創作脚本の部屋へ 作 うがっち 潤色 ごのい
【キャスト】 女５・男２
野崎 唯
片桐千夏
八幡和磨
吉岡拳斗
佐藤美紀
田辺恵美
残像の人々
菜摘
沙紀
文恵
武志
綾加
桃華
『オープニング』
舞台にはブランコ。一目で公園だと分かる。でもちょっと変。ブランコは明らかに地面にめり込み、
座面は見えずクサリだけが地面に刺さっている。長い影がブランコから伸びている。これは遺跡だ。
人がその営みを止め、何百年も経った滅びの世界。そんな気配。周りのクサリも半分は地中に
没している。
登場人物たちが集まってくる。今後必要なモノは役者の手で運び入れられる。個々にゆっくりとした
ストレッチ。互いの関係の糸は見えない。やがて誰に伝えるともなく語り始める役者たち。
恵美 人の、最小単位は、一人、か？
和磨 一人で歩ける、
美紀 一人で眠る、
千夏 一人で食べるし、
菜摘 一人で悩んでる。
沙紀 時々、一人がたまらん寂しくなって、誰かそばにいてくれたらって思うけど、
文恵 誰かと付き合うのはホンマは、疲れる。
唯 なんかのキッカケで、二人っきりになれたりするねんけど、
綾加 別れ際、寂しいと同時に、ホッとする自分が居る。
桃華 一人に戻る。
文恵 一人で思う、
武志 考える。
拳斗 考える？
恵美 考える。
間。フォーメーションを変えていく。
和磨 人は一人では生きられない、らしい。
菜摘 話し相手がいない、
拳斗 収入がない、
沙紀 拠り所がない。
恵美 時々世間がたまらなく疎ましくなって一人を求めたりするけど、
綾加 一人になるのは本当は、
桃華 怖い？
千夏 時々、誰かのために何かしてあげれたような気がするって日も、あんねやけど、
美紀 別れ際、幸せと同時に、ぞっとする自分が居る。
武志 一人に戻る。
唯 一人で思う、
全員 考える。
その中の一人、携帯を取り出す。
桃華 考える。
一部役者たちによるプリクラフォーメーション。
桃華 あ、プリクラ変わってる。
携帯を見つめながら
桃華 また遊びに行ったんかな……。うち、誘われてないやんな…？ やっぱ、うちおらん方がいいんかな…。でも、あの子も誘われて
ないっぽいし……。
何処かで誘われてない奴らがヒザを抱えている。
桃華 結構愚痴もしゃべってくれてるし、あっちから喋りかけてくるし……。嫌われてはないはず……。
携帯を磨く。
桃華 うち、おる方がいいんかな…。おらん方がいいんかな……。どっちでもいいんかな………。
携帯から目を離し、遠くを見つめる。
桃華 まぁ、こんなん聞かれへんけど。
千夏 は〜い。今日の丸つけタイムで〜す。いえ〜い。別に楽しくないよ〜。一枚目、まる、にしとこ。次はさんかく。この子との仲良し
レベルではちょっと口悪くしすぎた、かも。要注意。次は楽しかったし、相手もきっと楽しかったから花マル。相手も楽しかった、
はず、多分。…やっぱり普通の丸にしとこう。
千夏はこう言いながら空想の中で一日に出会い、通り過ぎたクラスメイトの間を通り抜けていく。
千夏 次はばつ。おっきくばつ。これはもう反省すべき。反省。だめだー。ぎょえー。こんなことしても、今日のばつはばつのままで、
明日またまったく同じ問題がでるわけなくて、じゃあやっぱ意味ないかもなんだけど、しちゃうんだなあー。普通にすれば
いいんだろうけど、自分の普通ってどんなんだろうなあ。とりあえずこんなんしてるのがだめだったりするのかなあ。
あー全部ぽいぽいっとほっといて、冬眠したいなー。二〜三〇〇年くらい。
一陣の風が吹いた。かすかに聞こえるブランコが揺れる音。
菜摘 何の音？
唯 風の音。
沙紀 ああ、よかった。
もう一度ブランコの音。今度ははっきりと子供の笑い声。
恵美 何の音？
千夏 お化けの音。
和磨 逃げろ！
音楽。クモの子を散らすように逃げていく人々。蹴散らし役は千夏、和磨、恵美の三人。頭を抱え
取り残された拳斗とブランコに、うっすらと差し込む光が残った。
『やってもうた』
やがてゆっくりと明かりが入る。公園の風景。頭を抱える拳斗をみんなで見守るフォーメーション。
彼の悩みは一体。
拳斗 やってもうた〜。
千夏 分からん。さっきからこれ。
恵美 いつまでもぐじぐじしない！
拳斗 オレ、朝の星占い、絶対当たるタイプ。
和磨 意外や。気にしてたんや。
恵美 天文部のくせに。
拳斗 乙女座、最悪やってん。十二位。
千夏 何て？
拳斗 今日のことは犬に噛まれたと思って忘れましょう。
千夏 あははは。
和磨 どないしたん。
恵美 まあ本人から聞いたって。
拳斗 唯ちゃんに絶対嫌われた。もう、俺これからどんな感じで部活すればいいねん。
千夏 謝ればいいやんか。
拳斗 もう謝ったよ。けど。
千夏 あかんかった。
拳斗 気まずくて口聞けないっす…
千夏 明後日の流星群の観測どうするつもりなん？
拳斗 ああ…忘れてた。
恵美 ま、事故やから。
千夏 事故？
拳斗 大事故。
和磨 ええから言ってみ。
拳斗 今日の体育の補充前…気がついたワケよ、シューズ忘れたって。うわ、部室に取りに帰らなって。
和磨 それでどこに事故る要素があるねん。
千夏 やんな。
拳斗 部室行ったら電気消えてるのに鍵だけ開いててん。おかしいなって思ったからコンコンってノックして、誰か居ますかぁ？
って聞いたわけ。返事がないからそっと空けて、確認して、部室入って、シューズ取りました。はい出ましょう。振り返る。
そしたらさ…。
和磨 うん！
拳斗 机と机の間に誰か隠れててん。おかしいやん、そんなトコ誰か居るの。だからな、「コラ、出てこい変態！」とか言うてもうてんな。
恵美 あんた、そこまで言うたん？
