創作脚本の部屋へ２００９年度 県立伊丹西高等学校演劇部春期・ＡＩフェス参加作品
作：ハイジ 潤色 ごのい
【キャスト】
売れない紙芝居作家 本さん（もとさん）
ひきこもりの紙芝居屋 加賀さん（かがさん）
不良の紙芝居絵描き 礼次郎くん（れいじろうくん）
人気売れっ子絵本作家 小浜良介（おはまりょうすけ）
絵本作家の助手 臼井蚕（うすいかいこ）
笑わない子供 小浜七海（おはまななみ）
ぼろアパートの大家 ワンダー神島（わんだーかみしま）
貧乏なお隣の兄さん 福沢くん（ふくざわくん）
お隣のザ・留年生 好美ちゃん（このみちゃん）美
小説家の母 小浜正子（おはままさこ）
福沢くんの彼女 あこちゃん
必殺でない仕事人 美千代さん（みちよさん）
無言の仕事人 カンペさん
大バカ者な仕事人 野田（のだ）
ガキ むーん
またガキ まーきゅりー
またしてもガキ まーず
こりずにガキ じゅぴたー
残念ハーレムなガキ ヴぃーなす
島田の兄貴
『インタビュー』
舞台にゆっくりサスがつく。その中には椅子に座る良介と美千代。何かのインタビュー風景。
カメラマンとＡＤ風のスタッフの姿もうっすらと見える。
美千代 皆さんはもう、この不思議な生き物をご存じですよね。（イラストを見せて）名前は出光。愛らしい表情、
長い耳、鋭い頭脳。遠い星からやって来たこの出光が、社会現象とも呼べる爆発的ブームを呼び起こ
しています。今日はこの出光の生みの親でもある天才絵本作家、小浜良介さんをお迎えして、今日の
ブームを生み出された裏話などお聞きしたいと思います。小浜先生、こんにちは。
良介 よろしくお願いします。
美千代 出光をご存知ないという視聴者の方は少ないでしょうが、小浜先生ご本人を始めてご覧になるという
方は多いと思います。随分お若い方だなという印象を持たれると思いますが、失礼ですが先生は今
おいくつでいらっしゃいますか？
良介 ２３です。だから見ず知らずの方に先生と呼ばれるのはちょっと。
美千代 すいません。では、どのように。
良介 いや、小浜さんとかでいいんじゃないですか。何なら小浜君とかでも。
美千代 はは、そう、ですね。では小浜、くん…。すいません。出来ません。
良介 さんで。
美千代 さんで、お願いします。え〜〜〜〜、昨年から出版されている絵本の方がミリオンセラーになって
ますね。具体的にはどのぐらいの部数が出版されたのですか？
良介 詳しい数字はスタッフに。
美千代 だいたいで結構です。
良介 出光シリーズだけで言えば第一話『いでみつが降ってきた！』が１３０万部。
美千代 いきなりのミリオンセラーでした。
良介 ええ。第二話の『いでみつＶＳ．朝青龍』が２００万部突破。
美千代 まるで来るべき未来を予測したかのような作品でしたね。
良介 第三話の『いでみつ痛快小沢切り』は１００万部突破の段階で発売禁止になりました。
美千代 お陰で現在『痛快小沢切り』はプレミアが付いて一冊一万円以上で取引されているとか。絵本がこれ
ほどの社会現象になる背景には何があるんでしょうね。
良介 さあ、僕は社会現象を巻き起こすことについてはあまり関心がないのですよ。子供だけではなく大人の
鑑賞にも堪えうる芸術作品の一つが絵本だと考えています。
美千代 確かに小浜さんの作品はどのページを開いても一つの芸術作品としての存在感があります。特に
『痛快小沢切り』の最終ページは、思い出してもゾクッとするようなオーラを発していました。
良介 その意味では絵本というスタイルもあくまで表現手法の一つにすぎないというわけです。
美千代 すると新たな小浜ワールドが展開されると考えてよろしいでしょうか。
良介 ええ。
美千代 すばらしい。具体的には？ 皆さん関心があると思うのですが。
良介 まだお話しできる段階ではありません。ただ、
美千代 はい。
良介 いや、やめておきましょう。
美千代 そこでやめちゃうんですか？ 気になるじゃないですか。ちょっとだけでも教えて頂けませんか？
良介 やめておきましょう。
美千代 （あんぐり口が開く）はぁ…。
良介 他に何か？
美千代 …わかりました。では小浜さんはいつ頃から創作活動に取り組まれてたんですか？ きっかけとか、
影響を受けた作品との出会いなどお聴かせください。
良介 影響を受けた作品ですか。特に思い当たりませんね。物心付いた頃にはすでに何か描いたりしてまし
たね。押し入れのフスマとか、冷蔵庫なんかにも。
美千代 いたずらっ子だったんですね。お母さんに怒られたりしませんでしたか？
良介 母は決して怒りませんでした。フスマがいっぱいになって描くところが無くなると壁や、床にまで。それ
でもいつも笑って見てくれました。困った顔を見せたのは、一度、だけかな？ でも怒らなかった。
美千代 ほんとですか！ 納得です、小浜さんがこんな有名なる理由。お母さんの理解があったからなん
ですね。すばらしいです。
良介 ま、そう単純な話でもないでしょうけれど…。
美千代 でも「天才絵本作家、小浜良介」を産んでここまで育てたのは事実じゃありませんか。何処に落書きを
しても決して怒らなかったってエピソードは、きっと多くのお母さんたちに影響をあたえることでしょう。
良介 世間はとかく理由を欲しがるモノなんですね。残念です。
美千代 いま、何て？
良介 いえ。
美千代 ではこうして小浜さんが世に出られて、お母様さぞお喜びでしょうね。ご自分の教育方針が立派な実を
結んだわけですから。
良介 残念ながら。
美千代 とおっしゃいますと？
良介 僕ね、母親なくしてるんですよ。小学生のころ。
美千代 …それは、失礼しました。
良介 ある日、母に悪いことをしてしまったと思った僕は、母の職場へだまって行ったことがあるんです。
サスは増える。そこには良介の母、ナース服の正子の姿。美千代が良介の話をメモして
いるうちに、正子の口が開く。
正子 あ、良ちゃん。どしたん、わざわざこんなとこまで。一人で来たん？ どないしたんよ、そんな泣きそうな
顔して。（笑う）お母さん怒ってない。お母さんこそごめんな、いつもお仕事やからって、良ちゃん寂しい
思いさせて。
正子が何かを言おうとしたのを阻むようにナースコールの音。
正子 あ、良ちゃん、ごめん。お母さん、ちょっと患者さんとこ行ってくるな。お家で待ってて。一人で帰れるよね。
振り返った後ろ姿の正子。スカートの裾に、消せなかったクレヨンの跡が見えた。
正子のサスが消える。
良介 過労死でした。母子家庭で、色々しんどかったんでしょうけど。まだ僕もガキでしたから、何もしてあげ
られませんでした。
美千代 そうだったんですか…。
