『好色十六歳男』
Koushyoku Irotuki Otoko
作 永山祐介 潤色 五ノ井幹也
【キャスト】
彼 氏（弘幸）
彼 女（薫）
十六歳男（一彰）
むっつり（尚隆）
はっきり（紘一）
友 人（慎吾）
恋する女（美華）
もてる女（愛実）
鈍い女（志保）
冷静な女（沙恵）
男の子
女の子
掃除のおっちゃん
『好色十六歳男』
幕開き。この物語の主人公である男たちの登場を飾らなければならない。男たちの友情、
行動力、団結を描くファーストシーン。舞台はとある公園。学生服のような学生服じゃない
ような服装の三人が怪しく集結する。それぞれに紙袋。銀行強盗か、それとも麻薬の取引か。
紘 一 どやった。
一 彰 バッチシや。そっちは。
紘 一 もちろんよ。（袋を覗く）とびきりの上物やで。
一 彰 お、こりゃすげえ。こっちもなかなかやで。
紘 一 どれ、うお、泣かせるで。
一 彰 どうした、お前は。
尚 隆 すまん、ちょっと。
一 彰 何？
紘 一 まさか何も手に入れてないわけちゃうやろな！
尚 隆 すまねえ。だって、奴ら俺をずっとマークしてたんだ。
紘 一 そんなん気のせいやって。
一 彰 そや、こっちが堂々としてたら足はつかん。
尚 隆 堂々としろっていわれてもな、これは犯罪行為と違うんか。
紘 一 法律が怖くて何が出来るちゅうんじゃ。
尚 隆 そんな。
一 彰 お前もまだまだやな。こんな事出来んぐらいじゃ、男にはなれん。
尚 隆 別にこれで男になれるって訳じゃ…。
一 彰 約束通り、責任とってもらうで。
尚 隆 そ、そんな。
紘 一 お前の所が会場や。
尚 隆 そんな、やばいって。誰かに見つかったら…。
紘 一 見つからへんって。
尚 隆 しょうがねえな。
一 彰 ふ、十八禁か。十六も十八も四捨五入したら皆二十歳じゃ。
尚 隆 どんなの借りれた？
一 彰 なんやかんや言うて興味あるくせに。
尚 隆 そりゃ、ねえ。
一 彰 こんなの！
尚 隆 うわ。
一 彰 よさげ？
紘 一 こっちも捨てがたいで。
尚 隆 見せて見せて。
紘 一 タイトルがまた、『ピ～痙攣』
尚 隆 いやぁぁぁぁ！ 何処？
紘 一 （袋を広げて覗かせる。）
色めく男ども、袋を覗くとそこへ怪しげな声が。奈々ちゃん出せるかな？
三 人 おぉ、いえ～ぃ。
紘 一 おい、誰か来る。
尚 隆 やばい、それ隠せ。
紘 一 どこへ？
一 彰 どこでもええ。
とっさに思いついた隠し場所は公園のごみ箱。姿を隠す三人の元へやって
来たのは掃除のおじさんであった。目にも留まらぬ早業でゴミ箱をのゴミは
持ち去られてのであった。ゴミ箱へ駆け寄る三人。
尚 隆 あ、
紘 一 ああ！
一 彰 あ～！
紘 一 行ってもうた。
一 彰 何、お前もう行ったんか、って…。
三 人 行けるわけないでしょ。
口々に、おっちゃん待ってと叫びながら後を追う三人。
『恋人』
公園の一角。水呑場やベンチのある学校裏の公園。生徒たちの溜まり場であり、
子供たちの遊び場でもある。放課後らしい。女の子が一人でベンチに座っている。
やがて、男の子が一人上手から登場。息が弾んでいる。
彼 氏 お待たせ。
彼 女 （顔おあげてにっこり笑う）
彼 氏 待った？
彼 女 （首を振る）
彼 氏 ごめんな、俺が急いでるいうのにクラスの奴が話聞いてくれぇ、俺かわいそうなんやぁとか、わけ分からんこと
言うて俺の目、見つめてくんねん。どうせまたフラレたんやろ、とか言うたら大当たり。あほやで、ほんま。
彼 女 ひょっとして一彰君？
彼 氏 え、なんで知ってるん？
彼 女 有名やから。
彼 氏 へぇ、そっちのクラスでも有名やったんか。
彼 女 それに、去年うちにも付き合ってくれとか言うてたし。冗談やと思うけど。
彼 氏 あいつ、よくも俺に黙って。
彼 女 あ、冗談やと思う。気にせんといて。
彼 氏 でもな、友達の彼女くどくか、普通。
彼 女 一彰君やったら考えられる。挨拶代わりやから。
彼 氏 それにしてもや。明日文句言うたる。
彼 女 ええって、気にせんといてって言ってるでしょ。
彼 氏 気にするわ。
彼 女 …ヤキモチ？
彼 氏 ちがうよぉ、やきもちなんかとぉぉ～
彼 女 なんや、違うんか。
彼女は立ちあがり、空気を換える。
彼 氏 …妬いて欲しいん、ヤキモチ。
彼 女 別に。
彼 氏 別にって…。
彼 女 別にやから別に。
彼 氏 …ちょっと、妬いたかなぁ。
彼 女 ねえ、付き合ってどれぐらいになるか知ってる？
彼 氏 え、何いきなり。
彼 女 知ってる？
彼 氏 ええっと、一年、一月二月三月…。一年と六ヶ月ぐらい。
彼 女 今日でちょうど一年半やねんよ。
彼 氏 あ、そうか。
彼 女 覚えてる？
彼 氏 覚えてるよ。中学の卒業式が終わって、一週間ぐらいした時。ここの桜、咲いてたっけ。
彼 女 咲いてたんちゃう？
彼 氏 咲いてなかったんちゃう？
彼 女 咲いてたって。
彼 氏 そうかなぁ。
彼 女 そうよ。
彼 氏 懐かしいなぁ。うん。
彼 女 忘れてたくせに。
彼 氏 ごめん。でもそんな事いつでも考えてるんか？ 今日は五百日目とか、千日目とか。
彼 女 女の子はそういうこと大切にするんよ。
彼 氏 へぇ。女って変わってるな。
彼 女 男の方が変わってると思う。
彼 氏 そうかな。
再びベンチに戻る彼女。隣に座る彼氏。お互いの沈黙がしばらく続く。
彼 氏 一年半、長かった？ 短かった？
彼 女 …普通、かなぁ。
彼 氏 え？
彼 女 ちょっと歩こ。（先行して去る）
彼 氏 …普通って、ナに？！
急いでかばんを拾い上げ後を追う彼氏。
『失恋』
入れ替わりに三人の男が入ってくる。尚隆、紘一、一彰の三人である。
尚 隆 お前も情けねえぞ。そんなだから誰も相手にしてくれねえんだ。
紘 一 （彼氏たちに気付く）お、あいつら。
一 彰 人のことなんかどうでもいい。今はこの胸の痛みのほうがずっと俺を攻め立てる。
紘 一 めちゃ大げさ。
