『ＳＴＯＲＥ ＬＩＫＥ』
【キャスト】
白岩大吾
安田啓馬
樋口麻美
小山京子
宇津井天長
沢野まどか
田島良雄
幕が開き、静かな舞台に一人の男が金属バットを手にたたずんでいる。
田島良雄である。何処からともなく声が聞こえてくる。
アナウンサー ツーアウトながらもまだチャンスは続きます。ランナー二塁三塁その差一
点。一打逆転サヨナラの場面。バッター二年生田島君、大きく深呼吸。今大会の
田島君はいわゆるラッキーボーイ的存在で打率二割六分、期待がもてます。三
塁ランナー、主将の白岩君も声を出している。
アナウンサーの声、歓声に消される。田島、バットを落とし頭を抱えて
うずくまる。
アナウンサー 見逃し三振んんっ！ 手が出なかった。最終回にドラマはなかった。田島君
呆然。最後のバッターになってしまいました。
アナウンサーの声、フェードアウト。田島は静かに起きあがりバットを
見つめる。田島バットを手に取り、何か意を決したように走り去る。暗転。
「占 拠」
明かりがつくと、段ボール箱がいくつか積んである。そこへ、一人の男
がやって来る。安田啓馬である。段ボール箱を見つけて。
安 田 何だこりゃ？ これ全部うちの売り物じゃないか。誰がこんなことを、こまる
んだよなぁホントに。
安田、段ボール箱を片づけようとする。そこへ一人の男、白岩大吾が
やってくる。
白 岩 安田、何やってんだ。早くしろよ！
安 田 あ、白岩さん。見てくださいよ、これ。
白 岩 何だこりゃ？
安 田 分かんないですよ。今さっき来てみたらこんな風になってたんですよ。
白 岩 何だよ、誰だよ、こんなことしたの…。
白岩、段ボール箱に貼ってある紙を見つける。
白 岩 何だ。
安 田 どうかしました？
白 岩 紙が貼ってあんだよ。
安 田 なんか書いてありますね。
白 岩 ああ。
二人、紙を読み出す。
安 田 白岩さん…、これってもしかして。
そこへ、一人の女がやってくる。樋口麻美である。
樋 口 白岩さん、安田さん、おはようございます。何やってんです？どうかしたんで
すか？
安 田 どうもこうもないんだよ。麻美ちゃん、これ見て。
樋 口 段ボール箱。
安 田 そうじゃなくて、この紙。
樋 口 え？
安 田 読んでみて。
樋口、目で読む。読み終わって。
樋 口 白岩さん、まさか…、田島さんが…。
また一人女がやってくる。小山京子である。
小 山 みなさん、おはようございますぅ。
樋 口 眠そうね京子ちゃん。大丈夫？
小 山 すいません。低血圧なもので…。みなさん、どうかしました？
安 田 京子ちゃん、大変だよ。
白 岩 安田、慌てんじゃない。落ちつけ。
安 田 あ、はい。
白 岩 樋口、店長呼んでこい。
樋 口 分かりました。（出ていく）
小 山 すみません、よく分かんないんですけどぉ(ソファーに座る）
白 岩 安田、説明してやれ。
安 田 はい。
安田、小山に紙を見せ説明しようとする。ふと見ると小山寝ている。
安 田 白岩さん、京子ちゃん寝ちゃいましたよ。
白 岩 ほっとけ。
樋口が店長を連れて戻ってくる。
樋 口 店長がいらっしゃいました。
宇津井 い、一体何事ですか。おまけにこの段ボール箱。
安 田 店長、この紙見てください。
宇津井 「スーパー宇津井の倉庫はいただいた。田島」 …何だって！ 本当ですか。
安 田 ジョークにしちゃ笑えませんね。
樋 口 イタズラにしてもたちが悪すぎますね。
白 岩 間違いなさそうだなぁ。何やってんだ
樋 口 警察に連絡した方が。
宇津井 ちょ、ちょっと待ってください。それはまずいです。
樋 口 え？
宇津井 店の信用に関わる問題です。ここは我々だけで解決を。
安 田 我々だけでってどうするんです。
宇津井 （間）どうしましょう。
安 田 なんすかそりゃ。
宇津井 初めてなんですよこんな事。経験なくって。
安 田 みんなそうですよ。
樋 口 田島さんからの要求はないんでしょうか。
ポケットベルのコール音が聞こえる。安田、自分のポケベルを見る。
安 田 「モウイチド ハラマキタイ」？
樋 口 働きたいの間違いじゃないですか。
安 田 これって、田島さんからですよ。
