平成１２年度尼崎北高等学校演劇部コンクール参加作品

『北高黄金伝説・創世記編』

作　五ノ井幹也

　　　【キャスト】

　　　　まりちゃん
　　　　うっちい
　　　　なっちゃん
　　　　タナチン
　　　　みほちゃん
　　　　コウイチ
　　　　高橋先生
　　　　体操部員
　　　　西高二年

　　　　　　　　『十年後の再会』

　　　　　　　　　街の雑踏。どこかの喫茶店。ダウンライトの落ち着いた店内。ＯＬ風の女が一人
　　　　　　　　あたりを確かめるように席につく。店員が現われたのだろうか、身振りで後でと告げ
　　　　　　　　る。立ち去る店員。ハンドバックから油取り紙を出し、手慣れた調子でテカリを押さ
　　　　　　　　える。ドアベルに振りかえるが違う人。誰かとの待ち合わせか。携帯電話を取りだ
　　　　　　　　しメールチェックなんてしている。入ってきたのは少し年上風の女性。油取り紙の
　　　　　　　　女の脇を通りぬけた後、ぴたりと止まる。

うっちい 　まりさん？
まりさん 　うっちい？
二　　人 　（同時にうなずきあう）

　　　　　　　　　この後二人は離れて暮らした何年かの時間を消し去るように手を取り喜びあう。
　　　　　　　　やがて興奮もおさまって。

うっちい 　どう、元気？
まりさん 　うん。うっちいは？
うっちい 　元気。
まりさん 　よかった。
うっちい 　私、変わったでしょ。
まりさん 　そぉ？　全然変わってないよ。
うっちい 　嘘、変わったって。
まりさん 　うちのほうこそ。
うっちい 　そうだね。綺麗になった。
まりさん 　も、やだ！
うっちい 　あ、ホットね。
まりさん 　え、え…。
うっちい 　何、まだ頼んでなかったの？
まりさん 　うん。待ってようと思って。
うっちい 　何するの？
まりさん 　え、まだ考えてなかったから。
うっちい 　何するの？
まりさん 　せかさないでよ。
うっちい 　お姉さん待ってる。
まりさん 　あ、じゃ、…、あ、同じの。

　　　　　　　　お姉さんは去った。間。

うっちい 　やっぱ、前言は撤回する。変わってないわ。
まりさん 　悪かった。
うっちい 　いい、いい。あんたいつでも決めるの苦手だったもんね。
まりさん 　ちっとも変わらない。
うっちい 　いつだっけ、モスバーガーで注文決めるのに１０分掛かって私が切れたの。
まりさん 　え、そんなことあった？
うっちい 　あったあった。
まりさん 　物忘れ激しいのに何でそういうことだけ覚えてるん？
うっちい 　わすれられるか？　１０分やで。
まりさん 　…ごめん。
うっちい 　あんまり時間かかるから代わりにアロエドリンク頼んじゃった。
まりさん 　あ！　うっちいやったん！　うちにアロエドリンク飲ませたの。
うっちい 　思い出した？
まりさん 　なんでうち、頼んだ覚えないのにアロエドリンク飲んだことあるんやろってずっと不思議に思ってたん。緑色の飲み物って
　　　　　飲むとき勇気いるんよ。
うっちい 　そんなにまずかった？
まりさん 　まずくはなかったけど、うちが頼みたいのはあれじゃなかった。
うっちい 　あははは、…悪かったって。