良介 僕のデビュー作、『カタツムリとライオン』は、その母へのはなむけにと思って作った作品です。
美千代 どのようなストーリーなんですか？
良介 出光シリーズと違って、ほとんど見向きもされませんでしたから、今となっては目にすることもないと思い
ます。もの心付いたとき、傍にいたカタツムリをお母さんだと信じて生きるライオンのお話、です。
美千代 なるほど。お母さんとの思い出を描いた大切な、作品なんですね。
良介 それはもう。内容も今となってみれば見るに忍びないんですけど、でもやっぱ、母の為に書いたもの
なので、誰にも汚されたくない、大切な作品です。
美千代 なるほど、モデルはご自身ですものね。小浜さんのご家庭は、お母様とお二人だったんですか？
良介 あ…えっと…まあ、妹が一人。
美千代 じゃあお母様が亡くなられた後、幼い兄妹だけでご苦労も多かったことでしょうね。ではお兄様の
ご成功を妹さんもさぞお喜びになられたんじゃないですか？ 何といっても小浜さんは今をときめく
話題の人ですから。
良介 …ええ。
蚕が落ち着いた表情でＡＤの元へ。ＡＤはカンペでＯＫサインを美千代に送る。
美千代 まだまだお聞きしたいことも多いのですが、今日はこの辺で。次回作への謎は大いに残りましたが、
私も「もやもや」気にしながら次回作を待ち続けたいと思います。小浜さん、ありがとうございました。
良介 どうも。
野田 （カメラを止めて）はい、ＯＫです。お疲れ様でした。
蚕 （良介の元へ）お疲れ様です。（美千代へ）どうも。
美千代 あ、ありがとうございました。…こちらは？
良介 アシスタントです。
蚕は美千代に丁寧に名刺を渡す。良介にはカバンを渡す。
美千代 …薄い、蚕。
蚕 臼井、蚕です。（良介へ）あの、例の件なんですけど。
良介 分かってる。返事の手紙は出した。
蚕 いえ、妹さんの方です。
良介 七海の？ あのバカ。何処にいた？ 急いで連れ戻しに行かないと。
蚕 学校のお友達と一緒のところを見たという情報が入りました。
良介 ならそう遠くでもあるまい。
蚕 はい。これからどないします？
良介 決まってる。ポンカレーの奴らにさっさと事実を認めさせてから、その友達とやらの家に行って七海を
連れて帰る。それだけだ。俺はまだ予定あるし、お前、先行っといてくれるか？
蚕 わかりました。
良介 おっと。美千代さん。
美千代 名前で呼んでもらえた…。美千代感激！
良介 ちょっと、手伝ってほしいことあるんですけど。いいですか？
良介の怪しい言葉を残しサスが消える。
『おびえるポンカレー』
舞台は変わって関西の小さなぼろアパート。男二人、女一人の怪しい三人組が
何やら怪しい会話。一人はオッサン。一人は学ラン姿のいかついにーちゃん。
一人はただただ怯えてる姉さん。にしてもこの部屋、なかなか汚い。客の目をひく
のは、紙芝居を入れるための枠組みされた入れ物。あの自力で立ってるやつ。
加賀 本さぁん…や、やっぱり、出来ませんて。
本 そんなん言わんと。
礼次郎 こういう時に弱音吐くな。
加賀 せやけどぉ…。
本 よし。じゃあ確認な。はい、アイツが来ました！
礼次郎 ピーンポーン。
加賀 （玄関へ向かおうとして、ツバメ返し）ひぃ！
本 驚くの早いがな！
加賀 ご、ごめんなさい！
本 加賀ちゃん。真面目にやってよ。
加賀 やってますって。
本 はい、ピンポーンて来ました。礼次郎、どうするんやった？
礼次郎 誰じゃグォラー！
本 な、一発かましといて。
礼次郎 チャカでパーン、パーンパーンパーン。
本 殺すなぁ。
加賀 ええんですか！？
本 本気にすな。
礼次郎 んなの向こうがデタラメばっかゆーてきてんのに素直に「お引き取りください」とか嫌やで、俺。
一発殴らせろ。
加賀 な、殴るのはアカン、と思うんやけど…。
礼次郎 文句あんのか。あぁ！？
本 礼次郎。落ち着きなさい。
加賀 本さんはやってないんですもん！ 素直に言えば、絶対分かってくれますって。ねえ。
間
加賀 返事してくださいよ。そんな口べたで本さんこそ大丈夫ですか？
礼次郎 相手は人気絵本作家やぞ？
本 せや、今まさに時の人や。絶対わしが盗作したっていうように仕向けてくるはず。
加賀 と、盗作、してないのにですか？
礼次郎 マイナーな紙芝居がネタぱくったところで、成立せーへんっちゅーに。
本 何より怖いんが…報道陣やねんなあ…。
加賀 報道陣、ですか？
本 マスコミや。小浜良介はテレビにも引っ張りだこっちゅー噂や。背中に世間の目ひっつけてるって考えてみろ。
加賀 …３６０度見えてるってことですね。
本 物理的なことを言ってるんちゃうわ。比喩や比喩。お前仮にも紙芝居屋やろ。そんくらい頭にいれとけ。
加賀 お、お話を作るのは本さんだからいいんです！ 別に。
礼次郎 …待て、テレビなんかに嘘の情報漏れる前に、テレビに俺らが出るってなったら大問題やぞ。
加賀 有名人になれるやん。うちらのこと、もっとみんなに知ってもらえるんちゃうの？
本 加賀ちゃん、根本的に一から出直してくることをオススメする。
礼次郎 お前、俺を誰やと思ってそんなことゆーてんねん。
加賀 礼次郎くんは礼次郎くんやろ？
礼次郎 ただの礼次郎やあらへん。
加賀 ど、どうゆうこと？
礼次郎、懐から銃を取り出す。キャー。
礼次郎 手配中の男がここに隠れてますってバレバレになってまうやろグァァ。
本 （冷静に）お前。それは出すなって重々前から言ってるやろ。
礼次郎 安心しろ。一発目は空砲にしてるから。
本 そういう問題ちゃう。
加賀 う、ううううう、撃つなら、さ、最後にお母さんに電話させて下さい。お母さん、うち。今から撃たれるから。
ごめんなさい。
礼次郎 パーン。
加賀 ひゅよえ〜。
本 お前も撃たれる気になるな。おい、礼次郎。はよしまえ。
礼次郎 加賀、安心しろ。ドンキで買った。
加賀 はぁ…（胸を撫で下ろす）
礼次郎 （銃をしまいながら、やたらと格好つけて）俺はなぁ、ヤクザや。
本 不良や。
礼次郎 ヤクザや。
本 不良や。
礼次郎 ヤクザや。
本 不良や。
礼次郎 ヤクザや。
本 もう画材買ってやらんぞ。
礼次郎 不良です。
加賀 ち、違いがわかりませんよぉ。
礼次郎 ヤクザと不良一緒にすんな。
加賀 ひぃ！
本 同じようなもんやろ。
礼次郎 うっせぇ。
本 あんまりぐだぐだゆーてると、もう絵描かせへんぞ。
礼次郎 それとこれとは話が別やろうが！
加賀 礼次郎くんに絵、描いてもらわへんと紙芝居出来へんやないですか。
本 わしが描く。
加賀 えぇ！？
本 手配中で問題起こしまくりな不良をかくまってやってんのは誰やー？ えー？
礼次郎 …てんめ……。（反論出来ず）
