創作脚本の部屋へ 作 池口友美 潤色 五ノ井幹也
【キャスト】
大川百恵
内山 泉
渡辺ゆかり
辻 美雪
春田 真
片山和己
宮内 伸
田島 透
美緒
タカ
いっしぃ
女
老婆
『トトロの木』
舞台は学校を見下ろす丘の上の公園。ベンチと小さなテーブル。木漏れ日の
様子からとんでもない大木がそびえていることもうかがえる。秋のある晴れた
昼下がり。公園には心地良い風が吹き抜けていた。女が一人ベンチでフルート
の練習中。フルートを吹き始めると木はざわめきを沈め、辺りは静寂に包まれる。
おそるおそる小学生の姉弟（美緒とタカ）が公園に顔を出す。姉弟は女に小さ
く挨拶し、大きな木の根本に立つ。
美緒 大きな木だね。
タカ うん。
美緒 新しいお家の窓から見るよりずっとおっきいね。
タカ うん。
美緒 上まで見えないね。
タカ 無理。
美緒 タカ、そっちから見て。姉ちゃんあっちから見るから。
タカ うん。
それぞれ離れた場所から木のてっぺんが見えないか試してみる。戻ってくる。
美緒 見えた？
タカ だめ、見えない。
美緒 姉ちゃんも。
タカ 何て木？
美緒 （札に書いてある名前見て）イヌマキ、だって。
タカ イヌマキ？
美緒 うん。イヌマキ。知ってる？
タカ 知らない。
美緒 この街、気に入った？
タカ …う〜ん。
美緒 気に入らないの？
タカ 前の方が、いい。
美緒 お母さんの前でそんなこと言っちゃダメだからね。
タカ だって。
美緒 すぐ慣れるよ。友達だって出来るしさ。
タカ うん。（やっぱ元気ない）
美緒 それにさ、これだけ大きな木だからさ、トトロが住んでるかもよ。
タカ ホント？
美緒 住んでるかもって言ったの。
姉弟のやり取りを静かに聞いていた女、フルートで違う曲を弾き始める。
ハッとして振り返る姉弟。トトロの曲だ。目だけにっこり笑う女。
タカ 住んでるかもね。
美緒 うん。姉ちゃんこの街、気に入ったかも。
タカ 俺も。
美緒 俺？ 生意気言ってる。
タカ トトロの木だね。
美緒 うん。ずっと昔からあるんだろうね。
タカ うん。何でも知ってるんだろうね。
美緒 うん。ととろ〜出ておいで〜。
タカ 出てこ〜い。
二人 出ないと目玉をほじくるぞ〜（笑）。
そこへお稽古へ向かう女の子、偶然通りかかる。
タカ あ、中トトロ！
美緒 ホントだ。
いっしぃ 違う違う。
美緒 だって。袋持ってる。
いっしぃ お習字出かけるだけだから。
タカ ウソだ。
美緒 タカ、ドングリ探しなさい。中トトロだったらその辺にドングリ落ちてるはずよ。
タカ うん。
いっしぃ 失礼な。落ちてないから。
逃げるようにその場を去ろうとするいっしぃ。でも必死の姉弟はめざとくドングリを
発見したのだった。
美緒 あ〜！ あった！
タカ ドングリだ！
いっしぃ あたしが落としたんじゃないから。
全然聞いちゃいない姉弟。たった一つのドングリでいっしぃのこと中トトロだって
決めつける。にっかぁ〜って笑顔でいっしぃを見つめる。
いっしぃ 違うからね。うん。ついて来ちゃダメだから！
いっしぃを追って公園を出て行く姉弟。フルートの女静かに立ち上がって
子供達を見送る。笑顔で静かに脚をかくと何かの気配を感じたように急いで
その場を離れた。
『丘の上の公園』
静寂を打ち破るかのように走り来る男共。目の前の高校から一気に坂を
駆け上ってきた輩共である。弾む息にここまでの距離と高さを感じる。
片山 ヨシ！ 勝った。
地面に豪快に寝ころぶ片山。もう一人が遅れて現れ、片山を飛び越える
ように倒れ込む。