白 岩 何だよ、あいつ倉庫の電話からベル打ってるのか。なんでこっちに直接かけて
来ねえんだよ。
安 田 元々気の弱い人でしたから。
宇津井 田島さんの要求はとりあえず分かりましたね。
安 田 分かっただけですけどね。
白 岩 乗り込むしかないんじゃないか。
樋 口 危険ですよ。
白 岩 何で。
樋 口 何か武器でも持ってたとしたら。
白 岩 いくらなんでも…。
安 田 一人で乗り込んでくるくらいですから。分かんないですよ。
樋 口 どうしましょう。
宇津井 こういうのはどうでしょう。
安 田 何ですか。
宇津井 倉庫はこのままにしておいて、取りあえずここにある段ボールの中身だけ売るっ
ていうのは。
安 田 それじゃ解決策になりませんよ。
樋 口 ぜんぜん思い浮かびませんね。
白 岩 そろそろ小山、起こしてこい。
安 田 あ、はい。京子ちゃん。そろそろ起きて。
小 山 はい？
安 田 白岩さんイライラしてるから。
小 山 すいませぇーん。
白 岩 起きたか。
安 田 気、使わせないでね。店長はいじけるわ、京子ちゃんは寝るわ、田島さんまで
戻ってきて閉じこもるわじゃ、僕身が持たないから。
小 山 あの、ちょっといいですか？
安 田 何、まだなにかあるの？
小 山 そもそも田島さんって誰なんですか？
白 岩 あれ、小山は田島のこと知らないのか？
小 山 はい。
樋 口 京子ちゃん、田島さんが辞めた後に入ってきたんだ。
安 田 そうだった。すっかり忘れてた。
樋 口 昔、この店にいた人でね、なんていうか…。
白 岩 ま、そういうことだ。あいつは根が百姓だからな。細かいことを根に持つところ
があっていかん。ともかく、こうして全従業員が一丸となってこのスーパー宇津井
の危機を乗り越えることが…。店長、自分のアイディアが受け入れられなかった
からってすねてないでこっち来てくださいよ。
宇津井 あ、はい。
白 岩 しかし、こうして全員集まってみたところで何の役にも立たないんだなこれが。
しょうがねえな、安田。
安 田 は、はい。
白 岩 お前、ちょっと倉庫の中見て来いよ。
安 田 僕がですか。
白 岩 他に誰がいる？
安 田 いやですよ。
白 岩 何で？
安 田 怖いじゃないですか。
白 岩 何田島相手にびびってんだ。とっとと行って来い。
小 山 あの…。
白 岩 ん？
小 山 田島さんの具体的なイメージがまだ…。
樋 口 そうね、突然この店からいなくなっちゃったから。本人見るのが一番だと思うけ
ど。
小 山 あ、そうですね。
安 田 そうですねって、京子ちゃん状況分かってる？
小 山 じわじわっと。
白 岩 こんな状況じゃらちが開かないな。突破口がほしいんだけどな。
安 田 いやですよ、僕。
白 岩 使えねえ奴だな。
安 田 何と言われようといやです。
宇津井 まさか開店前に倉庫を乗っ取られるなんて。
小 山 そもそもなんで田島さんはこのスーパーから居なくなっちゃったんですか。
白 岩 店長が首にしたんだよ。
安・樋・小 え？（全員店長に視線）
宇津井 なんでこっち見るの。
安 田 思い切った事しましたね。
宇津井 いや、私もずいぶん悩んだんだよ。でもね、立場上…。こっち見ないでよ。
白 岩 店長の肩を持つ訳じゃないがあれは仕方なかった。あいつはミスばっかりする
し、仕事も休みがちだったからな。
安 田 かわいそうな気もしますけど、だからって立てこもっちゃうのはどうでしょう
ね。
白 岩 これだからいやなんだよ。普段から自分ってものをうまく表現できねえ不器用な
奴っていうのは。極端から極端に走るから。
安 田 田島さん、根がまじめだからしつこそうですね。
白 岩 ううう、イライラする。
樋 口 押さえてください。
小 山 よしっ！
白 岩 なんだ。
小 山 思いつきました。
樋 口 何を。
小 山 突破口っていうんですか？
安 田 すごい、一応考えてたんだ。
白 岩 言って見ろ。
小 山 踊りましょう。
樋 口 踊る？
小 山 そう、踊って踊ってどんちゃん騒ぎをして、何事かと田島さんが顔を出したと
ころをみんなでもって押さえつける。
安 田 天野岩戸じゃないんだから。
白 岩 意表を突いていいかもしれない。
