創作脚本の部屋へ 作 しーちゃん 潤色 ごのい
【キャスト】（女13）
香代（かよ）
知佳（ちか）
芽衣（めい）
晴美（はるみ）
美音（みのん）
妃宝（ひとみ）
朱桃（すもも）
藍海（あみ）
絢玻（あやは）
「古ぼけた熱帯夜」
遠いような近いような記憶。その日はまさに熱帯夜。舞台奥から一人の少女が現れる。美音である。
目を凝らせば他にも数人の少女が、暗闇に潜んでいるのが分かる。
美音 ぼーっとしてたらこんな時間。何もしてへんのに気だるい。さっさと風呂入って寝ないと。髪をとかして、服を脱ぐ。
美音は羽織っていた衣服を軽やかに天高く吹き飛ばす。同じように吹き飛ぶ複数の衣服。ふわふわ
漂うようにそれは空を舞った。
妃宝 ドアを引くと、漂うシャンプー臭。
朱桃 蓋をあけると、もわっとした蒸気がたちこめる。
絢玻 たちこめる。
藍海 たちこめる、オレンジの入浴剤。
絢玻 お湯を汲む。
美音 でかい方の洗面器に並々汲んだら、あたしの腕力じゃ支えきれんくなって、結局汲みなおす。
妃宝 そんでおもっきし頭から。
朱桃 ざっ、ばぁー。
絢玻 ばっさぁー。
藍海 汚いものが渦を巻いて、排水口に、
妃宝 流れてゆく。
朱桃 流れていく。
美音 あたしはすっきりする。でもこの汚れはきっと、消えるわけじゃない。
妃宝 流れて流れて。
藍海 めぐってめぐって。
美音 きっと、あたしのもとに戻ってくる。
妃宝 逆かな。
美音 汚れはもともと、あたしのものじゃなかったんかも。
朱桃 洗う。
藍海 ごしごし。
絢玻 ざっ、ばぁー。
美音 あ、明日プールや、剃らないと。
妃宝 腕、脇、太もも、ふくらはぎ。
朱桃 なんでこんなデブなんやろ。醜い、死んじゃいたい。
絢玻 みんなみたいに、細くなりたい。
妃宝 そんで、好きな服着たい。へそだしの服とか。
朱桃 背中がおもっきし開いたワンピとか。
藍海 いっぱいおしゃれして。
絢玻 お姫様になりたい。王子様とか要らんけど。
妃宝 まぁ、どっちかっていうと彼女欲しい。
朱桃 ってかぶっちゃけ、友達欲しい。
美音 ともだち。
藍海 放課後、コンビニでアイス買ったり。
絢玻 どーでもいいことを真剣にやったり。
美音 そういうことができる友達。
妃宝 でも、そんな友達は居らんくて。
朱桃 まぁ、移動教室とか、お昼ごはんとか。
藍海 体育でペア作るときとかは、一人にならんかったけど。
絢玻 本気で話せて。
美音 本気で笑えて。
妃宝 本気で泣けて。
朱桃 そんな友達って、今はもう居らんくて。
藍海 今は、もう。
絢玻 あぁー。
妃宝 あぁー。
美音 正直言うとさ、ほんまは、ほんまはな。そんなんできる子、
朱桃 あの子だけ。
美音 一人しか、
藍海 隣に居らんくなってから思った。
美音 おらへんねん。
絢玻 寂しい、めっちゃ寂しい。
美音 あの子だけやった。
妃宝 知ってるよ、あの子に依存してんねん。
美音 そっかな？
妃宝 そっ。
朱桃 ちょっと性格きついけど、実は自分にも厳しくて。
藍海 笑ったらめっちゃ可愛くて。
絢玻 そんなあの子じゃないと、アカンから。
美音 …痛っ。
美音は誤って自分を傷つけてしまう。時間差でゆっくりと、傷口から湧き上がってくる細く赤く、
生ぬるい流れ。
朱桃 泡がしみる。
妃宝 血？
藍海 血。
絢玻 ピンク色の泡になる。
美音 ちょっと可愛いなとか思っちゃったり。
妃宝 どっくん。どっくん。
朱桃 どっくん。どっくん。
美音 あたしの脈とともにピンクはどんどん濃くなって。
絢玻 どっきん。どっきん。
妃宝 どっきん。どっきん。
藍海 目眩がする。
妃宝 夢の中に居るみたいで。
朱桃 ふわふわ。
藍海 泡はいつのまにかりんご色。
絢玻 真っ赤っか。
藍海 …真っ赤な唇。