宮内 あ〜、ちくしょう。
片山 …なんか言い訳ある？
宮内 無い。
片山 今日こそ、完勝やね。
宮内 いや、待て。
片山 お、まだ言うか。
宮内 校門出た左カーブで、田島のやつ、ずるって。
片山 あいつあんな顔して負けず嫌いやからなぁ。
宮内 お前もな。
片山 俺の勝ちやからな。
宮内 はいはい。で？
片山 うん。
宮内 頼みってなんや？
片山むっくりと起きあがる。
片山 バカにすんなよ。
宮内 おお。
片山 あんな…。やっぱやめよかな。
宮内 なんやそれ。
片山 ほら、あるやん。言いにくいこととか。
宮内 俺に？
片山 俺にってわけちゃうけど、ほら。
宮内もむっくり起きあがる。
宮内 おまえ、もじもじ君か？
片山 好きでもじもじしてるわけちゃうけど。
宮内 気持ち悪いなぁ。
片山 俺も気持ち悪いよ。
宮内 ほな早よ言えや。何やねん、勝ったら頼みがあるからって言いだしたんお前やろ。
片山 言う、言うわ。あんな…、告白ってどういうタイミングでしたらええわけ？
びっくり飛び起きる二人。予想外。俺？ うん、いやちゃうちゃうとか
ゼスチャーごっこ。
二人 でぇ〜？
宮内 片山、お前そんな趣味あったんか！
片山 お、お前に告ってどうするねん！
宮内 そら受け入れてやりたいけどな。壁はやっぱりあるやろ。ほらここに。しゃきーんって。
片山 当たり前じゃ。誰が宮ッチに。
宮内 ほな、誰やねん。
片山 同じクラスの…。
宮内 おっと！
片山 ほら、演劇部の。
宮内 あ〜、分かった。
片山 もう分かったん。演劇部二人おるやろ。
宮内 だってお前の好みぐらい分かるわ。
片山 分かるんや。
宮内 ちょっと大人しめの方やろ。
片山 そう。
宮内 見てみぃ。
片山 ほら、お前彼女おるやん。ってことはこんなコトも聞けるかなって思って。
宮内 そっか、片山にもやっと春が来たか。
片山 秋やけど。
宮内 任しとき。上手いこといくようにアドバイスしたろ。何やったらキューピットになったってもええ。
片山 ホンマ？
宮内 ちょっと色黒いキューピットやけどな。
片山 ありがとう！ やっぱ持つべきものは友やなぁ。
二人握手してる。なんかもう全てが上手くいったような幸せ感を醸し出す
ところがアホである。そこへ遅れていた田島がようやく登場。
田島 いやぁ、悔しいなぁ〜。途中で溝、はまっちゃって〜。
見ると頭から血を流して微笑んでいる。
宮内 お前、頭。
田島 頭がどうかしたの？
片山 血、出てるで。
田島 ウソ！
田島は自分の額を触り、血が出ていることを確認するとその場に
倒れる。「ブザマね」笑いながら…。
二人 おい！ 田島ぁ〜！
二人は倒れた田島を抱えるように公園を猛ダッシュ。告白どころの
騒ぎではなくなった。どうぞご無事で。
『行き場のない女達』
静寂が戻る。風が通りすぎる音。遠くから町の喧噪もうっすら響いてくる。
一人の老婆がキャリーカーを引いて登場。大木の前で腰を伸ばすと幹を
見上げ二拍一礼。ご神木なのね。満足そうにその場を離れる。入れ替わりに
女の子が三人。賑やかに登場する。うち一人だけ老婆と目が合い挨拶。
老婆も笑顔で丁寧なお返し。
泉 誰？ 知り合い？
百恵 うん。時々ここで会う。
ゆかり ふぅん。
百恵 近所の人やと思うけど、大変やね、ここ。
ゆかり 何が。
百恵 だって坂多いやん。この辺だけ。
泉 見晴らしはええけどな。
ゆかり そんなん考えんねや。
百恵 え？
ゆかり 百恵は優しいなぁ。時々見かけるだけのお年寄りやろ。坂多いから大変やろうなとか。
百恵 おかしい？