　　　　　　　　間

まりさん 　懐かしい。
うっちい 　ほんと。
まりさん 　ね、高校時代に帰りたいって思うことある？
うっちい 　え？　高校時代？　まりさんあるの？
まりさん 　そりゃ、いつでも思ってるわけじゃないけど、ときたま。ね、無い？
うっちい 　無いかな。
まりさん 　そうなん？
うっちい 　いや、そんなさびしそうな顔、せんでええやん。
まりさん 　だって。
うっちい 　なにも私がまりさんや当時のこと嫌がってる訳じゃないよ。あの頃はあの頃、今は今。
まりさん 　だんなさん、元気？
うっちい 　うん。
まりさん 　子供は？
うっちい 　まだ。
まりさん 　どっちに似るんかな。
うっちい 　まぁ、どっちにしても悲惨でしょ。
まりさん 　そんなことないよ。運命の人やねんから。
うっちい 　運命ね。
まりさん 　そう、運命。うちは信じるよ。
うっちい 　じゃ、私は信じへん。
まりさん 　私ら、十年経ってもう一度会える運命なんかな。
うっちい 　何言ってるん。こうして会えてるやん。
まりさん 　違う、あの時のみんなと。
うっちい 　ああ、みんなとね。え？その中に藤井君も入ってる？
まりさん 　うわ、懐かしい。藤井君やって。いたな、そんな子。うわぁ、どうしてるんやろ。
うっちい 　第一印象、強烈やったからね。ふ、あははは。
まりさん 　こうして話してると、だんだん思い出してくる。色あせてた思い出がよみがえって来る感じ。そうそう、卒業旅行、本気で
　　　　　　行きたかったなぁ。
うっちい 　浅草？
まりさん 　違うって。もう。
うっちい 　どっちにしろ何人かは顔を合わせられるはずやろ、同窓会やねんから。学校から名簿借りてきた。
まりさん 　ありがと。
うっちい 　何。
まりさん 　え？
うっちい 　何しんみりしてるん。
まりさん 　昔のこと思い出して。たまにはいいじゃない。私だってしんみりしたいときもあるわよ。だめ？
うっちい 　あのさ、もっとしんみりしてみる？
まりさん 　どうやって？
うっちい 　今から出かける。
まりさん 　だって同窓会の案内状考えて作るんじゃ…。
うっちい 　そんなの後でいいじゃない。行こうよ。
まりさん 　だから何処へ？
うっちい 　もちろんあの頃の学校！

　　　　　　　　　音楽に合わせて変装？　いやいや着替えちゃったりしている。店員の女の子が
　　　　　　　　わけ分からずに手伝ったりして着替えが進む。ごちゃごちゃ説明しても無駄。
　　　　　　　　時間は十年前にさかのぼった。

　　　　　　　　『幼なじみ』

　　　　　　　　　素舞台に鞄を持った女の子が一人現れる。時計を見る。少し早く来過ぎたか。
　　　　　　　　床に鞄を置くと舞台下手へ。やがて折りたたみの机を押して入ってくる。広げようと
　　　　　　　　する。男の子が一人走ってくる。

タナチン 　手伝うわ。
なっちゃん 　じゃ、お願い。（下手へ去って行く）
タナチン 　あ…。

　　　　　　　　タナチン、一人で机を広げる。そこへ再びなっちゃん、パイプ椅子を２つ持って現れる。

タナチン 　て、手伝うわ。（とパイプ椅子を受け取る）
なっちゃん 　お願い。（パイプ椅子を渡すと逃げるように下手へ）
タナチン 　あ…。

　　　　　　　　パイプ椅子を机の前に置き振りかえる。なんとなっちゃんはパイプ椅子を４つ抱えて
　　　　　　　　現れる。

タナチン 　そんなに無理せんでも。
なっちゃん 　手伝わへんの？
タナチン 　手伝うよ。
なっちゃん 　じゃ、これ、並べてよ。
タナチン 　ああ。

　　　　　　　　　二人無言でパイプ椅子を並べる。なんでこんなに気まずいんだろう。二人の間に何が
　　　　　　　　あったのだろうか。

タナチン 　この間…。
なっちゃん 　ホワイトボード、取って来て。
タナチン 　ああ。（行きかけて）勉強、頑張ってるか？
なっちゃん 　もちろん。あと四十五日やから。タナチンは？
タナチン 　ああ、やってる。
なっちゃん 　そ、頑張って。
タナチン 　ああ。そっちも。
なっちゃん 　うん。…ホワイトボード。
タナチン 　任せて。あのさ、こうやって普通にしゃべれるんやったら、それでいいんや。気にせんとってくれ。
なっちゃん 　うん。