本 才能あんのに勿体ないぞ礼次郎。
礼次郎 褒めんな、泣くぞ。
加賀 でもほんまにすごいよねぇ、礼次郎くんって。うちにはこんなん描けへんわあ。
礼次郎 不良なめんなー。
加賀 どっかで絵のお勉強とかしたりしてたん？
礼次郎 するわけないやろ、めんどい。
本 わしがそん時たまたま行ってた大阪でこいつが商店街のシャッターにスプレーで最後の晩餐描いてた時は
運命感じた。
礼次郎 暇やってん。
加賀 礼次郎くんの暇が怖い。
ノックの音。ご到着ですよ、お三方。
三人 げ。
加賀 ちょちょちょちょ！ 来るのメッチャはやないですか？
本 と、とりあえず落ち着け！ あわわわわわわわわ…。
礼次郎 オッサンが焦ってどうすんねん！
本 お前がもたもたしてるから来てもうたんやろアホ！
礼次郎 ちゃうわ！ 加賀がびびって話進まんかったからやろ！
加賀 う、ううううう、うちのせい！？
本 お前らのせいやぞ！
礼次郎 オッサンだけ罪ないみたいな言い方すんなや！
ガチャ。
『福沢君によるセットアップ』
福沢 こんちはあ。福沢ですけどお。
加賀 福沢くん？
福沢登場。手にはタッパー。間。
礼次郎 ＫＹがあああああああああああああああ！
福沢 な、なんのことですかあ？
加賀 タイミングが悪かっただけですって。
福沢 よぉ分かりませんわあ。
礼次郎 およそ３０秒前の緊張を返せ。
福沢 はいぃ？
本 こんな大事な時に何しに来てん。
福沢 いや、だから、
礼次郎 今日はわしら、めちゃくちゃ取り混んでるノや。用ないなら帰ってくれ。
福沢 あ、あのね…、
本 いや、言わんくてもええ。どうせＫＹな発言しか出来んのやろ。
福沢 あの、僕ね、
礼次郎 オッサン、時間の無駄や。はよ作戦会議や！
本 ぅおっし！
福沢 バイトのまかない、持って来たんですけどお。
間。本と礼次郎、福沢の手にあるタッパーを優しく奪い。
本 ごめん。
礼次郎 愛してる。
福沢 すんません、もうあこちゃんっていう可愛い彼女おるんですわあ。
三人 まかないぃぃぃぃぃぃぃぃ！（タッパーにたかる）
福沢 今日はとびきりうまいですよお。
加賀 まさか！
本 （タッパーを開き）イカナゴの佃煮や！
礼次郎 でったーでました！
加賀 これめっちゃおいしいんよね！でも、ええの？ 毎回こんなんもらっちゃって。
福沢 ええですよお。そのかわり、毎回おもしろい紙芝居見せてもろてるんですからあ。
本 あ。
福沢 今日はどんなん見せてくれるんですかあ？
本 …そのことやねんけどな、福沢くん。
加賀 今日は、見せれそうにないねんよ。
福沢 ふえぇ？ なんでですかあ？
礼次郎 福沢。「小浜良介」って知ってるか？
福沢 もちろんじゃないっすかあ。出光でしょ？ 今めっちゃ有名ですよお。今度テレビで密着ドキュメンタリー
あるらしいですしねえ。
加賀 先週ね、いきなりこんな手紙が来てん。
加賀が福沢に手紙を渡す。
福沢 うわあ。小浜良介から直接の手紙やないですかあ。これ価値出ますよ。
礼次郎 そういう問題ちゃうねん。読んでみ。
福沢 「謹啓。面識のないままお手紙をさしあげるご無礼を、なにとぞご容赦ください。っと丁寧にはじめてみた
はいいものの、この度、そちら方「紙芝居集団ポンカレー」様の本様にご確認頂きたい事があり、筆を
とりました。」
本 どうよ？
福沢 本さんたちって、紙芝居集団ポンカレーっていうんですねえ…。
本 知らんかったんか？ 本（もと）の漢字、本（ほん）を音読みにして「ぽん」。
加賀 加賀の「か」に。
礼次郎 礼次郎の「れい」をくっつけて。
三人 名前からパクリすれすれですやん。
福沢 適当ですねえ。
礼次郎 なめんな！この名前決めるまで５時間も会議してんぞ！
福沢 ５時間の結果がポンカレー…。（半泣き）
加賀 つ、続き読み。
福沢 「その不満についてですが、本様が私、小浜良介の過去の作品、『ライオンとカタツムリ』を盗作した
疑いがあるというものです。」…本さん、どういうことですかあ？
本 わしが一番聞きたいわ。そんな知らんっちゅーに。
礼次郎 全然接点ないのにどうやって盗作すんねんって話やろ？
福沢 確かに。
加賀 でも、…な、なんか一方的に「盗作した」って言ってきてて…。
福沢 「作品を作る者として、盗作はあるまじき行為であると私は感じております。故に私も、十分ご確認頂き、
事実であると判明した場合には、本様にそれなりの償いをしていただこうかと思っています。」
礼次郎 あー。何度読んでもむかつくな。償い、やて。格好ええ言葉使いよって。どこぞのオッサンと大違いやわ。
本 え？ なんで今どさくさに紛れて仕返しすんの？
福沢 「もちろん私も一方的に盗作だと言いがかりを付けているとは思われたくありませんので、皆様にお会い
して、作品の共通点、盗作だと思う根拠、裁判になった場合の凡例などお伝えし、合意の元で今後の
事を考えるつもりです。ちなみに著作権法違反は「五年以下の懲役」又は「五〇〇万円以下の罰金」
…うわあー…。
本 後半全く納得いかん。
福沢 盗作ねえ…。
加賀 も、本さんが盗作なんかするはずないでしょ？
礼次郎 胆ちっちゃいのに。
本 かばってんのか、けなしてんのかどっちやねん。
福沢 で、なんで僕が入ってきたときにあわあわしとったんですかあ？ これと関係あります？
加賀 その手紙の返事を出したんよ、本さんは盗作なんかしてません、って。そしたら、ではこちらから後日
お伺いしますので、お話しましょう、って。で、その後日っていうのが…き、今日っていう…。
福沢 小浜良介が直々に？ すげえー。
礼次郎 関心すんな。有名人が直々にくるんやぞ？ 俺ら絶対タダじゃ済まされへん。
本 なんとか追い返さなアカンねんけど…。
加賀 テレビの報道陣とかひきつれてこられたら…。
本 それに、不良をかくまってるってばれたらそれこそ一大事やしな。
福沢 ええじゃないですか、不良がいても。
礼次郎 おい福沢、お前絶対俺がこのアパートにいるって住人以外にもらしたら殺すからな！
福沢 いや、漏らしたらアカンっていうのは知ってますけど…、なんでですかあ？
礼次郎 サツにばれたりなんかしたら…もう、…絵描かれへんくなるやろ…。
本 報道なんかされてみろ、礼次郎なんか一発でサツに連れてかれる。大事な仲間や、わしらは礼次郎も、
紙芝居も守らなアカンねん。
福沢 あ、あぁ…。
礼次郎 絶対サツなんか入ったらアカン…。
加賀 礼次郎くん？
『蚕潜入』
いつの間にか臼井蚕が入室中。
本 そういう意味でも、絶対この家に入れたらあかん。
蚕 あ、これイカナゴの佃煮ですか？（タッパーを見つめ）
福沢 はい。バイトのまかないなんですけどねえ。