泉 ま、ウチらには出来へん気配りやなぁ、ゆかり。
ゆかり そや。だから後輩にも人気あるし。
百恵 そんなんちゃうわ。
泉 そやで。後輩に声ちっちゃいとか、挨拶ちゃんとせえとか、ダメはちゃんと聞けとかガミガミ言う先輩より、百恵みたいに
「よっちゃん部長の仕事、大変やけど頑張ってな。」とか言ってくれる先輩の方がもてるんやって。
ゆかり うちら百恵の引き立て役やで、ほんま。
百恵 悪かったって。これからスパルタで行く。
泉 無理すんなって。人には人の役割っちゅうもんがあるねん。な、ゆかり。
ゆかり うちの役割、一生引き立て役。ぐぉら、お前ら部費ちゃんと出さんかい。とか。
笑ってる。きわどい会話ながら、この子らずっとこの調子で仲ええんやな
って感じ。
百恵 みんな、なんとかやってるみたいやね。
ゆかり まあ言うても頼もしくなったし。
泉 けどちょっとおもんないな？
百恵 えっなんで？
泉 いや、だってさ引退する前は先輩らが居なくなるなんて考えられませんって言ってたのに。
ゆかり ま、あの子らはもう動き出してんねんから。
百恵 それを邪魔したらあかんあかん。
泉 二人とも大人やなぁ。
ゆかり それにいつまでも部活、部活って言ってられへんでしょ。
百恵 うちらも進路のこと考えなあかんし。
泉 あ〜もうやめてや。この頃そんな話ばっかし。
ゆかり 泉は大学どうするん？
泉 指定校推薦ねらってる。
百恵 泉なら大丈夫やろ。
泉 まぁ一年の時から狙ってたんやけどな、これがまたシビアやねん。
ゆかり なんで？
泉 校内に敵キャラが隠れてる感じ？ 定員２名ですとかいうとこにフタ開けたら５人もおってみ？ どこからわいたんかと思うで。
ゆかり そんなんどこでも一緒。
百恵 ゆかりはどうするん？
ゆかり どうしよっかな。
泉 どうしよっかって。
百恵 もう、ちゃんと決めとかないと。
ゆかり 一応決まってきた。
百恵 進学するん？
ゆかり いや、とりあえず就職活動でもしようと思ってる。就職指導ってめんどくさかったけど、社会人デビューが見えてきたって感じ？
百恵 そうなんや。何かすごいなぁ
泉 百恵は？
百恵 うちは、大学行こうと思ってるけど、ちょっと迷ってる。
ゆかり 何に？
百恵 ん〜と、候補が二つあんねんけど、それで。
泉 そっかぁ。
百恵 ホンマに今度の春でウチらの人生、なんか変わるんやろか。
泉 お、どないしたん。深刻ぶって。
ゆかり まぁ変わるって言えばそうかも知れんけどな。
百恵 実感ある？ ウチは、無い。たとえ行く大学が決まったって、一瞬だけやん、ホッとするの。ホッとしたと同時に、少しだけ狭くなった
自分の可能性を突きつけられる。
泉 何アンニュイなってんねん。
百恵 え？ アンニュイって？
泉 アンニュイ、言わへん？
ゆかり あんにゅい？
泉 そう。なんか気だるいっちゅうか、気持ちブルーって言うか。そうそう、結婚式が決まって幸せの絶頂のハズがさぁ、もの悲しい気分に
なる人おるとか言うやん。ウチ信じられへんけどな、そんな感じ。
ゆかり あ〜、それ知ってる。マリッジブルーって言うねやろ。
泉 そんなんそんなん。あり得へん。大好きな彼と憧れのウエディングドレスで歩み出す最初の一歩は目の前やねんで。ウチやったら
マリッジレッドや。
ゆかり なんで赤いねん。
笑ってる所に美雪・真登場。
美雪 あれ、ゆかりらまだ残ってたん？
ゆかり あ、美雪。
百恵 やっほ。
泉 （軽く挨拶）
美雪 何してたん？
ゆかり さっき部活のぞきに行っててん。
美雪 演劇部？
百恵 そう。