　　　　　　　　　タナチンは下手にホワイトボードを取りに去る。見送ったなっちゃんは息が抜ける。緊張して
　　　　　　　　いたのだ。そこへ上手からうっちいとまりさんが登場。

まりさん 　ちわぁ〜。
うっちい 　一人？
なっちゃん 　うん。いや、タナチンもう来てる。
うっちい 　これ、並べとく？
なっちゃん 　その方がいいと思って。
まりさん 　数、どのくらいいるんかな。
うっちい 　こんなもんでしょ。足らんかったらまた取ってこよ。
なっちゃん 　今ホワイトボードも用意してもらってる。
まりさん 　さすが。あと誰が来るん？
うっちい 　コウイチと、みほちゃんは聞いてる。ひょっとしたらもうちょっと増えるかも。
まりさん 　すごいやん。始めは私ら三人だけかと思ってたのに、結構来るんや。実行委員会。
うっちい 　まああえて注文を言えば各クラスから一人ぐらいは出てほしかったかな。自分らの卒業式やねんから。
なっちゃん 　まあ皆さんいろいろあるんでしょ。受験が目前に迫ってるし、合格したらしたでバイトして遊ぶお金貯めておきたい
　　　　　　　らしいし。
まりさん 　遊ぶお金ちゃうよ。学費やん学費。
なっちゃん 　全部？　１００％？
まりさん 　全部じゃないけど。ほら、卒業旅行かって行きたいし。行きたくないの遊園地。うち絶対行こうって決めててん。なあ、
　　　　　　ちょっと混んでるディズニーランドか、以外といけてる読売ランドか、それとも福岡のスペースワールド。長島スパーランド
　　　　　　もあるし、浜松に浜松パルパルっていう所もあるんやて。なあ、どこが一番いいか決めて。
なっちゃん 　ほらみてん。
うっちい 　しかもようさん言うたで。
なっちゃん 　全部行ったら？　お金貯めて。
まりさん 　もう。
うっちい 　誰でも一緒やん。受験のこと考えてたり、旅行のこと考えてたり。結局先のことで頭がいっぱいなんや。いまさら離れて行く
　　　　　　高校のこと考えるなんて、割が合わへんのかもね。
まりさん 　なあ、なっちゃんもうっちいも一緒に行こ、卒業旅行。絶対いい思い出になるから。
うっちい 　考えとく。
まりさん 　そんなん。
なっちゃん 　うちはどちらかというと浅草のほうが。
まりさん 　もう。
なっちゃん 　嘘々。そら私も行きたいよ。でも今はそういう気分になられへんねん。もうちょっと待って。きっと合格して見せるから。
まりさん 　うん。そやね。なっちゃんやったら大丈夫。きっと合格するって。
うっちい 　うちら小学校の６年３組以来の腐れ縁やん。今更３人で旅行いうのもおかしない？
まりさん 　じゃ、他に誰と行くの。私には一緒に記念すべき卒業旅行に行くのはうっちいと、なっちゃん以外に考えられません。
うっちい 　あはは…、
なっちゃん 　光栄です。
まりさん 　うち、今でも覚えてるで。中学の卒業式の後、お祝いにもらったお金持って喫茶店のはしごしたの。
うっちい 　ああ、やったな。５軒ぐらい一日でまわったやろ。
なっちゃん 　あのときもまりさんのペースやった。
まりさん 　だって喫茶店やで、中学生で喫茶店なんて憧れの場所やったやん。
うっちい 　確かに。あのときはすごいええとこに来た気がした。
なっちゃん 　うちは単なる無駄使いに思ったけど。
まりさん 　うそ、なっちゃんも喜んどったやん。
なっちゃん 　緊張のあまりひきつってただけ。
うっちい 　結局３人とも気分が悪くなって最後帰ったな。
なっちゃん 　あんな無駄使いしたの最初で最後やったわ。まさか、今度の旅行でもとんでもないこと計画してない？
まりさん 　してないって。みんなで思いっきり遊んで夜通ししゃべるの。だから０泊４日。

