創作脚本の部屋へ 作 まっちゃ 潤色 ごのい
【キャスト】 男２、女５
『繭』
幕あき。黒箱が点在。一人の男の子が黒箱に座っている。向かいにも大きめの
黒箱。その上にコップと水と新聞紙。その周りには顔のない男女が数名。
祐樹 あ、待って。水の美味さが分からんくて、どこのも一緒やろとか思うねんけど、ずっとおんなじ水を飲み続けて
たら、味の違いが分かる。牛乳もサイダーも。それはきっと、僕の頭が賢いんじゃなくて、それは百パーセント
違ってて、僕の本能が偉いっていうか、体の問題やと思うねんけど。あの、なんていうか、体って偉いなって
いうか、体って、でかいメモ帳みたい。（ここで水のマジックを披露しながら台詞を言ってほしいなって思って
るんですけど）
祐樹、水の落ちてこないコップを女２に見せる。
女２ いや、ポンコツ。結局あんたの言いたいことは覚えられへんねんから。
興味がなさそうに、男の子を白いもので覆い始めている。（顔のない男女は巻きながら台詞。）
祐樹 なぁ。
無視。
祐樹 なぁって。
女１ なにぃな。
祐樹 これってさ、コップ？
女２ そー。
祐樹 なぁ、なぁ。さっきまでここに、なんか入ってたやろ？
女３ （祐樹からさりげなくコップを奪う）どうかな。
祐樹 それが突然消えてしもて。思い出せんくて。それってコップ？
女２ そー。
祐樹 これって新聞やんな？
男１ （祐樹からさりげなく新聞を奪う）そー。
祐樹 あれがコップ…やったっけ？ ちっとも冷たくなくて、ただ固いだけの感触、覚えてる？
女３ それって、コップじゃなかったかもね。
祐樹 そうか。コップちゃうかったんか。
少年の問い掛けに、「うん」とか「そー」とか、興味無さそうな返事。
祐樹 …あのさ、今日さ。
女２ なにかな。
祐樹 今日、さ、今日、はさ。お祭り？
女２ なんでぇな。
祐樹 地蔵盆でもらった袋に、入っててん。ちっとも冷たくない、固いだけのオレンジジュース。のど乾いとったのに、
飲みたかったのに。ぐずりだしたら、お婆ちゃんがうち帰って氷、一個だけ入れてくれた。カラカラ音して、
透き通ってて。二個がいいって言うたら、お腹壊すとか言われて。また泣いた。
女２ あんたのメモ帳、役たたんことばっかり書いてある。
女１ お祭りはもう終わったよ。また来年、後の祭り。
祐樹 来年、か。まだまだ先やんな。
女１ んー。
女３ じゃ先の祭り。
祐樹 今日やったら、良かったのに。
男１ 今日やったらどうなん？
祐樹 今日っていう日にさ、俺はさ。
男１ うんー。
祐樹 僕はさ、僕は…。それってなんやった？
女３ コップ。
祐樹 コップか。知ってる。
女２ で？
祐樹 え？
女２ なんか言いたい事、あったんじゃないの。ポンコツ。
祐樹 ああ。なんやったっけな。忘れちゃった。
女１ でっかいメモ帳ちゃうかったん？
祐樹 そんなん僕、言ったっけ。
女３ 書いてないん？
祐樹 書いてない。
男１ じゃ、言うてないんや。
祐樹 そう、かも。
男１ そうやって。
繭が形成される。
祐樹 これ結構あったかい、かも。
男女は既に奥へ。祐樹とは別空間。光が当たり、輝いている。
男１ さようなら。
『マイムマイム』
顔につけていた仮面を外す。途端に教室の生徒へ切り替わり、真衣も入って来る。
マイムマイムを踊ってる人が五人。真衣と呼ばれる少女には先程と同様、顔がない。
五人 ♪さばくの まん中 ふしぎなはなし みんなが集まる 命の水だ
※MAYIM MAYIM MAYIM MAYIM MAYIM BESASSON(ﾍﾞｻｯｿﾝ)
MAYIM MAYIM MAYIM MAYIM MAYIM BESASSON(ﾍﾞｻｯｿﾝ)
HAY HAY HAY HAY
MAY MA-Y MAY MA-Y MAY MA-Y BESASSON