ゆかり 自分らは？
真 居残り。
泉 補習？
美雪 任して。
ゆかり めずらしいな。美雪が補習受けるなんて。
美雪 え〜そうかな？
泉 あれって自由参加やんな？
ゆかり うん。夏休みの補習も半分くらいサボってたくせに。
美雪 それは去年のことやろ！
真 その前もね。
美雪 うっ…けど今年からは
真・美雪 頑張る
真 やろ？ 去年も一昨年も言ってた。
百恵 すごい、みごとにかぶったね！
美雪 今年は違うの。決めてん。決心してんから。
ゆかり けどなんでそんな気合入れてるん？
美雪 だって、そろそろ本腰入れて受験勉強しないとな〜って。
泉 失恋のショックを受験に向けるなんて、なんてケナゲ…。
美雪 でもないんなぁ。
ゆかり そや、この前まで勉強よりも男とデートって感じやったからな。
泉 えっ！？ 美雪ってまた彼氏できたん？
美雪 えっ、まぁね。
ゆかり え？ あんた知らんの。有名やでここの二人。
泉 ちっ。出遅れてる。誰？ 誰なん？
百恵 泉、よだれ。
泉 おっと。
ゆかり サッカー部の、ゴールキーパーっていえば？
泉 桂木？ え？ あの？ 出来すぎ君？
美雪 ちょっと。人の彼氏に勝手にあだ名付けんとってくれる。
泉 ごめん。
ゆかり 読めた。読めたで。犯罪の陰に男有りや。
真 ピンポン。その彼氏と同じ大学に行きたいらしい。
百恵 暑いなぁ、ほんま。
ゆかり なるほど。
美雪 てへ。「あのさ、大学行ってもスタンドで応援して欲しいんや。あかんか…」って。
し〜ん。泉のアドレナリンが早くも頂点に達した。
泉 い〜なぁ〜〜〜〜、うちも彼氏ほしい！
百恵 この頃毎日それやね。
泉 だって今さらやけどうちって部活中心の生活やってんなって。
ゆかり それで？
泉 青春がしたいな〜と思ったのよ。
百恵 してるやん。
ゆかり 部活にうちらの青春をつぎこんだやんか。
部活プレー。妄想への助走である。公園はたちまち演劇部部室へと早変わりした。
ゆかり 発声行きます。
百・泉 はい！
ゆか・百 アメンボ赤いなあいうえお
泉 あなたの小指に赤い糸
ゆか・百 柿の木栗の木かきくけこ
泉 夜中にこつこつ毛糸編む
ゆか・百 ササゲに巣をかけさしすせそ
泉 その人アタシを避けました
ゆか・百 立ちましょラッパでたちつてと
泉 とてとてたったと行かないで
ゆかり ぐぉら、誰か一人裏切り者が居るぞ。
百・泉 すいません！
ゆかり 集中しろ集中。
百・泉 はい！
ゆかり スクワット、せぇの
三人 いっちにっさぁ〜ん、にぃにっさぁ〜ん。
せめて１０までは行くじゃろ。終わった直後倒れ込む泉とゆかり。百恵だけ
すっくと立ち次へのパスをつないだ。
泉 なぁなぁ誰かいい人紹介してや！ おらん？サッカー部でフリーの子。
美雪 誰かって、どんな人がいいん？
泉 え〜とな、まずソフトマッチョがいいねん！
真 ソフトマッチョ？
泉 マッチョでもなくガリでもないソフトマッチョ、ここ重要やから。
美雪 わかるわ！それ。
百恵 常識の範囲ってコトで。
泉 そう、そんで一緒にいて安心する人がいいなぁ。
真 バイトはガードマン。
泉 そんでもってお互い刺激しあえる人がいいかな。
真 嫌らしい。
泉 違う！ 一緒に成長するみたいな！
美雪 うちはいろんなことから守ってくれる人がいい。
百恵 ゴールキーパーやったら守りの要やしね。ゆかりは？
ゆかり うち？
泉 なんかあるやろ？
ゆかり 別にないよ、興味ないし。
泉 なんやねん、暗いなぁ。
ゆかり うちはいいの。彼氏なんて一生いらんな。
美雪 じゃあずっと独身でいるつもり？
