『猫のいない風景』
作 五ノ井幹也
【キャスト】
由 樹
父
母
和 子
好 美
おばば
静 香
先 生
「オープニング」
テーマソング的音楽の中、舞台中央には制服の女子高生が怪しくたたずむ。
辺りをうかがうと鞄をごそごそ。あ、お化粧なんかしてる。もう一人が登場。
どう、やってみる？ 二人で鏡見て大騒ぎ。最初の一人が今度はタバコを取
り出す。火をつけうまそうに一服。数人の野次馬が集まってくる。笑ってやが
る。これからみんなで挑戦しようという雰囲気。中にはとめる子もいる。しか
し、大勢はやってみようという空気。こうなるともうとめきれない。タバコが
回った。むせている子もいる。バカにされると思って精いっぱい頑張る。最後
まで抵抗を続けたもう一人にもタバコが回される。笑ってごまかすが女の友情
はそう甘くはない。やむおえずタバコに手を伸ばした瞬間ぽとり、周りは何か
に気付いたようで一目散に逃げ始めた。慌てて逃げ出す最後の一人。みんなの
後を走って自転車に飛び乗り後ろを気にしながら一目散。それでも追手は迫る。
急げ、ほんの出来心だ。ここでつかまるわけにはいかないのだ。うまいぞ、
少し離した。そう思った瞬間、自転車は華麗なジャンプを決め、美しきどぶ川
の中へ着水した。暗転。
「護送」
舞台下手。さっきの自転車の女の子と中年の女現れる。女の子にはバスタオル。
女の方も歩き方が変である。舞台上は他の役者によって転換の最中。
先 生 臭いわね。
由 樹 すいません。
先 生 逃げ回った罰よ。
由 樹 はい。
先 生 頭から足の先まで…。助けた私の身になって。
由 樹 すいません。
先 生 歩く度に靴が鳴るのよ。お家まだ？
由 樹 先生。
先 生 何。
由 樹 やっぱり、お母さんに言わなきゃだめなんですか。
先 生 近づかない。
由 樹 すいません。
先 生 …親ってものはね、こういう話は他人から聞きたくないものなの。正直に悪かったと思って話してごらんなさい。
それが一番。
由 樹 でも、塾さぼったなんて言いにくいし。おまけに…。
先 生 そうよね。まともな顔して話せないわよね。でも、それがあなたの「していたこと」なのよ。
由 樹 …。
先 生 なに黙っているの。
由 樹 なんてことしちゃったんだろうと思って。
先 生 そうね。大失敗。
由 樹 先生。私、タバコなんて一生吸いません。出来心だったんです。塾もさぼりません。約束します。だから許して
下さい。お願いです。
先 生 あー、来るなさわるな。
由 樹 すいません。あの、だめですか。
先 生 だめ。
由 樹 そんな。
先 生 情けは人のためならず。私が見逃したってお天道様はちゃんと知ってるのよ。
由 樹 おてんとうさま？
先 生 …神様かな？ 悪いことをした人はみんな見られてるんだから。
由 樹 悪い事って、私、本当に吸っていません。ただあそこにいただけで…。
先 生 じゃあ誰が吸っていたの？
由 樹 それは…。見知らぬ女子高生？
先 生 …何が見知らぬ女子高生だ。うちの学校の制服来てたのはちゃんとこの目で見てるんだ。
由 樹 綾之小路先生、そんなに興奮しないで下さい。
先 生 この期に及んで見逃せだの、一緒にいた奴のこと知らないだの。その曲がった性根、たたき直してあげます。
由 樹 あ、やめてください。私、臭いですから。
つかみ掛かる綾之小路。そこへ騒ぎを聞きつけた由樹の母親登場。
母 親 由樹？ 由樹ちゃん？ ちょっとあなた何やってるんですか。
先 生 とめないで下さい。今指導中ですから。
由 樹 お母さん。
先 生 （気付いて）あ、失礼いたしました。私としたことが。
母 親 どちら様ですか？ 由樹、こっちにいらっしゃい。危ないから。
先 生 あぶ…。私、由樹さんの通っておられるセント・ジョージスチーブンソン女子高等学校、２年Ｃ組担任の綾之小路
です。
母 親 先生？
由 樹 そう。
母 親 （急激に態度変化）それは気が付きませんで。申し訳ありません。いつも娘がお世話になりまして。
由 樹 いつもって訳じゃないのよ。今回初めて。
先生母親 がー！
二人、なぜか愛想笑い。
母 親 で、先生。今日はこんな遅くにどうされたんです？
先 生 はあ、それなんですが。由樹さん。自分でお話しできますね。
由 樹 はい。
先 生 お母さん。私からお話しするより、由樹さんからお聞きになった方がよろしいかと存じます。なぜ、こんな時間に
私が由樹さんを連れて戻ったのか。なぜ、由樹さんはこのようにバスタオルを頭からかぶっているのか。そして、なぜ
私の靴が濡れているのか。そして、辺りに漂うこの悪臭の原因は何なのか。
母 親 この子、何かしたんですね。
由 樹 ごめん。後で話す。
母 親 申し訳ありません。ご迷惑をおかけしまして。
由 樹 話し聞く前に謝らないでよ。
母 親 お前は黙ってなさい。
先 生 いいえ。しっかりお話しするんですよ。それでは今日は遅いですからこれで引き上げます。明日は定刻に登校して
いただかなくても結構です。おって学校からお電話さしあげますので、お二人でお越し下さい。それまでは自宅待機
です。
母 親 自宅待機？
由 樹 あちゃー。そこまで言うんだったら先生話して下さい。
先 生 いいえ。ご自分でおっしゃい。
母 親 先生、どう言うことですか自宅待機って。
先 生 お母さん。この商売も因果な商売ですわ。セント・ジョージスチーブンスなんて気取ってますけど、どぶ川に浸かっ
た靴で電車乗って帰るんですから。では、失礼します。
由 樹 すいません。
綾之小路先生、捨てぜりふを残してハードボイルドに去っていく。残された
親子に気まずい空気と悪臭が漂う。
「波紋」
小畑家の居間。若干の家具。想定はごく一般的な中流家庭である。マンションの
一室らしくベランダが見える。さっきから母親がソファーでアイスノンを頭に当て
て横になっている。そこへお婆ちゃんと小学生ぐらいの女の子登場。
おばば どうだい、様子は。
和 子 頭、冷やしてる。
おばば また０点取ったか？
和 子 お姉ちゃん要領悪いから。
おばば 誰に似たのかねえ。
和 子 …おとうさん。
おばば それを言うな。生んだのは私。
和 子 先生来てたよ。
おばば ただ、ごと、では、ないな。
和 子 聞いて来よっか？
おばば 待ちなさい。またひっくり返ったらまずい。
和 子 じゃ、お姉ちゃんに聞いて来ようか。
おばば 和子、お前には血も涙もないのか。
和 子 良く言えたわね。
おばば こういうことはそれとなく探りを入れるものじゃ。
和 子 なんだ、お婆ちゃんだって知りたいんじゃない。
おばば かわいい孫のことを知りたがらんお婆ちゃんがいるもんか。
和 子 結局知りたいんじゃない。
おばば 和子ちゃんも知りたい。
二 人 協力しましょう。
二人、母親の元へ歩み寄る。
和 子 お母さん、大丈夫？
母 親 （伏せったまま）大丈夫じゃない。
和 子 かわいそう。和子がお手伝いしてあげるから元気だしてね。
母 親 ありがと、でも少し気持ち悪いわね。