MAY MA-Y MAY MA-Y MAY MA-Y BESASSON
♪らくだも集まり キャラバン休む 緑のオアシス 夢かとばかり
※繰り返し
♪お祈り忘れりゃ、これまたふしぎ、たちまち消えさる魔法の水だ
※繰り返し
だんだん早くなる音楽に合わせ歌も踊りも加速する。
真衣 （笑う）
恭子 （踊りながら）そや、優実。
優実 （踊りながら）なにい？
恭子 （踊りながら）また怒られたらしいなあ。
優実 （踊りながら）え、うん。なんで知ってるん。
恭子 （踊りながら）情報は筒抜けなん。
賢、このみが輪から抜ける。（賢が先生。このみが優実。）
賢 オラァ、優実。
このみ 先生、優実ってちょっとちゃうくないですか。
賢 おお、そうか。そやな。オラ大橋。
真衣 （笑い）
このみ はいっ、林先生。（敬礼）
賢 また、お前は。
このみ はいっ。
賢 また、授業選択の紙を。
このみ はいっ。
賢 忘れたんか。
このみ 左様であります。
真衣 （大笑い）
賢 （手を止めて）どうする気じゃ。
このみ は、あの、おうちにあるので。
賢 提出は今日、つまり書類はここにないとあかんわけやな。ここはお家か？
このみ 学校であります。
賢 どういうことやねん！
このみ 取って参ります、今すぐ。
賢 ホンマか。
このみ はいっ。
賢 ほんなら放課後、待ってんぞ。
このみ あーい。
恭子 ってこのみが。
このみ ってうちがチクった。
優実 おいおい言うなよ。
賢 ていうか忘れんなよ。
恭子 ほんまそれ。
優実 ちゃんと手に書いとってんで。でもお風呂入ったら、消えた。
このみ 字が？ 記憶が？
優実 どっちも。
真衣 て、いうかー。お前、忘れ過ぎやろ。
賢 ぽーんやな。
優実 ぽーんや。
真衣 いっそみぃんな忘れてしまえ。おもろい、から。
間。変な空気。
真衣 ドン。
スタート。音楽も鳴る（学校トランス3時限目）。黒箱の周りをみんなで走る。
黒箱取りゲーム。真衣も参加。曲が止まり、みんな黒箱を奪い合い。賢が負ける。
『あたまかじり虫』
恭子 なんかおもろい話して。
賢 ええ。
このみ それいい。
優実 おー。
真衣 おー？
賢 ネタないって。
このみ 嘘ぉ。
真衣 十数年生きてるねんから、あるっしょ。
賢 ええ、んー、笑えるか分からんで。
恭子 いいよぉ。
賢 最初に言っとくけど、俺、ジュニアみたいにウマないから。話。
優実 ジュニア、期待してるわけちゃうし。
賢 中学ん時にさぁ、サッカー部で。ある日、他校と練習試合やってんけど、午後から晴れるって綺麗なお天気
おねーさんが言うてはって。信じてたワケ。綺麗やったし。やのにさ、午後から雨降ってきて。結構な雨や
のに続けて。ボールって革やんか。水吸うやんか。俺にパス回って来るやんか。
優実 おお、おお。
賢 パスされた頃にはボールはもう水グングン吸って重くなってて、そんなモンに対して思いっきりヘディング、
ドンッて、ほんなら、俺の中身ポーン。
恭子 ボールじゃなくて？
賢 おう。そのときの傷が、まだここにあります。（でかいタンコブ）
真衣 いってー。
賢 まぁ、これは冗談なんやけど、頭がヘコんでるのは本当。落とした後の水筒みたいやで。
このみ ポーン？
賢 そ、ポーン。
このみ え、その前後は？
賢 前もあんまり。後は完璧に。ポーン。
このみ 抜けてんの？
賢 うん。何となく見覚えのある街歩いて、角曲がったら、ちょっと古そうな何となく見覚えのある一軒家があって、
扉の鍵開けたら何となく見覚えのある知らんオバハンがおって、その横通って二階の一番手前の部屋に
入ったら、いつの間にかベッドで朝迎えてた。
恭子 なんで、分かったん？
賢 なんでやろうな？
優実 体に染みついちゃってるんやろうか。
賢 何が？
優実 記憶。
