創作脚本の部屋へ 作 古後ななみん 潤色 ごのいみきや
息をするのに空気は要ります、とても大事。そのくせ必要とされてない人のことを空気みたいって言ったりして…。
必要ないことってきっとなくて、大切な気持ちもそうじゃない気持ちもみんなホントは愛おしくて。大切に仕舞っている
とゆっくり分解されて、染み込んで、それが自分になっていくんじゃないかなってお話です。
【キャスト】（男1・女5・他6）
戸田 遥
岸本 葵
小林梨絵
木村ひかる
藤原浩一
香ちゃん
微生物１
微生物２
微生物３
微生物４
微生物５
微生物６
『渡せなかった手紙』
明転。公園。上手奥平台（のちにベンチ）下手に井戸？ 土管みたいな。
平台の上に香が座っている。走り込んできた浩一は周りに人がいないことを確かめて
土管に向かって叫ぶ。
浩一 めっ（溜める）ちゃ好きいいい！
カタルシス。満足そうにその場を立ち去ろうとする。そこへ…
香ちゃん 浩一。
浩一 わぁ、
香ちゃん 久しぶりやん。
浩一 おったんや。
香ちゃん さっきからずっと。
浩一 聞かれた？
香ちゃん うん。いいことあったんか？
浩一 大したこと、ないから。うん。
香ちゃん 言いたいくせに。
浩一 言いたくないし。
香ちゃん 嘘つけ。浩一なんかお見通し。すけすけ。
浩一 すけすけって…。
香ちゃん めっ（溜める）ちゃ好きいいい！
浩一 分かったから。な。
香ちゃん へへ。
浩一 あのな。
香ちゃん （うれしそう）うん。
浩一 さっき高橋さんと会ってん。ほんなら…。
香ちゃん ほんなら？
浩一 高橋さん、手、振ってくれた。
香ちゃん そんだけ？
浩一 そんだけ。
浩一、平静を装って話す、が、思い出して豪快ににやける。
浩一 だから大したことないって言ったやん！
香ちゃん なんで、よかったやん！
浩一 そう？
香ちゃん やるやん、浩一ぃ。
浩一 やろ。もう今日の分の疲れとか全部消えたわ。めっちゃ嬉しかった。
香ちゃん あたしも嬉しい。浩一、もう来ないかと思ってたし。
浩一 もうこれで何回目なんやろ。香ちゃんにこんな話するの。
香ちゃん たくさん。でも前はもっと。最近あんまり来んくなった。
浩一 そうかもな。
香ちゃん あたしの事忘れるとか、有りえんと思った。
浩一 そんな訳ない。
香ちゃん へへ、
浩一 そんなんできる訳ない。でもな。
香ちゃん …え？
浩一 これで最後。
香ちゃん 何で。何でそんなこと言うねん。
浩一 だって意味ないやろ。
香ちゃん 気持ちだけは自由やろ。
浩一 もういいねん。
香ちゃん よくない、よくないで。
浩一 もうやめる。
香ちゃん やめるって何なん。そんなん、無くせる訳ないやん。
浩一 無くせる訳ないけど、ここにいくら思いはき出したって、いつまで経っても叶わへん。しゃあないねん。
香ちゃん しゃあなくない。
浩一 しゃあないねんって！
香ちゃん じゃ、これはどうするつもりや。
香はポケットからたくさん手紙を取り出した。くしゃくしゃになってしまっているものもある。
浩一 そんなん、もういらん。
香ちゃん 嘘つけ。今だってまた一枚持ってるくせに。
浩一 また？
香ちゃん 右のポケット。
浩一は恐る恐るポケットに手を入れる。ポケットから取り出すのは一枚の手紙。
浩一 またや。俺、手紙なんて書いてへんのに。
香ちゃん それがな、浩一の言えなかった思いの手紙。
浩一 言えなかった思い？
香ちゃん うん。