尚 隆 あいつもひでえヨなぁ。友達より女の方を選ぶんだから。一緒に帰って何が楽しいんだ。
紘 一 そりゃ、楽しいんやろな。
一 彰 奴を責めるのはやめてやれ。俺もきっとそうするから。
尚 隆 俺は友情の方を取るね、絶対。
紘 一 で、話聞きましょか。それで胸のつかえが取れるなら。
一 彰 おお！ 尚隆、紘一、聞いてくれ。また、フラレちゃった。
尚・紘 ええ！
尚 隆 ってそれは知ってる！ 相手は。
紘 一 まさか？
一 彰 …めぐみちゃん。
紘 一 すっきゃなぁ～、これで何回目や。
一 彰 三回目。いや、幼稚園のときを入れると四回目や。
尚 隆 一彰、客観的に見て、そこまでフラレるということは、永遠にだめってことだ。
一 彰 言うな！ それ以上言わないでくれ。自分でも分かっているけど、あふれ出る思いを押さえきれないんだ。
尚 隆 要するに我慢が無いと。
紘 一 一歩間違えたらストーカーや。
一 彰 うっせぇ。一途と言ってくれ。
紘 一 一途？ 似合わん。
一 彰 なんで。
紘 一 なんでって、なぁ。
尚 隆 「いちず」 意味としてはひとつのことだけを思いこむ様子。とある。
一 彰 そうよ、思いこんでるよ。
尚 隆 じゃ聞くけど、二週間前バレー部の真由美ちゃんに付き合ってくれって申し込んで断られたのは誰？
一 彰 それは…。
尚 隆 体育祭の帰り道、陸上部の佳奈ちゃんにふられたからってやけペプシ付き合ってやったのは誰？
一 彰 確かぁ…。
尚 隆 一学期の期末試験も目の前に迫った頃、副委員長の沙恵ちゃんに口聞いてもらえなくなって立場なくしてたのは誰？
一 彰 俺のような気が…。
尚 隆 もっと行く？
一 彰 結構です。
紘 一 輝かしい戦跡の数々。ま、惜しむらくは成功例が一例もないと言うことでしょうな。
尚 隆 あのな、これだけ派手に動かれたらいやでも耳に入るよな。今じゃ女子の間でなんて呼ばれてるか知ってるか？
一 彰 俺？
尚・紘 好色十六歳（色付き）男。
一 彰 オダテルなよ。
尚・紘 オダテテ無い！
尚 隆 そんな奴が言い寄ってきても、軽く見られておしまいや。一彰、お前は地球上の女全員から、女たらしの軽い奴と
見られていいのか。
一 彰 俺は世界中の女を敵に回してもいい。愛実ちゃんを除いては。
紘 一 それやったら他の女の子にちょっかい出すようなことはやめい。
一 彰 みんな俺の本心を知らんから、そういう風に俺を見るんや。俺はな、人のいいところを見つけるのが上手いんや。
あの子、口は悪いけど意外と優しいところあるやん、とか。
紘 一 確かに、副会長に行ったときは驚いた。副会長の場合はどこが…。
一 彰 英語の予習見せてもらってな、お礼にと思って裏庭の花ちぎって押し花作って返してん。それ見て顔を赤らめた
ところが、意外性があってかわいかった。
紘 一 まめやねぇ、することが。
尚 隆 だからってすぐ行動に移すか、普通。
一 彰 男は行動力が命やから。
尚 隆 抑止力も必要だと思う。
紘 一 やっぱり一彰に一途ってせりふは似合わへんよな。
一 彰 確かにそれはみとめる。でもな、愛実ちゃんだけはちょっと違うねん。他の子がみんな「好き」ってぐらいやと
するやろ。愛実ちゃんは…。
尚 隆 なんやねん。
一 彰 …（にやぁぁぁぁ）
尚・紘 こわっ！
一 彰 聞いてくれって。誤解を恐れずに言うと。
尚 隆 こっちが恐れそう。
一 彰 他の女の子は獣で、愛実ちゃんはおコメやねん。
紘 一 おいおい、わけ分からんぞ。
尚 隆 おれ、すごいドキッとした。
一 彰 ちゃうって、聞いてって。あんな、あの子いいナと思う気持ちには二種類あってナ、わ、ウサギや、ラッキー今夜
ウサギ鍋。タンタァーン。ワンワンワンっていうタイプと、秋にはしっかり実ってくれよ。田植えアセアセ、草抜き
トリトリ、すずめチレチレ、ああ大変。わー黄金の稲穂じゃぁ。カリカリ。ってタイプがある。
尚 隆 要するに、お前は狩猟民族の血と、農耕民族の血を併せ持っているということだな。
一 彰 そ。
紘 一 雑食男。
一 彰 何言うてんねん。人間皆雑食性よ。
紘 一 でもちょっと違う気がすんな。
尚 隆 賛成。相手にしてもらえなかったんだろ？
一 彰 それがな、今回は悪い雰囲気ではなかったんやで。夕暮れの公園で見詰め合う二人。こっちが誠意を持って伝えれ
ば、思いは言葉を飛び越えて相手の瞳へ伝わっていく。
尚 隆 でもフラレた。
一 彰 分からへん。途中まではいい雰囲気やったのに、いきなりひざ蹴りくらわされたからなぁ。
紘 一 まさかお前、また前みたいに「君の瞳が好きだ」とか言うた？
一 彰 言うてへんわ。
尚 隆 多少の進歩はあるみたいだな。
一 彰 俺、今回はちゃんと「好きだ」って言うた後、「君の太ももが」って言うたもん。
紘 一 なるほどねぇ、倒置法か。確かに前より進歩している。
尚 隆 してねえよ、全然。
『挑戦者・その一』
照明が怪しく変わり、自転車に乗った小学生がやってくる。ただし、これは
単なる自転車ではないようだ。おまけに目が真剣である。
男の子 キー。ブルン。カチ。着いた。ここだね、君の家は。
女の子 そうよ。
男の子 決心はついているかい？
女の子 ええ。ついているわ。
男の子 お父さんが許してくれなかったとしても、僕について来るかい。
女の子 何処へでもついていくわ。
男の子 分かった。真剣に話してみて、もしだめだったら駆け落ちしよう。
女の子 ええ。私のこと、愛してる？
男の子 愛しているとも。さ、行こうか。ガチャ。
女の子 バタン。
自転車から車のように降りる。地味にスタンドをかける男の子。
紘 一 おい、車にスタンド付いてるで。
男の子 僕達真剣だから、邪魔しないで。
紘 一 お、ごめんごめん。
女の子 ピンポーン。パパ、ママ、紹介したい人がいるの。
男の子 はじめまして。お嬢さんとは結婚を前提にお付き合いさせていただいてます。僕、真面目です。
女の子 ねえ、パパ。私達のこと、認めてくれる？