妃宝 雪のように白い肌。
朱桃 透き通る歌声。
藍海 誰が見ても可愛くて。
絢玻 誰からも好かれてて。
美音 あたしがもし白雪姫になったら。そしたら、あの子はもう一回好いてくれるんかな。
妃宝 昔みたいに？
朱桃 あたしが死んだら、あの子は助けに来てくれるんかな。
妃宝 あの頃みたいに？
藍海 あたしは変わらずに、今もずっと居る。
絢玻 あたしは変わらずに、今もずっとあの子を…。
こぽこぽこぽ。泡のつぶやきに合わせるように、かすかな声が聞こえてくる。それは美音の心の
つぶやき。「本気で話せて、本気で笑えて、本気で泣けて。そんな友達って、今はもう居らんくて。
今は、もう…。あぁー、正直言うとさ、ほんまは、ほんまはな。そんなんできる子、あの子だけ。
隣に居らんくなってから思った。」
そのつぶやきに合わせるように人影が次第に増えていく。天空から一筋の光が、美音のつぶやきを
聞いている。「寂しい、めっちゃ寂しい。知ってるよ、あの子に依存してんねん。そっかな？ そっ。
ちょっと性格きついけど、実は自分にも厳しくて。笑ったらめっちゃ可愛くて。そんなあの子じゃないと、
アカンから。」美音の傷口からはまだ、細く長く血が滴っていた。
『ぽっかぽかの教室』
ぽ〜んと飛んでくる赤い可愛い分子模型。美音がキャッチ。
美音 赤血球の出来方！
大胆な場転。明かりが変わる。六時間目の眩しくて眠たい三〇二教室。生物基礎の授業。
美音 幹細胞が何回か分裂すると、赤血球のもとになる細胞が出来ます。はい、次後ろぉ。
朱桃 この先祖の細胞が何回か分裂して、だんだん細胞内のヘモグロビンの量が増えてゆき、細胞の核が抜け落ちて、赤血球になり
ます。（赤血球をパス回し）はぁい、次ぃ。
絢玻 その後、百二十日ほど体内を回り続け、寿命がくると脾臓で壊されます。えい。ぶちゅ。はい（つぶした赤血球をパス）
藍海 このときヘモグロビンはヘムとグロビンに分けられ、ヘムに含まれている鉄分は体内でリサイクルされます。でもって、次ぃ。
沈黙。みんなが徐々に晴美を見る。おい、誰か起こしてやれよ。みんなは呆れ顔。藍海が
グロビンを投げつけると、晴美は何かを察知する。
晴美 （飛び起きて）ホメオスタシスゥゥッッ。
みんなびっくり。一斉に晴美を注目。そして大爆笑。晴美のキョドりがピークを迎えた。
晴美 ホマ、ホメ、ホモオ、う〜〜〜（泣）
朱桃 アウッ、０点！ 授業終了！
全員 （素早く立ち上がり）ありがとうございました！ う〜〜〜（サイレン）
一気に放課後。藍海と妃宝はトイレへ。絢玻は自販機へ。（衣装や小道具の回収もお忘れなく）
朱桃と藍海は課題をし始める。美音はカバンを持って帰る。他の四人は集まってキャッキャ。
晴美 なんでいつもこうなん？
香代 晴美ちゃん、ノート借りる？
晴美 うぅ。香代ちゃん、ごめん、ありがと。
芽衣 最近ちょっと、寝すぎ？
晴美 かなぁ？
芽衣 今日は早よ寝えや。
晴美 おかんにも同じこと言われた気が。
知佳 （思い出し笑い）ホメオスタシス…。
晴美 やねてぇやぁ。
香代 あれはビックリした。
晴美 びっくりしたんこっちやって。
香代 委員長、声、震えてたよね。
知佳 （物まね）アウッ、０点！ 授業終了〜！
香代 似てる〜。
晴美 セクシーか？
知佳 うふん。
芽衣 なぁなぁ、なんで叫んだん？
晴美 だってそこまでしか記憶が。
芽衣 大分寝たな。
知佳 絶対テスト中思い出す。
香代 みんな書けるんちゃう？
知佳 恒常性。
芽衣 ホメオスタシスゥゥ。
晴美 やめて〜。
知佳 ちゃうで、ホメオスタシスゥゥッッ。
芽衣 ホメオスタシスゥゥッッ。
戻ってきた藍海も笑ってる。調子に乗る芽衣。
知佳 もっと必死に。
芽衣 ホマ、ホメ、ホモオ、う〜〜〜（泣）