浩一 思いはいっぱいあるのに、どうしても言葉にできんくて、伝えられんくて、
香ちゃん そんな言葉が手紙になるねん。
浩一 渡せるはずのない手紙。
香ちゃん 思いの詰まった手紙。
浩一 結局渡すことなんてできひんのに、こんなん。（破こうとする）
香ちゃん 待って！
浩一 でも、
香ちゃん 埋めたらええねん。
浩一 今までだってさんざん隠してきたやろ。
香ちゃん 今度はもっと深くて静かなとこに。
浩一 …埋める？
香ちゃん そう。そしたら浩一の思いは雨と一緒に大地に染み渡っていくから。
浩一 大地に？
香ちゃん そう。それがな、言えなかった思いの、お弔い。
浩一 お弔い、か。
香ちゃん ほら。
そう言うと香ちゃんは手紙の束を勢いよく天に投げた。空を舞う手紙たち。
慌てて拾い集めようとする浩一。
浩一 やめてや、誰かに見られたらどうするねん。（必死で拾い集めようとする）
香ちゃん 大丈夫やって。この手紙が読めるのはあたしと浩一だけ。他の人には枯れ葉が散らばってる
ぐらいにしか見えへん。
浩一 ほんまか？ それ、ほんまなんか？
香ちゃん ほんまやで〜。それに思いの手紙はこの子らが綺麗にしてくれる。みんなぁ〜、ご飯やで〜！
微生物たち や〜！
舞台上に微生物達登場。
微生物１ 僕たちセルロース分解菌！
微生物達 やー！
微生物１ 点呼！
微生物２ セ！
微生物３ ル！
微生物４ ロ！
微生物５ ォオ
微生物６ ス！
微生物達 分解菌！
浩一 誰や！ こいつら。
香ちゃん あたしのお友達。
浩一 友達？
微生物１ よし！ じゃあ、
微生物５ リーダー！
微生物１ 何だ！
微生物５ あのう、自分やっぱり、伸ばし棒は言いにくいです！ォオって毎回合ってるのか不安になります！
その言葉に一瞬のストップモーション。微生物５を残して全員集合してざわざわする。
微生物５ リーダー！
微生物１ 新米のくせにわがままを言うな！ そんな事を言うならォオは没収、お前は手拍子係りだ。
微生物５ そ、そんなぁ！
微生物１ 確かに伸ばし棒は言いにくい。でもな、これはお前が任された大切な仕事なんだ。
微生物５ リ、リーダー…！ 自分、自分、間違ってました！
微生物１ わかってくれたか！
微生物５ はいリーダー！
微生物１ よし！ これからもよろしく頼むぞ、新米。
そのやりとりを楽しそうに見ていた香ちゃん。もう一度空に向かって手紙を投げる。
微生物２ リーダー！
微生物１ 何だ！
微生物２ 手紙だ！
微生物達 おぉー！
微生物３ 中身はなになに？
微生物４ なになに中身！
微生物６ 『突然の手紙ごめんなさい。驚くかもしれませんが、僕はずっと前からあなたのことが』キャー！
浩一 読むなぁ！（止めようとする）
微生物５ キャー！（何らかアタック！）
浩一 ぐぼ（吹っ飛ばされる）
微生物４ きっと、きっと大切な手紙。
微生物２ 手紙！ でもでもそれって。
微生物３ でもでもつまり。
微生物４ 僕らにとっても、大切。
微生物５ とってもとっても大切な。
微生物１ ご飯だ！
微生物達 ご飯だー！
かけ声を合図に、微生物達は一心不乱に紙を細かく分解していく。
浩一 バラバラになったっていい。いいけど、そうなるなら自分で破いた方がまし。
香ちゃん 何で？
浩一 それは…
香ちゃん 辛いから。自分の思いを自分で破くなんて。あの子たちに任せてたらええねん。
浩一 そう、かな。
香ちゃん それが言えなかった思いのお弔い。