男の子 バシィ（不意に横っ飛び） お父さん！
女の子 キャー、パパ何をするの。
男の子 僕を殴って気が済むならそうしてください。
女の子 （低い声で）お前のような奴に、何処の馬の骨ともつかぬうちの娘はやれん。
紘 一 お嬢ちゃん、それ多分逆。
女の子 どうして放っておいてくれないの！
男の子 仕方が無い。駆け落ちだ。
女の子 パパ、ママ、今まで育ててもらった恩は一生忘れません。止めても無駄よ。
男の子 行こう。二人だけの世界へ。
紘 一 おいおい、行きよるで。
男の子 ギイ、バタン。
女の子 （涙を吹いて）さよなら。
尚 隆 あ、ああ。元気で。
女の子 それから私達の幸せのために死んでちょうだい。
そう言うと、背中から一本の矢を取り出し、一彰に突き刺す。
一 彰 ウオー、何するねん！
女の子 ガチャ、バタン。私のことは探さないでね。
男の子 キュキュキュキュ。ブルン。カッチカッチカッチ。ブオォォォ
二人は自転車に乗って去っていく。尚隆と紘一は呆然と見送っている。
一 彰 くそ、こんなものすぐ抜いてやる。
尚 隆 しっかりしろ、傷は浅いぞ。衛生兵！ えーせーへー！
紘 一 どっかで見たことあるナ。待て、一彰。これを見ろ。
尚 隆 あ、手紙が付いてる。
一 彰 何？（起き上がる）
尚 隆 これは、矢文だ。
紘 一 （手紙を開いて）「今日の午後七時、逆剥け公園に来てください」
三 人 こ、これは！
火曜サスペンスの「コマーシャル行く直前」みたいなノリの音楽。暗転。
『女の論理』
このシーンのお題は『こんな恋もある』 照明がつくと女の子たちが舞台に点在
している。美華、愛実、志保、沙恵の４人。俵 万智の詩。
寒いねと話し掛ければ 寒いねと答える人のいる暖かさ
君と食む三百円の穴子寿司 その美味しさを恋とこそ知れ
落ちてきた雨を見上げて そのままの形でふいに唇が欲しい
明日会う約束をしてこんなにも 静かに落ちる眠りの緑
歌い終わった女の子達。何やら考え中。恋の詩とは、人ごとながら恥ずかしくなる
ような空気を発するもの。見ると各自の手には俳句を書くようなメモとペン。
美 華 …と言うふうな詩、創れと言われても。
志 保 なかなか出来るものでもなく。
沙 恵 さっきのは歌やから何とか歌えたけど。
愛 実 言葉にすると恥ずかしくて汗が出る。
志 保 そう。
沙 恵 ほんまに。
美 華 でも、挑戦してみる？
三 人 え？
美 華 だって明日あるんやで。国語表現Ⅱ。
愛 実 他の子、出来るんかな。
沙 恵 意外に高校生活最強の宿題かも。
志 保 なんで恋の詩なんやろ。それも一人ずつ発表やなんて。
沙 恵 これってプライバシーの侵害なんちゃうん。
美 華 え？ あんたにそんな私生活があったん。
沙 恵 無いよ。無いから困るんやん。
愛 実 あっても困るって。
三 人 え？
美 華 愛実？
愛 実 わ、私の事じゃないよ。えへへ。友達のこと。
沙 恵 私ら無いよ。
愛 実 うん、他の。中学の時の。
三 人 ふうぅぅん。
愛 実 ね、みんな。そんな事より考えよ。恋の詩。
志 保 だって。
沙 恵 なんかさ、これっておかしない？ 恋の詩って自然と涌き出てくるもののような気がするんやけど。
志 保 それは恋をすればでしょ。
沙 恵 そう。なのに私ら、無理やり詩考えてる。
愛 実 宿題だから。
沙 恵 やっぱりおかしい。恋もしてないのに恋の詩考えると言う事は、反省してないのに反省文を書く練習をする
みたいなもんや。
三 人 おぉぉ。
沙 恵 自然と湧き上がってくるまで待ってみようと思っていたら、授業に間に合いませんでした。これよ！ 明日の
言い訳。
美 華 恋、してみたら？
沙 恵 今から？！
愛 実 どうやって？
美 華 誰か、適当に決めて恋してることにする。その辺に居らんかったら芸能人とか、お話の中の人とか。イメージの
世界で。
志 保 そんなん。なぁ。
沙 恵 うん。好きな人じゃなくて物じゃあかんの
愛 実 例えば。沙恵、何が好き？
沙 恵 断然プリンね。他は果物全般。！
愛 実 私も！
志 保 私、特に梨、桃とパイナップル。あと、マクドナルドの氷。あれはおいしい。
美 華 氷ぃ？
志 保 特にオレンジジュースを飲んだあと残った氷。
美 華 （呆れてくる）そんなん言うてるんあんたと演劇部の音響やってるナナオぐらいやで。
志 保 私決めた。氷に恋の詩作る。
美 華 誰か止めたって。
沙 恵 じゃ、私プリンにしよっかナ。
愛 実 やる気出てきたみたい。
美 華 色気より食い気ってやつ？
沙 恵 まったりな黄色は食欲そそる色 そこにカラメル苦さ恋しき
愛 実 い、いいんじゃない。
沙 恵 これよ、自然に湧き出したもん。
志 保 できました。一句ご披露いたしましょう。あくまでも淡くはかなく消えていく 透き通ったあなたに会いにチャリ
漕ぐ
美 華 そんなもんでしょ。
愛 実 なんか志保ちゃんのは恋の詩に聞こえなくもないね。
志 保 え、嘘。
愛 実 だって、マクドとか氷とか言ってないから、こう、色が白い美少年みたいな人に会いに行く詩にも聞こえる。
志 保 違うよ。そういう詩と。
愛 実 うん、分かってるけど。
沙 恵 そうか、その手があったんか。
美 華 もっぺん読んで。
志 保 え、あくまでも淡く儚く消えていく すき…、うわ、あかん。
美 華 どないしたん？
志 保 みんな見んとって。めっちゃ恥ずかしくなってきた。わ、わああ。（せっかく書いた紙をぐちゃぐちゃにしてしまう）
沙 恵 え、氷の詩ちゃうかったん？
リコーダーの音が聞こえる。見ると男の子と女の子がリコーダーを吹きながら
現われる。照明が変わる。見事な二重奏だ。吹き終わるとお互いに礼。
男の子 僕たちのハーモニーは、
女の子 完璧ね。
再び演奏しながら去っていく二人。愛実だけが見送る。
志 保 続き、マクドで考えよ。な、な。
沙 恵 透き通ったあなたに会いに行きたくなったな。