香代 いやもうそれ、どっかの議員さんやから。
晴美 ちょっと古い？
知佳 こないだアステで見かけたし。
香代 見た！ ねっ。
晴美 まじか？
キャッキャしてると、妃宝が教室に戻ってくる。
妃宝 美音〜。ってあれ、おらん。
朱桃 どうしたん？
妃宝 ちょっとね。なぁみんな、美音、帰った？
藍海 知らん。
芽衣 （美音の席を指して）カバン無いから帰ったんかも。
妃宝 ほんまや。先生が探しててんけど。
晴美 まぁしゃあないんちゃう。
妃宝 しゃあなしか。
藍海 妃宝〜、明日の小テスト、範囲もっかい教えて。
朱桃 今頃？
妃宝 え〜
藍海 しゃあなししゃあなし。
知佳の変化に気付く芽衣。
芽衣 知佳。
知佳 …。
芽衣 知佳ちゃーん。
知佳 何。
晴美 顔怖いかも。
知佳 そっかな。
晴美 何？ 美音ちゃん？
知佳 う〜ん（ほっぺたごじごし）。
芽衣 そんなに？
知佳 ってわけじゃないけど、ね。
晴美 知佳と美音って中学一緒やったっけ。
知佳 小学校から。
晴美 なんかあったん？
知佳 …何も。
芽衣 どこがあかんの？
知佳 理屈ちゃうくない？
晴美 そっちか。
知佳 何考えてるか、よう分からんっていうか。
香代 不思議ちゃんかもね。
知佳 そんな可愛いもん？
晴美 でもまぁ顔は整ってるくない？
知佳 うちは結構。
芽衣 でも一部の男子に、絶大な人気らしいし。
晴美 あっ、武留くんの話？
知佳 え、そいつの趣味疑うわ。
香代 武留君って？
芽衣 生徒会長やろ。
香代 うそ。
晴美 そうそう、あの、佐川に居りそうな細マッチョの。
知佳 どこがよかったんやろ。
芽衣 まぁ、男子からしたらミステリアスな美人に見える、とか？
知佳 ないわ。
芽衣 まぁまぁ。
晴美 （インタビュー）武留くん、結局美音さんのどこに惹かれたんですか？
知佳 お・も・て・な・し。
晴美 お持てなし？
知佳 表がないから裏がありそうなトコろっす。
晴美 わ〜言っちゃった。
芽衣 編集で切っときます？
知佳 ごめんごめん。はい、カット。
香代 もぉ。
絢玻がコーラを手に、すごい形相で教室に戻ってくる。みんな驚いて注目。
絢玻 ちょ、やばい。
朱桃 どしたん。
絢玻 警察がさ、校門前に来ててん。
朱桃 えっ。
妃宝 警察？
絢玻 （興奮してコーラをめちゃくちゃ振りながら）うん。すごい美人の婦警さんが居てさ。うわ、かっこいいなとか思ってたら、なんと…。
朱桃 なんと？
絢玻 美音が連行された。
一瞬の沈黙。一気にざわざわ。様々な憶測が飛び交う。
知佳 援交？
絢玻 ちゃうって、連行。
妃宝 え、まさか、放火とか？
晴美 いっそのこと殺人やったりして。
朱桃 どこ情報よ。
知佳 普段は明るいいい子だったのに、なぜとか書かれるパターン。
妃宝 ってかコーラッ。
絢玻 え？ コーラ？ あわわ。
藍海 振りすぎやろ。
晴美 テレビ来きたりして。
絢玻 ゆっくり開けたら？
藍海 やばいと思う。
芽衣 ほんまにそうやったらどうしよ。
朱桃 絶対ここであけんなよ。
香代 王道に万引きとかかもよ。
絢玻 喉渇いたのにいいいいい。
知佳 それはおもんない。
絢玻 え、一気に開けろって？
朱桃 あかんって！
絢玻 開くって。エイ！
絢玻のコーラは大爆発。悲鳴と共に蜘蛛の子を散らしたように逃げていくみんな。全身にコーラの
シャワーを浴びて恍惚とした表情の絢玻も、コーラのしずくを飛び散らせながらがっくしと去る。
香代雑巾を広げて床掃除のため、一人残る。
「オレオガール☆」
美音が戻ってくる。香代なんか目もくれずに自分の席に直行し、机の中からオレオを発見して幸せそうに
食べる。香代二度見。美音視線に気づく。
美音 掃除？
香代 うん。水拭き。
美音 今ごろ？