浩一 静かになるいつかまで？
香ちゃん そう。
浩一 …。
浩一は土管の中に入り手紙を埋める。
香ちゃん それまで、あたしが大切に持っといたる。
微生物達はいつしか分解を終えて、紙吹雪になった手紙を駆け回りながら
ばらまいていく。浩一の上にも、香の上にもひらひら紙吹雪が舞って、
やがて舞台上には人が居なくなった。
『部活清掃』
上手から声がひびいてくる。ほうきをひきずり走ってきたのは葵。後を追う梨絵と
ひかるもほうきを持っている。掃除をしながら会話。（紙吹雪の片づけ）
葵 てい！
梨絵 葵ざつい。
葵 ざつくなーい。
ひかる おしとやか目指してるんじゃなかった？
葵 ちょうちょ指に止まる系女子。
梨絵 森ガールみたいな？
葵 違う。ぜんぜん違う。
梨絵 何でよ。要はゆるかわやろ？
ひかる 森ガールがふわふわのバームクーヘンとするやん。ちょうちょ指に止まる系女子はな、しっとりの
バームクーヘンやねん。
葵 ひかる天才。
梨絵 分からへん。
ひかる 女子力拡散型じゃなくて、女子力浸透型やねん。
葵 ひかる天才！
梨絵 わからへーん！
葵 梨絵ないわぁ。
梨絵 葵の女子力の方がないわ。
葵 だってさぁ、おかしくない？ あたしら何部？ 運動部？
ひかる 美術部―。
葵 そう。バリバリの文化部。なのにあたし今、じんわり汗かいてるっちゅーねん！ なんでやねん！
ひかる めっちゃいい天気やから？
梨絵 無駄に大声だすからちゃう？
葵 もう帰りたい。何で掃除やねん。あたしらボランティア部？ お掃除部？
ひかる 美術部―。
葵 せやろ！
梨絵 しゃあないやん。新部長が決めた一斉掃除の日やろ。月イチやねんからがんばろ。
葵 良太あいつ、ほんましばきまわす。
ひかる はりきってるからなあ。
葵 なんとかしてや、副部長。
ひかる でも、この公園でよくデッサンするし。
梨絵 お世話になってるし。
葵 そうやけどさ。
ひかる あたし、ちょっと楽しいけど。
葵 楽しくない。掃いても掃いても葉っぱ落ちてくるし。
ひかる なんかさ、落ちてくる葉っぱ、地面につく前に３枚キャッチできたら恋が叶うとか都市伝説、なかった？
梨絵 あったあった！
ひかる やる？
梨絵 やる〜
梨絵とひかるは投げ上げた葉っぱ目指してジャンプ。
葵 アホか。それは葉っぱじゃなくて桜の花びら。
ひかる いいやん、桜無いし。
梨絵 夢あるし。
葵 無い！ 梨絵には夢の可能性もない。
梨絵 ひっど！
葵 葉っぱなんか、ほっといてもそのうち自然に帰るっちゅーねん。掃除意味ある？
梨絵 意味あるある。ゴミもたまに落ちてるし。
ひかる 楽しいし。
葵 楽しないー。
ひかる 何かな、袋にゴミ溜まっていくと、むふふってなる。
梨絵 わかる。袋に入れる時、お宝じゃーお宝じゃーって気持ちになる。
ひかる やんな。
葵 今度はあたしがはみごか？
梨絵 葵ないわぁ。わからん？ このお宝感。
葵 ゴミやし。もううんざりやし。
ひかる そろそろお腹すいたな。
葵 あとどんくらいしないとあかんの？
梨絵 この辺もだいたいいけたし、あとは遥がどんだけ終わってるかかな。
ひかる 遥ちゃん、一人で行っちゃったからなぁ。
二人は遙のいるらしい方向を、葵は全然反対方向を向いている。
葵 へっ。
梨絵 結構葉っぱ落ちてるから、どうやろな。
葵 へっ！
葵はベンチのうえへ。二人も追って近くに。
梨絵 なにすねてんの。
葵 すねてへん。
ひかる ポッキー食べる？