和 子 なんでよ。せっかく心配してあげてるのにぃ。
母 親 ごめんごめん。
和 子 おばあちゃんも心配してた。
母 親 ますます気持ち悪くなってきた。
おばば なんでよ。
母 親 （跳ね起きて）お母さん。いらっしゃったんですか？
おばば いちゃ悪いか？
母 親 私は何も…。
和 子 お婆ちゃん。それじゃいつものペースじゃない。
おばば お、
和 子 お、じゃないの。
母 親 私、洗い物済ませてきますね。
おばば いいのいいの。
和 子 そうそう。
おばば 後で私がやっとこう。
和 子 和子もお手伝いする。
母 親 そんな。
おばば 疲れてるんだからここに居なさい。
母 親 でも。
和 子 いいからいいから。ね。
母 親 じゃあ。
おばば ところで雅子さん。
母 親 はい。
おばば なにか私たちに話したいこと、あるんじゃない？
母 親 あるといえば…。
おばば あるんだろ。
母 親 ええ、まあ。
和 子 聞いてあげる。
母 親 和ちゃんはいいのよ、心配しなくて。
和 子 なんで、私何聞いてもびっくりしないよ。
母 親 そういう問題じゃ、
おばば じゃ、どんな問題なの。
母 親 お母さん、嬉しそう。
おばば んにゃんにゃ。嬉しくない嬉しくない。
和 子 お婆ちゃん心配なときの顔と嬉しいときの顔と区別つかないの。
おばば そう。
母 親 私、いまだに信じられないんです。どうしてあの子があんな事したのか。
おばば なにやったんだい。
母 親 ２丁目の角の公園に居るところを、いましがた先生に見つかって連れて来られたんですけど…。
和 子 あ、塾サボったんだ。
おばば それだけかい？ 塾サボったって学校の先生が家まで来るかね。
和 子 そこで犯罪があったのね。
母 親 そんな言い方やめなさい。
和 子 ねえ、お姉ちゃん何したの。
母 親 タバコ。
おばば へぇ〜
和 子 嘘、吸ってたの？ 似合わない。
母 親 あの子は吸ってないって言うの。でもね、先生が来られたとき逃げたんですって。
おばば 何で、吸ってないのに逃げるの。
母 親 拾おうとしてたんですって。
おばば タバコ？ 拾うって？
和 子 ごみ拾い？
おばば 何で逃げるの？
母 親 お友達が吸っているのを止めようとしたら、逆にすすめられて、そうこうしているうちにタバコが落ちて、拾おうと
したら先生に声掛けられたらしく後は一目散。逃げる途中で自転車ごとどぶに落ちて、危なく溺れるところを先生に
引っ張り上げてもらったと。
おばば ばかだねぇ。
和 子 私、はずかしくって学校行けない。
母 親 和ちゃんは学校行ってよ。お姉ちゃん行けないんだから。
おばば 停学かい？
母 親 自宅待機ですって。呼び出しがあるまで。
おばば 情けなくって涙も出ないね。
和 子 私妹やめたい。
母 親 そんなこと言わないの。
和 子 だって犯罪者の妹なのよ。
おばば 雅子さん。子供のしつけのこと、もう少し考えた方が良かったんじゃない。
母 親 そんな。
おばば 私はいつか、こんな事が起きるんじゃないかと思っていたんだ。案の定これだ。
和 子 始まった。嫁いびり。
母 親 すいませんお母さん。でもね、今回のことは…。
おばば デモもヘチマもない。だいたい塾に行かせるのだって私は反対だったんだ。女の子が夜遅くに出歩くなんて。
母 親 しかたなかったんです。少しでも学校の勉強に追いつくようにって思って。
おばば 本当に、由樹は誰に一体似たんだい。
和 子 お父さん。
おばば それを言うなというのに。
そこへ風呂上がりの由樹。しんとする小畑家の人々。
由 樹 いいお湯だった。
三 人 ………。
由 樹 ごめんね、心配かけて。でも大丈夫。私吸ってないからすぐ学校に戻れると思うよ。吸ってた人でも一週間ぐらい
だから、一緒にいただけだから二、三日ぐらいじゃない。
おばば なぜ逃げた。
由 樹 とっさのことだったから。塾、サボっちゃったし。
おばば 逃げなければこんな事にはならなかった。逃げたとたん、人は追われる身になる。逃げれば逃げるほど罪は追いかけ
てくる。良く覚えておきなさい。
母 親 お母さん…。
和 子 お婆ちゃん、スーパーで缶詰ひっくり返しても逃げないもんね。
おばば あたりまえじゃ。あんな詰み方をする方が悪い。でも逃げてみろ。全部私のせいになってしまう。
母 親 そういう意味だったんですか。
おばば そうなれば追われる身になる。罪人になる。その瞬間逃げるか、踏みとどまるか、人生は二つに一つじゃ。
由 樹 私、逃げながら何で逃げてるのかなって思ってた。そうか。逃げなければ良かったんだ。
おばば もう遅い。おまえは追われる身になった。それは消せない事実じゃ。
由 樹 私、吸ってないのに。
おばば そんなことは関係ない。（下手に去る）
由 樹 そんなのってないよ。
一人の男、舞台上手から現れる。
父 親 ただいま。
母 親 お帰りなさい。
父 親 （下手にそのまま去っていくと見せて）由樹。
由 樹 何？
父 親 自転車、あんなところに捨てるな。（鍵を渡し去る）
和 子 拾ってきたんだ。ねえ、どこにあったの、自転車（追う）
一人残される由樹。追われる身になった自分を初めて意識する。
「共犯者」
取り出した小さな鏡。くし、ドライヤー。鏡を覗くと自分がいる。昨日までは
自分のこと普通の女の子だと思っていたのに、気がつくと逃亡生活を始めてい
た。何でこうなるかなぁ。これは夢かも知れない。夢であってほしい。
由 樹 （一度つけかけたドライヤーを止めて）匂い、取れたかな。
まだ、自分の中にどぶ川の匂いがしみこんでいるように感じた。そのとき、
窓の向こうのベランダに人影。手を振っている。気がつかない由樹。人影は小
さな石ころを窓に向かって投げた。
由 樹 （かなり驚く。ソファーに伏せ、ゆっくり確認）静香。もう、びっくりするじゃない。
静 香 （そ・こ・あ・け・て）
由 樹 （そ・こ・？ ＯＫ）
由樹、ベランダへ出て静香を引き上げる。
静 香 大成功。でも怖かった。
由 樹 何で表から来ないの。落ちたら死んじゃうんだから。
静 香 あ、そうか。
由 樹 そうかじゃないわよ。
静 香 だってベランダから抜け出してきたんだもん。ベランダに上ることしか考えてなかった。
由 樹 あんたは猫？
静 香 にゃお。靴、ここ置いてていい。
由 樹 帰りもここから？
静 香 もちろん。猫だもん。
二人、ベランダから部屋へ。なぜか忍び足。
静 香 お家の人は？
由 樹 いるよ。
静 香 おじゃましまぁす。それで、だいじょぶだった？ あの後。
由 樹 それが…。
静 香 え？
由 樹 ちょっと訳ありで。
静 香 何で？ 自転車で逃げたんでしょ？
由 樹 うん。
静 香 私、走って逃げたのよ。
由 樹 その方が良かったかも。いや、私、走るのも遅いから。
静 香 それで捕まったの？
由 樹 …ごめん。
静 香 うそぉ。
由 樹 でも、静香のこと話してない。
静 香 先生、何だって。
由 樹 制服は見られた。一緒にいた奴は誰だって。