香代 コーラ、ぶしゅ〜って。
美音 一人で？
香代 一人って、わけちゃうかってんけど。いつの間にかみんな、消えてもて…。
美音 お疲れ様。
香代 もう、おわり。
美音 そ。
バケツの水で雑巾を洗う、絞る。
美音 シンデレラみたい。
香代 え？
美音 だって、みんなが舞踏会に出かけた後、一人で床掃除。
香代 そんなん。
美音 そこにな、誰か現れんねん。知ってる？
香代 魔女…。
美音 お前は何故泣いているんだい？ オレオ食べる？
香代 え。でも、手、汚いし。
美音 そっか。じゃ、ん。
オレオ差し出す美音。手から食えってこと？の違和感。
香代 あ…ありがとう。
美音 美味しいで。
香代 うん。
でも断るのも悪いし、ホンマに魔女かも知れんし…。思い切って口を開けた香代。自分も口にする
美音。二人のポリポリという音だけが響く。沈黙に耐えかねた香代が気を遣って口を開く。
香代 あも…（口いっぱい）
美音 嫌いやった？
香代 （口にまだオレオ、首振るのが精一杯）
美音 そ。よかった。
香代 それ、
美音 ん？
香代 それ取りに、戻ってきたん？
美音 そう。しける前に救出せなと思って。
香代 まぁ、これしけったら美味しくないやろな。
美音 あ、それと。前にポッキーおいて帰ったら、次の日ゴッキー入ってたから。
香代 それは最悪。
美音 やろ。
香代 あはは…。
会話が終わってしまった。どうしよう。もうあの話題しかないか。
香代 あのっ。（思いの外大声になってもうて自分で驚く）
美音 （ビクッとなって）え？
香代 あっ…えっと…。
美音 何。
香代 あの、その。
美音 （噛む）何なん？
香代 ごめんなさい。
美音 いやなに謝ってんの。
香代 だって、あの、ごめんなさい。
美音 …あー。もう広まってるん？
香代 え。
美音 盗聴器騒ぎ。
香代 ええっ。
美音 まぁ校門まで来てたからなパトカー。ちょっと迷惑。
香代 捕まってないん？
美音 なんか、逃げてる。
香代 え？ それって大丈夫なん？
美音 大丈夫じゃない？かも。
香代 じゃないと思う。
美音 ようわからんねん。
香代 （一気にしゃべりきる）いや、あの、あたしが言うのもあれやねんけど、罪はほら、ちゃんと償ったほうがええと思う。いや、あの、
ほんま、うん。
二人 （顔を見合わせて）…え？
間。美音が突然笑い出す。止まらない。香代の戸惑いも止まらない。
美音 ごめん。ほんまごめん。
香代 え？
美音 いやあたしがちゃんと説明せんかったからやな。
香代 うん？
美音 盗聴器、仕掛けられててん。
香代 あ。
美音 あいあむ被害者。
香代 …やんなぁっ。もうビックリしたわ急に逃げてるとか言うから。あ、ごめん疑って。
美音 いやいやええよ。
香代 というか、盗聴器仕掛けられてるやん。
美音 えへへ。
香代 オレオ食べてる場合じゃないやん。
美音 んふふ。
香代 犯人逃走中ってことやろ？
美音 犯人は、知ってる子。
香代 え？
美音 隣の家の子やねんけどな。行方不明なってるねん。
香代 え、怖。
美音 まずその子が行方不明になって、ほら、中学生行方不明なって、殺されちゃったとかあったやん。だから足跡探すために部屋
あさったら、盗聴するやつ出てきちゃった☆的な。
香代 めっちゃ、怖いな。
美音 いやでもな、こんなちっこい頃から知ってるねん、その子。弟の友達やし。あ、夷雄多いうねん。
香代 はぁ。
美音 でもその子なんか、ちょっと前から不登校やったらしくて。
香代 で、何故か行方不明に。
美音 そう。
香代 それってさ…。
美音 うん？
香代 部屋に篭って、ずっと美音ちゃんの声聞いてたってことやんな。
美音 まぁ。
香代 ぞっとするぅ。
美音 仕掛けられてたんあたしの部屋やったからなぁ。
