創作脚本の部屋へ二〇一四年度 県立伊丹高校演劇部 二〇一四年度春期・アイフェス参加作品
作 まるちゃん 潤色 ごのい
【キャスト】（女10）
萌
紗也加
由 紀
奈 緒
希
ナ ナ
リ サ
モ モ
ハ ル
ソ ラ
『オープニング』
光と陰に包まれた場所。ここは古ぼけた学校の教室。数人の女子高生の姿が見える。
ひときわ明るい場所に机があり、様々な場所からその机をじっと見つめている者たちが
いる。他には窓辺でグランドをのぞいている萌、少し離れた場所でスマホをいじりながら
何やらお喋りしている沙也加と由紀。やがて部屋の片隅から何かに引かれるように一人、
また一人と消えていくと、由紀は窓際の萌に歩み寄り、何やら話しかける。不自然な
明かりはそれをきっかけにある夏の日へと移り変わっていく。
『大塚君』
夏休みの教室。補習中のためクーラーがついてて涼しい。教室には萌、由紀、紗也加の
三人がいる。萌と由紀は窓からグラウンドを見てる。紗也加は椅子に座ってケータイを
いじってる。
萌 ふおおおお！ やっぱかっこいい！！
由紀 えーそう？ ないって。
萌 いや、ちゃんと見てよ！ ほら！
由紀 だって所詮ハゲやん。趣味わる。
萌 由紀のが趣味悪いわー。だって大塚君やろ？ チャラいだけやん。
由紀 チャラないし！ ちょっとイキってるだけやし！
萌 それがチャラい言うねん。なあ紗也加―？ 絶対古屋君のがかっこいいやんな？
紗也加 うーん、
由紀 大塚君やろ？
紗也加 まあ、せやな、大塚のがいい。チビやけど。
由紀 ほらー！ え？
萌 嘘やん。二人とも見る目ないわあ。
紗也加 やっぱ無いよりはあるのがいいやろ。髪の毛。
萌 伸びるもん、髪の毛。髪の毛より身長やん。
由紀 伸びるもん、身長。
沙也加 ま、二人の伸びしろは別にして、ハゲと並んで歩くんはパス。
萌 ひっど、髪の毛なんかに惑わされてる内はまだまだお子様やね。
由紀 萌にお子様言われた。
紗也加 それはやばい。
由紀 うん、やばい。
萌 はあ？
由紀 幾つかな。
紗也加 萌より下やし、５歳とか。
由紀 小学校は、いってないよな。
紗也加 絶対いってない。
萌 二人ともひどい。
由紀 あは、ごめんなちゃーい。
萌 もおおおお！
紗也加 萌うるさい。先生来るやん。
萌 あう…
由紀 そう言う沙也加かってケータイ持ってる。紗也加ちゃん悪い子―。
紗也加 とか言って。
萌 由紀さっきめっちゃ写真撮ってたし。
紗也加 え、もしや、
萌 もちろん、大塚君のん。
紗也加 うわあ…
由紀 ちょっと！
萌 萌のこと馬鹿にするからですー！
由紀 紗也加だってしてたし！
紗也加 盗撮する人と一緒にせんとって。
由紀 してへん！
萌 盗撮やろ。
由紀 ツーショあるし。
萌 いや、うちは見た。
萌は由紀のスマホを取ると窓際に腰かけ、校庭を背に内カメラでパシャ。
萌 果たしてこれをツーショと言えるのか。
紗也加 否、言えぬ。
萌 イエス。
由紀 同じ画面の中おったらセーフ。
紗也加 いやアウトやって。
萌 人として。
紗也加 イエス。
由紀 ちぇ。
萌 （すらすら画像チェックしながら）これか？ これか？
由紀 もう、勝手に見んとって…。あ、（うふっ）これ。
萌 あった。大塚君…、ちっこ！
由紀 やめてや、その言い方。
萌 豆か。
由紀 そんなちっこないし。
萌 あはは。
由紀 しゃあないねん。遠いから。
沙也加 距離が？ 存在が？
由紀 …どっちも。
萌 泣け。
由紀 泣くか。
沙也加 あんさ、大っきいカメラで撮ったらええねん。大塚。
由紀 え？ ガンレフ？
沙也加 そ、由紀、写真部やねんし。部活な顔して。
萌 あのぉ。モデルなってください。（連写音）カチョーンカチョーンカチョーンカチョーンカチョーン