静 香 ショーック。
由 樹 明日は自宅待機。呼び出しがあるまで待ってなさいって。
静 香 最低、最悪。
由 樹 ね、私、謹慎かな。
静 香 もち。決まってるじゃない捕まったんだから。
由 樹 二、三日ぐらい？
静 香 さあね、それで済めばいいけど。
由 樹 ねえ、何とかならない。
静 香 生徒指導を甘く見ない方がいいわよ。
由 樹 そんなぁ。私吸ってなかったのに。
静 香 ま、まだ吸ってはいなかった。時間の問題だとは思うけど。
由 樹 そりゃ、一回ぐらいはためしに吸ってみようかなって思ったけど。
静 香 それだけで十分よ。
由 樹 だからやめようって言ったのに。
静 香 やばいなぁ。
由 樹 どうしよう。
静 香 ここまで来たらごまかし通すのも難しいよ。絶対しつこく聞かれるんだ。誰と一緒にいたのかって。
由 樹 私、黙ってる。
静 香 だめ、「謹慎というものは、すべての事実を明らかにした後、先生方のご意見を聞いて初めて始まるのです。何か
一つでも隠していることがあれば、本当に謹慎をしたという事にはなりません。洗いざらい悪いところを吐き出して、
まっさらな気持ちで自分を見つめ直すことが謹慎なのです。」
由 樹 そんな感じなの？
静 香 そう。
由 樹 さすが経験者。まいったなぁ。
静 香 まいったのはこっち。私、いよいよ三回目。
由 樹 あ、そうか。
静 香 学校、辞めちゃおうかな。面白くないし。
由 樹 待ってよ。なんとかなるって。タバコの謹慎は初めてでしょ。
静 香 気休め言わないでいいって。私、平気だから。辞めさせられるくらいならこっちから辞めてやる。
由 樹 本当に退学になるの。
静 香 だって言われたもん。今度何かあったら、進路変更も含めて十分考えてもらいますからって。考えてやる。
由 樹 静香、開き直るタイプなのね。
静 香 何、冷静になってるの。
由 樹 分かった。静香のこと言わない。隠し通してみせる。
静 香 無理よ。
由 樹 無理でもやる。
静 香 それでも駄目だったら？
由 樹 心配いらないって。そのときは私も一緒に学校辞めるから。
静 香 由樹が辞めてどうするのよ。辞めるんだったら私一人でいいって。
由 樹 いいのいいの。
静 香 あんた、ちゃんと分かってる？
由 樹 バカにしないでよ。ねえ、辞めたら何する。
静 香 そうね、とりあえずバイトしてお金貯める。
由 樹 バイトか。お金貯めたら何でも買えるね。
静 香 私は外国行く。ニューヨーク行って美容師の見習いでもして、そのうち店を出すの。
由 樹 いいな。私も行きたい。松田聖子とか来たりして。
静 香 なんで松田聖子よ。もっとすごい外人がいっぱいいるんだから。ブロードウェーの劇場出ている俳優さんとか。
（実名ください）
由 樹 きゃー。茶髪よ茶髪よ。
静 香 元からやっちゅうねん。
由 樹 いいなぁ。その内何とかなったりして。
静 香 どういう事よ。
由 樹 お嬢さん。僕と食事でも。
静 香 あんた、英語しゃべれるわけ？
由 樹 うううん、全然。
父、下手から現れる。
静 香 あ、おじゃましてます。
父 親 どうも。
由 樹 お父さん。聞いた？
父 親 ああ。
由 樹 怒った？
父 親 ああ。
由 樹 ごめんなさい。もうしません。ちょっと悪ふざけがすぎました。
父 親 母さんを困らせるな。
由 樹 うん。
父、下手へ帰る。
静 香 やさしそうなお父さんじゃない。
由 樹 そうかな、ちょっと変わってる。怒らないんだもん。
静 香 いいじゃない。私のところなんか大変よ。タバコなんか見つかったら何されるか。
由 樹 その割には何でもやるのね。
静 香 前向きだから。
由 樹 よく言うわ。
静 香 …やっぱり由樹は学校辞めない方がいいよ。
由 樹 せっかくヤナ気分直ってたのに。現実に引き戻すようなこと言わないで。
静 香 本当に黙ってるの？
由 樹 まかせて。
静 香 うん。無理しなくていいからね。私は大丈夫。
由 樹 ねえ、聞こうと思ってたんだけど、どうしてタバコなんか吸ってるの？ あと一回謹慎になったら、学校辞めなきゃ
いけないっていうのに。
静 香 さあ。難しいことは分からん。
由 樹 落ちつくの？
静 香 まあね。それに、タバコ吸うのもベランダから抜け出すのも私だから。
由 樹 ふうん。
静 香 それに二回目だから、三回目だからってやりたいこと我慢して生きるなんていや。よく分からないけど。
由 樹 不器用なのかな。
静 香 あんたに言われたくない。
由 樹 そりゃそうね。
静 香 期待しないで待ってる。
由 樹 うん。頑張ってみる。
静 香 帰るわ。
由 樹 ベランダから？
静 香 もち。（行きかけて）分かった！ 私前世は猫だったんだ。だからやりたいことをやる。猫ってわがままだから。
じゃ、また明日。ばいばい。
由 樹 ばいばい。
静香、靴を履くとベランダから消えていく。
由 樹 猫か…。
残された囚われの由樹。かすかな風が洗濯物をゆらせて通った。暗転。
「混乱への序説」
翌朝。母親が何やら電話中。
母 親 はい小幡です。あ、先生、昨日は娘がとんだご迷惑をおかけいたしまして。ええ、はい、これからですか？
うちは構いませんが。はい。承知いたしました。は？ええ、もちろん起きてます。普段通りに。そうですか。少々
お待ち下さい。（電話を置いて）パニック！ 由樹！ 由樹！ 先生から電話！
大急ぎで娘をおこしに走る母。和子のお出かけ。
和 子 いいわね、お姉ちゃんはお休みで。
母 親 二度とそんなこと言ったら許さないから。早く行きなさい。
和 子 はぁい。（電話を取ると）お早うございます。先生。いつもお姉ちゃんがお世話になってます。あらまあ、そんな
ことございませんのよ。おほほほ。
母 親 （戻ってきて）何やってるの？
和 子 （電話隠して）うううん、何も。
母 親 由樹、休みだからっていつまでも寝てないで。
和 子 先生の学校じゃ、タバコ吸うとお休みになるんですか？
由 樹 何よ、うるさいわね。
母 親 先生から電話、今から来るって。
由 樹 うそ。最悪。
母 親 とにかく電話に出て。
電話にダッシュの母親と由樹。
和 子 やっと起きてきました。変わりますのでお待ちください。
由 樹 貸して。
和 子 それじゃ、行って来ます。
母 親 いってらっしゃいって、保留してたのに。
和 子 知らない。（出かける）
由 樹 おはようございます。え、妹です。３年生。いえ、中学じゃありません。小学生です。そうですか？ 生意気で
困ってます。え、イヤだ、寝てません、寝てませんって。ごまかそうなんて、先生そんなに興奮しないで、
母 親 何だって？
由 樹 和子の奴、みんなばらしてた。
母 親 もう。（電話をひったくって）すいません、それじゃ、お待ちしておりますので。はい。（切る）
由 樹 印象悪いね。
母 親 分かってやってるのかしらあの子。
由 樹 だとしたらゆるせん。帰ってきたらお仕置きだ。
母 親 とにかく学校行く前に寄るって言ってたから、きちんとした格好して。