賢 そうかも。普通に考えたらあれは俺の家で部屋で俺のオカンやった。筈やねんけど、あの日を思い返して
みてもあれは知らんオバハンや。
優実 怖いな。
賢 でも戻れてよかったわ。
恭子 一日、記憶喪失、体験談？
賢 うん。あー、ほんま、あのオバハン誰やったんやろ。
恭子 あんたのお母さんなんやろ。
賢 そうやねんけどな。そうじゃなかったんかも。
このみ きっ、しょ〜。
賢 なぁ。
恭子 あたまかじり虫やったりしてなぁ。
賢 なんじゃそれ。
このみ 好きやんね。
恭子 大好きです。
ここで校内放送。呼び出しが掛かったのは優実。
優実 ヤバ。
賢 また、何してん。
優実 またっていうか、継続？ 多分授業選択。
恭子 はよ持って来いや。
優実 だって。賢が話おもろい方向に転がすから。
賢 俺かよ。
優実 このみ、チャリ貸して。
このみ 番号キーやで。
優実 せやったせやった。何番？
このみ 三〇二二。
優実 はぁい。三〇二二。三〇二二。三〇二二…。
このみ 番号忘れて戻ってきなや。
鞄を持って去る優実。真衣も付いて行く。残ったのは三人。
恭子 あたまかじり虫やったりしてなぁ。
このみ 話の戻し方が雑やな。
賢 ジュニアじゃないからな。
このみ ちょっと根に持ってるやろ。
賢 あたまかじり虫って、何？
恭子 恭子が今考えてん。
賢 だからパクリみたいな。
恭子 あたまかじり虫は、脳味噌食うねん。
このみ また端的やね。
賢 じゃあ脳味噌かじろうや？
恭子 語呂悪いねん、なんやねん、のうみそかじり虫って。センスのかけらもないわ。ぺっ！
賢 そこまで言わんでも。
『幼なじみ』
一方、優実は家に帰っていた。サスで優実が強く照る。三人はまだ話している。
優実 授業選択、とか。
手にしていた紙を恨めしそうに見ている。子機が鳴る。優実は無視して鞄の中に
プリントを詰める。しかし、子機は優実を呼ぶようにずっと鳴り響いている。
優実 あー、も。
子機を手に取ると、真逆の方向に真衣が浮かび上がる。真衣の手にも子機。
二人に比べて薄くぼんやりと浮かぶ三人はまだ話している。（真衣の声は、
あのウチュージンの声がいいんですけど…。小型マイクで。）
優実 もしもし。
真衣 ……。
優実 もしもし？
真衣 あっ、もしもーし。
優実 もしもし…。
真衣 大橋優実ちゃんですか？
優実 そうです。
真衣 わぁ、すごい。ホンマに優実ちゃんや。久し振りだね。
優実 え、すいません。誰ですか。
真衣 真衣だよ。
優実 え。
真衣 木ノ下真衣だよ。
優実 だ、誰。
真衣 幼稚園の時一緒やった真衣！
優実 え？ うーん…。
真衣 思い出されへんの。
優実 ごめん。
真衣 いつもお団子遊び二人でしたやろ。藤棚の下で。
優実 そやった？
真衣 うん…。あ、あと。
優実 うん。
真衣 家近所やったやん。
優実 そやった？
真衣 うん。ほら、よくお泊りしてたし。
優実 やっけ。
真衣 うん、うん。でも、ホラ。
優実 うん？
真衣 年長のとき、引っ越したやん。
優実 …あ〜。
真衣 ね。ね。
優実 あの。
真衣 あのって。ひどぉ〜。
優実 ごめん。泣き虫な真衣ちゃん？
真衣 泣き虫じゃないもん。
優実 だって、泣いてるねんもん。
真衣 優実ちゃんに忘れられとったらどうしようかって。ずっと。
優実 そら忘れるよ。
真衣 えー。
優実 だって私等の、数少ない十年以上も前の話やで？
真衣 でも、電話出来てよかった。
優実 なんで番号わかったん？
真衣 幼稚園のときの年賀状さ。
優実 ああ。
真衣 うん。怖かったんやけど、でも、どうしても確かめたたくて電話。
優実 ありがとう。
真衣 番号変わってたら諦めようと思って。
優実 そんなに友達に想われたん、はじめて。
真衣 男には？
優実 想ったことなら。とか、やめて、も〜。あ。
真衣 ん？
優実 あたし今から学校行かなあかんねん。