拳斗 言うた。ほんでそいつの近所にばばばって走っていったら、変態が潜んでたんじゃなくて、着替えててん。唯ちゃん。
和磨 唯？
拳斗 わ、しもたって思った瞬間に思いっきり、ぎゃ〜！叫ばれて。
千夏 可哀想〜。
拳斗 やろ？
恵美 あんたちゃうわ。唯の方。
拳斗 あ、そうやんな。
和磨 あほやなぁ。
拳斗 アホちゃうわ。補充終わって、勇気を振り絞って言うてん。さっきごめんな。って。
千夏 え、そんな言い方？
拳斗 謝ってるやん。
恵美 誠意無いやろ？
千夏 うん。
和磨 伝わらへん。
拳斗 なんで、精一杯の誠意よ。心は土下座よ。
千夏 唯、なんて？
拳斗 あんなキレイな無視、生まれて初めてくらった。
和磨 やろうな。
拳斗 唯ちゃんに絶対嫌われた…俺の世界は、終わった。
和磨 お前、ひょっとして唯のこと。
拳斗 なぜそれを。
間
千夏 ま、聞かんかったことにしとこう。
和磨 せやな。
千夏 どうせ何も起きへんから。
拳斗 くぅ〜。
恵美 ほんでアタシは、こいつがあんまり落ちこんでるから、さすがにちょっと可愛そうかなって思って来たったわけよ。汚名挽回の
きっかけ、作ったろかなって。
和磨 返上な。挽回したら汚名まみれ。
恵美 そっか。
千夏 ボランティアやな。
恵美 そうそう。ボランティア。
拳斗 嘘つけ、ちゃっかり報酬要求したくせに。
恵美 し！
拳斗 B'zのチケット、オレ行く予定やったのに。くそ、犬に噛まれるってこっちのことか？
恵美 帰ろかな。
拳斗 いえ、居てください。
和磨 ん？
ゆか・拳斗 いやいやいや。
千夏 あ、メール。
取り出す携帯。
千夏 あー、なんか唯来るみたいやで。
拳斗 え、ここに？ 何しに？
千夏 今から、ここで緊急ミーティング！
拳斗 な、何んで急に。
和磨 お着替えのぞかれ事件について。
拳斗 ウソやん。
千夏 ちゃうちゃう。明後日のことやろ、多分。
拳斗 心の動揺が…
恵美 チャンスやん。
和磨 そうそう。事故なんやろ、謝ったらええやん。
拳斗 くっそぉ。その余裕な顔がムカつく。自分だけおいしいとこ取りやがって。
千夏 男の嫉妬は醜いよ。
拳斗 オレは知ってるぞ、オマエらこの前、二人でお祭り行ったやろ！ しかも二人きりやで、二人きり！
和磨 考えすぎ。昔から仲良かったし、家近いし。
拳斗 お祭り行って何をした！ 言ってみろ！ かき氷あーんとか？ 金魚すくいとかでキャッキャウフフとかしとるんやろ。オレも
かき氷あーんとかされたいぃぃぃぃ、
恵美 ちょっと。
いつの間にか現れていた唯。興奮する拳斗に美しい跳び蹴り。
唯 変態！
拳斗 だ〜！（こっちは美しい放物線を描く）
唯 最っ低。
『弱小天文部』
三人 （拍手で）おぉ〜。
唯 キャッキャウフフとか無いから。
拳斗 誤解や。オレは何も。
唯 反省するまで絶対許さへん。
拳斗 反省してます。
唯 知らん。
拳斗 なんでよ。
千夏 唯、大変やったなぁ。
唯 え？
千夏 お嫁に行けなくなったらアタシがもらってあげる。
唯 なんで言ったん。
拳斗、狼狽。
拳斗 いや、その、
和磨 お前、拳斗にお着替えシーン覗かれたんやって？
唯 ちょっと、和磨にも？
拳斗 客観的な事実を。
唯 （めちゃ目をむいている）さ、せ、し、信じられへん。
和磨 何見た？
拳斗 え、いや、その…
和磨 何を見たんや？
拳斗 えっと…あの…ピンクの…キャミソールを…
和磨 ピンクぅ〜？
唯 ひどい。
千夏 最低…。
拳斗 やめろ、分かってんねん、これ以上罪の意識を植え付けんな。
和磨 そんだけか。
拳斗 そんだけって…それ以上見ちゃったらそれこそド変態やんけ！
千夏 もう十分やろ。
和磨 そんだけならええねん。
唯 なんも良くないやん。
和磨 めちゃ怒ってるやん。
恵美 事故処理を誤ると問題は複雑化するねん。
千夏 わちゃー。
唯 あれ？ 田辺さん。
恵美 こんにちわ。
唯 どうしたん、今日。
恵美 事故処理係。
唯 え？
恵美 いえいえ。ちょっとね、天文部に興味があってね、見学。
間。驚きを隠せない唯、和磨、千夏。
千夏 え？
和磨 今、なんて？
唯 天文部に？
恵美 ちょっとだけ興味あったんやけど、きっかけ無くて。でも拳斗君がいっぺん見学来てみたらええやん、結構おもろいよって誘って
くれたから、行ってみよかなって。ね。
拳斗 まあ、そんな感じ。
和磨 こいつが？
千夏 勧誘したん？
恵美 うん。あかんかった？ 突然来たら。
さらなる間。そして沸き上がる唯、和磨、千夏の大歓声。喜びの舞。やがて。
唯 大歓迎。うれしい。
恵美 そう？
和磨 星、良いよ。
恵美 うん。拳斗君も熱く語ってくれたから。
千夏 入ってくれるん、部活。
恵美 それは見学してから決めて良い？
和磨 もちろん。
千夏 すごいやん、拳斗。大貢献。
拳斗 いやぁ。
唯 ありがとう。
和磨 見直したぞ。
拳斗 いやいや、痛いから。
和磨 こうか？ もっとか？（ぐりぐりしてる）
拳斗 痛い、痛い。
唯 拳斗。
拳斗 ん？
唯 ピンチの天文部に、見学とはいえ部員候補を連れてきた偉業に免じ、本日の失態、特別に許します。
拳斗 まじか？
唯 マジ、です。
思わず拳斗の手を取る唯。時めく拳斗。
和磨 命拾いしたな。
拳斗 ま、結果的には。何年ぶりやろ、人に感謝されるって。
恵美 良かったね。
拳斗 ありがとぉ。
恵美 じゃ、帰っていい？ 任務終了。
拳斗 あかん、まだ見学してへんやん。
恵美 え〜、お腹すいたし。
拳斗 あんだけ喜んでるのに、すぐおらんようになるんは可哀想やん。
恵美 え〜。
拳斗 恵美さん、頼りは君だけやねん。
恵美 しゃーなしやで。
唯 それじゃ、天文部緊急ミーティング始めます。
恵美 はぁ〜い。