蚕 これ、いいですか？
加賀 あ、どうぞ。
蚕 すいません（一口つまんで）何のバイトなさってるんですか？
福沢 イカナゴ料理専門店「いかいかなーご」本店の方で。
蚕 おいしい、これ。近所にそんな店あるんですか。
福沢 知らなかったんですかあ？
蚕 えぇ。どこどこ？ あたし絶対行っちゃう。
福沢 来てくださいよぉ、待ってますからぁ。
本 ちょちょちょちょちょちょちょ。タンミ。
福沢 はい？
礼次郎 福沢よぉ。
加賀 し、知り合い？
福沢 初対面ですけどお？ どちらさんですかあ？
蚕 小浜良介先生のアシスタントを。
福沢 あぁー。なるほどねえー。
間。
礼次郎 イカナゴで盛り上がってんじゃねえよ、貴様！（福沢の首を絞めながら）
福沢 首、首絞まってるから、首。
加賀 ふあああ！ おさえて、礼次郎くん！
本 ぼけっとしてるから本人来てもーたやろアホ！…ん？ 本人、じゃない？
蚕 私、小浜良介先生のアシスタント、臼井蚕と申します。これ、どうぞ。
加賀 ももももも、本さぁん、ど、どうするんですか？
本 あ？
加賀 あ、アシスタントさんであれ、な、何言われるか…。
本 あんな、わしらなんもしてへんねん。何聞かれても素直に答えればええから。
蚕 小浜先生は今日テレビの取材が入ってて多忙なので、私が先におじゃましました。
本 いつの間に入ってきたんや。
蚕 いや、玄関扉が全開だったものですから、ウェルカムモードなのかと。
礼次郎 玄関が全開？
ポンカレーの視線が一気に福沢へ。
本 玄関も閉めてこられへんのかお前。
福沢 両手にイカナゴ持ってたんで。
本 開けれんのに閉められへんのはどーいうこっちゃお前。
福沢 より早くイカナゴの味を食べてもらいたかったんです。玄関を閉める時間も惜しくて。
本 どんだけいいわけ作んの下手やねんお前。
蚕 あなたは？
福沢 福沢です。この家の隣住んでます。
蚕 あぁ、そうだったんですか。
福沢 臼井蚕さん、でしたっけえ？
蚕 はい。
福沢 みゅはっ、変な名前。
蚕 今、なんと？
三人 だー！
福沢 ウスイ・カイコだって。ははは。
本 お前な、この状況でなんでそんな相手の気にさわるようなこと平気でいうねん、ＫＹが！
福沢 薄い蚕ってええとこないですやん。
礼次郎 黙れイカナァゴ！
蚕 ああああああああああああああああ！
礼次郎 な、なんやねん、いきなり。
蚕 わ、私この人知ってますよ！ 有名すぎる不良ですよ！ なんでこんなとこに？
加賀 あ、いや、こ、これには深いわけがありまして。
蚕 なんですか深いわけって！ なんで指名手配中の不良がここに！
福沢 礼次郎くんは、ここ紙芝居の絵描きさんだからですよ。
間。
本 福沢…。
礼次郎 てんめえええええ！（懐から銃を出そうとする）
加賀 れれれれれれれ、礼次郎くん！ あ、アアアアアアアカンって！
蚕 うわああ！ 殴られる、蹴られるー、撃たれる！（一時物陰に避難）
福沢 あ、ゆーたらアカンのでしたっけ？ ごめんなさあい。
加賀 なんで今までアパート以外の人たちに内緒に出来て今ポロッっていってまうねんよお！
礼次郎 ふーくーざーわー！（ものすごい形相）
加賀 お、落ち着いて！
蚕 確かに紙芝居集団ポンカレーはストーリー担当の本さん、読み聞かせ担当の加賀さん、絵担当の礼次郎
さんって聞いてはいましたけど…。まさかあなただったとは！
加賀 いや、あのこれは、その…彼の冗談で、はい！
蚕 冗談？いえ、さっき福沢さんがあの人を礼次郎っと呼んでいらっしゃいましたよね、そしてあなたも。
福沢・加賀 言いましたあ。
礼次郎 おめえら、それ以上喋るな。
蚕 犯罪者を絵描きに使ってたんですね。
本 違うんやって。
蚕 いえ、騙されはしませんよ。
礼次郎 …お前のせいやぞアホ。
福沢 正直者には福がくるんですよお？
礼次郎 …流す。
加賀 ま、まさか。
礼次郎 （福沢の襟首を掴み）流す、限りある生活費の中からわざわざ水道代はたいてトイレに流したる。
そういうと、福沢をネコのように持った礼次郎は疾風の如くトイレに全力疾走。
加賀 本さん！ 目がマジです。
本 加賀、止めて来い！ 水道代が無駄や！
加賀 福沢くんの心配は０ですか！？
本 はよ行かんと食費飛ぶぞ。
加賀 うわあ！ れ、礼次郎くーん！
おろおろしながら福沢の救出へ向かう加賀。
蚕 賑やかですね。
本 はよ、出てってくれんか？
蚕 盗作した方がそんなこと言ってええんですか？
本 あんなあ、わしは盗作なんかしてへんゆーてるやろ。何回言わすねん。
蚕 にしても陰湿ですよね。先生の売れてないころの作品狙うなんて。
本 何の話や。
蚕 早く認めて下さいよ。盗作疑惑の上に礼次郎さんがお仲間だなんて、突っ込みどころ満載じゃないですか。
話がこじれたらどうなるか、お分かりにならないんですか？
本 ……何やて？
蚕 著作権法上の罰金刑だけじゃなくて、二度と皆さんで紙芝居が出来なくなってもいいんですか？
本 ふざけんとってくれ。
蚕 はい？
本 紙芝居はわしらの生きがいやし、子供たちの夢や。そう簡単に他人が奪ってええもんちゃう。
蚕 最初に小浜先生の作品を奪ったのは誰ですか？ 貴方ですよね？ 本さん。
本 …聞く耳持たん奴は嫌われるで。
蚕 本さん、礼次郎さんは大事な仲間ってやつなんですよね？
本 あたりまえやろ。
蚕 それなら尚更ですよ。素直に盗作を認めて謝罪し、問題作を処分して頂ければ、盗作の損害賠償につい
てはそれ以上追求しませんし、何より礼次郎さんを守ることだって出来るかも知れないですよ。
本 礼次郎は関係ないやろ。
蚕 関係とかそういう問題ではないんです。守りたいものは、はたしてご自分の正当性なのか、礼次郎さん
なのかということ。
本 お前な…。
蚕 お認めになられないのであれば、我々は今回の件を公にしなければなりません。小浜作品の盗作容疑で、
毎日取材に追われる日々。礼次郎さんの存在がばれるのも時間の問題でしょう。礼次郎さんは警察
行きですかね？ どうでしょう？ 本さんはどっちを選びますか？
本 選ぶやて？ 一方的に盗作と決めつけて勝手な言いがかりばっかいいよって。
蚕 一方的ですか？ この件が表に出たとして、世間が味方するのは、どっちでしょうか。
本 世間ってなんや？
蚕 ご自覚ないんですか？ 貴方は無名の紙芝居作家。あぁ、それとも小浜先生と張り合って勝てる自信
でもあるんですか？
本 …んにゃろ……。
加賀、礼次郎を引っ張ってくる。
礼次郎 離せ、加賀！ アイツ流さな気がすまん！
加賀 あかんってば、礼次郎くん！
本 おい、福沢はどうしてん。
加賀 と、とりあえず、礼次郎くんから引き離すようにトイレに閉じ込めておきました。