由 樹 うん、分かった。
無情なるチャイム。
母 親 パニック！
由 樹 なんでこんなに早くくるの？
母 親 とにかく早く着替えて。母さん時間稼ぐから。
由 樹 え、何着よう。
母 親 何でもいいから、パジャマじゃなかったら。
由 樹 何でもいいって！ どうしよう。
再びチャイムとドアをたたく音。
由 樹 きゃー、もうだめ！
好 美 誰もいないの。早く開けてよ。
母 親 え？
好 美 私。
母 親 好美？
由 樹 もう、びっくりさせないでよ。
扉を開けると長女、好美であった。
好 美 何だ、いるなら早く開けなさい。
由 樹 お姉ちゃんこそ、帰ってくるならそう言ってよ。びくりしたじゃない。
好 美 何で自分の家に帰ってきてびっくりされなきゃいけないわけ？（居間に入る）母さん、ただいま。どうしたの？
母 親 いろいろあるのよ。ねえ、由樹。
由 樹 え、まあ。
母 親 何でこんな普通の日に由樹が家にいるのでしょう。
好 美 なんでって、ホントだ。風邪でもひ、くわけないな。何とかは風邪ひかないって。
由 樹 むかつく。
母 親 大変なの、昨日から。
好 美 なになに、なんかあったの？
由 樹 いいじゃない。帰ってくるなりその話しは。それより早く着替えておかないと。
母 親 そうよ、急いで。
由樹、下手の部屋へ着替えに行く。
好 美 話し途中でやめないでよ。
母 親 じゃ、この辺片づけるの手伝って。
好 美 手伝っていいの？
母 親 …もの、壊さない程度でいいから。
好 美 よっしゃ。あ、この絵、まだ飾ってあるね。
母 親 うん。部屋が明るくなるから。あんた一人、いなくなっただけなのに最近家の中が暗くなったような気がして。
そっち持って。
好 美 それが私の存在感。あ、ごめん。
母 親 しっかり持ってよ。絨毯歪んでるの直したいんだから。
好 美 これでいい。
母 親 ありがとう。
好 美 それで、どこまで話したっけ。
母 親 どの話し。
好 美 昨日から大変って言う話し。
母 親 ああ。由樹いまね、学校いけないの。
好 美 え、なんで。
母 親 タバコ。
好 美 あの子が？
母 親 吸った訳じゃないんだけど、お友達が吸っているところにいたそうなのよ。
好 美 同席って奴ね。
母 親 塾さぼってふらふらしてるからそう言うことになるのよ。情けなくって。
好 美 で、誰といたの？
母 親 …聞いてない。
好 美 なんで。一番肝心な事じゃない。
母 親 本当だ。先生に自宅待機だって言われただけで頭の中が真っ白になっちゃって。そういえば由樹もそのこと、
一言も言ってない。
好 美 先生は？
母 親 さあ。もうすぐ来られるから聞いてみましょう。
由樹、着替え終わって現れる。
由 樹 そのことだけど、お母さんに謝らなきゃいけないことがあるんだ。
母 親 何よ。まだ何かあるの。
由 樹 友達が吸っていたというのは嘘。本当は私が吸ってたの。
好 美 おっと、今開かされる衝撃の事実。
母 親 なんですって。
由 樹 昨日は正直に話せなかったんだけど、やっぱり嘘つくのは良くないし。どうせばれるから。
好 美 なんでそんなことしたの。
由 樹 なんでって、なんとなく。好奇心よ。
好 美 好奇心ね。それだけ？
母 親 もういいわ。塾さぼって、タバコ吸って、嘘着いて。いつからそんな子になったの。
由 樹 ごめんなさい。もうしませんから。
母 親 信じられるもんですか。一度嘘を付くことに慣れてしまったら、ずっと嘘を付き続けるようになるの。誰もあなた
のことを信用してくれなくなるの。そうなってからじゃ、遅いのよ。
由 樹 分かってる。だからもう、嘘は付かないって。
好 美 なんか、悪いところに帰って来ちゃったみたいね。
チャイム。心を静めて玄関に向かう母。
由 樹 ごめんなさい、せっかく帰ってきたのに。
好 美 まったく。誰？ 先生？
由 樹 そうだと思う。
先 生 失礼します。こちらは？
由 樹 姉です。
好 美 どうも。
先 生 で、お母さんには自分で話しが出来た？
母 親 それが先生、今になって昨日の話しは嘘だったなんて。
先 生 ほお。私にも教えてくれますか。
由 樹 …タバコを吸っていたのは私です。吸っていなかったとか、見ていただけだとか言ったのは嘘でした。
先 生 いいでしょう。では、一緒にいた人は誰だったんですか？
由 樹 その人は吸っていなかったんです。吸っていたのは私で。
先 生 そんなことは聞いてない。私が聞きたいのは、あの時私の見た、それもうちの学校の制服を着ていた誰かは誰かと
聞いているんです。
由 樹 …。
先 生 いいですか、これはとても大切なことですよ。謹慎というものは、すべての事実を明らかにした後始まるのです。
一つでも隠していることがあれば、本当に謹慎をしたという事にはなりません。洗いざらい…。
由 樹 （くすっと笑う）
先 生 何が、おかしい？
由 樹 いえ。すいません。
母 親 由樹、お母さんにさっき約束したでしょ。もう嘘は付かないって。
由 樹 （頷く）
先 生 じゃあもう一度聞きます。私の見た、あなたと一緒にいた制服を着たこは誰で、何をしていたのか。言えるわね。
そのとき、おばばがゲートボールから帰ってくる。先生に一礼して、奥の部屋へ消えていった。
好 美 あら、ばあちゃんも暗いわ。全部由樹が悪いんだからね。
由 樹 分かってるわよ。
先 生 さ、聞かせて頂戴。
由 樹 私があの時、一緒にいたのは…、
好 美 じらすね。
母 親 誰？
由 樹 お婆ちゃん。
異様な間
全 員 嘘吐き！
母 親 あなたって子は。
好 美 もっとましな嘘はないのか？
先 生 では、あなたのお話を整理すると、あなたは昨日、学校が終わった後、塾をサボって、なぜか制服を着たお婆さん
と２丁目の公園でおちあい、あなたはタバコを吸っていたけどお婆さんは見ていただけで、そこを見られて逃げ回った
後どぶ川におっこちたと。
由 樹 そうです。
好 美 すごい世界。
先 生 分かりました。あなたがそういうつもりならこっちにも考えがあります。これに、そのばからしい作り話を好きな
だけ書きなさい。よくできたら他の人にも読ませてあげます。その後、お話作りに飽きたら本当のことを書きなさい。
謹慎になるかならないかはその後で決めます。それまでは自宅待機です。
母 親 それじゃ、本当のことを書かない限り…。
先 生 謹慎に入れないわけですから、学校へも戻れません。
由 樹 あ、今のはほんの冗談で、本当は。
先 生 何。
由 樹 私一人でした。
先 生 小畑さん。私はあなたを誤解していたかも知れません。そこまで強情な嘘吐きだとは思いませんでした。私はお母
さんとお話がありますから、下がって結構です。
由 樹 …失礼しました。
作文用紙を持ってふてくされて去る由樹。
母 親 すいません。何とお詫びしていいのか。
先 生 お母さん。お聞きしたいことがあるので教えてください。
母 親 はい。
先 生 昨日、由樹さんはお母さんに自分から何があったかお話しましたか。