葵 食べる。
梨絵 すねんなよー。
葵 すねてへん。
ひかる ポッキーは？
葵 食べる。
『遥だけあっち』
葵と梨絵がにらみあっていると、上手から浩一。土管を覗こうとする。
梨絵 浩一や。
浩一 うおう！？
葵 ほんまや。浩一や。
浩一 お、おお？
梨絵 どうしたん？ キョドりすぎやろ。
浩一 うっさいわ！
ひかる 誰さん？
葵 藤原浩一。あたしと遥と同じクラス。
ひかる 葵と遥ちゃん一緒やったん？
梨絵 そこ今更？
浩一 小林とは同中。
梨絵 どうでもいいし。ハゲ。
浩一 ハゲてへんわ。
葵 なんでおんねんハゲ。
浩一 ハゲてへんって！
ひかる ポッキー食べる？
浩一 え？ あ、ありがとう。
ひかる おやつ補給しないと一日掃除なんてやってられへん。
葵 あ、それ食べたら手伝うことね。
浩一 え〜、まじで？
ひかる 嘘うそ。
浩一 びっくりするわ。美術部か。あとどんくらい？
梨絵 向こうにも一人、行ってくれてるからそれにもよるけど、昼過ぎには終わる。
葵 向こうの子はあたしらに気つかったんですかね。それとも一人の方が楽やから？
梨絵 居にくいのもわかるやろ。
葵 わからん。
梨絵 普段からくっついてるなかに一人やで？ 勇気いるって。
葵 自分の友達おらんの？
梨絵 おらんのちゃう。だから良太が、知らん間に掃除班にいれたんやろ。なぁひかる。
ひかる ん？ あー…（煮え切らない返事）
浩一 なあ、何の話？
葵 浩一には関係ない話。
浩一 目の前で喧嘩してたら気になるやん。
葵 喧嘩してへんし。
浩一 そうなん？
梨絵 葵は普段がケンカ腰。
葵 おい！
浩一 ふーん。
葵 納得するなよ。
ひかる 休憩しよ！ この話は一旦置いといて、お昼食べよ。
葵 早いお昼やな。
梨絵 ずっと掃除してたから。
浩一 まじで？ お疲れ。
梨絵 ほんまお疲れやで。
ひかる 遥ちゃんもお腹すいてるかな。
梨絵 せやな。あたし、呼んでくるわ。
葵 なあなあ、一緒に食べるん？ お昼。
梨絵 うん。誘ってくる。
葵 梨絵が？ わざわざ？
ひかる 遥ちゃんからは来ないやろ。
葵 そうやけど。
梨絵 誰かが行かないと。
浩一 ほな、掃除頑張って。
葵 あ、浩一でいいやん、ポッキー食ったし。
浩一 え？ 一本しかもらってへんけど。
葵 遥呼んできて、知ってるやろ？ 同じクラスやから。
浩一 知らん。
ひかる 嘘ぉ〜。
梨絵 浩一、もっと世間に興味を持ちなさいよ。
浩一 そんなん言われても。
葵 ま、遙も悪いねん。あの子部活でも教室でも気配消してるから。空気みたいな存在？ かろうじて見える？
みたいな。
梨絵 そこまで言う？
葵 な、呼んできてえや。
浩一 俺は別にいいけど。おれ、クラスの女子半分ぐらい顔と名前、知らんで。
梨絵 そんな浩一に行かすん？
葵 いいって。決定。向こうの方で掃除してると思うから。
浩一 名前なにって？
葵 戸田遥。よろしく。
浩一下手にはけていく。
梨絵 葵さぁ。
葵 空気みたいな奴に、空気呼びに行かせちゃった（笑）
梨絵 言い過ぎ。
葵 …ごめん。行きたかったら行っていいよ。
梨絵 行きたい訳ちゃうけど。
葵 じゃあいいやん。
梨絵 これはあからさま過ぎやろ。
葵 あからさまじゃなければいいってこと？
ひかる あのさ、あたし行ってくるよ。関係ない男子がいきなり来たら、遥ちゃんびっくりするやろうし。
葵 じゃあメールでもラインでもしとけばいい話やん。