　　　　　　　　そこへホワイトボードを持ったタナチン登場。

タナチン 　これ、持ってきたで。
うっちい 　あ、お疲れ。
まりさん 　なあ、タナチンはどう思う？　ディズニーランド。
なっちゃん 　卒業旅行やって。
タナチン 　何？　三人で行くん？
まりさん 　絶対楽しいやんな。泊まりで遊園地。
タナチン 　そうやな。男もなんか計画立てよかなぁ。まあ、行けたらええけど、その前に大学決めとかんと。浪人で傷心の旅という
　　　　　　ワケにはいかんやろ。
まりさん 　なんや、タナチンまでノリが悪いなぁ。なっちゃんなんか浅草とか言うし。
タナチン （ふと考えて）浅草か。浪人でも浅草ぐらいやったら…。
なっちゃん 　浪人はいやよ。
タナチン 　そうやな、やっぱり受験が先や。いかんいかん。
うっちい 　二人はこれからやもんね。
まりさん 　でもな、卒業やで。もう別々の学校に行くんやで。それやのに平然として。冷たいわ。
うっちい 　そんなことないって。
まりさん 　そうやわ。
なっちゃん 　そうです。私は冷酷な女です。目的の為には手段を選ばないんです。
タナチン 　おお！
なっちゃん 　何よ。
タナチン 　別に。
うっちい 　まあまあ、なっちゃんも行くとこ決まったらかんがえてくれるって。それまで待ち。
まりさん 　予約がぁ。な、平日出発やったら安いねん。（ビラまで持ってる）
なっちゃん 　さ、早いとこ始めよ。時間がもったいない。
タナチン 　そやな。
うっちい 　まりさん。後でね。
まりさん （ぶっすぅぅぅ）

　　　　　　　　『実行委員会』

　　　　　　　　うっちい、鞄の中から模造紙を取りだしホワイトボードへ貼り付ける。第一回卒業式
　　　　　　　　実行委員会である。

うっちい 　ええ、まだそろっていないですが、第一回卒業式実行委員会を始めときます。はいそこ、むくれてないで参加する。
まりさん 　はぁい。
うっちい 　私らの仕事を確認します。卒業式前のスライドのコーナの演出と、実際の運営が主な仕事です。与えられた時間は、
　　　　　　ちょっと待ってね。（鞄からプリントを取り出す）式が十時からなので、九時半から五十五分までの二十五分間です。
タナチン 　そんなにあったっけ。
まりさん 　三年分のスライドやろ？　足らんぐらいや。
なっちゃん 　去年は？
うっちい 　去年もこのスケジュールでやってる。毎年お決まりの展開かな。
タナチン 　あのスライドって、写真屋さんにもらうん？
うっちい 　そう。候補の写真が何枚かあるから、これがいいってこっちで選べるらしい。少なくとも式の十日前までに指定して欲しいって。
なっちゃん 　コメントも考えたり、効果音もつけるから、写真選びは早くしたほうがいいよね。
まりさん 　なあ、合格発表の写真だけは別な子らのやつにしよな。あれ、出だしでいきなり笑われるから。
なっちゃん 　ほとんど中学生の顔してるからね。
まりさん 　なっちゃんなんか三つ編みしてなかった？
タナチン 　そうやったっけ？
うっちい 　ハイ、話がそれてます。