和磨 本日、田辺さんという貴重な見学者を迎えましたが、我々天文部はじつは、ピンチを迎えています。
恵美 と。言いますと？
和磨 正式部員四名。
唯 少なすぎ、です。
拳斗 来年の後輩も危ういな。
千夏 もう一人部員おってんけど、星の観測会やいうて夜遊びしていたことがばれて退部させられました。
恵美 ウケル！
拳斗 いや、しゃれならへんから。
全員 うん！
和磨 ご存じのように我が校ではクラブとして年間予算をもらえる最低部員数は五人。このままでは来年春に同好会に降格されます。
千夏 生徒指導部長にな、「戦隊ものでも最低人数は五人って決まっとんじゃ、もっと活動アピールして人集めんかい。」とか言われて。
唯 田辺さん入ってくれたら全て解決。
恵美 え？ 拳斗くん。
拳斗 何？
恵美 ハードル上がってんねんけど。
拳斗 もうちょっとだけ。
恵美 知らんよ、後でどうなっても。
拳斗 後は後で考える。
唯 どうしたん？
恵美 そっか、じゃどんどん校内で活動アピールして、星に興味ある子、集めていかな、ね。
拳斗 その通り！
恵美 もう。
和磨 そこで、明後日のペルセウス座流星群の観測会がてらレポートを書いてもらいたい。
拳斗 えーまじかー…
唯 それを今度の文化祭で発表したらちょっとは目立つかなって。
千夏 そうかなぁ。
唯 すごいの作って驚かせたらええやん。（拳斗に）ね。
拳斗 やれるだけのこと、やってみましょう。
唯 それでな、明後日の夜、十一時にここに集まりたいんやけど…
和磨 普通に補導されるよねって話を今朝しててん。
拳斗 退部者出してるしな。
千夏 帰ってこ〜い。
唯 そう！ でも流星群のピークって深夜三時くらいやから…
拳斗 じゃあ、だれか大人の人連れてくる？
唯 できたら相談なんかしないって…
恵実 顧問は？
唯 島原先生？
和磨 島じい、就寝時刻九時やから。起きるの五時やけど。
恵美 納得。
拳斗 じゃあ、みんな大人っぽい服装でくればいいんちゃうかな！
唯 それで何とか出来るなら相談しいひんわ…
恵美 あ、ごめん。その日アタシ塾。
拳斗 十一時まで？
恵美 あ、そっか。そやね。門限！ 門限あるねん。
千夏 何時？
恵美 八時。
和磨 早すぎるやろ。
恵美 いや、理由さえしっかりしてたら、なんとかなるかも。
唯 してるよ。天文部の観測会やねんから。
和磨 天文部ってことを強調すればええんちゃうかな。
千夏 例えば？
和磨 立て看板で『県高天文部、流星群観測中』みたいな？
拳斗 全員白衣。
唯 それ、化学やん。天文ちゃうよ。
拳斗 けど、少なくとも夜の公園でたむろするヤンキーは白衣着いへん。
恵美 いや、遠目に見たら特攻服に見えるかもよ。
和磨 あかん、逆効果。
拳斗 え〜。ええアイディアやって。
唯 和磨ってさ、老けて見えるから先生役、できるんちゃう？
千夏 賛成〜。
和磨 老けてって。
拳斗 じゃ、お前だけ白衣。
恵美 老けた特攻服？
和磨 ちゃうって。立て看立て看、それで十分やって。
拳斗 誰が作んの？
唯 拳斗には任せにくいよね。
拳斗 俺かって看板ぐらい。
千夏 作ろっか？ 超かわいいヤツ。
唯 え？ 大丈夫？
和磨 いや、俺やるから。
全員 どうぞどうぞ。
和磨 結局それか。
恵美 オッケー、じゃ決まり。それで行こう。
唯 ホンマにそれだけで大丈夫かな。
恵美 大丈夫ちゃう？ 今日は解散！ お腹減ったし。
拳斗 田辺が決めんなよ。
恵美 あ、そっか。じゃ帰っていい？
唯 うん。ええけど。
『佐藤さん』
佐藤、大きめのコンビニ袋を下げて入ってくる。みんながいることに気付き、離れたところでその足を止める。
恵美 あ。
唯 佐藤さん。
和磨 佐藤って？
恵美 クラスの子。
佐藤、声をかけられたことに驚く。早足で立ち去ろうとする。その行く手を恵美が阻む。
恵美 なんで逃げんの？
佐藤 …。
唯 …佐藤さん、なにしてたん？
佐藤、唯を睨みつける。
唯 い、いや、別に…
千夏、唯の腕を引く。
恵美 買い物帰り？
佐藤 …。
恵美 家事やってるんや、すごいな。いろいろ入ってるやん。あ、きのこの山。
そういうと、佐藤のコンビニ袋からきのこの山を手にする恵美。一瞬身を引こうとした佐藤だが、動きを止める。
恵美 アタシこれ、大好きやねん。な、ちょっともらっていい？ めちゃお腹減ってんねん。
佐藤 …。
恵美 なぁ。
佐藤、静かに頷く。一気に開ける恵美。
恵美 ありがとう。優しいもんな佐藤さん。はいお礼。あーんして。
そういうと恵美は手でつかんだきのこの山を佐藤の口に押し込む。ちょっとむせる佐藤。
恵美は手を拭いてキノコをつかみ自分も口に。
恵美 こういうときは甘いもんやんな。お一つどうぞ。
千夏 いいの？ 佐藤さん。
恵美 いいの。はいあーん。
千夏 ふふ。
恵美 千夏ちゃん、幸せそうに食べるな。
千夏 そうかな。
恵美 唯も。はい、あーん。
唯 う、うん。（手でもらう）ありがとう。
千夏 あ、右手が勝手に。
恵美 静まりたまえぇ。拳斗君は？
拳斗 お、ありがとう。
恵美 はいちょびっと。和磨君にも残しとかな。
和磨 俺、ええから。
恵美 そうなん？
和磨 甘いの苦手。それにさ…、
恵美 うわ、ひと箱４５３キロカロリーやて。
千夏 一キノコ１４キロカロリー。
恵美 こんなちっこいのに。
千夏 でも美味しいねんなぁ。
恵美 あ、あかん。佐藤さんの分、残しとかな。
千夏 ごめん。いっぱい食べちゃった。
恵美、何かを思いつき、佐藤に近づく。
恵美 佐藤さん、クラブとかやってなかったやんね。
佐藤 やってない、けど。
恵美 なぁ、天文部って人数足らんねやんな。佐藤さんに入ってもらったら？
佐藤 え？
