そんなこと分からないわ。
アトム 昼間あれだけ探したよ。双眼鏡でのぞいてもみた。
少女 まだ二日しか探してないわ。
アトム みんなあんなに忙しそうに歩いてるんだ。僕のしみったれた証なんか、蹴っ飛ばされて粉々に
なったよ。
少女 私は静かに歩いているわ。
アトム ありがとう。今はそうとしか言えないね。何処にも落ちてやしない。僕の中にも浮かんでこない
パパやママのなかにも落ちてないと思うな。落ちてたにしてもあのスピードだから吹っ飛んだよ。
吸入圧縮爆発排気って走り回っているから。
少女 吸入圧縮…。
アトム 爆発排気。そしてまた吸入に戻るんだぜ。
少女 次は絶対に圧縮なの？
アトム そう、絶対に。
少女 爆発にはならない？
アトム ならないね。
少女 １００％？
アトム たぶん、そのへんはシャープに出来てるんだ。
少女 冷たいのね。
アトム でも圧縮の次の爆発ってのはとっても熱い。
少女 リズムね、四拍子。
アトム いち、に、さん、し、
少女 いち、に、さん、し、
アトム いち、に、さん、し、
少女 （いらずらっぽく笑う）ごう、ろく、しち、はち。
アトム たんたんさんし
少女 とんとんしちはち
アトム つんてんつんつん
少女 たんたんちんちん！ うっわぁぁぁい！
アトム、少女を抱きしめてしまった。
少女 ね、早すぎるわ。
アトム …。
少女 いやじゃないけど、やっぱり。
アトム 違うよ。嬉しかったんだ。
少女 嬉しかったから私を抱くの？
アトム うん、悲しかったら君に抱いてもらうから。
少女はアトムのことをどうしてあげることも出来ない。哀しくなってじっと
動かなかった。でもその前に小さくうなずいたのを少年は頬っぺたで感じた。
ふと深川の２人が袖へ現れる。
助手 所長、あんなこと！ いけないわ！
深川 いいなあ〜
助手 何がいいなぁ〜ですか！
深川 いや、その、あれだ、若い二人が慈しみ合う姿がだな、いいというか…。しかしあの取扱説明書
ちゃんは、けなげに働いているじゃないか。
助手 そうですうよ、あそこまでサービスすることないのに。
深川 そうだよ！ あれだったら３万ぐらいふっかけりゃよかった。ペコちゃん大王に請求書は送った
んだろ？
助手 はい、９９８０円のやつを。
深川 ついでだ、後２万円追加料金だって送ってやれ。
助手 直ちに送りましょう。
深川 アトム君もかわいそうな気もするが、ああやって取扱説明書にまで頼ってるようじゃ、大王の言う
事もまんざら嘘ばかりじゃないかもな。
助手 今の人間は駄目だ、豊かすぎる土地には植物が生えないように…。でも誰だって不安ですよ。
自分が誰かって事も分からないなんて。
深川 そりゃそうだ。
助手 何で大王に喧嘩売ったんですか？ 得なことは何一つないじゃないですか。
深川 あの作為的な所が気に入らねぇんだ。
助手 こう言うの神工的って言うんでしょうか。人工的じゃなくて。
深川 ああ、確かに言ってる事は嘘じゃない。それに今までやって来たことだって、まんざらおかしな
事ばかりじゃない。
助手 でも何かが足りないって奴ですね。
深川 その通りさ。奴はきっと何かを忘れてるんだ。人間を人に変えられるエネルギー源の一つを。
そういう物は近くにごろごろしてるのに、意外と見失っちまってる事がある。見つけようと思う
からいけないのかもな。
子守歌のようなやさしい歌を深川は歌ってあげたいのだが、あの二人は歌えるのだろうか。
「高橋扶美子先生」
明りの中に浮かぶ神４、高橋扶美子先生である。
高橋 ３匹の子豚は天空を切り裂き
赤ずきんちゃんが森の木に火を放ったので
おおかみはおばあさんを消化する間もなく土へと返った
熊を持ち上げたまま金太郎は地中に沈み
乙姫様が中絶した時の涙が南極と北極の氷を一度に溶かしたので
浦島太郎はごめんとも言えずに
二千トンのクリームソーダの泡となって弾けて飛んだ
昨日までのあの子は大海原ほどのマックシェイクを
一息で飲み干せたのに
今日のこの子はコップ一杯のポカリスエットに溺れている
小さな白と黒のボールで勝ち取った決勝の一点と引き替えに
あの子は二度と立ち上がれないこの子に変えられたの
真っ白なユニフォームは汗と泥にまみれ
今はヒーローのいない時代へと動き始めている
隅の方で眠っていたのはアトムと少女。ここで二人はむっくりと
起き上がり、高橋先生と目が合う。ぎくりとする高橋先生。しかし
アトムは突然叫ぶ。
アトム 母さん！
高橋・少女 え？
アトム 母さんだね！
高橋・少女 へ？
アトム （立ち上がり駆けていく）やっぱり母さんだ！ かあさーん！
少女 見つかったの、お母さん。
高橋 ひっ、違います！
アトム 母さん、久しぶりだね、ちっとも変わってないね。
高橋 人違いよ、きっと。
アトム ちゃんとおっぱいも２つ、やっぱり母さんだ。
高橋 他人の空似です。ひぇ〜さわっちゃだめ。
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