真衣 夜間？
優実 ちゃうよ、普通の公立。提出物が、ね。未提出。
真衣 優実ちゃん忘れんぼなんや。あたしのことも忘れてたし。
優実 ちゃんと思い出したもん。
真衣 ホンマ？
優実 ホンマ。
真衣 あ、じゃあメアド交換しよ。
優実 イキナリやな。いいよ、えっとね。
懐かしい再会を果たした二人をゆっくりと暗闇が包む。
『それぞれの意見発表』
話している三人の明るさが元に戻る。
このみ いや、でもな、やっぱり冬場にアイスはやめとくべきやねん。
恭子 なんで？ むしろ冬やからアイスやろ。
このみ 恭子のそういうとこがもう。
恭子 なによ。
このみ なんていうか、四季の空気を読まないとこ。
恭子 読んでないんじゃなくて、敢えて。わかる？ 逆転の発想よ。
このみ ハイ、今ので腹立った。
賢 喧嘩せんでや。
このみ 誰か隕石持って来てや。
賢 使えん。あんなん燃えカス同然やで。
恭子 このみの堪忍袋の位置は、いまだに分からん。
このみ うち、すい臓の中にあるから。
恭子 （大笑い）
このみ （大笑い）
賢 やめてや、その分からんノリ。
優実が帰ってくる。
優実 また怒られた。
賢 なんて。
優実 なんで紙一枚持って来るのに四時にも五時にもなんねんってよ。
賢 おつかれ。
優実 ほんま。しょーもないで。
このみ で、遅かったん。
恭子 ちょうど、遅いなって話しててんで。
優実 嘘、大笑いしとったやん。
賢 俺は笑ってないで。
優実 あんな甲高い笑い声しとったら嫌やわ。こいつオカマか〜ってな。
恭子 （大笑い）
このみ （大笑い）
賢 今の全っ然やから、やめて、怖い。
このみ でも、ほんまに遅かったな？
優実 いやね、電話あって。ちょっと長話？ でもないかな話。
恭子 え？
優実 幼稚園の頃の友達が電話くれてん。
賢 へー。
恭子 ほんなんあるんやな。
優実 な。
このみ よう電話番号割れたな。
恭子 それあたまかじり虫？
優実 なにそれ。
賢 脳味噌かじるねん。
優実 じゃあのうみそかじり虫やん。
賢 語呂悪いねん。なんやねん、のうみそかじり虫って。センスのかけらもないわ。ぺっ！
恭子 あんたが言うか？
賢 ちょっとつかめてきたから。
優実 （後頭部押さえる、確認）えー、でもかじられてないで。
恭子 わっからんで。
優実 わかるって。メアドも持ってたもん。
このみ あ、じゃあちゃうな。それ。
恭子 いや、あたまかじり虫もハイテクやから最近。
優実 かじられてないって。
恭子 問題はかじられてるかどうかじゃなく、かじられて脳味噌に入られて、あんたの記憶をちょいちょいっとイジっ
とるかもしれんってことが問題やねんな。コレが。
優実 まさかね。（携帯取り出し、メール確認）わ。
このみ オカルト少女め。
恭子 でもUMAとかには興味ないの。
優実 なぁ。
賢 はい。
優実 スゴくない？（携帯見せる）デコメ。
賢 ギラつき、ドマックス。
優実 教えてもいいんでしょうか。
このみ 何が？（携帯取る）
優実 真衣ちゃんからのメール。番号教えてって。
このみ 真衣ちゃん？
恭子 あたまかじり虫か。
賢 おい。
優実 幼なじみ。
このみ 教えちゃえば？ ていうか。
恭子 騒がしいメール。
このみ うん。恭子みたい。
恭子 は、恭子こんなんけ？
優実 でもこのみも凄いよ。
このみ え、嘘。嫌。（返す）
賢 趣味全然ちゃうけど、二人似てるからな。
優実 なんでやろな？
恭子 似てないし、知らん。
優実 そっくりそっくり。
このみ かぁ。
賢 でしょ。
このみ かぁ。かぁ。あ、カラス。
夕焼けが出ている事に気付く。優実はメールを返している。みんな窓の方を見る。
恭子 カラスは黒いね。
優実 （ここでやっと窓を見る）うん。オレンジに映える。
このみ 絶対夕焼けの中で生きる為に生まれたよね。