母 親 ええ。あの後さっそく問いただしましたら渋々。
先 生 それに対してお母さんはどうお答えになりました？
母 親 どうと申しましても、なにぶんこっちも取り乱しておりましたから。それに、あの臭いでしたでしょ。すぐお風呂
に入れましたから。でも、一通りの注意はしたつもりです。
先 生 一通りね。ご主人はこのことを？
母 親 知っています。
先 生 由樹さんからお話ししましたか？
母 親 いいえ。私から伝えました。
先 生 では、お婆さんにもお母さんが話されたわけですね。
好 美 私も母さんから聞いた。
先 生 そうですか。困りましたね。
母 親 どうかしたんですか？
先 生 少し申し上げにくいことですがお母さん、私がなぜ、自分で話すようにと由樹さんに言ったかお分かりではなかった
ようです。これでは由樹さんがするべきことを全部お母さんがしてしまっている。
好 美 ああ〜、何か分かるな。その展開。
母 親 そんなつもりは…。
先 生 つもりはなくても結果的にはそうなってますね。
母 親 そんなにいけないこと、してます？
先 生 いけないってことはありませんが、良くはないですね。
母 親 （元気なく）ショック。
好 美 まあまあ。
先 生 それからもう一つ。気がかりなことがあります。由樹さんが昨日のうちに誰かと連絡を取ったとか、誰かが訪ねて来た
なんてことはなかったですか。
母 親 訪ねてこなかったと思います。電話も確か、していなかったと。遅くまで起きてはいましたが。
先 生 そうですか。
好 美 先生。なんだか刑事か探偵みたいですね。事情聴取って言うんですか？
先 生 そんな。私は由樹さんのことを犯罪者だとは思ってないつもりです。ただいまの彼女には私たちを受け入れない何かを
感じるんです。それがなんだか知りたくて。これは犯人探しとは少し違う仕事です。私はそう信じてやっているつもりで
す。
好 美 なんか、かっこいいね。
母 親 先生、私は何をしてしまったのですか？ 主人や母に伝えるのがそんなに悪いことだったんですか。
先 生 そんなに心配しなくても大丈夫。まだやれます。こうしてください。もう一度ゆっくり時間をかけて由樹さんと話をす
るんです。どんな状況だったか、なぜ塾をサボって出かけたのか、そのときどんな気分だったのか。それだけじゃありま
せん。いままでの生活のこと、これからの生活のこと。時間は十分あります。私の感なのですが、由樹さんは大切なこと
はまだ何もお家の誰とも話せていません。
母 親 そうでしょうか。私たち何でもよく話してると思っていたんですが。
先 生 もちろん、日常会話程度のお話は。ではお伺いしますが、今、彼女が抱えている一番の悩みは何ですか？
母 親 悩み？ 謹慎になってしまったことでしょうか。
先 生 いいえ。謹慎になる前の悩みです。
母 親 謹慎になる前の？ 悩みなんてないような子ですから。
先 生 本当にそうでしょうか。謹慎になったのがただの偶然でないとすれば、何かが必ず隠れているはずです。家族の誰にも
悩みが打ち明けられない。そういう家庭はとても多いのが現状です。
好 美 あ〜。分かるわ。
母 親 好美まで。
好 美 私はさ、出来がいいからうちの誰にも世話にならなかったわよ。でもね、それはなんかあったら聞いてくれる友達がいた
から。ほら、美術部で遅くまで残って受験勉強してたじゃない。あの時一緒にいた美穂がね、私の愚痴やら悩みをみんな聞
いてくれてたから。もちろん、恩返しもしたけど。あの時、母さんやお婆ちゃんや、ましてや父さんに悩み聞いてもらおう
なんて思いつきもしなかったもの。
母 親 私は母親失格ですね。
先 生 違います。
好 美 そうそう。そういうことじゃない。母さんは自分が私たちぐらいの時のこと、忘れているだけなのよ。じゃ、聞くけど
狭山のおじいちゃんやお婆ちゃんに自分の初恋の人の話ってしたことある？
母 親 父さんや母さんに？
好 美 ないんじゃない、話したことなんか。それと一緒。それってお婆ちゃんやおじいちゃんのせい？
母 親 そう、じゃないわね。
先 生 親なんて寂しいものです。でも、時として大事な役割が廻ってくることがある。今がそのときかも知れません。一度
ゆっくり話をすることで、今まで見えなかったことが見えてくるというのはよくあることです。
好 美 頑張ってね、母さん。
先 生 そうそう、お姉さんやお婆さんが親のかわりになってもいいんですよ。
好 美 じゃ、由樹の奴に久しぶりに付き合ってやるか。
先 生 そうそう、そんなつもりでいいの。それから、外部とのつながりはしばらく絶ってください。きっと今日の変化を見る
限り、何らかの接触を外部と持ってしまったようです。今は家族との関係を見つめ直す次期ですから、外との関係はそれ
を邪魔することに。
母 親 分かりました。気を付けます。
先 生 それじゃ、授業もありますのでこれで。何かあったらお電話ください。夕方にでも一度、寄るつもりですから。
母 親 よろしくお願いします。
先 生 随分きついことをずけずけ言ってしまいました。すいません。私はそういう人間なんです。いつも旦那にしかられます。
まあ、気にせんでください。
母 親 いえ、ありがたく思ってますから。
好 美 災い転じて福となると言うことわざもあるからね。
先 生 あ、お姉さん。いいこと言うね。それを信じてやりましょう。では。
母、先生を送って玄関へ。好美はそれを見送る。
好 美 やばいなあ。このどたばたじゃ切り出すタイミングがつかめん。ま、気長に待つか。
好美、自分の荷物を持って奥へ。それにしても、姉は何の目的があって
帰ってきたんだろう。母親はそれを気にする余裕すらない。暗転。
「作戦会議」
その日の午後、由樹が窓を開けると、どこかでＮＨＫの連続テレビ小説が
終わって一時のニュースが流れ始めたのが聞こえた。窓を閉めると机の上
の作文用紙に向かう。これを書かなければ、謹慎にすら入れない。書こうと
鉛筆を持つが、静香のことを抜きに書くのがどれだけ難しいか。世の中で、
事実に勝る真実は探してもないのが普通なのだ。思わず立ち上がって机を
離れる。居間の電話の横の熊を手に取る。
由 樹 おい、熊。どうしたらいいか教えてくれ。
熊が返事をする、わけない。
由 樹 お前に期待した私がバカだった。まいったよなぁ。なんで塾、行かなかったんだろ。そしたらこんな…。綾之
小路が適当なところで折れてくれるわけないし、かといって昨日、静香と約束しちゃったし。ひょっとして私って
どんどんピンチに追い込まれてるなぁ。熊、何とか言ってくれ。「どうした、元気ないぞ」くまぁ、そうなんだ、
元気くれよ。「僕がいるじゃないか」よし、元気もらうぞ。わー。どた。
開かれた世界は窓から見える青空だけ。風がまた吹いた。
由 樹 静香？（誰もいない）まだ学校か。ベル持ってるかな。
由樹、電話にダッシュ。静香に何やらメッセージを打とうとした。母がお茶を
持って入ってくる。
母 親 由樹、何してるの。