由紀 いやいや！ 出来んって！
沙也加 意外とすんなりいけるかもよ。渋く撮ってな、とか。
萌 言いそう。
由紀 え、ホンマ？ ウソ。
由紀は窓の方を振り向き、暫くそんな感じのシーンを空想してみる。間。やがて悶え始める。
由紀 いや、無理。
沙也加 何悶えてるん。エッチ。
由紀 ちゃう、そんなんと。暑、汗出てきた。
萌 そんな好きやったら誘ったらいいのに。
由紀 何に？
紗也加 あ、もしかして…。
萌 そ、今週の夏祭り。
紗也加 学校でやるやつやろ？
萌 その通り！
紗也加 ビンゴ。
由紀 いやいや！ 出来んって！
萌 いーやん。行きーよ。
由紀 そんな、いや、無理！
萌 LINE知らんねやったらあげるし。
由紀 それは…、欲しい。
紗也加 欲しいんや。
由紀 いや、でもなー。
萌 大塚君今彼女おるん？
由紀 １か月前8month記念に別れてそれっきり。多分。
紗也加 さすが由紀！
萌 情報が早い！
紗也加 よ！ ストーカー！
由紀 うん？
紗也加 ううん！
由紀 仮にいけたとしてさ、学校のやで？ あかんやろ！
紗也加 大丈夫。
萌 そんなん見せつけ目的に決まってるやん。
紗也加 大塚地味に人気あんねんし。
由紀 イケメンやもん。
萌 萌は分からんけど。
紗也加 ファンどもに見せつけて！
由紀 うん！
紗也加 大塚にいいとこ見せて！
由紀 うんうん！
紗也加 そのままゴールイン！
由紀 おーー！
紗也加 いけるな？ 由紀。
由紀 うち…ゴール決めるよ！
紗也加 由紀…
由紀 紗也加…
萌 とりあえず大塚君のLINE送っとくなー。
由紀 ありがとー。
嬉しそうに送る側と受け取る側でわちゃわちゃする。
萌 夏祭りっていつやったっけ？
由紀 確か３０。
萌 明後日やん。
由紀 そっか。
紗也加 そういや担任が言うてた。準備忙しいって。
萌 裕次郎？
紗也加 うん。
由紀 アカン、やっぱり緊張してきた。
萌 由紀…、ファイト！
沙也加 女に二言はないな。
由紀 え〜〜、気まずいやん。アカンかったら。
萌 （無視）裕次郎達は何やんの？
紗也加 りんご飴？
由紀 なぁ、聞いてぇや。
萌 （無視）ええなあ。
紗也加 なー、行きたかった。
萌 残念。
由紀 え、行かへんの？
紗也加 その日夜、家族で出掛けんねん。
萌 萌は家の手伝い。
由紀 そうなんか。
萌 まあ由紀は？
紗也加 大塚とやし？
萌 関係ないかー。
由紀 まだ誘ってもないけど。
紗也加 でも？
由紀 …まあ、行きたい、けど。
萌 頑張れー。
由紀 （ほぼやけくそで）頑張るぅ〜。う〜、なんでこうなったんや？
紗也加 そういや今何時間目？
萌 ３時間目。もうちょいで終わるけど。
紗也加 やっとやな。
由紀 ほんま。
紗也加 朱里すごいよなー。こんな時間まで。
由紀 朱里？
萌 橘朱里。バド部の。
由紀 あ、あのめっちゃ勉強できる子？
紗也加 そう。
萌 ０時間目からぶっ通しやねんて。
紗也加 ようやるわ。
萌 さすが天才。
由紀 補習やねんし、自由参加やのにねー。
萌 なー。
由紀 大田先生もすごいわ。ようやる。
萌 ７時からやろ？
由紀 ７時２０分。
紗也加 まあ大田はサイボーグやから。
萌 確かに。
由紀 目笑ってんの見たことない。
紗也加 鬼の数学教師、大田やから。
由紀 それな。
萌 うちあの人とまともに喋られへん。
紗也加 萌のコミュ力を持ってしてもか。
萌 無理っす。
由紀 萌も数学の補習受けたらよかったのに。
萌 え、
紗也加 ほんまや、萌数学３やったんやろ。
由紀 うんうん。
萌 でも絶対無理。ついていける気せんもん。
由紀 あー…
紗也加 まあな。
萌 ほんで起きられへん。７時やろ？ 無理。