恵美 もちろん無理にとは言わへんねんけど、みんな困ってるねんて。五人おらな同好会に降格されるらしいねんけど、今四人しか
おらんくて。
唯 急な展開やね。
恵実 なんで、ええやん。おもしろそうやしアタシも見学来たんよ。六人やったら余裕あるし、何かの都合で一人抜けてもまだ五人やし。
拳斗 すごい作戦出たな。
恵美 なんて？
拳斗 いや、別に。
恵実 部員募集中やんな。
和磨 まぁ、そうではあるが。
千夏 それは佐藤さん次第やから。
恵美 やねんて。前向きに考えてあげて。お願いね。
箱を差し出す。
恵美 美味しかった。２８キロカロリーぐらいしか残ってないけど。はい。
佐藤に箱を返却。黙って受け取る佐藤。
恵美 じゃ、アタシ帰る。お疲れ様ぁ〜。
去っていく恵美。佐藤は黙って軽くなったキノコの箱をコンビニ袋に戻し、去ろうとする。
唯 佐藤さん。ごめん。なんか調子乗ってお菓子もらって。
千夏 うん。めっちゃ食べてもた。
拳斗 え、あかんかった？
和磨 あかんやろ。俺は断ったけど。
拳斗 何やねん。一人だけ関係ないみたいな顔しやがって。
和磨 いや、見ててんから、関係あるよ。
千夏 ついつい。
唯 ごめん。
この言葉に一度立ち止まるが、佐藤は黙ったまま。
唯 なぁ、なんで口聞いてくれへんの？
佐藤 一緒なんやろ。
唯 なんて？
佐藤 あんたらもあいつらみたいに私のことからかって面白がってるんやろ。
一同騒然。
佐藤 今日も靴、買ってきたわ…、今回は６８０円の安もんや。どうせまたトイレに沈められるんやろうけどな！
沈黙。
千夏 私らは、そんな…
佐藤 してないって？ でも見てたんでしょ？ 今かって。
誰も何も言えない。
佐藤 別に責めてるんちゃうから…、慣れてるし…、期待もしてへんから。
唯 そんな言い方…
佐藤 だからさぁ、もうほっといて。
唯 そんなん…
和磨 なぁ。
唐突に和磨が口を開く。
和磨 明後日星見るんやけどさ、このメンバーで。
佐藤、驚いた表情。
和磨 佐藤さんも来てや。
佐藤 …え。
千夏 はぁ？ 何言うてんのよ。
唯 いいやん！ 佐藤さんも来てよ。
佐藤 ふざけんといて。
唯 ふざけてへん、いいやんか、来てや。
佐藤 なんで…
唯 前から仲良くなりたかったから。
佐藤 は？
唯 知らんかったでしょ？
佐藤 それだけ？
唯 うん。
唯、満面の笑み。
千夏 唯、ええの？
唯 ええやん。佐藤さん次第やけど。ねぇ。
拳斗 まぁ来てくれるいうなら、歓迎しよう。
和磨 レポート用紙多めに刷っとかな。
佐藤 勝手に決めんといてよ。
唯 明後日の十一時から夜明けまで居てるんやけど、時間大丈夫？
佐藤 知らん！
佐藤、早足ではける。
唯 あ、ちょっと！
唯、佐藤を追う。
和磨 おい、どうすんねん。
唯 家まで追っかける！ 緊急ミーティング終了！！
唯、はける。
千夏 大胆な勧誘やな。
拳斗 なぁ、なんで誘おう思ったん。
和磨 なんとなく。見てたら痛いやん。ちょっとでも俺らに出来ること、無いんかなって考えてたら、つい。
千夏 観測会来てや、やって。
和磨 それしか、言えること無くて。唯も同じなんちゃうかな。
千夏 追っかけていったもんな。
拳斗 来ると思うか？
和磨 分からん。
そういうとみんなは大空を見渡した。
千夏 晴れるかな、明後日。
和磨 降水確率１０％
拳斗 ええやん。
千夏 わくわくすんな。
和磨 宇宙はこんなに広いのに、居場所見つけるって、なかなか、難しいねやろな。
千夏 広すぎるからやと思うわ。
和磨 まぁな、明後日また会おう。
拳斗 なに綺麗に収めようとしてんねん。
千夏 んじゃ帰ろっか。
和磨 そうやな。はよ帰らな犬に噛まれるぞ。
拳斗 え？ それ？ なんやった？
和磨 ちなみに唯も乙女座な。
千夏 犬に噛まれるって、お着替えのぞかれることやったんか。
和磨 占い怖えぇ〜
千夏と和磨、はける。
拳斗 犬って、オレ？ ちょ待ってえや。
拳斗もはける。
『残像の人々』
ざわざわした砂ぼこりを含む夏の空気が一気に冷気を帯びはじめる。音楽。目を澄ませば残像の
人々の姿が浮かび上がる。何かを探している？ 菜摘の影踏み。
菜摘 公園から子供たちが消えた。それからもう何千年も過ぎた。だれにも漕いでもらえないブランコは次第に土に埋もれ、そして
動かない影になった。長く伸びた漆黒の影。アタシにはそれすら羨ましい。だってアタシには影すらそばに居てくれないの
だから。
同じように下手で影踏みしてた綾加。
綾加 あ、みんなが感動してる。ここは泣くとき。友達がイライラしてる。私も怒らなきゃ。いま面白かったんや。よくわからんけど
笑っとこ。うふふ。あははは。自分の感情なんかどっかいっちゃって、私の中には作り物しかなくて、こんな自分は嫌やけど
やっぱり怖くて変えれなくて。どこにいるの？ 本当の私。
馬を六頭もって出てきた桃華。大空に馬をまく。
桃華 誰か、トイレ行こー。
突然四方八方から集まる少女たち。大急ぎで馬を拾いかぶりながら。
恵美 うん、行こー！
文恵 行くー！
こもりん 行く行く！
沙紀 行こー！
菜摘 行くでー！
馬をかぶってスタンバイ。一人かぶらず馬を持ったままの沙紀。
沙紀 なんでトイレに六人で行くねん。二人ならまだしも、どうせ個室やん。いっつも六人って。絶対本心からおもしろいとか思って
ないやろ。ホンマに。嫌やわ。次書道か。いっぺん言うたろ。誰か書道行こー。
残り五頭の馬、一斉に振り返って沙紀を見つめる。
沙紀 （馬をかぶりながら）トイレ行ってから…。
何かに追われるように駆けていく馬の群れ。馬の去っていった後に、残された一人の少女の
姿が浮き上がる。
『敵じゃない人、第一号』