由 樹 （急いで電話を置く）何でもない。
母 親 電話は駄目よ。先生からとめられてるの。
由 樹 電話じゃないよ。ベル。
母 親 いっしょよ。（由樹の部屋へ）作文書けたの？
由 樹 あ！、まだ途中。見ないで。（急いで机に戻る）
母 親 どうして、どうせ見るんでしょ。
由 樹 書けてから。
母 親 じゃ、お話ししましょう。
由 樹 何の話し？
母 親 だから、どうしてこんな事になったのか。
由 樹 それは昨日言ったでしょ。
母 親 違うの。まだお母さんに話してないことがあるでしょ。そのこと。
由 樹 ないよ、そんなの。
母 親 嘘。
由 樹 どうしてそうやって決めつけるの。
母 親 だって分かるもの。
由 樹 分かってない。お母さんには何も分かってない。
母 親 じゃあ聞かせてよ。お母さんに分かるまで聞かせてくれたらいいでしょ。
由 樹 作文書くからしばらく一人にしてよ。今お母さんと話してる暇ないの。
母 親 どうしてそうやって私を遠ざけるの？ 私はそんなにひどいお母さん？ 由樹ちゃんのことを何も分かってあげられ
ないし、そのチャンスすらくれないの。
由 樹 はいはいもう分かりました。後でね。作文書けたら話します。
母 親 何よ、その口の聞き方。
由 樹 すいませんこんな口で。
母 親 いい加減にしなさい。
由 樹 ああこわ。
母 親 （くやしくって涙が出る、でも我慢）…。
由 樹 用事が済んだら出ていって下さい。
母 親 済んでない。まだ何にも。
由 樹 （気付く）作文書くから、後で。
母 親 勝手にしなさい。
母、出ていく。由樹、作文を書く振りをするがすぐ出ていった方を追う。
由 樹 最悪。至近距離で打ち合ってしまった。もう少しソフトに話そうと思ったのに。わ〜どんどん悪い子になっていく。
何でこうなるかな。静香、助けてよ。
居間ではパンチを浴びた母を姉と祖母が迎える。
好 美 どうだった？
母 親 だめ、全然。情けなくって。
おばば まぁ〜、どうして。
母 親 取り合ってくれないんです。初めは穏やかに話そうと思っていたんですけど。
好 美 時間かかるね、これは。
おばば どれぐらい？
好 美 ま、謹慎はいつかとけるだろうけど、人間反抗期に一度はいると二、三年はかかるんじゃない？
母 親 反抗期？あの子、高二よ。
好 美 あるのよ、高校デビューって。中学の時おとなしかった子が、高校に入ってからぐれ始めるっていうのが。
おばば そうか、ぐれたか。
母 親 お母さん、やめて下さい。
好 美 はしかと同じで遅い子ほど症状もひどいって。
母 親 やめてよ。こんなのが二年も三年も続くなんて。死んだ方がまし。
おばば なんという事を。雅子さん、あんたがそんな弱気でどうする。
母 親 すいません。
おばば 由樹一人がぐれたぐらいでそこまで取り乱して。あんたにはまだこの後、和子という娘もおるんじゃ。おまけに
好美がこれからぐれんとも限らん。
好 美 そうそう、大学デビュー。
母 親 ちょっと。
おばば 誰がぐれても真人間の方に引き戻す。これが家族というものじゃ。いままで小畑家はぬくぬくと過ごしすぎていた
だけじゃ。幸せにおぼれてバカになっておったんじゃ。
好 美 バカって。
母 親 そうですね。
おばば ここで小畑家の真価が問われるんじゃ。一家団結して由樹を真人間に引き戻そう。
母 親 ありがとございます。元気がわいてきました。
おばば そうそう、その意気じゃ。
好 美 一家団結ね。やってもいいけどお父さんは？
間。
おばば そこじゃ問題は。
母 親 あの人が、こういう時がつんと言ってくれたら。
好 美 期待できないね。
母 親 大事なときほどいないから。
おばば ま、とりあえずここは女たちでなんとかしよう。奴に出来ることがあったら出番を用意すると言うことで。
好 美 お母さん、何でお父さんと結婚したの。
母 親 外見に似合わず、優しそうだったから。
好 美 やさしそうね…。確かにそれは取り柄ね。
おばば 奴のことは忘れて作戦を立てよう。雅子さん。
母 親 はい。
おばば あんたはさっきやり合ったばかりだからしばらく後方支援に回りなさい。追って指示を出す。
母 親 後方支援って…。
おばば 好美、お前は何とかして由樹に接近して心を開かせ、情報を聞き出すんじゃ。
好 美 アイアイサー。
おばば それは敵国語じゃ。帝国軍人の誇りを持て。
好 美 は〜い。お婆ちゃんは何するの？
おばば 好美が由樹を引きつけているうちに敵陣に乗り込み、情報をゲットする。
好 美 ゲットって。
母 親 作文、お願いします。
おばば もちろんじゃ。何か質問は？
好 美 合い言葉は？
母 親 ちょっとノリ過ぎじゃない？
おばば それで行こう。
母 親 は？
おばば ノリノリやで。完璧じゃ。じゃあ作戦開始。好美行け。
好 美 ちょっと恥ずかしい。
おばば いいから。
三 人 ノリノリやで。
三人散る。
「動揺」
由樹は相変わらず頭を抱えて反省用紙に向かっている。好美、スケッチブックを
持ち出すと由樹の部屋へ声を掛ける。
好 美 由樹、ちょっと降りてこない。
由 樹 何？ 今忙しいの。
好 美 作文、煮詰まってるんでしょ。気分転換におりといで。
由 樹 確かに…。今行く。
由樹、居間へ。どんどん元気がなくなる感じ。静香のことが書けずストレスがたまってきたのだ。
好 美 はい、そこ座って。
由 樹 何よ。
好 美 いいからいいから。こっち向いて。
由 樹 …はい。
好 美 顔が暗いな。何かあったの？
由 樹 知ってるくせに。
好 美 そうでした。ま、いいか。（少し離れて座る）
由 樹 やだ、何やってるの？
好 美 モデル。大学の宿題なんだけど、何か見ないとイメージがわかなくて。
由 樹 脱ぐの？
好 美 やってみる？
由 樹 …やだよ、そんなの！
好 美 うそうそ。冗談。イメージつかむだけだから５分だけ。お願い。
由 樹 しょうがないな。
好 美 サンキュ〜。
由 樹 ねえ、大学って面白い？
好 美 （描きながら）そうね、面白いと言えば面白いし、面白くないと言えば面白くない。
由 樹 何よそれ。
好 美 自分次第だって事。
由 樹 ふうん。
好 美 大学行くまでは好きな絵を描いてられるだけで幸せだって思っていたんだけど、行ってみると結構大変でね。
由 樹 何が大変なの。
好 美 いいもの描かなくっちゃって思うと、結構これが難しいのよ。自分がためされるっていうか。
由 樹 私だって試されてる。小テストなんかしょっちゅうだし。
好 美 テストなんていくらだって言い訳できるもの。「昨日の晩、寝ちゃいました。」とか、「やってなかったのとか。」
注意してくれる先生もいる。
由 樹 お姉ちゃん、英語の太田先生っていた？
好 美 いたいた。予習してこないと立たせる先生。
由 樹 げ、昔もやってたの？
好 美 やってたやってた。二回目当てられて答えられないと。
二 人 正座してろ、タコ。
由 樹 何がタコよね。イカみたいな顔して。
好 美 懐かしいな。
由 樹 懐かしくない。死活問題よ。どれだけ怖いか。