由紀 うちも無理。
紗也加 きついな。
由紀 あ、終わった。
紗也加 じゃあそろそろ行くわ。
萌 現国やっけ？
紗也加 そう。
萌 がんばれー。
由紀 がんばれー。
沙也加 由紀もな。
由紀 え〜、
萌 ばいばい。
『カメラ女子』
補習に向かう紗也加。萌と由紀が教室で二人っきりになる。
由紀 萌は今日部活なん？
萌 うん。由紀も部活？
由紀 うん。二時間だけやけどね。
萌 そうなんや。何すんの？
由紀 何撮るか会議やって。
萌 そんなんあるんや。
由紀 よく分からんけど。
萌 写真部って夏休み活動せんのか思ってた。
由紀 うちも思ってた。ゆうて少ないけどね。
萌 ふうん。
由紀 バドとか夏場死ぬやろ。
萌 窓開けられんからねー。死ぬよ。
由紀 うち絶対出来ん。
萌 でもな、部活終わった後のアイスは最高。
由紀 出た、糖分。
萌 そのためだけに汗かいてシャトル追ってる。
由紀 青春やね。
萌 見る？ 萌の青春。
由紀 何それ。見れんの、青春。
萌 ちょっと待ってな。
というと萌は自分のスマホを取り出しすらすらいじり出す。
由紀 人のこと悪い子扱いしといて。
萌 いや、そんなんどうでもええねん。
由紀 何見てるん？
萌 これ。
画面には昨日食べたアイスがで〜ん。
由紀 アイス？
萌 汗かいて手に入れた青春の勲章やん。
由紀 これ？
萌 そう青春。昨日はこれ。爽やかで甘酸っぱいカルピスアイス。夏は外せない。
由紀 青春なぁ。
萌 （スワイプ）その前の日。ドルチェ クラシックショコラ。濃厚なショコラアイスはまるでケーキのようで、とてもチョコチョコしいアイス。
その前の日（スワイプ）。
由紀 どんだけ出てくんの？
萌 なんぼでも。これ！ センタン キウイアイスバー。グリーンキウイとゴールドキウイを両方が、こ〜（ピンチ）二層構造で外が
シャキシャキキウイアイス、中が濃厚なキウイアイスになってんねん。その前の日が、（スワイプ）きゃ〜ん。スーパーカップ
抹茶。春夏秋冬関係ない。濃ゆすぎず薄すぎず、いくらでも食べれる。定期的に食べなければならない。もはや血液。
ほんでな…。
由紀 も、その辺で。
萌 ええん？
由紀 うん。萌も結構カメラ女子なんが分かった。
萌 やろ？
由紀 でもケーキとか撮りたくなる気持ち、分かんで。
萌 由紀も撮ったりするん？
由紀 するする。カプチーノとか。
萌 でもあれか、写真部やからもっとちゃんとした写真撮るんか。
由紀 ちゃんとしてるかどうかは知らんけど、カメラで切り替えっていうか、可愛いもんはスマホかな。
萌 じゃおっきいカメラで撮るんは？
由紀 …アート？
萌 何それ、
由紀 かっこつけて。
萌 じゃ聞くけど、アートと普通の写真とどこがちゃうわけ？
由紀 良い写真とは、技術だけじゃない。シャッターチャンスとメッセージ性。その三つの要素が全て揃っていて初めて表現としての
写真と呼べるものが撮れるん、だ？
萌 誰の受け売り？
由紀 …野辺先輩。
萌 やと思った。セリフが嘘っぽい。
由紀 でもな、挑戦してんで、何を伝えたいか、こう、見てくれる人に？作者の感情が？伝わってくる？そんな写真。
萌 挑戦せんでも萌の写真には明確なメッセージがある。（スワイプ）食べたい、美味しい、愛してる。
由紀 あは、ホンマや。
萌 やろ？
由紀 考えてもアカンのかな。
萌 アカン。感じなさい。
由紀 は〜い。
由紀はカバンの中から自分の一眼レフを取り出してみる。モニターに部活の宿題写真を映し出す。
どれも気に入らないつまんない写真ばっかり。才能無いのかな〜。
由紀 そういやさ、萌補習とってないん？
萌 まあ、うん。
由紀 じゃあなんでこんな早よ学校おんの？
萌 あー…