佐藤さんだ。さっきのコンビニ袋持ったままとぼとぼと歩いている。そこへ追いついた唯。息が
上がっている。
唯 佐藤さん。
佐藤 …。
唯 結構あし、速いよね。追いつくの大変。
佐藤 じゃ、諦めて、付いてくるの。
唯 うん、諦めてもいいんやけどぉ、もうちょっとだけ。
佐藤 どういうつもり？
唯 こういうつもり。
佐藤 意味、わからん。
唯 意味はある。流星の観測会、来てほしいから。
佐藤 私、別に興味ないし。
唯 楽しいんよ。星見るの。都会やから見える星の数も知れてるって思うでしょ？ でもね、周りに街灯のないとこでじっと空見上げてると、だんだん見える星の数が増えていくんよ。
佐藤 へぇ。
唯 真っ黒で何もない様に見えていた夜空が、実は無数の星でおおわれてたみたいな。首が疲れてくるから、みんなで地面に寝っ転がって空、見上げるねん。
佐藤 ふ〜ん。
唯 うん。天文部の。明後日来るペルセウス座流星群はね、ピークの時は一時間に五〇個とか六〇個の流れ星が見えるの。毎年この時期に観測できるんやけど、今年は特に月の位置が最高。どう？
佐藤 迷惑。
唯 やと思うけど。
佐藤 私、天文部ちゃう。
唯 じゃ、入る？
佐藤 無理。
唯 佐藤さん、なかなかに頑なやなぁ。
佐藤 私の反応見て楽しんでるんやろ。今日だって…
唯 そんなんじゃない。前から佐藤さんと話してみたかったから。
佐藤は怪訝な表情。教室の情景開始。
佐藤 私が学校でどんなんか知ってるの？
唯 うん。
佐藤 周りは敵ばっかり。誰も私を人間やと思ってへん。黙ってたら何されるか分からへん。
唯 じゃあ、敵じゃない人、第一号私で。これから時々話そ。
佐藤 なんでそんなこと、平然と言えるん。
唯 いや、結構勇気出して喋ってるねん。
佐藤 こんな奴と喋ってたら、他の子から変な目で見られるやろなって。ひょっとしたら一緒にはみられるかもなって。
唯 ってワケちゃうけど。
佐藤 じゃどういうワケなん？
唯 う〜ん、
佐藤 野崎さんには友達がおるやん。部活かって楽しそうやん。成績かって、夢かって、私の持ってないモノ、全部持ってるやん。
羨ましい。私には何にもない。毎日じっと耐えるしか、生きていく方法、無い人間や。
唯 やっとこっち見て喋ってくれたね。
佐藤 え？
唯 ちょっと嬉しい。
佐藤、困惑。残像の人々が行き来し、整列していく。
唯 時々教室の、斜め後ろの席から、佐藤さんのこと見ててん。
佐藤 気持ち悪いやつやなぁって？
唯 違う。
佐藤 可哀想なやつやなぁって？
唯 違うちがう。
佐藤 じゃ、なんで見てるん。
唯 佐藤さんも、一緒なんやろなって…。アタシと。
佐藤 どういう意味？
唯 佐藤さんはいつでも一人や。わたしだって、いつでも一人や。
佐藤 野崎さんには八幡くんも、片桐さんもおるやんか。
唯 だから何？
佐藤 だから友達がいてるでしょって。
唯 友達って、なんなんやろ？ この頃いっつも考えてる。
佐藤 いつでも周りには誰かおるのに。
唯 あほみたいな話してる人？ 一緒に家までの道帰る人？
佐藤 そう。
唯 上辺だけの付き合いで、何の理解もしようとせん人？
佐藤 そう。友達ってそんな感じや。
唯 だったらアタシの孤独はずっと埋まらへん。一緒に帰ってるとき一回でもアタシの気持ちに気付いてくれたら。
佐藤 言えばええやん。周りにはおってくれるんやから。
唯 言われへんかった。楽しそうに笑ってる顔見たら、こんなん思ってるのアタシだけなんかなって。夜、一人でいたら自分の気持ちを
抑えられなくなる。イライラして、不安で、たまらなくなる。
佐藤 へぇ。野崎さんでも、そんなこと考えるんや。意外。
唯 佐藤さんなら、わかってくれるとおもって。
佐藤 いつでも一人やから。
唯 そういう意味ちゃうけど。
佐藤 そうやん。私からしたら、うらやましい限りやけど。
唯 うらやましい…？
佐藤 野崎さんみたいになりたかった、ほんまはずっと…
唯 アタシは人から羨ましがられるような人間じゃない。
佐藤 贅沢な悩みや。周りに友達ちゃんとおるのに、まだ底なしに何かを求めてる。もっと自分のこと受け入れてくれるいい世界が
あるような気がしてさがしてる。まわりのせいにして、悲劇のヒロイン演じてる。
唯 そんなんじゃない。
佐藤 そうや。私にはなんにもない。ホンマの底のソコが私。結局野崎さんは、自分より可哀想なやつ見つけて、自分はちょっとマシ
かもって安心したいだけや。
唯 そんなことない。
佐藤 もう帰ってもええかな。しんどなってきた。
唯 ちょっと待って。誤解や。
佐藤 最初から言ってるやん、もう構わんとってって。
その場を急いで立ち去ろうとする佐藤。このままで帰したくない唯は思わず佐藤を追い、手をつかむ。
佐藤 離して。
大きく腕を振り払おうとした瞬間、唯の左手にリスカ跡が刻まれているのが見えた。空気が変わる。
佐藤 これ。
唯 あ、
佐藤の手を振り払おうとする唯。佐藤は信じられない力で唯の手をとらえている。
唯は動けなくなった。顔を上げる佐藤の表情は、さっきまでとまるで別人のようだ。
佐藤 こんなこと、するんや。
唯 アタシ…
佐藤 ふぅん。
唯 もう、あかんねん。
佐藤 大丈夫。何も怖くない、から。
そういうと佐藤はゆっくりと唯を抱きしめる。ずっと動けない唯。二人は暗闇の中に
飲み込まれるように消えていった。暗転。
『観測会の夜』
霧が晴れるように照明が戻る。観察会当夜。いつもの公園に集まる天文部員三名。
千夏、和磨、拳斗である。微妙な発声練習。キーを合わせるハミング。拳斗は何故か
トライアングル（っぽいものでも可）を打ち鳴らす係。
和磨 ワン、ツー、ワン、ツー、さん、し