蚕 うわー乱暴。
本 それでよし。
蚕 うわー酷い。
礼次郎 まだおったんか、あんた。
蚕 まぁまぁ。お二人も、佃煮でも食べながらお話しません？ 話は全然終わってませんから。
『七海登場』
蚕が再びタッパーを開けた瞬間、制服姿の好美と七海が登場。好美はどんぶり
ご飯とお箸持参。湯気を出すご飯。
好美 あら、ええ匂いがするー！
七海 ちょ、好美。アカンて。
加賀 なんという嗅覚！？
蚕 なんかまた増えましたね。
礼次郎 撃っていい？
本 撃つな。
加賀 好美ちゃん。今、ちょっとお取り込み中なんやけど。
好美 （早口でまくし立てて）お隣さんからええ匂いの波が一気に押し寄せてきて黙ってる高校生いませんよ。
いや、匂いだけでご飯一杯目は行けますよ。でもね、やっぱ二杯目はきつい。ついついお代わりつい
でに来てしもたわけで、きゃー福沢んとこのまかないイカナゴやんか。うちの嗅覚に狂いはない。あれ、
福沢どこいったんですか？
福沢 （袖、トイレより）ここやあー。
好美 なんや、トイレか？え、何？ 便秘？
福沢 （トイレより）勝手に決めんなあー。
好美 イカナゴ食っていい〜？
福沢 てめえに食わせるイカナゴはねぇ！
蚕 この人、福沢さんのお友達かなんかなんですか？
加賀 元同級生かな。好美ちゃんは今、留年３年目で、まだ高校２年です。
蚕 終わってますね。
好美 ポンカレーさんらだけ毎回ずるないですか？ うちもまかないいただきますよ。青春は腹減りの時期
だものー。
本 青春ったって留年繰り返してる自称１６歳実年齢１９歳が言うか？
好美 それＮＧワード。女の子にはデリケートゾーンっていうのがあるん知らんのですか？
七海 好美ちゃん、ほら、迷惑してはるから、帰えろ。
好美 そういうあんたもお茶碗持ってるやん。
七海 好美ちゃんが持て言うから。
蚕 …七海ちゃん？
七海 …あ。
好美 …知り合い？
蚕 七海ちゃん！ ずっと探しててん！ なんでここにいるん？
七海 蚕さんには関係ないです。
蚕 そうはいかんよ。
本 おい。
礼次郎 あ？
本 これ、どういう展開？
礼次郎 俺が聞きたいわ。
加賀 な、なんか…妙な雰囲気ですね…。
蚕 今までどこにおったの？
好美 うちの家やで？ 同居や同居。可愛い女の子がぼろアパートでふたっりきりの同居生活…ふふ、なんか
怪しない？
加賀 こ、好美ちゃん、同居なんかしてたん？
好美 はい。毎日いちゃいちゃと。
七海 好美ちゃん。
蚕 七海ちゃん、先生心配してるんやから。
加賀 せ、先生？
七海 ウソや。
蚕 七海ちゃんのお兄さんなのに、なんとも思ってないわけないやろ？
本 ん！？
礼次郎 今あいつなんてゆーた？
七海 あんな人うちのお兄さん違います。
蚕 でも。
七海 あんな人と、兄妹なんかにせんとって下さい。
礼次郎 あいつ、小浜良介の妹か！
本 なんたる偶然。
好美 （既にイカナゴをおかずに二杯目を食い始めている）旨い。たまらんなぁ〜ご飯の友。
七海 …あ、あの…なんで蚕さんはうちがここにいるって分かったんですか？
本 いやな、あんたの兄ちゃんが厄介で。わしが盗作したとか言い出して。
七海 盗作、ですか。
好美 本さんがそんなことするとかありえへんし。
福沢 礼次郎くんならありえますけどねえー。
加賀 れれれれれ礼次郎くん。（襲いかかろうとする礼次郎を全身で止める）
礼次郎 俺はイラスト担当や、物語考えんのはオッサンやから関与してへん。
好美 ほんまに盗作してへんの？
本 こっちは被害者やで。何もしてへんのに勝手に容疑者扱いされて。こっちの身にもなってほしいわ。
蚕 七海ちゃんにここで会えるとは思ってなかったけれどね。
礼次郎 読めた、読めたで。お前、ポンカレーに弟子入りしたいとか仲間に入れてくれ言うてたんは、スパイ
しようと思っててんな。
七海 違います。
蚕 弟子入り？ 七海ちゃんが？
本 まさかあんたがスパイやったなんて。
七海 違います。うちは純粋にポンカレーさんの作品に惹かれて、礼次郎さんの絵に魅せられてしもて。うちも
こんな素敵な紙芝居描きたいって思ったから。
加賀 で、でも、小浜さんの妹って。
七海 縁切ります。
加賀 え？
七海 あんな人の妹にされたら、たまりません。
蚕 いくらそんなことゆーても兄妹っていうことに変わりはないんやから。
七海 うちなんかおらんくても支障ないです。まともに話した事なんてここ数年無いですから。毎日部屋に
こもって仕事仕事ですから。
蚕 勝手に家飛び出したりなんかしたら誰でも心配するって。
本 お前、家出してたんか。
蚕 心配しすぎてあんまり寝てないんよ、先生。私もいろんな関係者当たって七海ちゃんのこと探してたんや
から。
七海 蚕さんも大変ですね。人気絵本作家に振り回されて。
蚕 （カチン）…今、先生に連絡とるから。
そういって携帯を取り出す。
蚕 はよ戻ろ？ 好美さんにも迷惑かけてるし、こんな犯罪集団に関わりは持って欲しくないし、先生の創作
活動に支障がでたら困るんやから。
七海 …へぇ。やっぱ結局あの人のためなんやな、蚕さん。
七海は連絡するなと言わんばかりにその携帯を奪う。
礼次郎 うお。
加賀 な、七海ちゃん？
七海 アシスタントとかゆーてますけど、結局雑用係みたいなもんじゃないですか。
本 なかなか言うな。
蚕 七海ちゃ、
七海 蚕さんは、そんなんで楽しいんですか？
携帯を握った七海、袖に向かって猛ダッシュ。蚕もその後を追う。行き先は、
福沢が監禁されてるトイレ。袖からの声に耳をすませるポンカレーと勝手に
イカナゴをむさぼる好美。七海が扉をあける音。
福沢 いやん。
ちゃぽんという音。
蚕 七海ちゃん、ちょっと！
七海 流して。
福沢 はあーい。
ジャー。舞台上では手を合わせ、携帯のご冥福を祈る４人。
福沢 防水ですかあ？ あのソフトバンク。
蚕 ひどい！
七海 これで連絡無理ですね。
蚕 あなたが流すからでしょ！（殴る）
福沢 ひでぶ！（殴られた）
勢いよく走りこんでくる蚕。
本 ご愁傷様。
蚕 …自分の足で、先生に伝えてきます。
そして勢いよく出て行った。雑用魂。
『それぞれの事情』
福沢 うぉ〜、俺やばいかも、死ぬぅ、死んでしまう。
礼次郎 あいつ何言っとんねん。
加賀 本さん、見てきましょか。
本 ああ。トイレ壊してないか、気になるしな。
加賀 そっちですか？
走り出す加賀、すれ違いに息を切らせて七海が戻ってくる。
本 七海ちゃんやったかな。あんたももう、帰ってくれるか。
七海 本さん。
好美 やばっ。七海、あんたまだ一口もイカナゴ食べてないやん。
礼次郎 そういう意味とちゃうねん。
好美 だって七海まだご飯にも手、付けてないし。（作業机に七海のお茶碗）