ゆかり そのつもり。
美雪 かわいそう。
ゆかり なんやって？
美雪 だってそれって一人寂しく孤独死するってことやろ？
泉 そんで誰にも気づいてもらえずミイラ化して発見されるねんで。
美雪・泉 かわいそう。
ゆかり あんたらな〜！
泉 ゆかり、絶対彼氏はいたほうがいいって。
ゆかり なんで？
泉 だってデートとかしてみたいやん！
ゆかり デート？
泉、モジモジし出す
泉 そう。まず初デートでは手つなぎたいやろ。
美雪 恋人つなぎ？
泉 嫌や、そんなん初デートでそれは、恥ずかしいやんか！（美雪を思いっきり叩く）。
美雪 痛い…。
泉 あっでも恋人つなぎが嫌なわけじゃないで。
百恵 そ、そうなん？
泉 あと、名前で呼び合いたいな「泉」「タカシ」って！
真 タカシって誰やねん。
泉 妄想やん。妄想。
ゆかり 妄想って。
泉 まぁ、チューとか他もろもろも高校時代にしときたいな〜。
真 高校時代ってもう終わるで。
泉 なんとかすんの。まぁ将来は将来で…。
ゆかり な、何がやりたいん？
泉 ガチャ、「ただいま」「おかりなさい、お風呂にする？ごはんにする？それとも…」。
ゆかり、泉につめよる。
ゆかり やめろ、変態！いやらしいねんこの妄想女。
泉 ご、ごめん。
美雪 泉ちゃんってこんな人やっけ…？
百恵 ごめん、軽く発情してるの。忘れてあげて。
真 演劇部ってみんなこうなの？
ゆかり ウチの部がみんなアレと一緒だとは思わないでほしい。
泉 うるさい。初恋もまだな奴にそんなこと言われたない。
ゆかり 誰がじゃ！
美雪 え〜まだ初恋もしたことないん？
真 やっぱり。
百恵 そう言えば、ゆかりの口からそういった話、聞いたことないな。
泉 やろ！ どうやねんゆかり図星やろ？
ゆかり …。
泉 やっぱり無いね…。
ゆかり あるわよ！ めちゃくちゃ苦いのが！
美雪 えっどんなん、どんなん？
百恵 うちもそれは聞きたい！
ゆかり それはうちが小二の頃やった。秋の遠足でお昼の時間の時、お弁当をかばんから出したら少し…臭ったの。
美雪 それで？
ゆかり まぁ、そんなことも気にせずおなかも減ってたし、そんとき好きやった子と一緒に食べれるって思ってわくわくしながら、
百恵 しながら…。
ゆかり ふたを開けると、にんにくの臭いとともに、無彩色の餃子がびっしりひきつめられた映像が飛び込んできた。
真 餃子…。
ゆかり すぐに隠そうとしたよ、だって隣には好きやった子が…。けどあかんかった、うちの餃子弁当は臭いと共にみんなに広がって
いった。
美雪 悲しかったね。
ゆかり しかも言いふらしてたのはうちの…うちの好きやった子やったんや。
泉 あのにんにく事件の裏にそんな悲しい物語があったなんて。
ゆかり これで、わかったやろ男なんて最低やねん。
美雪 あかんってゆかりそんなんじゃ。
百恵 そうや。乗り越えていかないと。
美雪 にんにくごときで新しい恋をあきらめたらあかん。
泉 そうやで！
美雪 あきらめずにいれば運命の人と出会えるねんから。
真 運命の人ね それが桂木君なわけ？
泉 つかぬことをお聞きしますが、ドコまでいってはるんですか？
百恵 ドコまでって？
泉 だから…（耳もとでこそこそ話）わかった？
百恵 …うん。
ゆかり いやらしいで。
泉 だってそういうお年頃やし。
真 お年頃って。
泉 で、どうなん？
美雪 聞きたい？
泉 うん。
泉以外もなんやかんや言って気になる様子。
美雪 行きつく所まで。
泉 うわぁ〜すげ〜！
百恵 大人だ〜。
美雪 そうかな。普通普通。