優実 なんで？
このみ 夕焼けは太陽も空もオレンジでつまらんから、神様がきっと黒いものを入れたかったんやと思う。
賢 じゃあ、神様は絶対巨人ファンやな。
恭子 神様の世界にも野球なんてあるん？
優実 あたまかじり虫がアドレス持ってる時代やで？
恭子 そうか、ハイテクやもんな。
優実 地デジくらい完備してるやろ。
賢 カラス、ドス黒ぇ。
このみ や、黒いよ。
優実 ドスグレーも確かに黒。
恭子 へぇ。
賢 多分。
このみ そかぁ。ゴメン。
賢 いやいや。
優実 そろそろ帰らんとなぁ。
恭子 作文書かないと。
優実 なにそれ？
賢 全校のナントカってやつ。
優実 なにそれ。
このみ 人権がどうとか、将来の夢について書くヤツ。
優実 ああ、あの。全校。
このみ そう、あの。全校。
恭子 全校意見発表会の作文って明日締切なん、知ってる？
優実 しらない…。
このみ 今日言ってたけどね。
優実 しらない…。
賢 覚えてないんやろ。
優実 しらない…。
このみ どんだけ書けてる？
優実 真っ白です。
このみ 帰ろうか。
優実 はい。
恭子 テーマだけでも、決めといたら。
優実 なんでもいいん。
恭子 なんでもいいよ。
優実 じゃ、ねー。あたまかじり虫について。
恭子 それ、本気？
優実 うん。
恭子 じゃあ上手くいったら学会で発表してね。
優実 アカデミー、何賞もらえるやろ。
恭子 やっぱここは化学じゃない。
このみ 意外と文学とかやったりして。
恭子 ショック〜。
優実 なんで。
恭子 化学の方がかっこいいやん。
このみ まさにバケ学。あたまかじり虫〜クワァ。
賢 アカデミーばかで賞、やろ。おめでとう。
恭子 アカデミー頭デコボコで賞は黙っといて。
賢 まだ発表さえしてないから。
恭子 あ、優実。
優実 ん？
恭子 考案者の名前はあたしやで。
優実 分かってる。てかさ。恭子は？
恭子 恭子？ 将来の夢、とか。
このみ もう決まってんの。
恭子 ウン、幽霊を研究したいなって。
賢 頭おかしいー。
恭子 賢は？ どうせ凹まない水筒発明家やろ？
賢 俺は決まってない。将来もテーマも。
恭子 つまらんやつや。
このみ あたしはな、人権。
優実 え、フッツー。
このみ いいやん、楽やで。
優実 どうせみんな人権やで。
このみ いじめは、だめです。
優実 それだけやん。
このみ ちゃうで。もっとある。
優実 あんの？
このみ 探す探す。
恭子 今日中に。
このみ 今日中に。
優実 何、恭子書けてる感じ？
恭子 ま、二三、四五六、七割くらいは。
優実 あかんやん。
賢 どっこいやな。
優実 家でがんばろ。
このみ 今日はオールかな。
恭子 あれって意外と体力いるやん。
賢 そう？
恭子 賢はさ、いいやん。男やしオール慣れしてるやろ。
賢 どういうことやねん。
優実 ワープロで下書き打って、授業中に手書きで清書、とかどう。
恭子 キーボード。かぁ。
このみ 早ないし。
恭子 うん。
優実 あたしの必殺技やねんけどな。
このみ 結構難易度高めかも。
恭子 キーボード人差し指でしか打てない女は鉛筆と消しゴムで頑張りますよ。
このみ あたしも。
賢 俺もオールしよ。誰か起きといてな。
恭子 あたしらは仲間やで。
このみ 抜け駆け、なしな。
優実 あたしは寝るけどな。
このみ 裏切りやん。
賢 友情に亀裂モンやでこりゃ。
優実 必殺技は使ってナンボや。
恭子 容赦ねー。
賢 ゲームで同じ技使て嫌われるタイプやな。
このみ わからねー。
優実 どういうこと？ 大富豪でジョーカーとハチ切りしまくるってこと？
賢 ヤ切りじゃろ。
恭子 しまくる、言うても最大六回やで。
優実 そこに更に二のトランプも入れる。
賢 逆に感動しますね。
このみ 泣けてきます。
恭子 さて、この辺で。
賢 恭子どっち？