ひかる （ラインでもくらいで噛む）それにさ、浩一くん、名前だけじゃ人違いしちゃうかもしれんし。世間
狭そうやし。
梨絵 うわ、ありえる。
ひかる やろ？
梨絵 でも、いいん？
ひかる うん。あたし遥ちゃん嫌いちゃうし。
葵 へっ！
ひかる めっちゃ好きでも、ないけど。
梨絵 ありがとう。ごめんな。
ひかる はいよー
ひかるも浩一を追って下手へ。
『ドライアイス』
葵 こうして、あたしの周りには人が居なくなるのでした。
梨絵 ちゃんちゃん？
葵 ちゃんちゃん。
梨絵 誰のせい？
葵 …（笑う）
梨絵 なのでした。
葵 あーあ！ あたしよりあいつを選ぶねんなー！（下手に向かって）
梨絵 彼女か。
葵 ちゃうわ。
梨絵 ひかるも大変なんやろ。副部長やし。
葵 めっちゃ好きでもないらしいけど。なんやねんそれ。
梨絵 葵はどうなん？
葵 あたし？（少し考える間）あたしは、寒くなる。
梨絵 寒く？ 悪寒みたいな？
葵 うーん、何て言ったらいいんやろ。ドライアイス食うみたいな。
梨絵 食ったらあかんで。
葵 例えやって。冷たいけむりがお腹の底から全身に巡って、寒くなるねん。
梨絵 どんな時に？
葵 苦虫噛みつぶすノリ。
梨絵 ふーん。
葵 梨絵は？
梨絵 あたしは、葵とは別の意味で冷や冷やするかな。
葵 ドライアイス食う？
梨絵 食わんけど、あの子が一人なのを誰かが見て、そんで、あたしはどう見られるんやろうって。みたいなー。
葵 ドライアイス食った。
梨絵 今？
葵 うん。そんな感じ。
梨絵 いいんちゃう。暑いから。
葵 こんな暑いねんからさぁ、溶ければいいのに。
梨絵 コンポタかけて溶かしたるわ。
葵 コンポタ？
梨絵 そこの自販にあってん。ちゃんとあたたか〜いって書いてた。
葵 誰が飲むねん。
梨絵 買ってきたろか？
葵 いらんわ。だいたいな、缶のコンポタって最後に絶対コーン残るやろ。あれほんま腹立つ。
梨絵 知ってた？ あれさ、飲み口の下のところ指でボコって凹ましてから飲んだらな、コーンが全部飲み
口に集まって完璧に食べられるって。
葵 そうなん？ 何情報？
梨絵 流体力学やって。
葵 まじか？
梨絵 うん。ま、あたしは桃天にするけど。
葵 あたしもそっちがいい。待って、あたしも買いに行く。
梨絵 ひかる何飲むかな。
葵 コンポタちゃう？
梨絵 なんでやねん。
葵 見たいし、流体力学。あ〜〜、そう言えば梨絵、あたし、財布持ってきてなかったわ（裏声）
梨絵 しゃあないなあ。コンポタな。
笑いながら二人は上手へ。
『遥にも香ちゃん』
場転。イヤホンをつけた遥が、何かから逃げるように舞台上に入ってくる。追うのは
微生物達（５以外）各々散った位置について、紙吹雪で遊んでる。香もはいってくると
ベンチの上へ。
香ちゃん 風が葉っぱをゆらしてる。
遥 ボリュームを１上げる。
香ちゃん クラクションがうるさくて。
遥 ボリュームを１上げる。
香ちゃん 誰かの話し声が通りすがる。
遥 ボリュームを１、上げて、それで、耳が痛くて、そういえばあたしはあたしが居たことを思い出す。
香ちゃん それじゃ何も聞こえないよ。
遥 その方がいい。
香ちゃん 何も見えへん。
遥 その方がいい。…だってほら、ゴミだらけや。あれだけ掃いたのに、ちょっと風が吹くだけですぐこう
やって私を埋め尽くして、息ができなくなる。
微生物２ ゴミ？ ゴミある？
微生物３ ゴミゴミ？
微生物１ ゴミ？ そっちにはあるか？