安 田 ちっとも良くありませんよ。
小 山 なんで？
樋 口 でも、京子ちゃんにしては良く考えた方ですよ。
小 山 わーい。ほめられた。
安 田 本人はあまりまじめに考えてないよ。白岩さん。店長放っておいていいんです
か。さっきから遠くの方見ちゃってますけど。
白 岩 店長は考えたらあてにならない。
安 田 そういえばそうですけどね。
そこへ鼻歌を歌いながら近所のおばちゃん沢野まどかがやってくる。
沢 野 おはよう。
樋 口 あ、沢野さん。沢野さんです。
小 山 あ、おばさんいらっしゃい。
沢 野 どう、みんな元気？ 何しけた顔してんのよ。
白 岩 出た…。
安 田 白岩さん、ヤバイですよ。
白 岩 何とかして追い返せ。
安 田 追い返せって。
沢 野 別に、さ用はなかったんだけどさ、近くまで来たもんだからちょっと寄ったの
よ。はいこれ。
樋 口 え？
沢 野 みかん。田舎から送ってきたのよ。みんなで食べようと思って。
小 山 おいしそうですね。
沢 野 結構いけんのよこれ。有機栽培の無農薬だから。この店もこういういい物仕入れ
なきゃだめよ。ちょっとそこの二人もこっちいらっしゃい。
安 田 呼んでますよ。
白 岩 お前もだろ。
安 田 早く行かないとうるさいですよ。
白 岩 分かってるよ。樋口。お茶もってこい。ウンと濃いやつな。
沢 野 いいのよ、そんな。私が好きで来てるんだからさ。あらそう？悪いわね。それ
じゃいただくわ。
安 田 まだ何も言ってませんよ。
白 岩 いいから好きにさせとけ。
安 田 でも、このままじゃ立てこもりの事、商店街中に広まっちゃいますよ。
白 岩 じゃ、お前が何とかしろ。
沢 野 安田ちゃん。
安 田 はい。
沢 野 宇津井さん、どこ行っちゃったの？
安 田 その辺にいましたよ。
沢野が振り向くとそこに宇津井。
沢 野 あらま、やだよこの人は。なにたそがれてるのよ。男前！
宇津井 ………。
安 田 店長、再起不能みたいです。
白 岩 ま、無理もないだろう。こんなこと前代未聞だからな。
沢 野 なに、なんかあったの？
白 岩 いえ、なにも。
沢 野 やだよ、水臭いじゃないか。ちょっと京子ちゃん。
小 山 このミカン、おいし。
沢 野 何かあったんでしょ。
小 山 そうみたいです。
沢 野 あんた知らないの？
小 山 じわじわっとしか。
沢 野 そうまでして隠したいの。こりゃますます知りたくなっちゃったわね。
安 田 あの子は本当に分かってないんです。
沢 野 じゃ、安田ちゃんは分かってるんだ。
安 田 あ、いえ、あの、その、白岩さん。
白 岩 お前の見せ場だ。耐えるんだ。
沢 野 ねぇ、教えてよ。なんなのよ。
小 山 沢野さん。
沢 野 何？
小 山 沢野さんってどうして毎日来るんですか？
白 岩 うまい。話がそれた。
安 田 助かった。
沢 野 どうしてって聞かれても困るんだけどさ、家にいても暇なのよね。ここに来た
ら退屈しないし、みんな優しいし家から近いし。
安 田 ここを第二の我が家にしちゃってますよね。
白 岩 なんでも店長とは長いつきあいらしい。
沢 野 ま、いつもお世話になってるから困ったことがあるなら力になりたいのよ。ね
え安田ちゃん。教えなさいよ。
安 田 そんな、沢野さんのお手を煩わすような事じゃ。白岩さん！
樋 口 お茶が入りましたよ。
沢 野 ありがと。麻美ちゃんの入れてくれたお茶っておいしいのよねえ。
小 山 あたしもいただきます。
安 田 そろそろ店、開けないと。
沢 野 安田ちゃん。
安 田 あ、はい。
沢 野 隠し事はなしにしましょう。
樋 口 ばれちゃったんですか。
白 岩 まだだ。だが時間の問題だ。
沢 野 さあて、そろそろ話してもらいましょうか。一体ここで何があったの。
安 田 それは…。
沢 野 言えない？
コーナーに追いつめる沢野。張り付く安田。みんな無言の声援を送る。
安 田 …はい。
沢 野 安田ちゃん、いくつだっけ。
安 田 二十六です。今年で二十七になります。
沢 野 へぇ〜二十六。私の人生の年輪の半分ね。その先輩がこうして頼んでるのに言
えないっていうの。あ、そう。
安 田 いじめないでくださいよ。