恭子 こっちぃ。
このみ あたしもこっち。
賢 俺あっち。
優実 あたしそっち。
四人 では。
『優実と真衣』
三人を見送る優実は少し寂しそう。携帯を取り出して、電話しようかなって迷う。
優実 真衣、今、暇？ 電話してもいい？
送信ボタンを押して、携帯を閉じる。
優実 送ってもうた。変かな。
メールの着信音。
優実 真衣、早。デコメ、多。
メールの内容確認、意を決して発信ボタンをプッシュ。何度かのコールの後、真衣が出る。
同時に舞台上に真衣。顔はまだ見えず、声もウチュージン。
優実 あ、もしもし。真衣ちゃんですか？
真衣 真衣です。優実ちゃんですか？
優実 そうです。
真衣 電話、ありがとう。びっくりした。
優実 ううん。あたしも、真衣のメール早くて。
真衣 びっくり？
優実 うん。
真衣 あたしメール返すの早いからね。
優実 いいね。
真衣 そう？
優実 うん、あたし遅くって。いつも怒られる。
真衣 新着メール放っておけんくて。どしたん。
優実 え？
真衣 いきなり電話ってなんかあったんでしょ、どうしたん。
優実 ああ、あんね。お恥ずかしいながら、今から一人で帰らんとあかんくてね、寂しいから真衣と一緒に帰りたい
なあって。昔みたいに。
真衣 昔みたいにか。ええよ。帰ろっか。
優実 ありがとう。
二人の手が重なる。今いる場所は違うけど、電波でつながっているから寂しくない。
真衣 こうやって、一緒に帰ってたね。
優実 だね、なつかし。
真衣 こっちがあたし、そっちが優実ちゃん。両端にお母さん。
優実 お母さん？
真衣 そうよ。お迎えだったでしょ。
優実 お迎えやった。
真衣 こっちにあたしのお母さん、そっちに優実ちゃんちのお母さん。いつも４人でおしゃべりしながら。
優実 そっか。こっちが真衣ちゃんのちっこい手。こっちはお母さんの大きな手。覚えてる。覚えてるで。
真衣 ってか忘れてた？
優実 忘れてた。でも覚えてた。
真衣 どっち？
優実 どっちも。ずっと覚えてなくても、体の奥底遠いところで、覚えてた。
真衣 変な優実ちゃん。
優実 変やけど、変ちゃうねん。記憶にはスイッチがある。私の記憶は全然ポンコツじゃなかった。ポンコツなんは
スイッチを忘れてた私なんや。
真衣 記憶って不思議？
優実 記憶って不思議。
真衣 覚えてる？ 幼稚園を出て左に曲がるとレンガの塀。
優実 あったな。
真衣 犬おらんかった？
優実 おったおった。茶色い雑種。
真衣 焦げ茶やろ。
優実 耳黒い。
真衣 そう。パンとかあげてたよね。
優実 めっちゃ食ってたな。はふはふいいながら。
真衣 何やったっけ、あの犬、名前。
優実 え〜〜。
真衣 ほら、競争やで、先に思い出した方が勝ち。スイッチ探して。
優実 焦るやん、あかんって。
真衣 ここまで出かかってるねん、ほら、な？
優実 待って、あかんで先言うたら。えっとな、えっと…
二人 （ほとんど同時に）ぽち太郎！
間。そして二人でゲラゲラ笑う。思い出し競争しながら二人の距離は縮まっていく。
優実 ぽち太郎やん。
真衣 ぽち太郎やな。
優実 めっちゃすっきり。思い出すって気持ちええ。
真衣 さっきまであたしのことも忘れてたんはどこの誰ですか？
優実 すいません。
真衣 次からは忘れんといてね。
優実 当たり前、これから、またはじめよ。
真衣 ほんまに？ うれし。
優実 うん。
真衣 でも、ねぇ。たまには忘れていいよ。忙しい時とか。
優実 じゃ、たまに電話頂戴。
真衣 えー。
優実 だって、そうやって忘れていくねんで。
真衣 優実ちゃんも頂戴ね？
優実 勿論。
真衣 やったぁ。一安心。
優実 完全に安心してくれんの？
真衣 うん。
優実 ケチねー。
真衣 定期的に、言ってよ。
優実 恥ずかしいって。
真衣 言葉にせんと分からんこともある。