『忘れ物』
盛り上がる女たちのもとへ宮内登場。聞かれちゃいけない話題だったもんで
反応は様々。
宮内 内山らやったん。
泉 あ、宮内。
宮内 なに盛り上がってんねん。めちゃ向こうの方まで聞こえてるで。
美雪 え？ ほんま？
真 ちょっと、ひどいで盗み聞きとか。
ゆかり やらし〜。
宮内 いや、聞いてないけど聞こえてる。
百恵 何が聞こえてたん？
宮内 いや、そこまでは分からへんけど。
美雪 （ちょっとホッとする）
宮内 大人だぁ〜とか…。
泉 ウチか。
ゆかり あんたや。
真 興奮しすぎやねん、ほんま。
泉 だてに発声練習してないもん。
宮内 ほんで？ 何が大人なん？
百恵 いや、なんでもない。ほら、高校三年生は子供か大人かって話。面白くないでしょ。
女ども 全然おもんない（口々に）。
宮内 ま、俺には関係ないけどな。どうせ男に聞かれたらあかん話でもしとったんやろ。壁に耳あり障子に目あり。気をつけろ。
お、あったあった。
ちょっと警戒モードの女たち。宮内はそれにお構いなく落ちていたペットボトルを
拾い上げる。
宮内 これ、取りにきてん。お前らの話し聞きに戻って来たわけやないからな。忘れ物。
泉 それ、あんたのん？
宮内 ああ、ところでさ、この辺にタオル落ちてなかった？
真 タオル？
宮内 ああ。片山がな、この辺に落としたかも知れへんからついでに拾ってきてくれって。○○のタオル。おっかしいな。
百恵 片山って、和己ちゃん？
宮内 あ？ そうやけど。
百恵 分かった。探しとく。
美雪 ちょっと、百恵。片山君のこと今でも和己ちゃんって呼んでるの。
百恵 だって和己ちゃんは和己ちゃんなんやもん。
ゆかり 百恵はな、昔っからこの呼び方。小学校の頃は身長低くて、くるくるテンパでそんな感じやってん。ウチらカズっパチとかカズゲとか
好きに呼んでたけど。
泉 うわ、懐かし。カズゲやて。一発で小学校時代にタイムスリップしたわ。
宮内 そうなんや。なんや、それやったらこっちが気使うこと無いやん。
泉 ん？
宮内 いやいや。そんな和己ちゃんも今では背も高くなって男らしくなったコトやし。
百恵 まあね。
宮内 １５００メートル４分切れるようになったし。
美雪 それって速いん？
宮内 微妙。でも遅くはない！ それにな、恋だってしてるらしいぞ。ま、風の噂やけど。
泉・ゆか・百 恋？
真 あっちでもこっちでもホンマ。
泉 誰、誰なん相手。
宮内 そこまでは知らんねん。
ゆかり またええ加減な口先男。
宮内 ただ言えることは一つ！ 相手は身近に！
ゆかり 身近ってどこの？
宮内 幼なじみのウチの一人らしいってことや。俺にもそこまでしか分からん。興味があったら確かめてみてくれ、奴に直接な。
百恵 そんなんなぁ。
宮内 それから余談だが、奴は大人しい系の女の子がタイプらしい。じゃ！
意味ありげなセリフを残して去っていく宮内。女たちは一斉に百恵を見る。
たじろぐ百恵。その僅かなスキに宮内は問題のタオルをベンチへ投げた。
にやりと笑って去る黒いキューピット。
美雪 大人しい系？（と真に振ってみる）
真 ありえん。あっしは身近じゃないし。身近といえば（と演劇部三人衆へ）
泉 （うなずいて）大人しい系ってやっぱウチ？
ゆかり あり得んやろ。ってことは…（やっぱ百恵へ）
百恵 はは。和己ちゃんが？ ウチに？
全員 恋してるって。
百恵 …やだぁ、うそぉん、そんなんあり得へんって。だって単なる幼なじみやし。
泉 その単なる幼なじみが、淡い恋に発展するって、あり得るよな。
ゆかり あるある。