部員たち １、空を仰げば 北斗星
ぼくらは ぼくらは 北斗の子
宇宙の果ては 総監部
ふもとにそびえる 県高の その名も 高き 天文部
２、空を仰げば 南斗星
あなたは あなたは 南斗の子
銀河の果ては 有岡の
彼方にそびえる アイホール その名も 高き 天文部
３、空を仰げば ボロドーム
ぼくらも あなたも アホ部員
宇宙に果ては 無いけれど
銀河の真ん中 県高の 正義の 味方 天文部
４、伊丹に輝く 一つ星
明日に羽ばたく 県高の 期待も 高き（フェルマータ） 天文部 てんもんぶ〜♪
歌の後半から、通りすがりの女子高生たちが遠巻きに見守る。歌い終わった部員たち
厳粛な雰囲気で互いに一礼。視線に気付く。
拳斗 お？
千夏 あ、沙紀ちゃん、菜摘ちゃんも。
沙紀 （笑顔で手を振る）
菜摘 （笑顔で手を上げる）
和磨 あのさ、今からペルセウス座流星群の観測会すんねんけど、
拳斗 （チーン）一緒にどう？
ちょっと気どった拳斗が一歩踏み出したとたん、女子高生たちは「天文部やぁ」
「何？、今の」とか悲鳴を上げて逃げ出す。
拳斗 待てコラ。
和磨 天文部の何処が悪いねん。
千夏 （半笑いで）あそこまで避けんでもええよね。
拳斗 当たり前じゃ。
和磨 ひどいよな、あいつら。
千夏 でも、部歌、そろそろ考えたら？ 毎回歌ってるから慣れてきたけど。やっぱ…、ダサイ。
和磨 ダサイってなんやねん。先輩から受け継いだ立派な伝統やぞ。
千夏 でもぉ
和磨 これだけは譲れない。
拳斗 引き継いでくれる後輩、おらんけどな。
和磨 それを言うな。その名も高き天文部やぞ。
千夏 そもそもホンマなん？ 県高天文部って部員六〇人ぐらいおったんやろ？
拳斗 六〇？
和磨 ああ、文化部では物理部（六六人）・天文部（六二人）・映画研究部（五二人）・吹奏楽部（五二人）の四大クラブが勢力を誇って
いた、らしい。
千夏 吹奏楽より多いねや。
拳斗 いつの時代や。
和磨 一九八〇年代後半。
拳斗 微妙な昔。
千夏 現在四人、見学一人、ん？ 二人なん。
拳斗 ああ、田辺は来てくれるって。塾帰りに。
和磨 門限は？
拳斗 ちょっと伸ばしてくれるって。
千夏 もう一人の方は？
拳斗 佐藤さん？
和磨 唯が呼びに行ってる。来てくれるかもって。
千夏 え、来るん？
和磨 なんや、嫌そうやな。
千夏 う〜ん。嫌ってわけちゃうけど、恵美ちゃん来るんでしょ？ 大丈夫なん？
和磨 そっちか。
拳斗 この前、なぁ。
和磨 ああ。俺、六組やから普段の様子、知らんけど。
千夏 アタシも。
和磨 靴、トイレに沈められたって。
拳斗 ああ。クラスの女子グループかなって。よう知らんけど。
和磨 怖いねぇ、女子は。
千夏 そんな言い方やめてくれる？
和磨 だってそうやん。誰がやったか分からんようにしながら、確実に居場所奪っていく感じ。
拳斗 ま、田辺が中心ってわけ、ちゃうみたいやけど、田辺の周りみんな、佐藤さんのこと嫌ってるみたいやで。
和磨 佐藤さんの何処が悪いねん。
拳斗 さぁ、暗いし、自分から喋らんし、反応無い…けど、害になるような子じゃないよな。
和磨 ほっといたらええねん。気にくわんのやったら。おい、カメラ出すぞ。
拳斗 オッケー。
男二人は三脚、一眼の観測会セットを準備し始める。会話は作業しながら。
千夏 でも、ちょっと分かる気がする。
拳斗 何が。
千夏 恵美ちゃんらのグループが、佐藤さんのこと嫌うの。
和磨 お、お前もイジメの一員か？
千夏 そういうわけちゃうけど、共通点見つけにくい子っているやん。ノリ悪い子。なかなか近づかれへん。
和磨 千夏、観測記録用紙、俺のカバンにあるから出してくれる？
千夏 うん。筆記用具は？
和磨 一緒に入れてある。
拳斗 カメラどっち向けるんや？
和磨 放射点の高度上がってからそこ中心に撮るつもりやから、広角付けて大体北向きでええよ。
拳斗 オッケー。
千夏 でも、ノリ良すぎる子も、疲れるねんな。
和磨 なんて？
千夏 いやいや、さっきの話。恵美ちゃんってさ、スイッチ入ったらすごいんやろなって思って。カバンの何処？
和磨 クリアファイル。スイッチって？
千夏 （ファイル）これか。空気読んで騒げるスイッチ。教室でな女の子同士喋ってるとこってなんか怖ない？ そうそう、やんな、ちゃう
ねん、聞いてえや、うそ〜、きもぉ〜、ウケるって、休み時間になる度入れなあかんスイッチ。
拳斗 よくある風景やね。聞き流してるけど。
千夏 後の黒板にさ、「一組仲良し」って五人の名前と、五個イチとか書いてあってな。他の女子十五人はどういう反応したらええと思う？
拳斗 十五個イチ。
和磨 痛快や。
千夏 そんなん出来ると思うん？ 束になって五人敵に回すやん。
和磨 ある意味、武装集団やね。
千夏 それ！ こないだ佐藤さん通りかかったやんか。唯が声かけたのに、佐藤さんすごい目でにらんで通り過ぎようとしてん。そんとき
恵美ちゃんの顔見てた？
和磨 いや。
千夏 ぱちんってスイッチ入ったみたいな顔しててん。ほんで「なんで逃げんの？」って。笑顔やったけど怖〜って思ったから唯の腕、引っ張ってそこから逃げた。はい、記録用紙。
和磨 サンキュー。
拳斗 嘘つけ。お菓子旨そうに食ってたやん。
千夏 あれがな、ノリやねん。
和磨 ってことは千夏にもお付き合いスイッチがあると？
千夏 うん。長年の習性で。ホンマに美味しい思って食べてた思う？
拳斗 きのこの山はいつでも旨いやろ。
千夏 分かってないな。あそこで和磨みたいに「甘いの嫌い」とか言うたら、アンタとアタシは敵同士やでって言ってるみたいなもんや
ねん。
和磨 （枚数確認しながら）いやいや、おかしいやろ。そんな。
拳斗 お菓子だけに？