微生物４ ありません、リーダー。
微生物６ ご飯ならいっぱい。
微生物２ ゴミなんてないない。
微生物３ ゴミ、ないねー。
微生物１ よし、ゴミ、なし！
微生物６ なし、よし、ゴミ。
遥 うううん、ゴミだらけ。
微生物２ ゴミ、見えないごみ？
微生物３ 空気みたいなごみ？
遥 あたしの周りは要らんもんだらけ。要らんからゴミ。あたしもゴミ。
微生物６ ゴミ、大事。
微生物４ だよね。
微生物３ 要らないごみなんてナイナイ。
微生物４ なんてったってこれは大事だ。
微生物３ そう！ とってもとっても大事な
微生物１ ご飯だ！
微生物達 ご飯だー！
微生物１ ようし、点呼！
微生物２ セ！
微生物３ ル！
微生物４ ロ！
微生物５の姿はない。間。
微生物１ …点呼！
微生物２ セ！
微生物３ ル！
微生物４ ロ！
居ないものは居ない。また間。微生物達、顔を見合わせる。
微生物達 わーー！？
微生物２ 新米、居ない！
微生物３ え、なんで！？
微生物１ 強く言いすぎてしまったのだろうか…
微生物４ 大丈夫リーダー！ みんなで探そう、新米。
微生物３ そうだ、探そう、みんなで！
微生物２ みんなで探せば大丈夫
微生物６ 僕の出番が…、来ない…
微生物１ 探せ！
微生物達 さがす！
微生物達、また散らばって、微生物５を探す。
遥 あたしが居なくて、探してくれる人、居るんやろか。
香ちゃん 遥、いっつも一人。
遥 今日はあたしから言いだしてん。その方が効率いいかと思って。
香ちゃん 三人と一人に分かれるのが？ 四人居るのに？
遥 …全員が同じとこでやるよりは。
香ちゃん 誰も言ってくれんかったよね、一緒にやろうって。
遥 いつからやろ、一人が平気になったの。誰かと居て辛い気持ちを味わうより、一人でいる方が百倍
マシ。教室では空気読んで空気になって。そのうち誰からも見えなくなれた。
香ちゃん だから一人か。
遥 ずっと一人。でも平気。自分で決めたことなのに。
香ちゃん 時々心が騒ぎ出す。
遥 隠さないとあかんことが増えたんって、いつから？ もっと前はこんな、要らないたくさんの気持ちで
いっぱいになることなんてなかった。
遥、イヤホンを外して香と目をあわす。
香ちゃん 手紙。
遥 ウソ。
香ちゃん 遥の言えなかった思いの手紙。
遥はポケットを探る。かさっと手応え。書いた覚えのない手紙が現れる。取り出した
手紙越しに、香の姿がくっきりと見えた。
遥 ずっとそこにおったん？
香ちゃん うん。
遥 そうなんや。
香ちゃん 誰かがあたしのこと居るって思ってくれて初めて、あたしはそこに居られる。
遥 あたしも一緒。だからあたし今、あんまりどこにも居ない。
香ちゃんは遥に歩み寄ると、すらりと手紙を遥の手から抜き取った。
遥 あ、返して。
香ちゃん 大丈夫。あたしが大切に持っててあげる。
微生物１ みんな！ 見つかったか！
微生物２ こっちには居ません！
微生物３ こっちもです
微生物４ おーいどこー？
微生物６ どこー寂しいよー。
遥 見つからないなら、最初から居なかったのかも。
微生物２ そんなことない。
微生物３ だって寂しい。
微生物４ 寂しいなー。
微生物６ おーい、寂しいよー。
微生物１ 我らセルロース分解菌、みんな必要！ 引き続きがんばるぞ。
微生物達 おー！
再び、寂しいよーって口々に言いながら捜索を始める微生物達。そんな微生物達に
耐え切れなくなった遥は土管に向かう。