美雪 今まで弟みたいだった同級生が急に男らしくなってさ、自分のこと陰で見守ってくれてるみたいな。
真 少女漫画では常套手段や。
泉 運命の彼って意外と身近に隠れてるんやって。
ゆかり うわーありがち。
百恵 みんなウチをおちょくってるやろ。
泉 おちょくってるも何も、状況証拠はみな百恵やん。うわぁ、遂に、遂にやで、ウチらの中にもそんな彼氏持ちが現れんねんで。
あり得ん、ムカつく。
百恵 ごめん。
泉 聞いた？ 今の。ごめんってコトはこの事実を自ら認め受け入れたっちゅうコトや。
百恵 そういう訳や無くて。
美雪 あり地獄みたいね…。
泉 蟻？
美雪 だって一人だけ幸せになったら裏切り者みたいに。這い上がろうとしたら元の穴の底へ引きずり落とすみたいな。
真 ま、気持ちは分かるけど。
美雪 …分かるんや。
ゆかり みんな。
間。ゆかりが何かを発見した。
ゆかり タオル。あんなとこにあったんや。
泉 気、付かんかったな。
百恵 どうしよ。
美雪 届けてあげたら？ たかがタオルやん。
真 されどタオルや。百恵はな、タオルを取るか、友情を取るか、迷ってるねん。
美雪 タオルと友情はおんなじ天秤に載せられるん？
真 載るんよ。時にはね。
百恵は静かにタオルに向かって歩き出す。みんなは何故か息を呑んでそれを見守る。
意を決して百恵はタオルを取り上げ、天高く掲げた。
みんな 取った！
百恵 （万感の想いを込めて）ウチ、決めた。
音楽。みんな口々に「取った！」とか「裏切り者！」なんて言いながら四方八方に公園から
駆け出す。ふと百恵が上を見上げると、大きなイヌマキの木が一部始終を見ていた。
『婆ちゃんと友達』
どこかでフルートの音が聞こえている。いつの間にか日は傾いて夜の気配が近づく。
人影のなくなった公園に一人残された百恵。はっと気が付くように我に返る。手には
和美ちゃんのタオルが握られていた。
百恵 ゆかり〜、泉〜。
返事はない。怖くなってタオルを近所のベンチに投げる。自分のカバンをつかむと
タオルをそのままに家に帰りたい気分。そのときさっきのおばあちゃんが公園に再び
現れる。離れたところからその様子を見ている百恵。婆ちゃん知ってか知らずか
タオルの上に腰掛ける。ちょっと困る百恵は意を決して語りかける。
百恵 あのぉ〜。
老婆 はい？
百恵 こんばんわ。
老婆 はい、こんばんわ。
百恵 お婆さん、よくこの公園に来てはりますね。
老婆 あきませんか？
百恵 いえ、そんなこと全然平気です。
老婆 ほな遠慮なく。
百恵 どうぞどうぞ。
老婆 そういうお譲ちゃんもようここで見かけますな。
百恵 覚えてるんですか、私のこと。
老婆 はあ。ちゃんと挨拶できる子やさかい。
百恵 あ、そうなんだ。
老婆 近頃の女学生にしては珍しい。高感度抜群。グーや。
百恵 グーですか。
老婆 ばっちグーや。
百恵 ありがとう、ございます。
老婆 いえいえ。
タオルが気になるもののなかなか言い出せない百恵。
百恵 ところでぇ、この木。おっきいですよね。
老婆 何。気になる木かいな。
百恵 気になる木です。
老婆 ま、座り。
百恵 はい。
老婆 この木にはな、言われがあるんやで。知ってるか？
百恵 いえ。
老婆 イヌマキの木ちゅうてな、マキちゅう木や。
百恵 マキの木かぁ。
老婆 日本書記の第１巻にな、素盞鳴尊（スサノオノミコト）っちゅう神さんが出てきてな、自分のいろんな所の毛をぶちぶち〜ちゅうて
抜いて植えたんがいろんな木になったっちゅう話があるんや。
百恵 へぇ〜。面白いですね。