香代 どうやって仕掛けたんやろ。
美音 互いのベランダ同士が結構近いから、できんことないかなって。
香代 なるほど…。
美音 うん。
香代 …え、案外平気やったりするん？
美音 まぁ…、うん。
香代 強いなぁ。
美音 そんなんちゃうよ。
香代 じゃなんで？
美音 いやだってさ。外の世界が怖くて、ずっと部屋に閉じこもってたとするやん。
香代 うん。
美音 イヤホンから聞こえる、あたしの声が、夷雄多のせめてもの救いやったかもしらんやん。
香代 そんな風に、考えるんや。
美音 ま、分からんけど。
美音は立ち上がって空気を変える。
美音 それにさ、薄々気付いてたかも。
香代 え？
美音 つぶやく方と密かに耳を澄ませる方の、一方通行のコミュニケーション。香代ちゃんもさ、誰かに声、もっと聞いて欲しいってとき、
ない？
香代 友達とか？
美音 そう。普段は強がってばっかやけど、ホントはこんなこと思ってるねんとか。言葉に上手くできへんもやもやあんねんとか。
香代 それってツイッターの裏アカでつぶやくヤツやん。
美音 裏アカ？
香代 裏アカウント。別なアイコン別な名前のもう一人の自分。
美音 そっか。そやんな。世の中ハイテクやもんな。いちいちフォロワーさんに盗聴の受信機配って歩かんでも済むもんな。
香代 あなたは３５００人に盗聴されています、とか（笑）
美音 それ、勇者（笑）
二人しばらく笑いが止まらない。
美音 ふぅ。
香代 なんかビックリした。
美音 ごめんって。
香代 じゃなくて、美音ちゃんがそんな笑うとこ初めて見たなって。
美音 あー…。だってそんな面白いこと日常に無くない？
香代 そうかな。
美音 香代ちゃんは何時も何に笑ってるん？
香代 んー。知佳ちゃんのモノマネとか？
美音 あぁ…。めっちゃ人のこと馬鹿にしてるやつか。
香代 いやそんなこと…。
あるかもしれない。ちょっとそう思ってしまった自分に気づく。
香代 あの、さ。
美音 ん？
香代 知佳ちゃんとさ、小学校から同じやったんやろ？
美音 そうやで。
香代 なんかあったん？
美音 なんもなかった。
香代 …そうなんや。
美音 （噛む）ことになってる。
香代 え？
美音 あたしはいつまでたっても、何も無かったことになんか出来へん。
香代 聞いても、いいこと？
美音 たいした話じゃないねんで。
香代 聞きたい。
美音 …うん。
香代 うん。
美音 ずーっと昔はな、あたしら仲良かってん。
香代 うん。
美音 休み時間にトランプしたりとか、楽しかった。あぁー、うん、そう。楽しかってんな。
香代 うん。
美音 でも、中学に入って暫くすると。知佳はあたしをはぶりたがるようになって。
香代 え。
美音 あたし結構マイペースやし、自分の中で勝手に色々解決しようとしてた。何かあっても知佳に相談できへんかった。
香代 うん。
美音 知佳はなんでも話してくれたのにさ。
香代 うん。
美音 …知佳からしたら、あたしが知佳のこと信用してない様に見えてたんやろな。一方通行のコミュニケーション。
香代 まぁ、知佳ちゃんは寂しがりなとこ、あるもんね。
美音 自己中な部分も多い。だからきっと、自分に愛情を返してくれへんように見えたあたしが、憎かったんやろうな。不器用な私は、
盗聴してもらうぐらいで丁度ええねん。
香代 …もしかしてさ。
美音 ん？
香代 美音ちゃんって、まだ知佳ちゃんのこと好きなん？
美音 え。
香代 だってさ、そうじゃないとそんな苦しそうな顔して話さへんと思うねん。
美音 …苦しそう？
香代 うん。
美音 好きかって聞かれると、返事に困るかも。
香代 じゃあ嫌いなん？
美音 嫌い、なんかな。分からん、知佳は今でも知佳やもん。特別。
香代 後悔？ してる？
間