由紀 うちは２時間目あったからやけど。
萌 紗也加に一緒に行こー言われたから。
由紀 だけ？
萌 だけ。
由紀 へー。（あきらめてカメラ片づけ始める）
萌 あ、でも、学校のが涼しいゆうのもある。
由紀 確かに。
萌 図書室ややし。
由紀 やから教室。
萌 うん。
由紀 うちも図書室苦手。なんか窮屈。
萌 分かる。喋ったあかんし。
由紀 確かに。
萌 きつい。
由紀 萌は無理やな。
萌 うん。…え？
由紀 ううん。
『本当にいや』
教室に奈緒が入ってくる。萌、由紀をちらっと見る。
萌 奈緒ちゃん！
由紀 あ、
奈緒 え、
萌 おはよ。
奈緒 あ、おはよ。
奈緒は萌・由紀と離れた所に座ると勉強をし始める。自分で買った問題集。萌と由紀は奈緒に
聞こえないよう喋り始める。
由紀 ちょっと萌。
萌 うん？
由紀 何してんの。
萌 あ、もうお昼やからこんにちはやった？
由紀 そうゆうことやなくて。
萌 そうなんか。
由紀 知り合いなん。
萌 奈緒ちゃん？
由紀 奈緒ちゃん。
萌 うーん、そんな感じ。
由紀 まじか…
萌 なんで？
由紀 いや、うん。
萌 遊んだりはしたことないけど。
由紀 そっか。
萌 どしたん？
由紀 あー、その、
萌 うん。
由紀 あれ！ 苦手やねん。
萌 奈緒ちゃん？
由紀 奈緒ちゃん。
萌 中学一緒なんやったんやっけ？
由紀 うん。小学校も。
萌 長いね。
由紀 一緒なだけ。
萌 なんかあったん？
由紀 いやあ…何もないけど。
萌 苦手。
由紀 そう。
萌 悪い人じゃなさそうやのに。
由紀 なんでやろね。
萌 自分のことやん。
由紀 しゃーない。
萌 そんなもん？
由紀 そんなもん。
萌 分かんない。
由紀 うちだって分からん。
萌 ふーん。
由紀 うん。
萌 何か、ごめん。
由紀 え、ううん。
萌はケータイをいじる。由紀は奈緒を見る。奈緒は勉強してる。
由紀 何でこんなあかんねやろ。
萌 苦手。
由紀 うん。
萌 あの子が、
由紀 苦手。
萌 ほんまに？
由紀 何が。
萌 苦手なだけなん？
由紀 なんで。
萌 だって、
由紀 もしかしたら。
萌 もしかしたら、
由紀 嫌いなんかも。
萌 なんで？
由紀 分からんってば。
萌 おかしいやん。
由紀 そんなことない。
萌 分かんない。
由紀 だって、
萌 本当は
由紀 違うのかも。
萌 ほら、
由紀 ありえへん。
『幻影』
由紀がひとりになる。
奈緒 嫌いやったんや。
ばれた。由紀の全身から嫌な汗がどっと噴き出す。奈緒は問題集から目を離さない。
由紀 え？
奈緒 あたしのこと。
由紀 嫌いやった、
奈緒 そう。
由紀 違う、
奈緒 嘘。
由紀 違うって、
奈緒 分かってた。分かってたけど。
由紀 そうじゃない。
奈緒 じゃあ何。
由紀 そうじゃなくて、
奈緒 苦手。
由紀 それは、
奈緒 一緒やん。
由紀 違う！
奈緒 分かってたけど、やっぱり。
由紀 お願い。
奈緒 あたし、
由紀 やめて。
奈緒 あたし、ほんまはね、
由紀 分からん。
萌 由紀！
三人に戻る。
由紀 あ、
萌 由紀。
由紀 萌、
萌 大丈夫？
由紀 ごめん、どうしたん？
萌 萌そろそろ部活行くな。
由紀 もうそんなたったんや。
萌 なー。
由紀 お昼食べへんの？
萌 うーん、部活の子と食べるわ。
由紀 そっか。
萌 由紀も行かんの？
由紀 部活？
萌 うん。
由紀 あー、もうちょっとおるわ。
萌 まあ、部室より涼しいしな。
由紀 それ。
萌 さすがクーラー。
由紀 紗也加、待たんでいいん？
萌 ダルいし、いいや。
由紀 ちくったろ。
萌 なんも言ってません。
由紀 あは、頑張れ。
萌 あーい。
教室には由紀と奈緒の二人になる。由紀はケータイを触る。無言が続く。突然希が入ってくる。