　　　　　　　　　そこへ、アルバムの束を持ったコウイチとみほちゃんが登場。卒業式実行委員の
　　　　　　　　フルメンバーがそろった。

みほちゃん 　遅くなりまぁしたぁん！
うっちい 　それ、写真？
コウイチ 　そやねん。すごいやろこの量。
まりさん 　こんなにあったんや。
コウイチ 　そりゃ、なんかある度におっちゃん来とったからな。ざっと四、五十冊はあるで。
タナチン 　この中から選べと。
みほちゃん 　そうみたい。番号振ってあるからぐちゃぐちゃにせんとってくれって。ぐちゃぐちゃぁ。
うっちい 　おい！　おとなしくここに置き。
コウイチ 　俺が持ってるのが後半。あいつが持ってるのが前半や。
なっちゃん 　ちょっと待って。この中から何枚ぐらい選ぶの？
うっちい 　さぁ。
タナチン 　スライドの上演時間を二十分とするやろ。一分十枚のペースで二百枚。
まりさん 　ええ！
コウイチ 　大体このアルバム一冊に八十枚くらい入ってる。
タナチン 　全部で四千枚ぐらいあるということやな。
みほちゃん 　おお！　計算早い！
なっちゃん 　感心している場合やないよ。四千枚の中から二百枚を選ぶの？　私らだけで？
うっちい 　そういう事になるな。
タナチン 　約二十枚に一枚の割合で採用だ。
みほちゃん 　計算めちゃ早！
まりさん 　それって必要な計算なん？
タナチン 　いや、まったく必要ない。
うっちい 　とにかく、うちらのせないかん仕事は思った以上に大変やということや。
タナチン 　俺、ちょっとなめてたわ。スライドちょこちょこっと映して思い出にひたるだけやと思ってたら、甘かった。
コウイチ 　ま、タナチンもなっちゃんも大学まだ決まってないやろ、時間のかかる仕事は俺らでやるから、安心しといたらええ。なぁ。
うっちい 　そうそう。
みほちゃん 　そうやで。
タナチン 　おお、ありがとう。でもまあ、時間決めてできる事はするわ。な。
なっちゃん 　え、うん。もちろん。
まりさん 　それじゃ早速始めよ。なんせ四千枚やから。
うっちい 　机、もう一つお願い。
タナチン 　分かった。
コウイチ 　とりあえず合格発表と入学式。写真は、この２冊から。どれにする？
まりさん 　どれにするって、この中から決めるのなんか無理。

　　　　　　　　　みんなは写真選びの作業に取り掛かる。舞台上に音楽も必要。誰かがラジカセを
　　　　　　　　持ち出した。机の上にアルバムが広げられる。メモを取りながら写真をチェックする。
　　　　　　　　必ずいるのが、大掃除の最中に昔撮った写真に見入ってしまい作業の手を止める
　　　　　　　　やつ。こうなると遅々として進まない。進めたくないのかもしれない。