千夏 知らん。
和磨 これ、あ、この感じか？ アンタとアタシは敵同士って。
千夏 今のはええねん。ほら、気心しれてるやん。アタシは拳斗のこと、仲間やと思ってるやん、信頼関係があるやん、だから言える
わけ。
拳斗 （まんざらでもない）ふっ、まあな。
千夏 でも教室やとこうはいかへんワケですよ、先生。
和磨 まぁ、分からんでもないけど、アホらしいわ。
千夏 というような姿勢を変えない天文部はきしょいお宅の集まりやと。
和磨 なんでやねん！
千夏 声かけて悲鳴上げて逃げられるねんで。その辺自覚した方がええよ。
拳斗 差別だ！
和磨 そう！
千夏 区別です。
男二人 え〜。
千夏 ま、アタシや唯みたいな可愛い女の子が二人も入ってくれてることを感謝してくれな。な！
和磨 へ〜い。
拳斗 唯ちゃんは可愛いけど…。
千夏 あ？
拳斗 いえ。何でもないっす。
チリンチリン。自転車のベルの音。三人目の可愛い子到着。塾帰り。
『塾帰り』
上手から立ちこぎの恵美、登場。ちょっと大変そう。
拳斗 お、来た来た。
恵美 お待たせ〜。塾おわた。
千夏 あ〜！ 恵美ちゃ〜ん。ありがとう。来てくれたん？
恵美 自転車は？
和磨 そっち。チャリ置き場あるから。
恵美 分かった。
拳斗 お疲れ〜。
といいつつ下手に一度去る恵美。
和磨 ホンマ、瞬間スイッチ入るな。
千夏 え？ 今の？
和磨 普通やん。
拳斗 （真似して）恵美ちゃ〜ん。
千夏 そんな言い方してないモン。
和磨 しとったしとった。なぁ。
拳斗 うん。
千夏 …気、つけよ。
汗を拭きつつ恵美、再登場。
恵美 坂しんどかったよ、もう。
千夏 ここ、見晴らしいいもんね。
和磨 街の明かりからも、ちょっと外れてるし。
拳斗 見てみ、キレイから。
そう言うと四人は眼下に広がる街を見下ろす。
恵美 わぁ〜、キレイな。
拳斗 そやろ？
和磨 でも本物の流星はもっと凄いから。
恵美 うそ、楽しみ。見たことあるん？
和磨 いや、直接見たことは無いねんけどな。
千夏 うそ、和磨も見たことないん？
拳斗 マジか？
和磨 いや、天文入って初めての冬は、ふたご座流星群の日雨やったやん。夏のペルセウスの時は、見に行こうって発想自体無かっ
たし。
千夏 去年は天文部員としての自覚、ゼロやったもん。
拳斗 同じく。
恵美 なぁんや、みんな一緒か。
和磨 まぁ、その分予習はばっちり。
大きく空を指差す。寄り添うみんな。
千夏 あれか、ペルセウス座。
和磨 違う、それはアンドロメダ。ペルセウス座はその足元。
指で星をなぞる。
和磨 ぎょしゃ座のカペラから指二本分天頂へ持ち上げるとそこらへんが放射点。γ星の近く。
恵美 放射点？
拳斗 流星がな、その点から四方八方に流れていくねん。
恵美 へぇ〜。
和磨 今はまだ高度が低いけど、夜中にかけてだんだん上の方に移動していくから見やすくなるはずやで。
千夏 さすが副部長やね。
和磨 こんなん常識やって。
千夏 何かたよんなくてごめん。
拳斗 同じく。
和磨、クリアファイルから用紙を取り出す。
和磨 はい、これ。
恵美、手に取りまじまじと見る。
恵美 うわぁ…
千夏 記録用紙な。
恵美 こんなん分からんし。
和磨 書くことは出現時刻、等級、飛ぶ方角、滞空時間、出来れば色。そのぐらいかな。
千夏 等級とか分かる？
恵美 無理無理。
拳斗 何等星とかいうやつな。
恵美 絶対無理。
和磨 正確な等級は無理やろうから、ギリ見える、暗い、普通、明るい、めっちゃ明るいの五段階でええよ。
恵美 それぐらいやったら。
和磨 まぁ、適当に書いたもんみんなで継ぎ接ぎすればなんとかなるやろ。
千夏 そうやな、写真もあるみたいやし。
恵美 流星、もう流れてる？
拳斗 まだ、もうちょっとの辛抱。
恵美 あんま遅くまでおられへんねんなぁ〜。
拳斗 門限八時過ぎてるで。
恵美 そこは大丈夫。でも眠なったら帰るから。よろしく。
拳斗 自由やなぁ。
和磨 そこは任せる。俺らは朝まで粘るから。
恵美 え〜、徹夜？ ここで。
和磨 もちろん。
千夏 なんか、テンションあがらへん？
拳斗 テンション？
千夏 そう、夜中に抜け出してきて、いけないことしてるみたいな。
和磨 いけないコトちゃうし。
恵美 修学旅行の夜とかのガールズトークみたいな。
千夏 やるやる。
和磨 言われたら俺もテンションあがってきたわ、なんか、こういう感じ？
和磨、何とも言えない動き。
千夏 わかるわかる。
拳斗 俺はこんな感じやわ。
拳斗も習う。
千夏 何、その小指？
拳斗 星空の元、唯ちゃんと、ここで、一夜を。
恵美 ひえ〜。
和磨 俺らもおんねんけど。
拳斗 おって頂戴。あんま見えてないから。
和磨 お前、ちゃんと星も見ろよ。
拳斗 任せて頂戴。
千夏 そういえば和磨、唯から連絡来てへん？
和磨 いや、来てへんけど…
恵美 どうしたん、唯ちゃん遅刻？
和磨 いや、迎えに行ってる。佐藤さん。
恵美 お、来ることなったんや。アタシのお陰やで。
和磨 まぁ。
恵美 なにそれ、もうちょっと感謝してくれな。なぁ、拳斗くん。
拳斗 そ、神様仏様、恵美様です。
千夏 集合時間過ぎてるけど。
和磨 時間が時間やから心配やなぁ。
拳斗 迎えに行ってこよか？ いや、むしろ行かせてください。
和磨 いや、行き違いになってもややこしい。
拳斗 え〜、心配やもん。そこまで。
千夏 何かあったら連絡来るって。
『来たんや…』
そこまで本気で迎えに行く勢いの拳斗。ただしその必要はなかった。唯が現れたのだ。
拳斗 よかった。行かんでもええみたいや。
千夏 来たん？ 唯。
拳斗 うん。
唯登場。佐藤さんの姿は？ ない。
唯 ごめん。遅れた？