優実 忘れへん。約束。
真衣 ありがと。約束な。
優実 うん。真衣さ。
真衣 うん？
優実 こっちに帰って来えへんの。
真衣 うーん。まだ、難しいかも。
優実 そっか。
真衣 距離の問題じゃないんやけどね。
優実 あ、そうなん。だっけ。
真衣 そうよ。
優実 ごめん。最近物忘れ激しいねんな。大切な思い出、何一つ忘れたくないのに。
真衣 年？
優実 違います。あ、あのさ。今日中に作文書かないとあかんねんけど、真衣のこと、書いてもいい？
真衣 あたしのこと？
優実 うん。
真衣 いいよ、っていうか、なんで。
優実 こういう出会いって滅多に無いなと思うので。
真衣 きっとおもんないけど。
優実 おもろいかどうかは、頑張って書くから。
真衣 できたら送って。
優実 え、はず。
真衣 出演料やろ。
優実 いいよ。あ。もう切らないと。
真衣 もう？ 早いね。
優実 徒歩で通うくらい学校が近いんです。
真衣 近くに高校なんてあったっけ。
優実 引っ越した、小学校の終わりくらいに。学校変わってないけどね。
真衣 そういうの、ちょっと羨ましい。
優実 あたしは真衣の方が羨ましいかも。
真衣 そのうち、帰るよ。
優実 待ってるね。じゃあ。
真衣 あとでメール、する。約束な。
優実 はぁい。
電話を切ると、真衣も切れる。
『作文中』
賢、このみ、恭子の登場。暗闇でそれぞれの意見発表原稿作り。
このみ 私は、うーん…、今まで、たくさんの、いじめを…してきました…。これ、あかんやろ。見てきました。
恭子 あなたは目に見えるものしか信用しませんか？ あたしは違います。世の中にはまだまだ、人間の知らない
ことが、隠れて、ます。と。
賢 僕は。僕は、中学校のときに、一度記憶をなくしたことが、あって…
優実 あたまかじり虫は、います。…多分。
このみ 多分初めは軽い気持ちで始まるんだと思うんです。
恭子 将来の夢は、幽霊研究家です！ 何故かというと、えーと…
優実 それは決して目に見えません。
このみ 心の中に住んでるんだと思います。
賢 コーナーからボールが高く上がったボールがぐんぐん僕の目の前に近づいてきました。相手のディフェンスは
雨でやる気を無くしてて…、
このみ だっていつでも、気がついた時にはずっと前から始まってるみたいな顔して、イジメはそこにいるんです…。
意味分かる？
恭子 論文のテーマだけはもう決めてます。『暗闇から始まる概念メタファーの傾向と考察』わかります？ 意味。
賢 よく分からないんだけど、ちょっと懐かしい家が、あって、
優実 あたまかじり虫は記憶のスイッチをかじるんです。その瞬間、記憶は記憶のまま、忘れ去られてしまう、
そんな…
恭子 記憶の塊が幽霊、そんなえーっと、不確か、なものに惹かれます。
このみ 結局、繰り返すからいけないんだと思います。と、思います。
賢 ちょっと懐かしい知らんオバハンがおって、
優実 でも、ほんまにおったら、怖いなって、
賢 自分でも怖くて、
恭子 怖いとは、まぁ、思うんですけど、それ以上に、
優実 自分で覚えてること以上に、体はちゃんと覚えてくれてる。そのことに、
このみ 安心、する？ んだと思います、なんちゃって。
賢 誰にも言えなかったことを、
恭子 馬鹿にされるかなって思うんですけど、
優実 この場で断言します。
このみ 駄目なことは駄目。ってことで。おしまい。
『ずっとメール』
舞台上は徐々に明るさを取り戻す。遠くで小さくカラスの鳴き声。
優実 またドス黒ぇが鳴いてる。
このみ 賢は？
恭子 ああ、居残り。
優実 なんでまた。
恭子 書けてへんらしいよ。
優実 あら。
このみ そうかぁ。
恭子 残念やね。
つづく…
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