沢 野 いじめるもんですか。でも、言わなきゃ話は別ね。あの事、ばらしちゃおっか
なぁ。
安 田 あの事？
白 岩 沢野さんはお前の何を知っているんだ。
安 田 分かりません。心当たりないですよ。
沢 野 あの段ボールと関係あるんでしょ。
白 岩 ばれてる。
安 田 そりゃ一目で分かりますよ。
沢 野 五秒前、四、三、二、一、…。
間
沢 野 京子ちゃん、こっちいらっしゃい。
小 山 え、なんですか。
沢 野 あのね、……で、……で、……なのよ。
小 山 えっ、安田さんって。
安 田 白岩さん、見られてます。
白 岩 我慢だ。
沢 野 しぶといわね。一体何があったの、この段ボールはなんなの。白状しなくても
いいのよ。五秒前、
安 田 みんな、ゆるしてくれ。
白 岩 落ちた。
樋 口 プロですね。
白 岩 ああ、プロだ。
小 山 プロですか。
沢 野 何？何なの何があったの。
安 田 実は…、倉庫を乗っ取られちゃったんです。
沢 野 乗っ取られた？
白 岩 昔風に言うと篭城です。
沢 野 ロウジョウ？
樋 口 はい。いぜんここで働いてて店長に首切られた人なんですけど。
沢 野 そりゃあんまり人様に自慢できる事じゃないねぇ。で、あんた達これからどう
する気？
樋 口 とりあえず内々で話を付けようと。
沢 野 そりゃ無理だわ。
安 田 どうしてですか。
沢 野 あたしに知れたもの。
樋 口 やっぱり。
安 田 そこを何とか。
沢 野 冗談よ。喋りゃしないわよ。
樋 口 本当ですか。
沢 野 本当だって。日本の主婦の口のかたさを信用しなさい。
安 田 一番信用できないですね。
沢 野 一言多いわよ。
安 田 すいません。
沢 野 さ、盛り上げていきましょう。これからの作戦は？
白 岩 これから立てるところです。
ポケベルが再び鳴る。
安 田 読みます。「ワタシヲワスレテナイカ」 十一文字です。
樋 口 怒ってるでしょうか。
白 岩 強く出れないところが奴の弱点だな。
沢 野 じれったい事するじゃないか。どうして直接話さないんだい？
白 岩 出てこないんですよ。臆病な奴ですから。
沢 野 立てこもってる人って誰なの？
樋 口 田島っていう人です。
沢 野 そんな人居たのかい？
白 岩 覚えてないのも無理ないです。これっていう得意技がない男でしたから。
沢 野 そこまで影、薄いの。（店長を見る）
白 岩 樋口、ちょっと店長見てやってくれ。目がやばい。
樋 口 はい。店長。心配ありません。沢野さんが仲間に加わってくださいました。
店長！
宇津井 私は…、一体…。
樋 口 気がつきました。
白 岩 よし、店長大丈夫ですか。
宇津井 私なら大丈夫だ。気にかけずに任務を遂行してくれ。
沢 野 大変ね、あんたも。
宇津井 ああ、沢野さん！ いつからそこに。
沢 野 事情は聞いたは。
宇津井 誰に。
沢 野 みんなに。
宇津井 Ｗｈｙ？
白 岩 成りゆきです。諦めましょう。
小 山 強い見方ですよ。
宇津井 危険が大きすぎる。
白 岩 ようし。
沢 野 みんな、集まんだよ。
安田 どうするんですか？
白 岩 ここへおびき出す。
樋 口 出てくるでしょうか。
白 岩 このままじゃらちが開かないだろう。とりあえず呼びかけよう。
宇津井 できるだけ刺激しないように。
白 岩 田島ぁ！ みんな迷惑しているんだ。出てきて直接話そう。どうなんだ！
安 田 ドアが開きますね。
間
安 田 開いただけですね。
小 山 どきどきしちゃった。
白 岩 何か動いた。
宇津井 動揺してますかね。
安 田 多分びびってるんだと思いますよ。
ポケベルコール音
白 岩 何だって？
安 田 読みます「メッセージナシノヨビダシ」
白 岩 どういうことだ。
樋 口 …何も言いたくないんじゃないですか。
宇津井 無言を表してるって事でしょうか。
沢 野 さっき動いたのはそのためだったのね。
小 山 芸が細かい。
安 田 田島さん、別に言いたくないときはベル打たなくても結構ですから。
白 岩 何だ？
樋 口 腕で丸作ってる。
沢 野 ＯＫってことじゃない？
小 山 またまた芸が細かい。
白 岩 イライラするなぁ。ちょっとそれ貸せ。そこだぁ！（安田の鞄を投げる）