美 華 どうする？ バイトのお兄さん、透き通っとったら。
志 保 やめてよ、もう。
美 華 うそうそ。愛実、行くで。
愛 実 うん。
４人、はしゃいでマクドへ向かう。
『二人と一人』
恋は人を弱くするかのオムニバス。登場するのは彼氏と彼女。それから二人
共通の友人である慎吾。二人と一人の関係。彼女が舞台に現われる。靴の音が
大きく聞こえる歩き方。すぐに彼氏が追ってくる。少し先回り。
彼 氏 ちょう待ってや。
彼 女 （立ち止まってにらむ）何？
彼 氏 何で怒ってるん。
彼 女 何で嘘、つくん？
彼 氏 だから、嘘違う。
彼 女 どこが違うの。日曜は親戚の家、行くって言うたやん。
彼 氏 そうや、行くはずやったんやで。嘘違う。
彼 女 でも行かへんかったんでしょ。
彼 氏 それは俺のせいじゃない。おかんが用事出来たからや。
彼 女 何の用事？
彼 氏 知らんよ、そこまでは。
彼 女 やっぱり嘘や。
彼 氏 そしたら電話して聞いてや。昨日は、何の用事だったんですかって。
彼 女 なんでそんなこと聞かなあかんの。
彼 氏 ほな、信じろよ。
彼 女 じゃ信じるから、かわりに何処に行ってたか言ってよ。
通行人。塾へ通う子供か。懸命に九九を唱えながら横切る。喧嘩は一時停止。
彼 氏 別に何処にも行ってないよ。ぶらぶらその辺してただけ。
彼 女 やっぱり言われへんとこ、行ってたんや。
彼 氏 ちゃうって。もう、むかつくな。行った所全部言わなあかんのか。
彼 女 そんなこと言ってない。
彼 氏 そうやんか。言ってもええで。チャリ乗ってぶらっと藻川の方まで走りに出て、それから川さかのぼってぐるっと
回ってつかしんまで行った。ちょっと買い物して、本屋とゲームセンターのぞいて、慎吾がおったからちょっとだべっ
て、エアーホッケーで勝負して、腹減ったから近所のたこ焼き買って家に帰って食って寝た。
彼 女 そんなこと聞いてない。
彼 氏 分からんなぁ。さっき何処行ったか言うたら信じるって。
彼 女 なんで私のところ、電話してこんかったん？
彼 氏 えぇ？ だってな。
彼 女 親戚の家から帰ったら電話する言うたやん。
彼 氏 言ったっけ。
彼 女 言った。
彼 氏 ほんまに？
彼 女 忘れとったん？
彼 氏 覚えてない。
彼 女 そうやって私の事、忘れていくねん。
彼 氏 電話、夜したやろ。外から。
彼 女 違う。帰ったらする言いました。
彼 氏 ちゃんとしてるやん。帰ってたこ焼き食って寝て起きて晩飯食ってから電話した。
彼 女 違う！ 親戚の家から帰ったら電話するって。
彼 氏 親戚の家には行かへんかった。だから親戚の家からも帰らんかった。分かる？
彼 女 じゃ、すぐ電話してよ。私待ってたのに。
彼 氏 時間が早かったから久々にぶらっとしよかなって思っただけやん。
彼 女 じゃ、ずうっと待ってた私は何。
彼 氏 待ってるんやったら電話でもしたらええやん。
彼 女 寛くん携帯とか、持ってないやん！
彼 氏 そしたら家に電話したらええやんか！
彼 女 そんな、寛之さん帰ってますかっていちいち電話するわけ。
プルルル、プルルル、プルルル。
彼 女 何？ 何？
彼 氏 何や、ろ。
彼 女 カバン。
彼 氏 嘘。俺？
彼 女 ちょっと。
彼 氏 何するねん。
彼 女 見せて。
彼 氏 いや、これは…。
まるでラグビー。タックルをかわすフェイント。プルッ。呼び出し音が止まった。
ベンチで泣き始める彼女。彼氏はバックからＰＨＳを取り出だす。理由を話そう。
いや、今はタイミングが悪すぎる。しかし、このまま家に帰るわけにもいかない。
泣き止ませてから送り届けるにはどうすればいいんだ。そこへ慎吾登場。
慎 吾 あれ？ 寛くん。何してるの。
彼 氏 慎吾。ちょっとな。
慎 吾 あ、喧嘩？
彼 氏 ちょっとな。
慎 吾 じゃ、お邪魔ですから。
彼 氏 悪いね。気使わせて。
彼女も慎吾にようやく気付く。がばっと起き上がって。
彼 女 慎吾ちゃぁん。聞いてヨ、ひどいねん。
彼 氏 だから誤解やって。
彼 女 もう、なんにも信じられへん。
慎 吾 そうでしょうそうでしょう。気持ち、分かります。
彼 女 分かってくれる、このつらさ。
彼 氏 まだ、何も聞いてへんやん。
慎 吾 おお、そうでした。すっかり忘れてました。何がありました？
彼 女 私に黙って、携帯持ってる。
慎 吾 おぉ！ 怪しいです。
彼 氏 怪しくないって。今日話そうと思って持って来たんやんか。
彼 女 うそ、ずっと黙ってたやんか。
彼 氏 きっかけがなくって話しにくかったんやって。
彼 女 どんなきっかけよ。
慎 吾 やめなさい！ 喧嘩はやめなさい。二人の話し、いっぺんに聞いても分かりません。一人ずつ聞きますから、
寛君はあっちのベンチで待機。僕が二人の意見を交互に聞きます。いいですね。
二 人 はい。
彼氏、少し離れたベンチへ。慎吾は彼女の話を聞く。
慎 吾 で、何があったの。
彼 女 昨日、電話もせんでぶらぶらしてたって言うの。そや、慎吾ちゃん昨日、つかしんで寛くんとゲームした？
慎 吾 はて？
彼 氏 ちょぉ待て！ したやんけ！
彼 女 してへんの。もしそうやったら、私にも考えがあるから。
慎 吾 嘘、やったよ。びっくりした？
彼 氏 お前、俺らを別れさせたいんか。
慎 吾 お、二人の運命は今、僕が握っているわけやね。
彼 女 握られたくないけど、もしかしたらそうなってるかも。
慎 吾 いいでしょう。誠意を持ってお話しましょう。で？
彼 女 その時寛くん、一人やった。
慎 吾 ええ。
彼 女 何か気付いた事は？
慎 吾 紙袋をひとつ。
彼 氏 それが、このピッチや。
彼 女 話、入ってこんといて。なんで私にピッチの事黙ってたか、聞いてきてくれる。
慎 吾 いいでしょ。
慎吾は彼氏のもとへ。
慎 吾 聞こえてた？ なんで昨日のうちに言ってなかった？
彼 氏 …俺も今、それを考えてた。言ってもよかったんちゃうんかって。