好 美 あ、言い忘れてた。午後の家庭訪問、太田先生来るんだって。
由 樹 う、そ。
好 美 冗談冗談。はい、座って。
由 樹 心臓止まった。
好 美 でもいいよ、高校は。しかってくれる先生がいて。大学の先生の恐さはまた、別なんだ。
由 樹 大学の先生の恐さって。
好 美 例えばさ、高校って謹慎ってあるでしょ。あんたがなる。大学にあるのは除籍って奴だけ。それに点数が悪くても
補習なんてないし、欠席続いても誰も電話なんてしてくれない。あたりまえなんだけど、ときどき寂しくなるよ。
由 樹 その方が気楽でいいけどな。
好 美 あんたには分かるまい。でも考えて見ろ、自分にだれも気付いてくれない恐さ。特に下手に美大なんか行くと、
才能亡き者は去れ、って感じなんだから、おっそろしいぞ。
由 樹 お姉ちゃんは？
好 美 私？
由 樹 才能ある？
好 美 今、戦ってるところ。まあ天才じゃないことだけは確かね。
由 樹 ふうん。でもうらやましいよ。誰にも怒られない生活なんて。
好 美 一人だけ怒ってくれた人、いた。
由 樹 大学で。
好 美 うん。…美穂って子、覚えてる？ 家に何度か遊びに来たでしょ。
由 樹 覚えてるよ。美術部の人。元気にしてる？
好 美 してると思うよ。
由 樹 思うよって。同じ大学でしょ。
好 美 会わないのよ、大学広いから。
由 樹 会わないのに怒ってくれるの。
好 美 え、いやいや。あの子はいい子だ。私と違って。本当。大学で怒ってくれたの美穂だけだ。
由 樹 何一人で納得してるのよ。
好 美 ごめんごめん。あのさ、由樹には友達いる？
由 樹 いるよ。もちろん。
好 美 その子が何か過ちを犯したとしよう。例えば、学校やめる、というようなことを言う。由樹はどうする。
由 樹 とめる。
好 美 それでもやめると言ったら。
由 樹 それでもとめる。
好 美 よし。良く言った。それでこそ友達だ。
由 樹 何が言いたいのよ。当たり前でしょ、そんなこと。
好 美 じゃあこう言うのはどうだ。その子が別な過ちを犯した。例えば、人前でタバコを吸うと言うような過ちだ。
由 樹 何が言いたいわけ？
好 美 さあ、由樹ならどうする。
由 樹 …とめる。
好 美 それでも吸うと言ったら。
由 樹 何が言いたいのよ。もうモデルはおしまい。作文書かなくちゃ。
好 美 美穂はね、私が間違えたときはいつでも自信を持って「あんた、間違ってる。」と言ってくれる。あんまりその
言い方がむかつくから、実は今、喧嘩してるんだ。でも良く考えたら、あんなにいい友達はやっぱりいない。親身に
なって私のこと考えてくれている。あんたとしゃべっていて、自分の間違いに気が付いた。
由 樹 …お姉ちゃん。
好 美 由樹もその友達、大事にしろ。友達ってのはうまく使うと一生ものだから。
好美、スケッチブックを閉じると下手に引っ込む。由樹は自分と静香の
関係を考え始めた。さっきはあんなに自信を持ってとめると言ったのに、
昨日はとめられなかった。おまけに、嘘まで吐いてかばっている。本当
の友達だったらどうすれば良いんだろう。そのころ、由樹の部屋に進入
するおばば。
おばば 進入成功。作文はこれじゃな。まだ一枚目じゃないか、何をやっとるんじゃ。「昨日、おばちゃんとは午後六時に
待ち合わせる予定でした。」何じゃこれは。「町内仮装大会の練習に密かに集まったのです。二人でセイラームーンの
テーマを歌うことになっていたのです。お婆ちゃんはやる気満々で、集合場所の２丁目公園ですでに着替えて待って
いました。」恐ろしいことを書く子じゃ。ひとまず、証拠を押さえて退散。
おばば、作文をカメラに収めると階段を下りようとする。そこへ和子。
おばば だれじゃ。合い言葉は？
和 子 何してるの。お婆ちゃん。
おばば しまった！
和 子 何してるのか教えてくれないと、大声だすよ。
おばば わしはこの子が一番末恐ろしい。いや、待てよ。和ちゃん、セーラームーンの踊りって知っとるか？
和 子 うん、知ってるよ。幼稚園でやった。
おばば ちょっと協力してくれ。
和 子 お小遣いくれる？
おばば 本当に血も涙もない子じゃ。
和 子 くれない？
おばば あげるあげる。じゃからお婆ちゃんと来なさい。
和 子 うん、いいよ。でも紙のお金でないとイヤだよ。
おばば 分かったから。
和 子 あ、念のために言うけど、夏目漱石のはお札の内に入らないからね。
おばば ああ、もううるさい。
二人、何やら秘密の特訓のため退散。
「嘘の吐き方」
窓の外を眺めながら、さっきの続きで静香のことを考えている由樹。もう一度
熊に相談。今の所、本心を打ち明けられるのは熊しかいない。
由 樹 熊、教えてくれ。どうすればいいのか。私はいつの間にかこの家ではお前にしか、本当のことが言えなくなってし
まった。本当のことが言えなければ、黙り続けるか、嘘を吐き続けるしかないよな。こんなので本当にいいのか？
窓の外で動き。静香だ。由樹、辺りを気にするとベランダへ出た。静香を引き上げる。
由 樹 やばいよ。こんな明るい内から。
静 香 私が誰かさんみたいなドジ、踏むと思う？
由 樹 いいから早く入って。こっち。
由樹、静香を自分の部屋へ。もちろん今日は靴を忘れないで。
由 樹 あんたといると寿命が縮むよ。
静 香 ごめんね。はい、今日のノート。真面目にノート取るのなんて久しぶり。
由 樹 ありがとう。
静 香 なんて顔してるのよ。当たり前でしょ、友達なんだから。
由 樹 心配してくれるんだ。
静 香 感動してるな。いいってこと。ところで綾之小路来た？
由 樹 うん。夕方もう一度来るって。
静 香 それじゃ、あんまりのんびり出来ないな。それで？
由 樹 反省文の紙、置いていったよ。
静 香 で、なんて書いたの？
由 樹 安心して。静香のこと書いてないから。
静 香 悪いね、気使わせて。
由 樹 約束、したから。でもね、静香のこと書かないと、とたんに書きにくくなるんだ。特に制服見られてるし。
静 香 何言ってるのよ。適当に書けばいいのよ。上級生らしい知らない人とか。見たことはあるけど名前は分かりません。
とか。
由 樹 そうか、その手があったのか。でも、写真見せられてどの子がそうなのとか言われたら？
静 香 お化粧してたみたいでこの写真では良く分からないとか、自信がないから知らない人に罪をかぶせたくないとか。
そのとき考えなさいよ。
由 樹 すごい。なんでそういうもっともらしいことがすぐ浮かばないんだろう私って。
静 香 どんなこと書いてるの？
由 樹 ちょ、見ちゃ駄目。
静 香 （反省文読んでびっくり）お婆ちゃん？
由 樹 それは、反省文じゃなくて、私の作り話。
静 香 あんた、別な意味ですごいわ。
由 樹 えへへ。
静 香 ま、がんばってみて。
由 樹 もう行くの？
静 香 綾之小路、来るんでしょ？ 私、目付けられてるから。
由 樹 ねえ、静香。今タバコ持ってる？
静 香 なんで、置いていこうか？