　　　　　　　　『新たなお客様』


　　　　　　　　　音楽が突然止まる。つられてみんなの動きも止まった。あれ？　舞台の上手側に
　　　　　　　　制服を着た見慣れぬ男の子が立っている。誰だこいつ。

藤井くん 　こんにちわ。
全　　員 　…こんにちわ。
藤井くん 　ここ、使ってるんですか？
まりさん 　え、使ってるけど。
うっちい 　卒業式実行委員やねん。
藤井くん 　あ、そうですか。ほな、ダメですね。
うっちい 　何？
藤井くん 　いえ、いいです。失礼しました。（去りかけて）あの、いつまで使いますか？
うっちい 　今日は写真選んでるねんけど、まだ始めたばっかりやからもうしばらくはかかるかな。
みほちゃん 　なんせ四千枚あるねん。
藤井くん 　ほな、いいです。
なっちゃん 　君、何年？
藤井くん 　１年です。１組の藤井です。
なっちゃん 　ここに何の用？
藤井くん 　いや、いいです。ここじゃなくてもできますから。
タナチン 　ということはここに何かをしに来たわけ？
なっちゃん 　私らも別にここでないと出来ない作業じゃないから言ってくれたら場所変わるよ。ねえ。
タナチン 　ああ。
藤井くん 　そんなん悪いです。
なっちゃん 　ねえ、うっちいもいいよね。
うっちい 　そりゃ、卒業式するのが体育館やからここでやろうかなと思ったけど、まだ準備するわけじゃないから話によってはねぇ。
コウイチ 　はっきり言え、はっきり。
まりさん 　ちょっと。
藤井くん 　そしたら言います。僕クラブしに来たんです。
なっちゃん 　ここに？
うっちい 　あんた、ナニ部なん？
藤井くん 　体操です。
まりさん 　うそぉ。
みほちゃん 　なんて、ねえ、大事なとこ聞き逃してる？　うち。
コウイチ 　体操やて。
タナチン 　体操か。知らんかった。うちの学校体操部あったんや。
藤井くん 　まだ復活して二ヵ月くらいしかたってませんから無名なんです。
なっちゃん 　ここで練習してるんや。
藤井くん 　はい。
まりさん 　部員、どのくらいいるん。
タナチン 　それは酷な質問やろ。
まりさん 　そう？
藤井くん 　今、僕一人です。
タナチン 　見てみい。
まりさん 　ごめん。
みほちゃん 　体操って面白い？
コウイチ 　なんで女ってこう残酷な質問ばっかりするんやろ。
タナチン 　そやな。
みほちゃん 　え？　なんで？
まりさん 　そんなん、決め付けるほうがおかしいわ。
コウイチ 　そうか？
まりさん 　そうよ。一人でも、たとえ体操でも、地味な競技でも、日焼けしてなくてもスポーツはみな平等よ。
みほちゃん 　でも、この子、色、黒い。
まりさん 　あら？
藤井くん 　これは元々で。
うっちい 　ともかく話は分かりました。あんた、クラブやっていいよ。私ら空いてる教室行くから。そのかわり卒業式直前になったら
　　　　　　場所貸してね。
コウイチ 　頑張れよ。練習。
みほちゃん 　えぇ、これ全部持っていくの？
なっちゃん 　ええやん。早い目に分かってまだましやったと思いなさい。
藤井くん 　待ってください。そんなん悪いです。ここでやってください。
まりさん 　でもクラブするんでしょ。
みほちゃん 　ひょっとして今日はサボって帰りたいとか？
藤井くん 　いえ。僕はあっちの隅っこのほうで出来ますから、先輩らここ、このまま使ってください。一人なんでそんなに面積使わない
　　　　　　んです。
タナチン 　そやかて、なぁ。
うっちい 　気使ってくれんでいいよ。ほんまに私らここでなくても出来るから。
藤井くん 　それに、こうやってにぎやかな方が、楽しくていいじゃないですか。僕こんなに他の人としゃべったの久しぶりなんです。
　　　　　　なんか、一人で黙々とキントレやってると、だんだんいけないことしてるような気分になってくるときあるんです。お願いです
　　　　　　からここでやってください。

　　　　　　　　　他のみんなは顔を見合わせた。ちょっとおかしな展開になってきたが、ここで孤独な
　　　　　　　　体操部員を見捨ててみんなで移動するのも気がひける。ま、いいか。

なっちゃん 　どうする？
うっちい 　うちはどっちでも。
みほちゃん 　移動させるのじゃまくさい。
タナチン 　このままあいつを見捨てるわけにはいかんやろ。人道的に見て。
まりさん 　ここでしよか。
コウイチ 　ええんちゃう。決まりや。
うっちい 　ほな、お言葉に甘えてここでさせてもらうわ。
藤井くん 　ありがとうございます。（敬礼）
まりさん 　なあ、藤井くん、音楽かけてもいい？　うちらその方が能率上がるし。
藤井くん 　いいです。僕もそのほうが。
まりさん 　ありがとう。
うっちい 　そしたら作業再開。

　　　　　　　　　曲が再び鳴り出した。作業再開。みんなはスライド用の写真を並べて番号をリスト
　　　　　　　　アップ。そんな中大樹は曲に合わせて制服を脱ぎ始める。どんどん脱ぐ。まだまだ
　　　　　　　　脱ぐ。やがて、純白の体操競技用の服へと変身した。あっけに取られるみんなを前に
　　　　　　　　華麗なバクテンを決める大樹。一瞬の沈黙の後拍手が沸き起こった。暗転。

　　　　　　　　『ここにいた証拠』

　　　　　　　　　音楽に合わせて何枚かのスライドが映し出される。体育祭や文化祭。よくわからない
　　　　　　　　が授業中の風景もある。やがてスライドが終わり真っ白な光がスクリーンに映し出された。