慎 吾 ええと思うけど。
彼 氏 そやろ？ でも言わんかった。びっくりさせたかったんかな。
慎 吾 じゅうぶんびっくりしたみたいやで。
彼 氏 昨日すぐ電話せんかった理由もこれや。説明書読んで充電して、初めにかけたのはあいつの所や。決めててん。
一番最初にかける所。短縮かって入ってる。
慎 吾 なんでその時言わへんの。
彼 氏 そやなぁ。なんでなんやろ。びっくりさせたかっただけなんかなぁ。
慎 吾 とにかく言うて来たろ。短縮の一番に薫ちゃんが入ってるって。
彼 氏 それで少しは収まるかな。
慎 吾 収まるやろ。
慎吾は再び彼女のもとへ。
彼 女 なんて？
慎 吾 今、考えてる。
彼 女 何それ。
慎 吾 自分でも何で言わへんかったか、分からんらしい。とにかくピッチ買ったのは昨日。一番にかける所は薫ちゃん
所って決めてたみたいやで。短縮の一番に番号入ってた。
彼 女 ひょっとして昨日外から電話して来たの、あのピッチ？
慎 吾 そう言ってた。
彼 女 なんで言わへんのよ。ねえ。
慎 吾 今、本人も考えてる。なんで言わんかったか。
彼 女 あほや。うちも、寛くんも。もう怒ってないって言ってきてあげて。
慎 吾 オッケー。
慎吾は今度彼氏のもとへ。
慎 吾 分かった？ 理由。
彼 氏 なんとなく。
慎 吾 もう怒ってないって。
彼 氏 そうか。
慎 吾 あれ、嬉しそうちゃうな。
彼 氏 いや、そんなことないよ。ごめんナ、迷惑かけて。
慎 吾 寛？
彼氏、なぜか元気無く彼女のもとへ向かう。彼女は笑顔で迎えた。
彼 氏 ごめん。ちゃんと言ってなくて。
彼 女 こっちこそ。疑ってごめん。いっこ聞いていい？ なんで昨日電話した時、ピッチ買ったって言ってくれんかった
ん？
彼 氏 びっくりさせよう思って相談せんと買ったら、今度は急に薫が怒るんちゃうかなとか、考えて。
彼 女 そんなん。怒らへんよ。もう。
彼 氏 帰ろか。
彼 女 うん。慎吾ちゃんありがと。
慎 吾 仲良くせな。
彼 氏 ごめんな、へんなこと付き合わせて。
去っていく二人を手を振って見送る慎吾。見送った後、じっと自分の手を見る。
慎 吾 （二人の運命はさっき、確かに僕が握っていた。）
『逆剥け公園午後七時』
逆剥け公園午後七時。矢文の指定時間まで後わずかと迫ったところ。日は落ち、
風が吹く。イメージ的には決闘場であろうか。学ランを脱ぎ捨て身軽になった
一彰達が戻ってくる。
一 彰 （立ち止まって矢文をかざす）見よ。世知辛いこの現代社会において未だにこのような風流な通信手段が残って
いたとは。矢文じゃ！
尚 隆 問題は矢文そのものではなく、矢文にかけられた謎。
一 彰 おうよ。すなわち！
紘 一 いつ、何処で、誰が、何をし、どうなった。
一 彰 ５Ｗ１Ｈだな！ その謎、もはや明白。
尚 隆 どうせ一彰の読み、先が見えるが言ってみな。
紘 一 いつ。
一 彰 今日午後七時。
紘 一 何処で。
一 彰 この逆剥け公園で。
紘 一 誰が。
一 彰 とあるかわいこちゃんが。
紘 一 何をし。
一 彰 俺に恋を打ち明けたく。
紘 一 どうなった。
一 彰 思い余って矢文を放った。どうだ。
尚 隆 この脳天気。
紘 一 しかし、ぶちゅって刺さっとったからな。
一 彰 それだけ思いが強かっただけのこと。この矢に賭けられた謎は、秘められた恋心。
尚 隆 甘いナ。
一 彰 何で？
尚 隆 根拠が無い。
一 彰 根拠も何も、これは告白意外に考えられんやろ。
尚 隆 最悪のケースも考えておかなければならん。。
紘 一 じゃ、お前の５Ｗ１Ｈは？
尚 隆 おそらくは決闘だ。本日午後七時、逆剥け公園で、日ごろからお前のことをよく思わない怖いお兄さんが、
いっぺん焼入れるために、ちょっと顔貸せと言う代わりに矢文を放った。
紘 一 そっちのがおもろい。
尚 隆 だろ？
一 彰 ちょっとまって。お前こそおかしい。根拠はあるんか。
尚 隆 ある。何処の世の中に名前を書かない恋文がある。
紘 一 確かに。
一 彰 何処の世界にこんな穏やかな文面の果たし状がある。
尚 隆 穏やかな文面で誘い出し、息の根止めようと言う寸法だ。
紘 一 ００７なんかじゃよく使う手やね。ボンド君歓迎するよ。とか言うときながら、足元にサメがうよぉぉぉ。
尚 隆 謎の中国人が襲ってくるケースもある。
一 彰 そこがええんやないか。名前をあえて書かんとわくわくさせるのが粋と言うものや。
尚 隆 さらに、決定的な証拠は、お前が言い寄った女の子は数知れないが、お前に言い寄ってくる女は今まで一人も
いなかったと言う事実だ。
一 彰 う、痛いところを…。
紘 一 おっと、これは効いた。
尚 隆 お前、人に恨まれる心当たりは。
一 彰 無い。そんなもん無いぞ。
紘 一 ま、出る杭は打たれると言うことわざが、君ほどぴったりな人もいないけど。
一 彰 なんかわくわくがどきどきになって、たらたらになりそう。
尚 隆 とにかく警戒しよう。何か有ったら飛び出すから。俺はこっち、紘一は向こうの茂みだ。
紘 一 了解。
一 彰 頼むで、お前らだけ逃げるいうの無しナ。
尚 隆 …考えておく。（定位置へ）
一 彰 おい！
紘 一 心配すんな。少なくともあいつは、友達を裏切るようなまね、せんから。俺は別な。
一 彰 えぇ！ そんな冷たいこと言うな。
ふたりはベンチの後ろへまわって身を隠す。落ち着かない一彰。
一 彰 やっぱ、防弾チョッキぐらい着てた方が…。
二 人 （起き上がって服をはだける。なんと、防弾チョッキが）
一 彰 なんでお前らだけそんなん着てるんや。
紘 一 し、誰か来る。
尚 隆 生きていたら、また会おう。
一 彰 そ、そんな。
人影は登場する。一人。女？ 小走りに近づく。
一 彰 出た！
愛 実 何よ、人をお化けみたいに。
一 彰 え、あれ、愛実ちゃん？
愛 実 こんばんわ。何してるの。
一 彰 いや、ちょっと呼び出されて。
愛 実 尚隆君たち？