七海 うちが、小浜良介の妹やからですか。
本 せや。
七海 待ってください。本さんこの間、自分で描いた紙芝居、一本持ってきたら考えてやるって…。
本 それも前までの話や。
礼次郎 口で何言うとっても、スパイかも知れへんからな。
七海 そんな。
好美 あのさ、おっさん、礼次郎、心配しすぎやと思うで。
礼次郎 オマエ黙っとけ。
好美 いや、黙るよ、黙るけどな、七海はスパイやあらへん。だってうち、見てるもん。この子うちの部屋で何し
てると思う？
七海 好美ちゃん。
好美 スパイなんやったら盗作の証拠集めたり、礼次郎の居場所チクったりするやん。でもな、この子はずっと
紙芝居描いてるねん。礼次郎に見てもらうんやぁとか、加賀さんに読んでもらいたいぃとか、本さんに
ダメもらうんやぁって必死こいで。ほんでな、さっきまで描いてたかと思たら、なんか想像してニヤニヤ
してたり、気持ち悪いでぇ。
七海 もう、黙っといてよ。
好美 はいは〜い。
本 そんなに好きなんか、紙芝居。
七海 は、はい。
本 貧乏続きで電気も止められるしガスかてあれへん。いっつも腹減らしてるし、画材も満足に買えへん
ような紙芝居屋になりたいんか。
七海 はい。ポンカレーの皆さんと紙芝居ができるんやったら。
好美 よう言った。
礼次郎 おい、おっさん。純粋な高校生のまなざしに騙されんな。
本 よし。 分かった。
七海 はい！
礼次郎 やばいなぁ。おっさん涙もろいから。
本 お家に帰りなさい。
七海 え？
本 あんたみたいなひたむきな子を、わしらの世界に巻き込んで汚してしもたらあかん。少なくとも今は、な。
なんぼ言っても無駄やで。決心は固めた。
七海 やっぱり…、うちが小浜良介の妹やからなんや。
本 いや、それとこれとは別問題や。
礼次郎 意外な展開や。
好美 残念やったな。出直そか。
加賀、福沢がトイレから帰還。福沢は鼻にティッシュをつめている。トイレット
ペーパーからかっさらったらしい。
福沢 …なんで僕殴られたんやお…。
加賀 トイレ、血の海です。
七海 え、えぇ！…あぁーあ。うち洗って来ます。
加賀 あ、ええよ。気つかわんとって。それから水も。
七海 はい。
加賀 あ〜、もう。雑巾これだけ？
七海、加賀、トイレの清掃の為はける。
好美 ごめん、全く状況読まれへん。
福沢 僕もお。鼻、折れてませんかぁ？
好美 やばっ、顔いがんでる。
福沢 うそん。あこちゃんに嫌われたらどうしよ。
好美 愛があれば大丈夫やって。
福沢 愛…、そらあるけど。
礼次郎 アホ。お前ら来たせいでいろいろ目茶目茶やんけ。
福沢 そ、そんなあ、褒めんとってやあ。
礼次郎 一切褒めてへん。
福沢 それにしても蚕さん、きれいな顔してものすごいパンチ力でしたぁ。美人に殴られるって、ある意味快感
ですよねぇ、ぐふっ。
好美 おかしな言い方すんな。
福沢 どこ行かはったんですか？
本 七海ちゃんがここにいること、小浜良介に報告に行ったみたいや。
福沢 へぇ。わざわざ。
好美 あんたが携帯流したからやろ。
福沢 だって、七海ちゃんが流してって。
礼次郎 おっと！ やばいこと忘れてるやん。俺、逃げるわ。
福沢 なんでです？
礼次郎 だってあの女が俺がおること小浜や警察に言うてみぃ。俺捕まるやんけ。
好美 逮捕の瞬間百連発で流されたりしてね。
礼次郎 暫くズラカルわ。おっさん、ほとぼり冷めたらまた戻ってくるから。
本 あほ。逃げるにしても今日、明日中は大丈夫や。
礼次郎 なんでや。
本 さっきな、あいつが言うててん。素直に盗作を認めてワシが謝罪し、問題作を処分したら、損害賠償の
追求せえへんし、何より礼次郎を守ることが出来るちゅうてな。
礼次郎 俺を守る？
本 そや。お前のことを世間に黙っといてやるからとっとと白状せえっちゅうこっちゃ。マスコミとか乗り込んで
きてからやったらどうしょうもないからな。
礼次郎 なんや、俺は交渉の材料か？
本 ま、そういうこっちゃ。
礼次郎 ムカつくな。
本 な、礼次郎。もう一回聞かせてくれ。容疑かかってる件、ほんまにお前の仕業やないねんな？
礼次郎 だから何回も言うとるやんけ。濡れ衣や。誤解や。なんで俺が山村組の組長なんか狙わなあかん
ねん。何の接点もないわ。
福沢 でもぉ。
礼次郎 なんやねん。
福沢 拳銃持ってるし。
礼次郎 ドンキで買った。
好美 自分でもヤクザや言い張るし。
礼次郎 不良です。
本 それから最後の晩餐の謎な。いろいろある素材の中でなんであの作品を選んだんかちゅうこととか。
礼次郎 お婆ちゃんがクリスチャンやねん。
本 ほな、あの絵がどういう意味持ってるか知ってるんか？
礼次郎 バカにすんな。最後の晩餐の意味ぐらい知ってるわ。
福沢 どんな意味、あるんすか？
礼次郎 そら、なぁ。最後の（精一杯ゼスチャーで表現）、晩餐（同じく）やろ。なあ、おっさん。
本 最後の晩餐ちゅうのはな、イエスキリストが処刑される前の夜、十二使徒っちゅう弟子たちと一緒に
食った晩飯のことや。
礼次郎 その通り。
好美 あんた、知らんで描いてるん？
礼次郎 知ってようが知らんかろうが、絵ぐらい描けるんじゃ。
本 ただな、処刑されるんがイエスキリストやったら問題無いねけどな、山村組の組長やったちゅうとこが
大騒ぎの原因や。
礼次郎 まさかな、自分が指名手配されてるとは思わんかったわ。
本 礼次郎。目撃者もおるちゅう噂や。ホンマにお前やないねんな。
礼次郎 しつこいな。俺やない。山村組の敵役言うたら、龍神会って相場が決まってるねん。そんなんも
知らんのか？
本 …。分かった。ほなお前はもう逃げ回るのをやめ。警察にでもなんでも出るとこ出て正々堂々としとったらええ。
礼次郎 ま、基本そやねんけどな、捕まったらややこしいこともいっぱい出てくるから。ほら、カツ上げとか、
万引きとか…。ドンキで買ったピストルかて持ってるし。リアル過ぎんねんけどな。
福沢 どこまで信じたらええ話なんやろねぇ。
好美 半分ぐらい？
礼次郎 おっさんかて俺のこと気にせんと正々堂々と戦ったらええんちゃうん。それとも盗作、やったんか？
本 やってへんけどもやな、話がこじれてお前のことがバレたら可哀想かなってふと思う訳よ。それやったら
いっそのこと「やりました、ゴメンナサイ」って認めたふりしよかなって。分かるか？
礼次郎 俺のことは関係ないねん。おっさんの問題やろ。なんで俺やねん。
本 殺人やったら当分、務所暮らしやろうなって。
礼次郎 あ〜もう。殺ってねえって。
本 じゃ言うで、ええんか？ 「礼次郎ってやつここに隠れてますで〜」って。