由 樹 違うの。もうやめたらどうかなって思って。せっかく私が頑張っても、いつ見つかるとも分からないし、三回目だし。
静 香 忠告ありがとう。見つからないように気を付ける。
由 樹 そうじゃなくて。今回こんな事になって私は思うんだけど、周りの人に本当のことが胸張って言えないのって結構
苦しい。静香みたいにとっさに嘘付けないからかもしれないけど、私、その才能はうらやましくないな。
静香の表情が少しゆがんだ。
静 香 私のこと、言うの。いいよ別に。
由 樹 そうじゃなくて。
静 香 好きで嘘吐いてるわけじゃない。仕方ないもの、バカ見るだけだもの。正直になったって何もいいこと無いんだ
もの。
由 樹 本当にそうなのかな。
静 香 由樹はお嬢さんだからそう思うのよ。優しい家族がいるから素直になれるのよ。
由 樹 私はお嬢さんなんかじゃないよ。それに優しいのと無関心なのは少し似ている。
静 香 いいじゃない、その方が気楽で。
由 樹 確かに私もそう思った。でも、昨日からみんなに嘘を吐いていると、どんどん自分がみんなから遠いところに行って
しまうような気がした。静香が上手に嘘吐く度に、私からも遠いところに行ってしまいそうで怖いのよ。
静 香 行かないよ。
由 樹 それが嘘だったら。
静 香 豆腐の角で頭ぶつけて死んでやる。もう行かなくっちゃ。
由 樹 うん。そうだね。
由樹、本当はもっとしゃべりたかった。言い残したことがいっぱいあるような
気がしてしょうがない。ベランダへ行く二人。
由 樹 なんだか頭の中が混乱してる。
静 香 私を退学にしたくなかったらしっかりして。
由 樹 そんな言い方やめてよ。
静 香 冗談。ばいばい。
静香がベランダから消えた。なんだか由樹は疲れてしまった。ソファーへへたり
込む。そこへ父がいつもより早い帰宅。
由 樹 どうしたの、こんなに早く。
父 親 ただいま。
由 樹 お帰りなさい。
父 親 これ、食べなさい。
父、紙袋を由樹の前に。そのまま下手へ消える。由樹は不思議そうに見送るが、
気になって紙袋の中を見たとたん、動けなくなる。
由 樹 こんなもの、買ってきて。
取り出したものは缶ミカンのシロップ漬け。ずっしりと重い手応えだ。やがて
母親と好美が出てくる。
由 樹 お母さん。（見せる）
好 美 うわ〜。
母 親 懐かしいわね。これ。
好 美 風邪ひく度にたべてたあれだ。
母 親 お父さん、会社で嘘吐いて帰ってきたんだって。娘が病気だからって。それで思い出したんじゃない。
好 美 食べよう食べよう。
由 樹 お父さんにまで嘘吐かして。
母 親 （開けながら）きっとしかられて由樹が元気なくしてるだろうって。だからってねえ、こんなもの買ってこなく
たって。他にいっぱいいいものあるのに。
由 樹 うううん。私はこれがいい。
好 美 由樹は小さいときからこれ、好きだったよな。
母 親 ほんと。熱があっても缶ミカンだけはしっかり食べてた。はい。どうぞ。
ガラスの器を見ているうち、由樹は泣けてきた。嬉しいのと、悲しいのと。
部屋着に着替えた父。現れる。
好 美 お父さん、由樹、感動して泣いてるよ。
父 親 ミカンぐらいで、泣くな。
由 樹 心配してくれてたんだ。私のこと。
父 親 当たり前だ。
由 樹 ごめんなさい、嘘まで吐かせて。
父 親 たまには、いいんだ。
由 樹 よくないの。
父 親 うまいか？ それ。
由 樹 うまいよ。
父 親 そうか。よかった。
由 樹 昔のこと、いろいろ思い出す。
父 親 そうだな。
由 樹 子供のままでいたかったな。そしたら意地張らずに素直なままだったのに。
父 親 お前はいつまでたっても、父さんと母さんの子だ。忘れるな。
由 樹 忘れないよ。父さんも駄目な娘のこと、忘れないでね。
父 親 気を付ける。
母 親 何よ、その言い方。
好 美 ほんと、忘れてたみたいに。
父 親 いや、少し忘れてたかも知れん。昨日気が付いた。もう長い間、こうやって由樹と話しをしてなかった。かなり
でかくなったから、父親なんてもう要らないんじゃないかと思っていた。
好 美 そんなことないよ。
由 樹 そうそう。
父 親 じゃあ、これからも父さんに話しをしてくれるか。
由 樹 するに決まってるじゃない。
父 親 そうか、良かった。由樹、今度二人で釣り、行くか。
由 樹 うん。絶対行く。
父 親 よし、決まった。行こう。
由 樹 うん。…父さん。一つ聞いていい？
父 親 なんだ。
由 樹 友達を助ける方法。とっても大切な友達なの。私が悩んだり、考え込んだときはいつも話を聞いてくれてそばにいて
くれる。昨日も、授業が終わって、なんだかつまらなくて、むしゃくしゃしてるのに付き合ってくれたの。
父 親 昨日の晩、来てた子か。
由 樹 そう。
母 親 誰か来てたの、見たんですか？
父 親 まあ、話を聞こう。
由 樹 …私、勉強得意じゃないんだ。時々、こんな事毎日やって何のためになるんだろうって思う事がある。クラブ行っ
ても何かまとまり無いし。そんなとき、話し聞いてくれて、一緒にいてくれるのがその子。その子は私と違って要領
いいし、悩みなんて無い様な顔してるけど、本当は違うと思うの。私より恐がりで、悩みもあって、でも強がってる。
人にも嘘吐くし、自分にも嘘吐いてるの。
母 親 その子ね、タバコ吸ってたの。
由 樹 そう。
母 親 やっと話してくれたのね。よかった。このこと、先生にも言えるわね。
由 樹 だめ、先生には言えない。
母 親 どうして、言わなきゃ由樹ちゃん、学校に戻れないのよ。
由 樹 分かってる。だから困ってるの。その子、今度何かあったら学校やめさせられるの。三回目なのよ。
好 美 それで黙ってたのか。
母 親 だからって黙っていたら。
由 樹 お父さん、どうしたらいい。
好 美 結構厳しい話しだな。
母 親 どうしたらいいって、仕方ないでしょそのこの責任でもあるわけだし。それとも由樹が学校に戻れなくなってもいい
わけ？
由 樹 友達を裏切るぐらいなら、学校に戻れなくてもいい。
母 親 おかしな事言わないで。分かった、由樹が言えないなら私が言ってあげるわ。
好 美 母さん。それ、今朝先生に注意されたばかり。由樹のしなきゃいけないこと、みんな母さんがやってるって。
母 親 じゃ、どうすればいいの。
由 樹 騒がないでよ。もう、こんな事になるなら言うんじゃなかった。私がどれだけ真剣にその子のこと守りたいと思って
るか、お母さんはちっとも分かってない。
父 親 由樹！ お前も何も分かってない。友達を守る方法にそうやって黙って自分で罪をかぶるという方法も確かにある。
でもそれが、本当にその子のためになるかを考えたことがあるか。その子は何も変われない。せっかく自分を変える
チャンスかも知れないのに、みんな由樹がやってしまう。さっきの母さんと同じだ。そんなものは本当の友情じゃない。
つまらない慰め合いだ。
好 美 …親父ぃ。語ったねぇ。
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