一 彰 違う。あ、この間、ごめんな。
愛 実 こっちこそ。思わずヒザ、動いててん。
一 彰 あれ、結構効いた。
愛 実 ちょっとやりすぎた。ゴメンナサイ。
一 彰 いや、そうそう、ここ、危ないかも知れへんから、帰ったほうがええで。
愛 実 何で？
一 彰 俺、何か知らん間に怖いお兄さんに目付けられて、ここへ呼び出されてるかも知れへんねん。
愛 実 （笑ってる）
一 彰 何、笑うことないやん。
愛 実 怖いお兄さん、もう来てるよ。
一 彰 え、何処！？
愛 実 ここ。
愛実は自分を指差す。
一 彰 え、これ書いたん、愛実ちゃん？
愛 実 そう。
一 彰 なんや、そうやったんや。あせって損した。
愛 実 何やと思ってたん？
一 彰 いや、尚隆が悪いんや。
愛 実 尚隆君達、いるの？
一 彰 い、いや、おらん。
愛 実 よかった。時間が無いからゆっくり話、出来へんねん。今日来てもらったんは、話があったから。
一 彰 何、何でも言って。
愛 実 うん。やっぱりやめよかな。
一 彰 何、そんなん途中でやめんのなしや。
愛 実 うん。あのな。
一 彰 はいよ。
愛 実 真面目に聞いてる？
一 彰 聞いてるやん。緊張を和らげようとしてるだけ。
愛 実 ありがとう。
一 彰 それで。
愛 実 今もな、私のことな、…好きでいてくれてるん？
一 彰 え？
愛 実 それとももう、他に好きな人出来た？
一 彰 いや、そんなことない。
愛 実 ちょっとこっち向かんと聞いてくれる。
一 彰 何で。
愛 実 話しにくいやん。恥ずかしいし。アツ。
一 彰 そんなん、恥ずかしがらんでも。
愛 実 帰えろかな。アツ。
一 彰 むこう向きます。
愛 実 もし、そうやったら、付き合っても、いいかなと、思って。
一 彰 嘘！
愛 実 嘘ちゃう。
一 彰 う、うお、うおおお。
愛 実 変な声出さんといて。
一 彰 いや、言葉が出て来んかってん。ごめん。アツ。
愛 実 今日は暑いね。
一 彰 なんかねえ、急に。
二人で顔を仰いでたりする。アツ。
愛 実 やっぱり変かな。こんなこと女子から言うの。
一 彰 女子って…。変ちゃう。でも、ほんまなん。
愛 実 ほんま。かな。
一 彰 いつから、そんなん思ってたん？
愛 実 つい、この間。何回も私のこと、好きって言うてくれるし、いろんなこと考えて。
一 彰 僕でいいん。
愛 実 うん。でもね、一つだけ条件があるん。
一 彰 何。
愛 実 聞いてくれる？
一 彰 何でもええよ。あ、そうや、浮気やったら心配無いで、決まるまではちょろちょろするタイプに限って、こうと
決まったら一途なもんやから。
愛 実 違う。そんなことじゃないねん。
一 彰 じゃ、何？
愛 実 誰にも言わんといて欲しいねん。二人のこと。
一 彰 なんや、そんなことか。ええよ、言わへんから。
愛 実 良かった。私、誰にもこのこと知られたくないねん。紘一君や尚隆君にも秘密ね。
一 彰 え、それは。
愛 実 約束やん。二人だけの秘密な。
一 彰 わ、分かった。
愛 実 もし、誰かに知られたら、一彰君は私のこと大事に思ってない証拠にするからね。それが条件。
一 彰 任せて。約束する。
愛 実 良かった。約束ね。じゃ、もう行く。誰かに見られるかも知れへんから。
一 彰 もう帰ってしまうんか。
愛 実 うん。
一 彰 送って行こか。俺、送って行くの夢やってん。
愛 実 あかん。そんな目立つことしたら。
一 彰 そうなん。えらい慎重やな。
愛 実 ごめんね。恥ずかしいし。
一 彰 ええねんええねん。気にせんといて。
愛 実 そのうち、また、お願い。
一 彰 分かった。
愛 実 そや、電話、教えて。
一 彰 ああ、これ。愛実ちゃんのは。
愛 実 ここに書いてある。じゃ、また電話して。
一 彰 ああ。気付けて。
愛 実 うん。バイバイ。
一 彰 バイバイ。
愛実、足早に公園を去る。後に残った一彰は自分の頬をつねる。
一 彰 なんやぁ、何があったんや。
ふと見ると尚隆、紘一が同じく呆然とした様子で見つめている。
一 彰 見た？
紘 一 見ました。
尚 隆 見ちゃった。
一 彰 お願いや、見んかったことにしてくれ。
紘 一 でも、
尚 隆 なあ。
一 彰 約束してもうたんや。このことは二人だけの秘密やって。だから、な…、
尚 隆 俺らな、何も好き好んでここに居た訳じゃないよな。
紘 一 そ、一彰が怖いお兄さんにしばかれたらかわいそうやと思って、あそこで隠れてました。
尚 隆 何か有った時のためにビデオまで回して。
紘 一 こいつは高く売れそうや。
一 彰 お前ら、友達やろ。
尚 隆 うっせい。お前は友達って言うけど、あの女の前じゃ友達を裏切ったんだ。
一 彰 裏切ってへんよ。そんな。
尚 隆 じゃ聞くけど、愛実ちゃんが俺達にも言わないでって言った時、なぜ、「親友に隠し事は出来ない。」ってバシッ
と言ってやらん。分かった、約束するとか勝手にでれでれしやがって。寒い中お前のために待ってやった自分が情け
ねえ。
一 彰 そうか、そう言う手が有ったか。
紘 一 ま、いまさら遅いわな。約束してしもたんやから。口止め料高いぞぉ。
一 彰 そんな殺生なこと言わんといて。せっかくつかんだ幸せやのに。
紘 一 そこまで嬉しいか。
一 彰 ああ。俺は今やったら絶対死にたくない。
紘 一 普通死んでもええって言わへん。
一 彰 そ、そやねん。けど逆やねん。生きてたらいやなことも有るやん。こんなんやったら世の中が終わってしまって、
みんな死んでもええわって思うことも有った。でも今は、このまま時間が永遠に続いて欲しいって感じ。
尚 隆 言うとけ。ほんま。帰るぞ。
紘 一 そやな。永遠にここに居ったら風邪ひくぞ。
一 彰 あほ。風邪なんか引くか。今日は暖かいんじゃ。
二人、一彰を残す形で引き上げようとする。そこへ一人の女の子がすたすたと
やってくる。沙恵である。
沙 恵 丹羽君。
一 彰 あれ、どうしたんこんな時間に。