樋 口 なにか鈍い音しました。
白 岩 やったか？
沢 野 コントロールいいじゃない。何かやってたの。
白 岩 高校時代にちょっと。
沢 野 やるじゃない。
安 田 僕の鞄が…。
小 山 あ、復活した。
沢 野 意外としぶとい。
白 岩 敵もなかなかやるな。
樋 口 敵ですか。
白 岩 そうだ。奴はもう元同僚でも何でもない。目の前に立ちふさがる奴はすべて敵
だ。
安 田 強さの秘訣はそこにあったのか。
白 岩 やるしかねえな。
安 田 やるって、何を。
白 岩 決まってるだろ…。強行突破だ。
樋 口 待ってください。危険です。
白 岩 おれが死んだら、人は皆こう語り継ぐだろうよ。「スーパー宇津井を守るため
散った、馬鹿な男がいたとよ。」
安 田 スーパーで殉職してどうするんですか。
樋 口 白岩さん落ちついて。
白 岩 おれははっきりしない奴が一番嫌いなんだ。
樋 口 ちょっと京子ちゃんそんな所でミカン食べてないで。
小 山 広い心で見守りましょう。
樋 口 何言ってるの。
安 田 店長助けてください。
宇津井 頑張って！
安 田 励ましてどうするんですか！
沢 野 （歩み寄って）男になってきなさい。
樋口・安田 挑発しないでください。
沢 野 いいから見てなさい
白 岩 ウオオオオオッ！
倉庫前段ボールへ向かって突進していこうとする白岩。押さえる樋口・
安田。声援する者もいる。ついに白岩は樋口・安田を振り切って猛然
とダッシュ。ところが白岩の足には一本のロープがしっかりと食い込
んでいた。
白 岩 ノォォ！
安 田 落ち、ついて、くだ、さい。
沢 野 まだまだ青いわね。
白 岩 （ロープが沢野に握られていることを発見し）どういうつもりだ。
沢 野 自分が周りの見えてない男だって事、知るべきね。
白 岩 （実生活が走馬燈のように頭をめぐり）クゥ
小 山 やっぱりプロね。
宇津井 ああ。
樋 口 お茶です。
小 山 ぬるいですけど。
安 田 落ちつきました？
白 岩 なんとか。
樋 口 良かった。
沢 野 さ、落ちついたところで名誉挽回してもらいましょう。
白 岩 人の足、引っ張っておきながら…。
沢 野 獅子はわが子を、千尋の滝へと突き落とす。
小 山 感動。
宇津井 良い場面だ。
白 岩 いつからわが子になったんだ全く。分かった。次の作戦だ。
安 田 今の作戦だったんですか？
白 岩 うるさいよ。
安 田 穏やかな奴がいいですね。
沢 野 先走ってもダメよね。
樋 口 みんなが加われる現実的なものを。
小 山 何でもいいでーす。
安 田 早く。
樋 口 決めないと。
沢 野 時間が経つだけだしね。
宇津井 開店時間が…。
安 田 ねぇ、白岩さん。
白 岩 うるさいね。今考えてんだよ。よし！
安 田 何か思いつきましたか。
白 岩 ああ、この作戦しかない。
沢 野 なになに。
白 岩 樋口。
樋 口 はい。
白 岩 何とかして田島をこっちに来させろ。顔を出させればそれでいい。
樋 口 え、あ、はい。
白 岩 小山。
小 山 はい。
白 岩 お前は万が一田島が暴れたら、かまわん、打て。
安 田 ちょっと待ってください。何やろうとしてるんですか。
白 岩 名付けて、「太陽にほえろ大作戦」。
安 田 何で刑事物に走るんですか。
白 岩 何となくやりやすいだろうが。樋口がおとりとなっておびき寄せおれが説得に
当たる。そして万が一に備えての狙撃班小山だ。
小 山 わーい。
沢 野 私は何をすればいいんだい。
白 岩 沢野さんは犯人の母親役、やってもらいます。
沢 野 ＯＫ！
白 岩 安田！
安 田 …。
白 岩 返事が悪い。お前はおれの下で働く新米刑事だ。おれが指示したら真っ先に
突入だ。
安 田 そんな。
白 岩 つべこべ言うな。よし、作戦開始する。小山、発砲の準備はできているな。
小 山 いつでもどうぞ。（手にはミカン）
白 岩 沢野さん！
沢 野 息子はどこですか！
白 岩 安田！
安 田 だって…。
白 岩 樋口、作戦開…
宇津井 あ、あの…
白 岩 何ですか。
宇津井 私は何を？
白 岩 店長は、その辺で野次馬お願いします。
宇津井 出来るだけのことはやってみます！