美音 うん。
香代 そっか。
美音 あたし…、アホすぎやんな。あんなに嫌われてんのに。
香代 そんなことない。
美音 そうかな。
香代 ほんまにごめんやねんけどさ。あたし美音ちゃんのこと、変な子って思っててん。
美音 もう慣れてるからええよ、普通そうやし。
香代 でも、今日話して、めっちゃ素敵な子やなって思った。
美音 それは普通じゃないな。
香代 だからアホちゃう。一途っていうか、素敵やと思う。
美音 …うん。
香代 話してくれてありがとう。
美音 聞いてくれてありがとう。
香代 うん。
美音 てか香代ちゃんもそんなに喋れる子やってんな。
香代 あ、ほんまや…。
美音 え？
香代 こんなに人と一生懸命話したのって、はじめてかも。
美音 知佳とは？
香代 うーん。
美音 知佳やからこそ、思ったこと言ってあげないと。あたしらみたいになるで（笑）
香代 じゃあ…。明日。がんばってみよっかな。
美音 うん。応援してる。まぁでも、香代たちがあたしらみたいにはならんか（笑）
香代 なったら引きとってくれる？（笑）
美音 そん時はね。
香代 うん。
美音 あー、おなか空いてきた。
香代 今オレオ食べたのに。
美音 コンビニ行こかなぁ…って、空やばない？ 雨降りそう。
香代 ほんまや。
美音 降る前に帰ろっかな。
香代 あたしも帰ろ。
美音 おう。
カバンを片付け始める香代。よっこらせってバケツを持ち上げる美音。
香代 あ、ありがとう。
美音 現れた魔女はとてもいい魔女でした。
香代 一緒に持と。
美音 シンデレラもいい子でした。
二人でバケツ。また距離が近くなる。
美音 ん〜、雨といえば甘いもの食べたいな。
香代 アメ関係ある？
美音 だって雨の時は髪の毛がばさつくやん？
香代 ん？
美音 イライラするやん？ 糖分欲しいやん？
香代 いや、遠まわしすぎ。それより甘イカ太郎キムチ味やん。
美音 マジで言うてる？
香代 クサいの最高。
とかなんとか会話が遠ざかっていく。
「鮮烈な熱帯夜」
場転。今日も熱帯夜。雨がいつ降っても可笑しくないような湿度の高さ。光と陰の舞台にかすかな
美音の声が聞こえる。「雪のように白い肌。透き通る歌声。あたしがもし白雪姫になったら。そしたら、
あの子はもう一回あたしを好いてくれるんかな。昔みたいに。あたしが死んだら、あの子は助けに来て
くれるんかな。あの頃みたいに。あたしは変わらずに、今もずっと居る。あたしは変わらずに、今もずっと
あの子を…。」そのつぶやきに導かれるように何人かの少女たちが舞台に現れる。そこには美音の姿も
見える。
美音 あたしはずっと変わらんかった。ずっと待っててん。でも。
妃宝 片方だけ無くしたおそろの靴下、死ぬ気で探す。
朱桃 時間が過ぎれば過ぎるほど。
絢玻 大切に切り取って貼ったプリクラ。
藍海 どんどん、どんどん、離れてしまって。
妃宝 決まって忘れた頃に、ホコリにまみれて丸まって出てくる。
絢玻 残ったプリクラ、黄ばんでかすんで引き出しの中。
美音 変わらんのがあかんかったんかな。
藍海 変わりたかった？
美音 そうなんかな。
絢玻 プリクラは撮ったその日に全部貼る。
朱桃 本棚、机、冷蔵庫。おかん大激怒。しばかれる？
藍海 しばかれる。結局全部ぱ〜。
妃宝 おそろと共感で友情を決して測らず。てか測れず、
藍海 孤独の脅しに決して屈しない。と誓う。
絢玻 ぼっち大好き…。たまには意地をはる。
朱桃 あの子とのことは大切な思い出…。なんて見栄をはる。
美音 そのうち、心が悲鳴を上げる。孤独の脅しに負けそうになる。一人の夜が痛いところをついてくる。
絢玻 警告が聞こえる。
美音 赤く、生ぬるい涙がこぼれる。
妃宝 赤血球は百二十日ほど体内を回り続け、寿命がくると脾臓で壊されます。