希 ここ！？
由紀 え、
希 やった！ 当たり！
奈緒 おめでとう。
希 うん！ お待たせ。
奈緒 声でかい。
希 あ、ごめーん。
奈緒 あたしはいいけど。
希 あー！ ごめんねー。
奈緒に飛んで行った希が由紀に近寄る。奈緒は帰り支度をする。
由紀 別に大丈夫やけど。
希 びっくりした？
由紀 びっくりした。
希 あ！ ケータイ！
由紀 うん。
希 悪いなー。
由紀 ごめんなさい。
希 素直。
由紀 はい。
希 許そう！
由紀 ありがとう。
奈緒 知り合い？
希 そうなん？
由紀 違うと思う。
希 違う！
由紀 でもあれやろ？
希 うん？
由紀 希ちゃん。
希 そう！ 知ってんねや。
由紀 有名やし
奈緒 有名なんや。
由紀 まあ、うん。
希 自分って有名なんや…。あんたは？
由紀 えっと、
奈緒 由紀ちゃんやで。
希 由紀？
由紀 ああ、うん。
希 了解！ 由紀！
奈緒 もう、やかましい。
希 やかましい？
奈緒 やかましい。
希 しょんぼり。
奈緒 口で言うんや。
希 うん。しょぼん。
奈緒 そんくらい静かな方がいいよ。
希 奈緒ひどいー。
奈緒 そうかなあ。
希 ありのままの希を、
奈緒 てか早よ行こ。
希 うん！ 行く！
奈緒と希が教室を出る。教室には由紀一人。
由紀 なんでやろうねえ。
奈緒がいた机でシャーペンが光る。由紀は机に近づき、それを手に取る。
由紀 本当に嫌。
しばらく見つめると由紀はそれを持って元の場所になおる。
『わだかまり』
夕方になる。教室にはまた由紀がいる。お昼と同じ体勢でケータイをいじる。時計を見て帰り
支度をしていると、そこに奈緒が来る。
奈緒 あ。
由紀 え。
奈緒 まだおったんや。
由紀 まあ。
奈緒 びっくりした。
由紀 うちも。
奈緒 ケータイ。
由紀 触ってるね。
奈緒 暑ないん？
由紀 暑いね。
奈緒 クーラーきれてるもんね。
由紀 うん。
奈緒 窓、開けるね。
由紀 そっか。
奈緒は自分の席にカバンを置くと、手近にある窓を開ける。夕暮れの少しだけ涼しい風が
教室に流れ込んだ。
由紀 あ。
奈緒 ちょっとマシでしょ。
由紀 ありがと。
奈緒 ずっとおったん？
由紀 部活はあったけど。
奈緒 行かんかったん？
由紀 行ったよ。
奈緒 そっか。
奈緒は勉強してた辺りを探している。
由紀 ねえ。
奈緒 うん？
由紀 何してんの。
奈緒 探し物。
由紀 これ？
奈緒 え？
由紀 シャーペン？ ボールペン？
奈緒 それ。シャーペン。
由紀 はい。
奈緒 ありがと。
由紀はシャーペンを離さない。手のひらから汗が出る。
奈緒 何？
由紀 いやさ、久しぶりやなーって。
奈緒 話すの。
由紀 うん。
奈緒 そうなんかな。
由紀 同じクラスやのに。
奈緒 確かに喋らんね。
由紀 うん。
奈緒 まあグループちゃうし。
由紀 しゃーないんかな。
奈緒 そうなんちゃう？
由紀 せやけど。
奈緒 なに？
由紀 え？
由紀の手をはずす奈緒。
奈緒 せやけど、何？
由紀 …
奈緒 なあ。
由紀 なんでやろって。
奈緒 …
由紀 なんでこうなったんかなって思っただけ。
奈緒 こうなった。
由紀 うん。
奈緒 そんなん自分が一番わかってるんちゃう？
由紀 あの時はさ、
奈緒 仕方ないとか？
由紀 いや、
奈緒 別に何も思ってないよ、あたし。
由紀 嘘。
奈緒 ほんま。
由紀 怒ってる。
奈緒 ううん。
由紀 悲しいとか。
奈緒 何もない。
由紀 なんかあるはずやん。
奈緒 ほんまにさ、
笑顔の奈緒。
奈緒 どうもないから。
由紀の過去の思い出になる。中学の話。
由紀 今でも覚えてる。
奈緒 三年前。
由紀 なんも思ってなかった。