老婆 素盞鳴尊さんはな、それぞれの木の使い道もちゃぁんと考えてはった。杉と樟は舟の材料に、檜は建築の材料に、槙は棺（ヒツギ）
の材料に使用せよと記してある。
百恵 ヒツギ？
老婆 棺桶じゃ。
百恵 ………。
老婆 こんな立派なマキで棺桶作ってもらえたら幸せやけどな。
百恵 そんなん、まだまだですよ。
老婆 そうか？
百恵 だって、お婆ちゃんめっちゃ元気じゃないですか。話もしっかりしてるし、物知りやし。
老婆 アリガトウね。優しいとこあるがな。なぁ。はい、アメあげよ。
ポケットから素早くアメを取り出すと百恵に握らせる老婆。自分も一つ取り出して
包みを開けようとする。
百恵 そんな。うちなんか全然優しくないです。
老婆 お婆ちゃんが言うてるねんから間違いない。自信持ち。おっ！
包みを破る勢いでアメが飛び出す。反射的に百恵は脚で止めちゃった。
百恵 あ、
老婆 三秒ルール、一、二、三（素早くアメを拾い）セーフ。（食べようとするからも〜う）
百恵 あ〜、ダメですって。踏んじゃったし。
老婆 もったいないコトしたらもったいないお化けが出るんじゃ。
百恵 分かりました。はい。ウチが踏んじゃったから責任持って家帰って洗ってから食べます。
老婆 ホンマか？
百恵 ホンマですって。だからこれ。
というと、自分がもらったアメの包みをちょっとだけ破った。
百恵 こっち。
老婆 （笑顔）ありがとう。
百恵 いいえ。あの、そろそろ帰ります。お尻の下のタオル、返してもらっていいですか？ それ友達のなんです。
老婆 おや、まあ。（タオルを抜き取る）
百恵 すいません。（タオルを受け取る）でもお陰でいろんな話聞けて良かったです。
老婆 ホンマやね。私も若い人とゆっくり話したのなんか久しぶりや。きっとこの樹がお嬢ちゃんに会わせてくれたんや。
百恵 イヌマキの樹が？
老婆 そやで、ここはな、昔っから時々、不思議なことが起きる場所やったんや。イタズラな神さんでも住んではるんや、きっとな。
毎日ここに居てたら、そのうち昔一緒に遊んでた懐かしい友達にも会わせてくれるような気がするんや。
百恵 お友達ですか。
老婆 はい。今では散り散りになって何処で暮らしてるかも分からへんけどな、ようこの森で一緒に遊んだ友達がな、私にもおるんや。
そうそう、松太郎はんちゅうイケメンがおったんや。今どうしてはるんやろうなぁ。
百恵 ひょっとして初恋の人だったりして。
老婆 わ〜、今でも胸がきゅぅぅぅとなるわ。はぁ切な。
百恵 ほら、やっぱりまだまだ若い証拠ですって。
老婆 せやな。この話題は秘密や。家に帰って松太郎はんの面影サカナに、一杯やって寝よ。さいなら。
百恵 お休みなさい。
老婆 はいおやすみ。（振り返って）あ、あのさ。
百恵 はい。
老婆 お嬢ちゃんお名前は？
百恵 大川、百恵っていいます。
老婆 あら、ちょっと懐かしいわね。
老婆はゆっくりと去っていく。老婆を見送る百恵。そこへ急ぎ足の女の子（いっしぃ）登場。
いっしぃ いい加減にして。私違うから。
お習字が終わるのを待ってたのか姉弟の尾行は続く。
タカ ねえちゃん、ほら、（パーカーのフードを被る）小トトロ。
美緒 仲間だと思って油断するかもね。
いっしぃ 油断しないから。それにそれ、どっちかというとねずみ男だから。
なぜかちょっと楽しそうに去っていく三人。空からドングリが一つ降ってくる。
それを拾い上げると百恵は木を見上げた。
百恵 ここには、何か居る…っか。
風のざわめきと木のきらめきの中、百恵は公園の気配に耳を澄ませた。暗転。
つづく…