うっちい 　ハイ、曲止めて。電気もういいよ。
コウイチ 　オッケー。
まりさん 　めっちゃいい。感動やぁ。

　　　　　　　　　舞台に明かりが入る。どうやら選んだスライドの試し打ちをやっていた感じ。舞台上には
　　　　　　　　うっちい、まりさん、コウイチの三人。

コウイチ 　順番適当やねんけど、大体これが歴史順。これ（スクリーン）どうする？
うっちい 　後でコメント考えるときにもう一回映したいから置いといて。
まりさん 　いい！　行けてる！　卒業式って感じやわ。
うっちい 　うん。まあね。
コウイチ 　でもこの枚数はやっぱり多いかも。１５０枚やからカートリッジ付け替えかな。
うっちい 　それはまあ、二台用意してもらって解決できるんやけどな。
まりさん 　どうしたん？
うっちい 　うん。ちょっとひっかかってんねん。
まりさん 　何が？
うっちい 　うん、これはこれでいい感じやねんけど、なんていうか、もう一つ物足らへんって言うか。あのさ、スライド映し以外に何か
　　　　　　企画ないかな。
コウイチ 　藤井のバクテンとか？
うっちい 　卒業式で？
コウイチ 　校長の代わりにこう、バクテンしながら卒業証書を…。
まりさん 　激しすぎへん
コウイチ 　かなり。
うっちい 　そういう「何か」じゃなくて、それもおもろいけど、意味のあるっていうか。
コウイチ 　ま、意味はないわな。
まりさん 　あったら恐いって。
コウイチ 　具体的にどういう意味よ。
うっちい 　うん。なんて言うか、私ら三年間この学校で生活しました、みたいな意味。
まりさん 　それを思い出すためのスライドやん。
うっちい 　まあな。そやけど、ほら先輩らとあまりに同じじゃオリジナリティーがないって言うか、ちょっとつまらへんなぁって。
コウイチ 　まあ考えてみてもいいと思うけど、卒業式やからなぁ。あんまり過激なんはヒンシュクやろ。
まりさん 　バクテンとかな。
コウイチ 　そうそう。
うっちい 　他のみんなにも相談して決めたいねんけど、私らのやってきたことを最後に残せるような何か、考えてみいひん？　出来る
　　　　　　ことがあるようやったら、先生にも相談してやらしてもらえるようにするということで。
まりさん 　それはええけど、思いつくんかな。
コウイチ 　思いつかんかったらそれはそれ。所詮それだけの高校生活やったと言うことや。
うっちい 　やな言い方するなぁ。バクテンのくせに。
コウイチ 　すんまそぉん。
まりさん 　こんなんは？　三年分のスライドの合間を縫って思いでの名場面集を劇にする。
コウイチ 　劇？　つらないか？　それに誰がするねん。
まりさん 　有志を募って。例えば修学旅行のフッチー行方不明事件とか。あ、松井先生の飛行機恐怖症発覚の瞬間とか。
うっちい 　あの先生、恐怖の余り抜け殻になってたからなぁ（笑）。知ってる生徒は笑うとは思うよ。
コウイチ 　松井に出てもらうんか？
まりさん 　出てくれへんかな。もしやってくれたら最高やん。
コウイチ 　べ、ベルトが、留まらない。スチュワァデスさん、これ、結んだ場合、有効に作動するんでしょうか？
うっちい 　するかぁ！