遥 うるさい！
微生物達はそれぞれの場所で上を向いて一瞬凍り付く。やがてきゃあ！ きょっ！ ぴー！
なんて小さく言いながら、ベンチへかけあがり、後ろに飛び降り身を隠す。微生物達は、
土の中に身を潜めた。
香ちゃん あたしが遥を助けてあげる。
遥 前も言ってた。助けるって、
香ちゃん うん。
遥 助けるって何？
香ちゃん 遥が飲み込んで、消化しきれなくて、あたしにくれた気持ち。あたしが叶えてあげる。
遥 …要らんねん。
香ちゃん 助けが？ それとも気持ちを叶えてもらうのが？
遥 どっちも。要らんねん。
香ちゃん 要らなくない。辛いやん？
遥 辛くない。それより怖い。
香ちゃん 何が怖いの？
遥 もし、あたしの中身が誰かに聞こえたら
香ちゃん 誰にも聞こえへん。
遥 透けて見えたら。
香ちゃん 誰にも見えへん。
遥 だから、要らんねん。
香ちゃん 何が？
遥 そんな手紙。（取り返そうとする）
香ちゃん （身を翻して）待って、破かんとって。アタシが持っててあげるから。
見つめ合う二人。分解菌達も緊張して二人のやり取りを見つめている。
『誰かの手紙、誰かの香』
突然香と分解菌が動きを止める。悲鳴を上げて居なくなる。浩一が入ってくる。
浩一 おった。
遥 え？
浩一 あ、えーっと。戸田、さん？
遥 違う！
浩一 え？ ちゃうの？
遥 …え？ いや、あの、
浩一 人違い…か？ あ、ごめん。
遥 えっと、
浩一 この辺で他に掃除してる子、見んかった？
遥 そういえば、さっき。
浩一 どこ行ったか知ってる？
遥 知らない。
浩一 おれのこと、知ってる？
遥 知らない。あたしのこと知ってるん？
浩一 知らない。
遥 そうなんや。
浩一 そう…。初めまして。
遥 …初めまして。
浩一 君も、部活清掃？
遥 （思いっきりほうきを放棄して）ってワケじゃない。
浩一 んや。
気まずい間。
浩一 あ、ここにも土管。
遥 …あの。結局何、探してるんですか？
浩一 昔さ、土管の中に埋めたものがあるんやけど、どこの土管やったか忘れてもうて。ほら、ここにも
土管あるやん？ あれってここやったかなって。
遥 そっち聞いたんちゃうんやけど…。
浩一 土管の都市伝説っていうか、噂。聞いたことない？
遥 …土管に願い事を言うってヤツ？
浩一 それ！ 俺結構信じとってん。
遥 願い事、どうなった？
浩一 全然叶わへん。それどころか、その時大事やったはずの願い事まで見つからんねん。
遥 そんな大事な物、何でなくしちゃったん？
浩一 なんでやろ。
遥 大事でもなかったんかも？ なくなっても平気なら。
浩一 …そうなんかな。
遥 わからん、けど。
袖からひかるの声。
ひかる 遥ちゃーん。
遥 ひかるちゃん。
浩一 今、遥って。
遥 あっ、
浩一 えっ！？
遥 ごめんなさい！（走り出す）
浩一 ちょ、ちょっと待って！？（追いかける）
二人の居なくなった舞台上。香は遥の手紙を取出し、空高く投げる。入れ違いに入って来たの
は微生物５（鼻歌しながら）
微生物５ ぬぬ？
何か感じ取ったらしい微生物５。平台の下から手紙を見つける。
微生物５ お宝だー！ なになに？『だ…』の端っこ！ いただきまーす。
微生物５は何が書いてあったのなんかお構いなしに、バラバラに分解して振りまく。
落とした手紙も拾う。
微生物５ やった！ これも食べていいの？ いただきまーす。
微生物５は楽しく紙を振りまいている。他の微生物たちが姿を現しだす。