白 岩 樋口、頼むぞ。
樋 口 田島さん、出てきてください。お話があります。
白 岩 説得はまかせろ。
安 田 大丈夫ですか。
白 岩 心配するな。
田島が段ボール箱の向こう側に現れる。
小 山 あれが田島さん？ 打ちますか？
白 岩 待て、何だよ簡単に出てくるなよ。もうちょっと引っ張れよ。
田 島 …………。
安 田 田島さん困ってますよ。
白 岩 分かったよ。田島、要求は何だ。怯えてないで早く言え。
田島、言おうとするが言えず、倉庫に引き返そうとする。
小 山 動くな！
白 岩 ポケベルは使うなよ。
田 島 （意を決して振り返る）…もう一度、このスーパーで働きたい。
白 岩 お前、自分のやっていることが分かっているのか。見ろ、お前のおかあさんも
泣いているぞ。
沢 野 仁ぃぃぃ。そったら事止めてけれぇぇぇ。
田 島 僕、良雄です。
沢 野 …良雄ぉぉぉ。
田 島 …母ちゃん。
白 岩 よし、その調子。安田、そろそろ行くぞ。
安 田 本気ですか。
白 岩 田島、お母さんをこれ以上泣かせるような真似は止めろ。
田 島 僕は諦めるつもりはありません。
安 田 田島さん、意外と頑固ですね。
白 岩 予想外だ。
田 島 僕は諦めません。
白 岩 何でそんなにこの店にこだわるんだ。他に就職先はいくらでもあるだろう。何
だったらおれが世話してやる。それで解決だ。
沢 野 そりゃそうね。意外と簡単な問題だったじゃない。
安 田 ついでに僕の分も頼んじゃおっかな。
田 島 諦めません。
樋 口 ちょっと…。
田 島 そんなに簡単に片づけないでください。ぼ、僕本気です。認めてくれるまでこ
こから出ないで済む覚悟も用意もしてありますから。
倉庫に戻って行く。
樋 口 田島さん！
白 岩 ここから出ないで済む覚悟も用意もって、やっぱり武器買い込んであるんだ。
宇津井 冗談は止めてくださいよ。
沢 野 いや、最悪の事態は考えてた方がいいんじゃない。
小 山 ということは、密輸拳銃とか。
安 田 まさか。
沢 野 体中にダイナマイトっていうのも良くある手じゃないか。
宇津井 止めてください！ どうすればいいんだ。
沢 野 あれなんでしょ。このスーパーとしては、これ以上人を雇うって訳には行かな
いんでしょ。
宇津井 雇うとなると、誰かに止めてもらわないと。しかしこの非常時だ。誰かに犠牲
になってもらって…
安 田 店長、何て事言い出すんですか。
樋 口 私、いやよ。この就職難に失業するなんて。
宇津井 みんな、私の立場も分かってください。これは非常手段なんだ。
白 岩 てことは、田島を戻せば第二、第三の田島が出てくる可能性もあるわけだ。
安 田 そういう事になりますね。
宇津井 本当にどうしましょう。（パニック！）
樋 口 やっぱり警察しかないんじゃないですか。
宇津井 でもそれだと店の名に傷が。
樋 口 倉庫吹っ飛ぶ方が痛いと思いますけど。
宇津井 やっぱり警察！
沢 野 でもね、商人（あきんど）にとって、店の看板は命より大切なものなのよ。
宇津井 やっぱり内々に！
小 山 店長がんばっ！
宇津井 はい、白岩さん、どうしましょう。
白 岩 さっきからおればっかだなぁ。ちょっとは他の奴も考えろよ。
安 田 ええー、「太陽にほえろパート・大作戦」とかですか？
白 岩 そういう事じゃなくって…
小 山 あのぉ。
白 岩 なんだよ。
小 山 あたし考えたんですけど。
樋 口 何を？
小 山 作戦。
全員 え！
小 山 まだ何も言ってないんですけど。
白 岩 何だ、言って見ろ。
安 田 京子ちゃんが！
沢 野 意外とこういう所から妙案が出てくるのよ。
白 岩 みんな、待て。聞いてみて感心しよう。さ。
小 山 田島さんは周到に準備を重ねてこの店に現れたと思うんです。
白 岩 …いいねえ。それで。
小 山 ところが不意をつかれた私たちにはそんな準備は全然ありませんでした。ここ
が盲点だと思うんです。
宇津井 確かに。この子の言うとおりだ。
樋 口 あたし感動。
小 山 だから、食べ物を買いに行きましょう！
安 田 そんな力込めて言う事じゃないよ。
沢 野 やっぱりこの程度の子なのね。
白 岩 緊張感をそいだな、貴様！