礼次郎 （おっさんの大声を制して）なんでそう極端にイケズするかな。わざわざ俺を引き渡さんでもええねん。
あ、分かった。
本 （ドキッとして半笑い）何？ 言ってみいや。
礼次郎 おっさんホンマは小浜のネタ、パクったんやろ。ほんでバレたけど素直にゴメンナサイ言われへん
から、俺の為みたいな言い訳作って、しゃ〜ないから謝りましたみたいな、きったねぇ。
本 （ドキドキしてもっと半笑い）何それ。ワシがお前のこと一生懸命考えてやってるのに、お前そこまで言うん。
な、なぁ。
礼次郎 お前そこまでって最初にイケズ言い出したんおっさんやんけ。
福沢 あのぉ〜
本・礼 何？！
好美 やめたら？ 見苦しいから。
本・礼 （いろいろ悔しいんだけれど）はい。
加賀と七海帰還。真っ赤な雑巾を持って。
加賀 ぐ、ぐぐぐぐ、グロテスクなことに。
好美 惨劇！
加賀 ホンマに、ち、血まみれやったんですよ、これ一枚じゃどうにも…。
本 他に雑巾は？
加賀 （半泣きで首を横に振る）
七海 洗ったらだめなんですか。
本 あほ、水道代無駄やろ。
七海 …あの、服とか、洗濯してます？
本 二日に一回、川までいってごしごしと。
福沢 古典的！
好美 お風呂だけうちんとこ来たり福沢んとこいったりしてるけど。隣やし。
七海 洗濯は川でお風呂は借りるってどういう違いなんですか。
本 風呂は相当水道代かかるねん。節約や。
礼次郎 雑巾洗われへん程そんなに金やばいんか？
本 まあな…。（ずーん）
礼次郎 ふーん…。……ほれ。
そういうと、礼次郎は学ランのポケットからお札を取り出し、本さんの手に握らせた。
本 なんやこれ。
礼次郎 ちょっとだけ、うん。
加賀 どこでそんなお金…。
礼次郎 昨日な、おばあちゃんの荷物運んでやったら、もろた☆
本 礼次郎…。（じーん）お前いつの間にそんなええ男になってもうたんや！
礼次郎 女の前では格好つけんのが漢のポリシーや。
好美 いやん、礼次郎くんたら馬鹿正直ねン。
礼次郎 お前ちゃうねん留年生。
本 しゃーない！今度画材買ってきたろ！
礼次郎 まじか！
加賀 あ、じゃあ洗ってきますね。
本 いや待て。この金は、礼次郎の画材代にあてる。
好美 ん？ それ意味ないんじゃ？
本 糞ガキの努力の結晶や。生活のことは気にせんでええね。
礼次郎 なんやねん、せっかくジェントルマンなことしたのに。
七海 仲、ええんですね。
本 ん？ そりゃまあ同じ仕事で汗水たらして頑張ってるからな。
七海 あの、皆さんはどこで知り合ったんですか？
本 どこでってことはないな。偶然の出会いや。礼次郎はほんまは大阪のガキでな、わしがたまたま大阪
行ったときに衝撃の出会いをしてん。
福沢 高校も行かず、商店街のシャッターに絵、描いてたんやってえ。
礼次郎 学校だるいねん。
本 俺が礼次郎を誘ったんや。そんなとこにぱくった絵描かんと、おもいっきり自分だけの絵、描かへんか？
ってな。
好美 ステキ！
福沢 あ、好美が食いついた。厄介なことになりますよお。
好美 何？ その偶然を匂わせる必然！ ステキすぎる！
加賀 あ、あのぉ…どうすればええん、かな？
七海 すぐに止まりますから。
好美 もろ少女マンガのパターンやん！ レベル的には…せやなあ…学校に遅刻した主人公がパンくわえて
走ってて、道の角でイケメン監督とぶつかって「あ、ごめんなさい」「どこ見て走ってんだ？」
「あ〜あたしってドジばっかり、バカバカ」「ちょうど良かった、メンバー一人足りねえんだ。お前バレー
ボールやったことあるのか？ キラン」みたいな！
礼次郎 どこがどう一緒やねん。
加賀 …ステキ。
礼次郎 帰ってこい。（でこをペチン）
加賀 あだっ。
福沢 …ステキ。
礼次郎 お前ものるな。（でこ殴る）
福沢 あはは、なんだろう、この格差。
本 いや、礼次郎の最後の晩餐、初めて見たときはそんくらいの運命は感じたんや、まじで。雷落ちた感じ。
ドンガラピシャーン！って。
七海 加賀さんは？
加賀 え、あぁ、う、うち？あ…。うち、実は…女優にな、なりたかったんよ。
福沢 へえー。
好美 初耳ですよ。
加賀 そ、そんなぼんやり考えてただけ、っていうか…。どこのオーディション受けても鳴かず飛ばずっていうか、
向いてないなぁなんて…。
本 いや、加賀は女優の夢を蹴って、紙芝居の道に来てくれたんや。
加賀 え、いや、その…まぁ、そんな感じで。
七海 へぇ〜。
福沢 本さんは、なんで紙芝居のお話を書こうって思ったんでしたっけえ？
本 話し出すと３時間かかるけどええんか。
福沢 うわっほーい。遠慮しときますわあ。
本 わしはもともとガキが好きでな。
好美 総無視で語り出したで。
礼次郎 福沢のせいやぞ。
福沢 えぇー？ 僕ぅー？
本 ガキが笑う顔見てるとな、こう、生きててよかったなって思うねん。
礼次郎 ただの変態思想なオッサンやねん。
七海・好美・福沢 （心なしか距離をおく）はぁ〜〜ん。
本 ひくな。ほら、最近のガキって時代とかの影響でさ、なんやろ、心からの笑顔っつーんかな？ そんなんない
やん。昔のガキはしょーもないことで笑ったり泣いたりして。わしな、なんかこういうの大事な気して。
礼次郎 そんなん、とかこういうの、とか分かりづらいな。
本 わしも今、手探りで喋ってんねん。
七海 それで、なんであえて紙芝居を？
本 昔のガキらの笑顔見たいんやったら、昔のガキらがやってたようなこと、させたったらええんちゃうやろ
かって思ってな。ほら、紙芝居なんか今皆無やろ？ 面白がってガキらも自然と集まるかなっていう。
でもやってきたんは…。
加賀 うちでした。
福沢 そこで本さんと加賀さんは会ったわけですねえ。
加賀 その頃はイラストも読み聞かせも本さん一人でやってたんやけど…それがあまりに衝撃過ぎて足が
自然に止まったというか…。
七海 どういうことですか？
加賀 ぺ、ペンギンにな、鼻がはえてたり…やとか。
福沢 本さん、学生時代の美術、１０段階評価で？
本 １。
礼次郎 そらペンギンに鼻もはえるわ。
加賀 いや、あの…ど、どこかでペンギンそのものを、えっと、誤って解釈してしもたんやと思う、うん。
本 人をいじめても何も生まれんぞ。
福沢 ってことは本さん、加賀さん、礼次郎くんの順番でメンバーが増えてったわけですねえ。
礼次郎 まあな。
好美 このままいったらあと二人は増えるな。
加賀 え！ な、なんで？
好美 おじゃまじょドレミ、プリキュア５。時代をさかのぼればセーラームーン。これらはどんどんメンバーが
増えていく法則。そしてそれは大前提として必ず５人。この法則でいけばあと二人は必ずきますよ。
七海 （すごく嬉しそう）ほんま？
福沢 お、おい！
好美 （お口ミッフィー）やばっ。