朱桃 でもこれも自分を保つため。
美音 待って。
藍海 恒常性。
絢玻 ホメオスタシス。
妃宝 脾臓には赤脾髄という組織があり、そこで血液をろ過します。
美音 変わらずにずっと居ったんよ。
朱桃 でも、そのためには捨てないとアカンもんがあって。
藍海 そのためには壊さないとアカンもんがあって。
絢玻 隠さないとアカンもんがあって。
妃宝 何でやろう。
美音 変わらずに居ることはいいことじゃないん。みんな願ってるやん。
藍海 若いままで居たいって？
絢玻 学生のままで居たいって？
美音 それやのになんで、何かを失わないとアカンの？
妃宝 下校チャイムを吹っ飛ばす放課後の自由な時間。
朱桃 からっからに喉、かれる、大絶叫の夏休み。
藍海 些細な事にいちいちときめくこころ。
絢玻 あの子が居らんせいで失った。
美音 もう失うもんはない。
妃宝 なにもない。
朱桃 あたしにあるもんなんて、そもそも限られてたし。
藍海 残ったのは、空っぽのあたし。
絢玻 あたしだけ。
妃宝 あたしだけ。
４人は美音を遠巻きに見つめるミザンスに移動している。
美音 白雪姫になりたくて、あの子に愛されたくて、真っ白い心のまま待ち続けたあたしは汚れてくすんでさび付いた。落ちない汚れの
衣をまとい、いつの間にか優しい魔女に変わってた。
妃宝 赤脾髄は赤血球の状態を監視し、
絢玻 異常があったり、
朱桃 古くなったり、
藍海 傷ついたりして、適当に機能しなくなった赤血球を
四人 破壊します！
巨大な船がきしむような音。破壊される美音。
美音 もしかしたら、あたしなんて最初から欠陥品で。もしかしたら、あたしなんて最初からあの子と釣り合ってなくて。もしかしたら、
あたしなんて…。
胸の内の行き場のない思いを、美音は客席に向かって叫ぶ。
美音 ねえ、夷雄多、聞いてるんでしょ、そこに居るんでしょ。答えてよ。そこからあたしはどう見えてるん。
返事は聞こえない一方通行のコミュニケーション。眠れない夜にかく冷や汗は気持ち悪い。遠巻きの人影が
舞台の中を巡り始める。初めはゆっくりと、加速度を上げながら。雨が降ってきた。人影は次第に増えていく。
増えれば増えるほど、美音の孤独は深くなる。雨の音だけがクロスフェード。
「ざぁざぁの教室」
知佳 出来たぁ〜 日番完了！
場転。昨晩から降り続く、雨。放課後の教室もいつもより薄暗い。立ったまま日番日誌を書き上げた知佳。
掃除の時間。朱桃と妃宝、藍海は教室ほうき掛け。
香代 お疲れ様。
知佳 疲れたよ〜
晴美 何言ってんの、６時間中５時間はうちらに黒板消させといて。
芽衣 粉だらけ。
知佳 色、白なったんちゃう？
晴美 ホンマや。
芽衣 滝沢筆圧高いねん。おまけに黄色チョーク好きすぎ。
香代 言えてる。
芽衣 あ〜あ、卵色なってもうた。
知佳 爆笑。
晴美 知佳、お礼の言葉は？
知佳 ありがとうございました。
芽衣 ま、ええけどな。
香代 うん。
知佳 お礼ついでにさ、日誌出してきてくれへん？
香代 え？
晴美 どんだけや？
知佳 だって、雨降ってるやん、髪の毛広がるやん、ブルーやん。だからお願い、香代。
日誌の香代に差し出す知佳。いつもならいいよって受け取る香代が、一瞬止まったコトへの違和感。
気付く晴美、気付かずチョークの粉はらってる卵色の芽衣。
知佳 あれ？
香代 あ、ごめん。行ってくる。
知佳 ありがとう。待ってる。
香代 うん。
日誌を受け取ると、職員室に歩き出す香代。うつむいて美音の横を通り過ぎる。美音は目で香代を追うと、
ゆっくり後を追う。その動きを見つめる晴美。
つづく…
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