拳斗 いや、全然。
和磨 三〇分遅刻。
唯 ごめん。佐藤さん迎えに行くからって言ったやん。
和磨 そら聞いたけど、夜道は心配やからってアホの拳斗が騒ぎ始めててん。
拳斗 いや、そんな。
唯 拳斗君、ごめんね。
拳斗 そのお言葉だけで、十分っす。
千夏 ほんでその佐藤さんは？
唯 え？ 来てない？ そこまで一緒に来たのにはぐれてもうて。
和磨 何やってんの。
唯 ごめん。どないしょ。
恵美 逃げたんちゃう？
千夏 そんなぁ。
唯 あ、田辺さんも来てくれたん…。ありがとう。
恵美 こんばんわ。朝まではおられへんけど、ちょっとだけ。いいよね。
唯 もちろん。歓迎します。
和磨 おい、拳斗。探してこいや。佐藤さん。
拳斗 え？ 俺？
千夏 夜道は心配なんやろ？
拳斗 そらそうやけどぉ〜
唯 お願い。アタシも行くから。
拳斗 行きましょう。
千夏 分かりやす。
拳斗 はい！
唯 あ。
そのとき、下手から佐藤さん。手には『県高天文部、流星群観測中』の看板。できたら電飾で光って欲しいなぁ〜。
唯 佐藤さん。
佐藤 自転車置き場のとこにこれ、あったから、分かった。
唯 看板？
佐藤 うん。
和磨 八幡和磨作、観測中看板。
唯 え？（駆け寄る）
和磨 目立たせ方工夫してみてんけど。どう？
唯 『県高天文部、流星群観測中』（振り返って大声で）ちっこ！
千夏 やろ？ 私もそれ、言った。
拳斗 凝るとこまちごうてるよな。
和磨 うるさい。現にこうして佐藤さん、無事にたどり着いたやん。ええやん。
佐藤 うん。何か分からんけど、光ってたから、わかりやすかった。
和磨 ね？
唯 ま、これのおかげで無事たどり着いてんもんな。
和磨 そう。
唯 今度はおっきいヤツも作ってな。
和磨 予算がな、ほら。
恵美 来たんや。
恵美は佐藤に接近。黙ってあいさつの佐藤。
唯 佐藤さん、この看板そこの角のとこに置いてきてくれる。ずっと持ってても意味無いから。
佐藤 うん。
佐藤、逃げるように看板を持ってはける。唯と恵美、なるべく二人だけの会話。
唯 田辺さん。来てくれたのはうれしいけど、こないだみたいなコトは、やめよね。
恵美 何？
唯 佐藤さんのお菓子、強引に食べちゃったやん。あれ…。
恵美 （笑顔で）え〜、ちょっとまってよ。
唯 あ、アタシ、部長やから。来てくれたみんなで楽しく観測会したいから。
恵美 そんなん私一人が食べたみたいやん。ちゃんと佐藤さんも食べてたし、他の子らかって一緒に食べてたやん。最後返したし。なぁ、
千夏ちゃんかって一緒に食べてたやんな。
千夏 何〜？
恵美 きのこの山。
千夏 大好き！
唯 そやんね。アタシも食べた。ごめん。
恵美 そんなん佐藤さんも気にしてへんって。あ、今度またお菓子持ってくるし。
唯 うん。そうしてあげて。
戻ってくる佐藤。ちらりと見てその場を離れる恵美。困り顔の唯は千夏に助けを求める。
唯 千夏ぁ〜
千夏 気にしすぎ。楽しんで行こう。
唯 でも。
佐藤 唯ちゃん。看板置いてきた。
唯 ありがとう。
佐藤 私は大丈夫。慣れてるから。
唯 （そう言われてもな）う〜ん。
和磨 （さりげなく通りすがりに）観測に集中しよう。
唯 分かってるよ。もう。
『星で遊んでみる』
恵美 さ、張り切っていきましょう。拳斗君、そろそろ見れる？ 流れ星。
拳斗 まだ。
恵美 え〜、まだなん？
拳斗 夜は長いよ。
千夏 わくわくするよね。
和磨 ああ。
唯 佐藤さん、あれがペルセウス座。流星はあの方向から流れるねん。
佐藤 ちょっと楽しみ。
唯 でしょ？
佐藤 うん。
恵美 あのさ、ペルセウスって誰？ てか何？
拳斗 和磨。
和磨 俺かよ。
千夏 よろしく。
和磨 ギリシャ時代の勇者。
唯 それだけ？
和磨 分かったよ、大サービス。ペルセウスは、怪物メドゥーサを倒し、海のくじらの生贄にされようとしていたアンドロメダ姫を救った
英雄。
恵美 そこから毎年流星が飛んでくるわけ？
千夏 う〜ん、ちょっと違う。
恵美 違うの？
和磨 全然違う。ペルセウス座流星群は、ペルセウス座からはるばる飛んでくるのでは無い。
恵美 一年に一度やって来るワケは？
和磨 それは宇宙に聞かなきゃ。拳斗、唯はお前の心の？
拳斗 太陽ですけど？
唯 ちょっと。
和磨 ええやん。ってことでお前太陽。
唯 あたし？
和磨 そ、ここに立つ。（唯をセンターに立たせて）こいつは太陽です。拳斗だけの太陽ではなく、みんなの太陽、宇宙の太陽。周りに
は惑星が巡ります。流星群の謎解きのため、今から宇宙に旅立ちます！
千夏 よし、行こう！
そういうとみんなは宇宙に飛び立つ。音楽。明かりも変わる。残像の人々も現れ宇宙を構成する。
千夏 あたし水星。一番近くでせかせか動いてます。唯は少し熱すぎます。それでも我慢して回っています。
唯 ごめんね、熱くて。
和磨 他にも金星（彩加）、地球（恵美）、火星（佐藤さん）、木星（武志）、土星（桃華）、天王星（文恵）、海王星（菜摘）。太陽を取り巻く
惑星たち。太陽系の姿です。
彩加 金星です。
恵美 地球です。
佐藤 火星です。
武志 木星です。
桃華 土星です。
文恵 天王星です。
菜摘 海王星です。
唯 九人合わせて、
全員 太陽系です。
拳斗 あれ、めっちゃ土星や。
桃華 （シャンプーハットを被ったまま、拳斗をにらむ）
拳斗 こわ！
恵美 あれ、誰やろ。
ふと見ると、遠くでいじけて座ってる人一人。
和磨 あれは冥王星。最近惑星からはずされて、現在いじけて暮らしてます。
沙紀 （顔を上げ）う〜〜〜。（泣く）
つづく…
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