樋 口 待ってよ。京子ちゃんの言うことも一理あるわ。田島さんは持久戦に持ち込む
つもりです。私たちもそれを受けて立つなら。
沢 野 腹が減っては戦は出来ぬってやつ？
安 田 そういえばお腹空きましたね。
白 岩 分かった！ じゃ樋口。小山と二人でなんか買ってきてくれ。おにぎりとかパ
ンなら、みんな適当に食うから。
安 田 お茶も忘れないでねぇ
樋 口 分かりました。行こ、京子ちゃん。
京子 はあい。
安 田 行ってらっしゃい。
沢 野 何か悪いわね、何の役にも立たなくって。これじゃ何しに来たんだか全然分か
んないわね。
安 田 いいですよ。ここに遊びに来たんでしょ。
沢 野 あんた、優しいのね。サンキュ。
白 岩 安田、トライトライ。モノにしてこい。
安 田 本気で気を悪くしますよ。
宇津井 しかし何でまた立てこもるなんて極端なこと始めたんでしょうか。
白 岩 それほど追いつめられたって事じゃないですか。あいつ、子どもかなんかはい
たか？
安 田 結婚はしてなかったはずですよ。
沢 野 あれなんじゃないの、親御さんが病気だとか。
安 田 両親は後五十年は死にそうにないって言ってました。
白 岩 あいつが首になってからの一年に、一体何があったんだ。
沢 野 一年。人を変えるには十分な時間ね。
安 田 あんまり変わったようには見えませんでしたよ。
白 岩 いや、あいつは変わったよ。仕方がない。安田。
安 田 あ、はい。
白 岩 もう一度田島の身辺洗いなおしてくれ。
安 田 なんで刑事物に走るんですか。
白 岩 何だよ、盛り上がらねえなお前は。
沢 野 でも、もう一度働きたいからってその店に立てこもるかしら、普通。
安 田 何か別の理由でもあるんですかね。
白 岩 かもしれないな。
宇津井 別の理由があるとするとしたら、一体なんでしょう。
白 岩 だいたいこんな店にこだわるのが分かんないんだよ。おれなら首になったらす
ぐ転職するけどな。
安 田 直接踏み込んで聞いちゃえば。
白 岩 おれもそうしたいんだけど出来ないんですよ。
沢 野 何で？
白 岩 何で？
安 田 武器を持っているかも知れない。
白 岩 こう言うんです。
沢 野 そんなの本当に持ってると思う？あたしは持ってないと思うけどな。
白 岩 でしょ、おれもそう思うんですよ。
宇津井 だって沢野さん、さっきダイナマイトこうやって持ってるって。
沢 野 例えばの話よ。
安 田 でも何の備えも無しにたった一人で立てこもるって言うのは考えにくいですよ。
白 岩 いや、あいつならあり得る。やっぱり武器なんか持ってない。
安 田 武器は持ってなくても、倉庫にトラップ（罠）なんかが仕掛けてあるかも知れ
ませんよ。
白 岩 あいつにそんなことを考えられる頭もなけりゃ行動力もない。そんな高度なも
のは持ち合わせていないんだ。
安 田 変わったんでしょ。この一年で。さっき白岩さんそう言ったじゃないですか。
白 岩 そうか…。そうだな。
宇津井 やっぱり最悪のことも考えておかないと。
沢 野 だとしたら簡単には行かないね。さっきのが最後のチャンスだったりして。
宇津井 それじゃ困るんですよ。
沢 野 大変ねあんたも。
宇津井 （すがって泣く）くぅ。
白 岩 ようし、武器持ってるならこっちも対抗だ。
安 田 え、対抗って。
白 岩 あいつにどれだけの武器があるかわからんが、こっちも出来るだけ武器をかき
集めて対抗だ。
宇津井 倉庫、壊さないでくださいね。
安 田 なんでそうなるんですか。
白 岩 だってあいつ変わったんだろ？ 武器持ってんだろ？
安 田 だからって、そうだ、話し合いで決着を。
白 岩 そんな必要はない。
安 田 そんな無茶苦茶な。
白 岩 無茶はあいつの方だ。はっきり言おう。今のあいつに人権はない。
沢 野 そこまで言っちゃう。
白 岩 言っちゃいます！ 言い切っちゃいます！ 安田、やるぞ。
安 田 やるって何を。
白 岩 聞いてなかったのか。武器をかき集めんだよ。
安 田 本当にやる気ですか。
白 岩 当たり前だ。名付けて「西部警察大作戦」
安 田 「太陽にほえろ」とどこが違うんですか。
白 岩 武器の火力が違うんだよ。それじゃ始めるぞ。何か質問は。