沙 恵 回りくどい話は無しにするわ。これが私の返事。
一 彰 返事って…。
沙 恵 ずいぶん遅くなったけど、許してね。あなたがくれた押し花、「たつなみそう」って言うのね。花言葉は「私の
命を捧げます」。これが私の答え。「がまずみ」よ。花言葉は「結合」。
一 彰 ええ？
尚・鉱 副委員長…。
沙 恵 言ってしまった。恥ずかしい。
一 彰 怒って口聞いてくれなかったんじゃ…。
沙 恵 急に意識しすぎて喋れなかったの。これからはそんなことがないようにする。
一 彰 わちゃぁ。
走り去る沙恵。何かがおかしい。一彰に、次々と想いを打ち明ける女の子が
現れるなんて。ちょっとぞっとしない空気も流れる
紘 一 お前、もてんねんな。
一 彰 ああ。知らんかった。
三人は呆然と固まる。風に乗って縦笛の二重奏がかすかに聞こえた。
『風の噂』
三人を残して照明だけ次の日へ。「アホォ、アホォ」とカラスが鳴いている。
今日はボランティアの公園掃除である。通称生き生きハイスクールとかいう
企画。なんで高校生が近所の公園を掃除して生き生きするのかの疑問はつき
まとうが、三人はまだ呆然とした状態。彼氏と慎吾がほうきを大量に持って
現れる。
彼 氏 おい。お前ら、ほうき運ぶん手伝えよ。
尚 隆 へ？
慎 吾 なんで手ぶらで来るかな。
紘 一 あ、ごめん、ごめん。
彼 氏 教頭先生が後でみんなが生き生き活躍してる姿、写真に納めに行きますから、それまでがんばれって。
慎 吾 監視付きって事ね。
一 彰 それはがんばらな、な。
彼 氏 はいよ。ほうき。
一 彰 ありがとう。
ほうきを受け取り清掃作業開始。数人の女子が通り過ぎる。愛実の姿もある。
しかし二人の距離は近くて遠い。サインを送る一彰。少し困った顔で笑う愛
実。一彰は彼氏を捕まえる。
一 彰 なあ、ヒロ。聞きたいことあるねん。
彼 氏 俺もな、お前に聞きたいことがある。
一 彰 何や。
彼 氏 風の噂に聞いたんやけど、お前、薫に付き合ってくれって言ったらしいな。
一 彰 え、いつ。
彼 氏 去年。
一 彰 そんなんどこで聞いたん。
彼 氏 やっぱり。
一 彰 いや、言ったっけ？
彼 氏 言ったんちゃうんか。
一 彰 可能性はあるけど冗談やろ。あ、もし気にさわったらごめん。ヒロらのことどうこうしよういうつもりなんか
ないから。
彼 氏 覚えてないんか。
一 彰 ま、俺がどうこうできるいうもんでもないし。お前ら熱々やから。
彼 氏 そんなことないけどな。
一 彰 嘘付け。毎日一緒に帰ってるやん。
彼 氏 それが熱々か。
一 彰 何処まで行ってるんや。
彼 氏 あいつの家まで。
一 彰 そういう意味ちゃうわ。
彼 氏 まあそれやったらええねん。風の噂やから確かめてみたくなっただけ。
一 彰 なんか余裕あってええなあ。
彼 氏 余裕？
一 彰 ああ。中学から付き合ってるから、みんなからあそこの二人はみたいに一目置かれてるし、俺な、彼女を送って
帰るのがちょっとうらやましかってん。
彼 氏 へえ。送っていくのがね。
一 彰 そや。誰に見られても気にせず二人の世界出来てるみたいでかっこええやん。
彼 氏 それってちょっと美化しすぎやで。
一 彰 そうかぁ？
彼 氏 そうやって。初めは新鮮かもしれんけど、今は毎日やから空気みたいな存在やな。
一 彰 かっちょええ！ 俺もそんな空気を胸一杯吸ってみたい！
彼 氏 空気って無くなったらどうなるんやろ。
一 彰 死ぬに決まってまんがな。
彼 氏 そやね。さわやかな風が吹く日もあれば嵐の日もある。暑くも寒くもなる。変な臭いがただよってくる日とか、
いい香がするときとか。こんなんみんな空気。
副委員長カメラを持って登場。
沙 恵 教頭先生の代理でみんなの活動状況を撮りに来ました。
一 彰 あ、お疲れ。
沙 恵 掃除してるところ。
彼 氏 ＯＫ。
だべってた二人は、掃除をするポーズを取る。
沙 恵 はい。ついでに。（彼氏にカメラを渡す）
彼 氏 これ、撮ってええん。
沙 恵 お願い。（素早く前髪を直す）
一 彰 俺と？
言うが早いかシャッターが切られる。
沙 恵 （カメラを受け取ってため息一つ）ありがと。（去る）
一 彰 まいったな…。
彼 氏 ところでそっちの話って？
一 彰 あ、女心について。
彼 氏 好きやなぁ。
一 彰 いや、俺の話やなくて友達の話やねんけどな。そいつに彼女出来てん。
彼 氏 へえ。紘一か？ まさか尚隆ってことはないやろ。
そこへ尚隆、紘一再登場。手には怪しげな本を持ってる。
紘 一 一彰、ええもん拾った。
尚 隆 裏の草むらにこんなん落ちてたぞ。
彼 氏 ま、あの二人に限ってそういうことはないな。
尚 隆 おい、これ見ろって。
紘 一 尚隆。信じれるか。一彰がこれに反応せんかった。
尚 隆 あいつ。一夜にして別人になりやがった。
紘 一 何かむかつく。何枚か飛行機にして飛ばしたれ。
尚 隆 むなしない？
紘 一 かなり。そういう時は仲間を引き込む。慎吾ちゃぁん。ちょっと。
慎 吾 何？
二 人 ええもんあるよ。
そう言うと元の草むらへ沈んで行く。
彼 氏 あいつらおもろいなぁ。
一 彰 スケベは男同士の友情の証やからな。さ、ところでや。こういう場合お前ならどうする。
彼 氏 どんな場合？
一 彰 彼女が出来て、はじめて手をつなぐのは何日目ぐらいが適当か。
彼 氏 はぁ？（笑ってる）
一 彰 いや、笑っとかんと答えてくれ。
彼 氏 お前、何でもよお知ってるやろ。オギノ式がどうこうとか、男と女の産み分けの話とか。オカマバーの内情まで
知ってたやろ。
一 彰 そんなんは知ってるねん。でもな、俺って単なる耳年増やから。どうしてええか分からへん。
彼 氏 なんか一彰に彼女出来たみたいな言いかたやな。
一 彰 ナ、何言うてるねん。俺、こないだ振られたばっかり！
彼 氏 そやんなぁ。
一 彰 そうそう。
彼 氏 紛らわしいねん。
一 彰 どうアドバイスしたら良いか分からへんと言うのが正しいね。