奈緒 同じクラスで、
由紀 一緒に行動する女子の一人。
奈緒 それだけ。
由紀 話したことはあった。
奈緒 お昼も一緒に食べた。
由紀 遊びにも行った。
奈緒 でも二人になったことはない。
由紀 そんなお友達。
奈緒 でも離れていった。
由紀 一緒にいたやん。
奈緒 体だけ。
由紀 仕方ない。
奈緒 仕方ないんや。
由紀 嫌いなんかじゃなかった。
奈緒 みんなと一緒に言ってたやん。
由紀 嫌い？
奈緒 大嫌い。
由紀 なんでそんなこと言ったんかな。
奈緒 覚えてないんや。
由紀 忘れたいんかも。
奈緒 そんなもん？
由紀 離れてから
奈緒 近くにいるのに
由紀 分かったことがあってん。
奈緒 みんなのことがわからんくなった。
由紀 鮮やかすぎたんや。
奈緒 全てが色あせて見えて、
由紀 鮮やかに見えすぎて、眩しすぎて、嫌になったんや。
奈緒 それでもみんなを信じてる、自分が嫌になった。
由紀 もう一緒にいれない。自分が嫌いになってしまうから。
奈緒 だって一緒にいてくれる。嫌いなんかじゃないやんって思ったのに。
由紀 だからあなたを嫌いになった。
奈緒 やっぱり嫌いやったんや。
『鮮明すぎる映像』
回想に移る。由紀の回想。人がざわーって出てくる。いっぱい出てくる。
由紀 最初は周りと一緒やった。
奈緒 遠くにいってわかった。
由紀 違うんやって。
奈緒 なんでやろうねえ。
由紀 あ、
人に紛れてしまう奈緒。
由紀 今日はあの子と移動。
ナナ オレンジのノート。
由紀 お昼は購買なんや。
リサ 茶色の財布。
由紀 友達からもらったんかな。
モモ ひまわり色のキーホルダー。
由紀 買い換えたって聞いた。
ハル ルビーレッドの筆箱。
由紀 ずっと持ってるね。
ソラ スカイブルーの、シャーペン。
由紀 なんで、なんでこんな。
ハル きれいに、
リサ 美しく見えるのか。
ソラ 今でも鮮明に残る色。
ナナ 見たくないのに、
モモ 目に入れたくないのに、
由紀 なんで、
リサ 見てしまうの。
ハル 飛び込んでくるの？
由紀 わからん。
ナナ 知りたくない。
ハル だって知ってしまったら、
由紀 あかん。
ソラ これ以上は、
モモ 嫌いで囲う。
ハル 苦手で覆う。
リサ ふたをする。
ナナ そうでもしないと、
由紀 じゃないと、
ハル どうなる？
ナナ 仕舞った気持ちはどう変わる？
リサ 自分にとって、
モモ あの子にとって、
ソラ どんな風に。
由紀 変わってしまう。
人々が奈緒から遠ざかる。浮き上がる奈緒。
由紀 今も、変わらずにずっと、
奈緒 聞きたかった。
由紀 なんでなん。なんであんたしか見えへんの。
奈緒 ずっと思ってた。
由紀 嫌やって言ってるやん。
奈緒 ねえ、どう見える？
由紀 いや。
奈緒 あなたに、あたしはどう映ってる？
由紀 見えない。
奈緒 ねえ。
由紀 見えない、見たくない。
奈緒 ほら。
由紀の手を握る奈緒。目が合う二人。
奈緒 見えた？
由紀 あ、
奈緒 あたしは、見えてたよ。
由紀 いや！
勢いよく奈緒を突き飛ばす。現実に戻り、人々が消える。
奈緒 いたっ。
由紀 あ、いや、ごめん、
奈緒 由紀ちゃん…。
由紀 …、ごめん。
鞄をつかんで由紀は教室を飛び出す。取り残される奈緒。青転。遠くから蝉の音も聞こえてくる。
奈緒は窓を閉じ、自分の荷物を持って静かに教室を後にした。
『分からない』
やがて姿を見せる人影。場面転換は乱れた椅子を整える。萌と紗也加もいる。次の日の教室。
２時間目。お祭りの前日。
萌 ぷああああ涼しい！
紗也加 萌うるさい。
つづく…
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