宇津井 倉庫、壊さないでくださいね。
沢 野 具体的には何を持って来りゃいいんだい。
白 岩 武器です。
安 田 トカレフとかありませんよ。
白 岩 何でもいいんだ。武器になりそうなものだったら何でもいい。
沢 野 集合は。
白 岩 五分後、この場所に。時計を合わせよう。（合わせる）それじゃ五分後集合。
みんな、散ってくれ。
みんな一斉に入り口に殺到する。
白 岩 散ってくれって言ってるんだよ。
安 田 出口は一つなんですよ。
沢 野 キャー。盛り上がってきたのよー。
宇津井 倉庫のこと、お願いしますよ。
みんな一斉に出ていった。後に残ったのは静寂の事務所である。
静かである。そこへ異変に気づいたのか田島がバットを上段に構
えて出てくる。辺りを見渡しがっくりと肩を落とす。バットが音
を立てて床を転がった。
田 島 誰も居ない。放っておけばそのうち諦めると思っているんだろうか。こっちは
真剣なのに。…案外その辺に隠れてたりして。刑事さん、やっぱりおれ、間違って
ました。刑事さんの言葉に心を打たれました。これからは真っ当な人生、歩いて
いきます。寒い…。空しい…。侘びしい…。いつもこうだった。誰も相手にして
くれない。誰も相手にしてくれないから私はどんどん一人の世界に閉じこもって
行くんだ。私の中の善の心がこう言う。「良雄、お前は自分が何をやっているか
分かっているのか。」 すると私の中の悪の心が「分かっているとも。でもな、
人に迷惑をかける事なんて、気にしていたら馬鹿を見るだけだ。」 善の心が
「馬鹿を見たっていいじゃないか。それより大切なことがあるんだ。」 悪の心
が「そんなことをいっているから、お前はいつまで経ってもダメな男なんだ。」
善の心ピンチ！ 「さあ、悪魔に命を売ってしまうのだ。そして一緒に世界を支
配しよう。ムハハハハハ」
買い出しから帰ってきた樋口と小山が事務所に戻って来た。
樋 口 田島さん、何やってるんですか。
田 島 恥ずかしい。あの、誤解してます。私こんな事始めちゃいましたけど、決してお
かしくなったわけじゃないんです。
樋 口 そうですか。
田 島 分かってもらえないと思うけど、ちゃんと考えてます。
小 山 あの、初めまして。バイトの小山です。
田 島 あ、元従業員の田島です。
小 山 会社、辞めさせられたんですって。
田 島 ええ、まあ。
小 山 大変ですね。
田 島 そう、ですね。
樋 口 田島さん。
田 島 はい。
樋 口 大変なのは分かりますけど、みんな困ってますよ。
田 島 …。
樋 口 田島さんがこんな事、いきなり始めるから。
田 島 こう言うことはあまり予告しないでいきなりするもんだと思うんですけど。
樋 口 そういう事じゃなくって。
田 島 やっぱり…。
樋 口 どうしてこんな事始めたんですか。
田 島 それは…。
小 山 それは？
田 島 そ、その…、もう一度この店で働きたいんです。
樋 口 それは知ってます。でも、倉庫乗っ取るなんて事しないで、みんなと話し合え
ばいいじゃないですか。
田 島 でも…。
樋 口 でも？
田 島 白岩さん、怖いし。
樋 口 白岩さんは見た目は怖いですけど、優しい人ですよ。勇気を出してみんなと話
し合いましょう。
小 山 でもみんな、何処行っちゃったんだろ。
田 島 やっぱり出来ません。私には勇気がない。もう少し時間をください。
樋 口 そんな、話してみなきゃどうなるか分からないじゃないですか。
田 島 だから不安なんですよ。離してください。
樋 口 ちょっと、京子ちゃん。手伝って。
小 山 だって、怖ぁい。
ふとしたはずみに樋口、田島を投げ飛ばしてしまった。
小 山 きゃー、樋口さん強ぉぉい。（羨望のまなざし）
樋 口 やだ、私、何もしてないよ。そんな目で見ないで。田島さんが勝手に倒れたの
よ。
ふと見ると田島は倒れたまま。
小 山 トドメ、刺します？
樋 口 ちょっと、田島さん、大丈夫ですか？
田 島 …お腹が。
樋 口 お腹打ったんですか？
田 島 空きました。
樋口・小山 え？
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