微生物１ ご飯のにおい。
微生物２ ご飯のにおいだ。
微生物３ においだ。
微生物４ って、あ、新米、居た。
微生物６ リーダー。
微生物１ 発見だー！
微生物達、微生物５を取り囲む。
微生物５ あれ？ リーダー、みんな。
微生物１ あれじゃない！
微生物２ 超探した！
微生物３ 心配した！
微生物４ 点呼がそろわない！
微生物６ ひとりいないと超寂しい。
微生物２ ひとり？ 僕らって、数え方ひとり？
微生物３ ひとり、ひとつ？ いっこ、いっぴき、いちぜん、いちわ、いっとう？
微生物６ ぬぬ？ いっとうおいしいご飯のにおい。
微生物４ ぬぬぬ？ ご飯のにおい。
微生物２ するぞ、におい？
微生物５ はっ、これは、えっと。
微生物１ はっ…ぬけがけ、したな？
微生物３ ぬけがけだとー！
微生物６ ぬけがけだって。
微生物４ ぬけがけ？ そいつは大変だ。
微生物２ 僕たちの掟に反する！
微生物達 反するぞー！
微生物５ ごめんなさあい！
微生物３ ごめんなさいした。
微生物２ ちゃんとしたね。
微生物４ したね、ごめんなさい。
微生物１ よし許そう。
微生物２ 許そう！
微生物５ ありがとう！
いいよー。ねー。と口々に言い合う微生物達。
微生物１ しかし、掟に反したのは事実。よってお前を次の一年間、手拍子係とする！ しっかり反省
するように。
微生物５ はい、ごめんなさい。
微生物１ よし！ じゃあ新しい点呼の練習だ！
微生物達 ラジャー！
微生物達は５を抜かしたナンバー通りに横一列に。微生物５は列から一歩後ろに
離れている。手拍子。
微生物１ 点呼！ セ！
微生物２ ル！
微生物３ ロ！
微生物４ ォオ
微生物６ ス！
微生物達 分解菌！
微生物１ よし！ 新米、ナイス手拍子だったぞ！
微生物５ はいリーダー！
微生物４ 伸ばしかぁ…
微生物１ ん？ 今何て、
微生物２ リーダー！
微生物１ 何だ！
微生物２ ご飯のにおいがする！
微生物３ ご飯！
微生物５ におい、する？
微生物６ ごはん…
微生物４ あっちからする！
微生物達が一斉に香の方を向き、じわじわ近づいてくる。ご飯、ご飯と呟く微生物達に
囲まれる香。香はポケットから色とりどりの手紙を取り出す。
香ちゃん 手紙、手紙、手紙。出せなかった手紙。届かなかった手紙。
微生物６ ご飯の匂いだ。
香ちゃん そう、お前達には美味しいご飯。
微生物２ ご飯。
微生物３ おいしいご飯。
香ちゃん でもお前達は知ってしまった。恋の甘みや怒りの辛み。嫉妬の酸味や絶望の苦み。
セルロースの一本一本に染みついた、思いの奥に秘められた味。
香は手紙を撒き散らしその場から逃げ出した。追う微生物達。
微生物１ 追え！
微生物２ 待て待てー！
再び空になる舞台。場転。
『大嫌い』
下手から話しながら入って来たのは遥、ひかる、浩一の三人。
ひかる でもさ、ほうき持ってたやん？
浩一 それは、趣味かと。
ひかる 趣味って。
遙 ひかるちゃん、つい否定しちゃったあたしが悪いから。
ひかる でも気づくって。同じクラスなんやろ？
浩一 まだ全員覚えられてないねん。
ひかる かわいそー。
遙 あたしも気づけんかった。ごめんな、藤原くん。
浩一 そんなんええよ。俺、もうちゃんと顔覚えたし…。
ひかる 名前は？
浩一 戸田さん。
遙 ありがとう
浩一 そういえば何で違うって言ったん？
つづく…
ページの先頭へ