彼 氏 そやね。
一 彰 で、何日ぐらい。
彼 氏 何日かは分からへんで。自然とチャンスがくればかなぁ。
一 彰 それは分かってる。何日目ぐらいでチャンスを作れば…。
彼 氏 一週間ぐらい？
一 彰 やっぱり。それぐらいやと思ってた。じゃ、キ、キ、キスは！
彼 氏 はぁ？（笑ってる）
一 彰 いや、笑っとかんと答えてくれって。
彼 氏 一月ぐらいでどう？
一 彰 そう！ 一月。そ、そ、そ、その先わぁ！
彼 氏 （だんだん乗ってくる）その先って？
一 彰 ええい、生娘でもあるまいに。魚心に水心と申すではないか。
彼 氏 お代官様は、三ヶ月だ！
一 彰 三ヶ月かいいなぁぁぁ。え？ お前ら、付き合って一年以上経ってるよな。
彼 氏 え？
いつの間にか二人の背後に尚隆、紘一、慎吾が張り付く。
尚 隆 楽しそうだね。
紘 一 一彰君、僕たちと違う世界の人になったみたい。
尚 隆 口、滑ったらごめん。
一 彰 ちょっと待て。
彼 氏 あれ、やっぱり何かあったんか？
一 彰 ないない。何にもない。
慎 吾 ちょっと揺さぶったら口割るかもしれん。
紘 一 よおし、エロ本アタック！
一 彰 こしゃくな。
エロ本ページで作った紙飛行機が舞う。一彰は一斉空爆を受けた。みんな
げらげら笑っておかしそう。スケベは男の友情と言うのもまんざらではな
い。この間掃除をしている女子の間ではある会話が行われている。知らせ
るのは美華、志保、沙恵の三人。
美 華 ちょっとニュースやで。
沙 恵 私、先越されたって感じ？
美 華 かっこええねん。アメリカに転校するねんて。宇多田ひかるみたい。アメリカンスクールやて。
志 保 日本人学校違うの？
沙 恵 そやね。
彼 氏 誰が？
美 華 誰と思う？ 愛実やで。
一 彰 （ほうきを地面に落としそうになる）嘘や。
沙 恵 私らもびっくりした。けどほんまみたい。
志 保 すごいね。転勤先が外国やなんて。
紘 一 ずっとか？
美 華 そこまでは知らん。何で？
尚 隆 ほら、送別会せな。
沙 恵 そやね。
美 華 ええなぁ、愛実。
志 保 何で？
美 華 こないだのマクドのガングロのお兄さんより、本物の黒人のがかっこええやろなぁ。
志 保 そうかなぁ。
愛実が上手から登場。人だかりが愛実の周りに出来る。質問攻めにされる
愛実に一彰は近づけなかった。
彼 氏 なあなあ、アメリカ行くって？
愛 実 もう言ったん？
沙 恵 だって、悪い話じゃないやん。
美 華 うちのオトンやったら可能性もないから。
愛 実 そんなんちゃうよ。
紘 一 アメリカの何処なん。
沙 恵 なあ、みんなで愛実と写真撮っとかへん？
慎 吾 撮ろ、撮ろ。
一彰のそばには尚隆だけ。
尚 隆 遠すぎるよな。アメリカ。
そう言うと尚隆もみんなの輪に加わる。一彰、電話を取り出すと、意を
決してボタンを押す。
愛 実 あ、ごめん電話。（みんなの輪から外れる）
『押さえられない気持ち』
愛実が電話に出る。みんなの居るところで携帯で電話。舞台の上下に
見えるんだけど、直接話せないもどかしさ。
愛 実 もしもし。
一 彰 あ、俺。
愛 実 え？ 一彰君？
一 彰 そう。
愛 実 見えてるやん。
一 彰 でも、誰にも気付かれたくないんやろ。そう言うたから、直接しゃべれんくなってもうた。
愛 実 ごめんね。
一 彰 ほんまなん、アメリカって。
愛 実 実は、そうなん。
一 彰 …遠すぎるで。
愛 実 時差、十四時間。
一 彰 何で昨日、言ってくれんかったん。
愛 実 いっぺんにいろんな事言ったら悪いナと思って。
一 彰 人から聞くほうがショックやね。
愛 実 もちろん言うつもりやったんよ。直接。
会話が続く中、みんなはゼスチャーで先に行くをして上手へ去る。
一 彰 いつ行くん？
愛 実 来月のはじめ頃。
一 彰 どのくらい？
愛 実 一年かな。大学はこっちの大学に行ってもいいって話しになって。
一 彰 俺は、その間ずっと日本で待っといたらええんか？
愛 実 普通にしててくれたらいい。
一 彰 俺の普通は怖いよ。
愛 実 でも、それが一彰君やったら、それでいいと思う。
一 彰 俺な、すごい幸せやってん。幸せの青い鳥が舞い降りたって感じ？ でも、その鳥はタッチ＆ゴーちゅうて目の前
から消えそうやねん。
愛 実 目の前にあるものしか信じられへんの？
一 彰 そうじゃない、そうじゃないけど。こんなんやったらたった一度も目の前に下りて来んといて欲しかった。
愛 実 じゃ、忘れてくれていい。
一 彰 忘れられるわけないやん。でも、誰にも言ったらあかんくて、もうすぐ会えなくなって、地球の裏側ほど離れて、
今はショックが大きすぎて。
愛 実 ごめん。
一 彰 …しゃあないな。
愛 実 まださ、何日かあるからどこか行こうか。思いっきりぱあっと遊べそうなところ。どこか連れて行って。
一 彰 どこ。
愛 実 遊園地。
一 彰 最初で最後の遊園地。
愛 実 最後かどうかは分かりません。
一 彰 よし。行くか。乗り物乗り放題のチケット買って遊びまくるぞ。
愛 実 オー！
一 彰 元気出すわ。もうちょっとしか一緒におられへんのに、しょげててもおもんないから。
愛 実 うん。じゃ、約束。バイバイ。
一 彰 バイバイ。
電話を切った愛実は上手に、一彰は下手に去る。糸電話で遊ぶ男の子と女の子。
男の子 もしもし、聞こえますか？
女の子 はい、よく聞こえます。
男の子 こっちは全然聞こえません。
女の子 聞くときは耳に当ててください。
男の子 あ、そうか。
女の子 もう一回実験しましょう。
男の子 もしもし、聞こえますか。
女の子 はい、よく聞こえます。そっちはどうですか？
その瞬間、ぷつりと音がして、糸が外れた。
二 人 ツー、ツー、ツー、ツー、
糸を切った女の子は上手に、男の子は下手に去る。暗転。
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