　　　　　　　　　その場面を知っている人だけがおもしろい。お客さんは置いてきぼり。それでもおかしく
　　　　　　　　なるぐらいに再現できれば最高。無理かしら。

三　　人 　（結構笑い続けて）あ〜あ。
うっちい 　無理でしょう。
まりさん 　先生かって礼服着て臨んでるわけやし、厳粛な卒業式の直前やからね。
うっちい 　分かってて言うか？
コウイチ 　やっぱスライドが限界いうのも正論やで。
うっちい 　うん。それも分かってる。でもこうして何かできるのも最後やなって思ったら、ついついやってみたくなるねん。
まりさん 　うっちいはいろんなことやったもんな。
うっちい 　うん。たまたま行きたい大学にも入れた。どたばたやったけど文化祭の大人形も作った。ラッキーにもクラブで全国大会、
　　　　　　ＢＳにも出た。友達もできたし、ちょっとは大きくなったかなとも思う。でもな、まだまだ何か足りへんねん。この体育館にな、
　　　　　　うちがこの時代、この学校におったっていう証拠を残して去りたいねん。ただそれだけ。
コウイチ 　ただそれだけって、十分やろ。…ちょっと欲張りちゃうか。
うっちい 　欲張りかな。これって。
コウイチ 　さあ、どうやろ。でも今の聞いてたら１０人のうち９人まではそう思うやろな。
まりさん 　ずっとうっちいがうらやましいな、すごいなって思ってた。十分証拠は残ってるよ。この時代にうっちいがここにいたっていう。
うっちい 　まりさんは残しておきたくないの？　ここに居たっていう証拠。
まりさん 　うちはそんな自慢できるようなことはなかったもん。残せるもんもないよ。
うっちい 　それでもいいん？
まりさん 　うん。いい。何も残せなくても思い出はいっぱいできたし、楽しくやって来れたし。うちのは残そうと思っても誰も見向きもしいひんと思うわ。うちの思い出とかはうちだけが大事に持ってられたらそれでいいねん。
うっちい 　ま、そうかもしれん。私も何が残せたか確信はないねんから。
コウイチ 　あ、俺、残してるもんある！　しかもこの体育館に！　誰も見向きもせんけど、気付いたらあっと驚くようなもん。
まりさん 　なになに？
コウイチ 　秘密やで。絶対守れるか？
うっちい 　何よ、それ。
まりさん 　守る守る。
コウイチ 　お前は？
うっちい 　ええよ。守る。
コウイチ 　黙って上、見てみ。

　　　　　　　　三人、そっと上を向く。

うっちい 　え？　何？
まりさん 　あ！　穴が開いてる！
コウイチ 　声がでかい！
まりさん 　まさか、コウイチ君がやったん？
コウイチ 　実は。１年のときの文化祭で。照明の玉切れてたから見に行こうと思ってな、そこのはしごで上がったんやん。で、ずうっと
　　　　　　こっちまでまわってきたら。
うっちい 　危ないやん。
コウイチ 　死んだと思った。
まりさん 　うそぉ！　落ちたん？
コウイチ 　いやいや、落ちたら死んでるって。ボカァ！って音がしたとたん近くの柱持って必死のケンスイやで。靴だけ死んだ。
うっちい 　あほやなぁ。それで死んだらどうするんや。
コウイチ 　誰も見てなかったから急いで降りて掃除して黙っててん。人に言うのこれが初めて。
まりさん 　よかった、死なんで。
コウイチ 　まあな。掃除してるときは見つかったらあかんと思ってたから必死やったけど、家に帰ったら急に怖なってん。ひょっとしたら俺、
　　　　　　こうして生きて家に帰ってなかったかも知れへんねんなぁって思って。そしたらな、おかんの顔とか、自分の部屋とか、いつも
　　　　　　何気なく見てるもんが、大事に見えてきた。
まりさん 　…それ、地震のとき思った。
うっちい 　地震って神戸の？
まりさん 　うん。家族とか、友達とか、ひょっとしたら会えへんかったかもしれへんと思ったとたんに、すごく大切に思えた。
コウイチ 　そういえば似てるかも。
うっちい 　そうやな、忘れてたけど、そんな気分なったことあるな。
コウイチ 　あの穴、俺の失敗の記録やねんけど、誰にも気付かれずにこのまま残っておいて欲しいような気もする。
まりさん 　…なあ、スライドもっかい見よ。
うっちい 　…うん。
コウイチ 　…そうやな。

　　　　　　　　　電気を消しに行くコウイチ。高校時代にはもう一度帰れないと気付くと、何気ない
　　　　　　　　スライドも大切に思えてきたのかもしれない。先ほどのスライドがもう一度スクリーン
　　　　　　　　上に映し出される。

続く…

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