本 おい、好美。お前、○ー☆ームーンゆーたな。
好美 （やっちまった顔）○ー☆ームーン？
礼次郎 めんどくさいことしよった…。
七海 何がですか？
『セーラー戦士』
可愛らしい足音が５つ、ごめん音響。ノックの音。袖から。
むーん 私たちを呼んだのは誰？
まーず 助けにきたわよおおおおお。
七海 なんですか？
本 俺が唯一苦手なガキらのご登場や。
福沢 どぉぞー。
礼次郎 勝手にドア開けんな！
つぎつぎと可愛らしい服に身を包んだガキらが登場。
むーん くるくるくるくるーすたっ！
ガキ わー！ 流石むーん！ かっちょええー！
礼次郎 相変わらずなんて幸せなガキらなんや。
むーん 私たちに助けを呼んだのは誰？
ガキ 誰？
加賀 ご、ごめんねぇ、助けは呼んでないんよ。
間。
じゅぴ マジかよ！
まーず 全部ヴィーなすのせいだからね！
ヴぃーな ぼ、僕なんも言ってへんやんかあ…。
まーきゅ その「ぼく」っていうのやめなさいよ。
ヴぃーな だってぼく、男やもん！
むーん それとその関西弁喋るのやめてって言ったよね？
ヴぃーな 無理。
４人 （ぎろり）意味分からんし。
ヴぃーな （半泣き）
七海 やめなよ。集団リンチじゃない。
ヴぃーな お姉ちゃん。
むーん セーラー戦士に甘えは禁物よ。
ヴぃーな そんなぁ。
礼次郎 こいつらと関わるとすげぇ面倒くせぇのに…。福沢ぁ…。
福沢 ほら、今ちょうど盗作の容疑かけられてピンチでしょー？ 助けにきてくれたんですよぉ。
礼次郎 ガキに何ができるっつーんだ。
まーず ガキじゃないわ、
ガキ セーラー戦士（だ）よ！
むーん ガキなんかと一緒にしないで！
まーきゅ 私たち選ばれた美少女なんだから！
間。その後場内がなぜかザワザワする。
まーきゅ な、何よ。ざわつかないでくれる？
本 そうだな、誰が選んだかは聞かないでおくから。うん。
七海 （まーきゅりーが可愛くて、笑いをこらえている）
むーん 紹介が遅れたわね。私セーラーむーん！
まーきゅ 私セーラーまーきゅりー！
まーず 私セーラーまーず！
じゅぴ 私セーラーじゅぴたー！
ヴぃーな 僕セーラーヴィーなす…。
４人 意味分からんし。
ヴぃーな …私セーラーヴィーなす…。
戦士達 ５人揃って、セーラー戦士。しゃき〜ん。
七海 あの、今更やとは思うんですけど…。
加賀 なに？
七海 何故一昔前のセーラームーンをチョイスしたんでしょうね。
加賀 …彼女たちに聞いたらええんちゃう？
七海 遠慮しときます。
まーず 助けてあげるかわりに、今日も紙芝居見せなさい！
好美 なんて強制的。
本 ごめんなぁ、今日は紙芝居してる暇はないねん。
じゅぴ なんだとぉー！
加賀 お客さんが来ることになってるんよ。ごめんね。
ヴぃーな にしては暢気にイカナゴ食べてるやん。
まーきゅ わ、ホントだ。
好美 痛いとこつかれた。
福沢 効果は抜群だー。
本 ごめんなぁ。
むーん 酷いわ！ いいもん。助けてなんかあげないんだから！
礼次郎 別にピンチでもなんでもねえし。とっとと帰れや。
むーん いや！
礼次郎 嫌ちゃうんじゃ。今日は帰れって言うてるやんけ。こら、お前、何イカナゴ食ってるねん。
まーきゅ おいひいよ。
七海 あ、うちのご飯。
礼次郎 おいひいちゃうんじゃ。帰れ帰れ。
そう言うと礼次郎はまーきゅりーからお茶碗を奪い取る。
まーきゅ あー！ 返しなさい。
礼次郎 誰が返すか。アホ・ボケ・カス、お前の母さんでべそ、ついでにお前もでべそ！
まーきゅりー う、う、（うるうる）
礼次郎 あっ。あれ？
まーきゅ だぁぁぁ（号泣）
ガキ （うるうる）だぁぁぁ〜。
福沢 あーぁ。礼次郎くん、なーかした。
礼次郎 ち、違っ。
ガキ （号泣）だぁぁぁ〜。
好美 なーかした、なーかしたー。
礼次郎 うわぁもうすっげぇめんどくせぇ。
加賀 ああぁぁ。よしよし、泣かんといて。怖いお兄ちゃんでごめんなあー？
礼次郎 おい、喧嘩うってんのか、加賀。
加賀 ひぃ！
七海 この子らよく来るんですか？
本 こいつらもな、福沢と一緒で紙芝居見にきとるねん。
七海 へぇー。
本 今、わしらの紙芝居を一番見てくれてんのはこいつらやねんけどな…。
福沢 面白いですよお、ボンカレーさんらの紙芝居。
好美 うちも時々紙芝居見るけど、確かに面白いよね。
本 褒めても何にも出んぞ。
福沢 読んでくださいよお。加賀さん。
加賀 でも、蚕さんのあの調子やったら今日のうちに絶対、小浜良介さん連れてくるやろうし…。対策立てんと。
むーん （泣きじゃくってる）そんなんどーでもええから紙芝居、見たいぃ！
本 このへんガキやねんなあ…。うし。加賀、紙芝居見せたれ。
加賀 え、えぇぇ？
ガキら やったあああ！
むーん ま、まあ、見せてくれるんなら、助けてあげてもかまわないけど、べ、別に。
好美 何故急にツンデレ。
七海 ホンマに助けてくれたりして。
礼次郎 ガキらにそんな力あったら俺は舌噛み切って死ぬ。
加賀 で、でも、いつ小浜さん来るかわからへんのに。
本 今大切にせなあかんのはこいつらを笑顔にすることや。ガキの泣いた顔は嫌いやねん。
加賀 ど、どうなっても、し、知りませんよ？
好美 幼女の為ならなんだってやるんですね。
本 男の子もおんで。
好美 はいはい。
加賀 本さん、何読みます？
本 せやなあ…。じゃあ、十八番（おはこ）いこか。
加賀 あぁ、はい。『恋するステゴザウルス』ですね。
本 そ！
加賀は過去の作品が入り乱れている所からその作品を探す。そっちちゃう
やろとかいう礼次郎。今鳴いたカラスがもう笑うガキら。隅でイカナゴを食う
福沢と好美。
本 （高らかに拍子木を鳴らし）はいはいみんな寄っといで。これから始まる紙芝居、お代はタダ！ と言いたい
けれど、家には病気の母ちゃんと、腹を減らした息子がいるってんだ。
好美 あなた、頑張って。
福沢 お父ちゃん！
本 あ〜りがと。見たい子は水飴、買ってくれ。今日はたったの十円だ。
まーず 買う、はい十円。
本 毎度あり。
むーん うちも。
まーず あたしも。
まーきゅ こっちも頂戴。
ヴィーなす 僕も。
じゅぴ 並びなさいよ。
まーきゅ うち、先言ったしぃ
本 ほらほら喧嘩はいけないよ。もらった人から順番に、ここに座って見ておくれ。
七海 面白い。本さんおしゃべりがみんな五七調になってる。
好美 なんか雰囲気出るもんね。
加賀 本さん、本さん。ありましたよ。これこれ。
本 よっしゃ。じゃ、今日のお話、始めるよ。（再び拍子木）
加賀 昔々その昔、お爺さんもお婆さんも、生まれてなかったその昔。地球上にはノシノシと、大きな奴らが
歩いてた。どんな奴らだって？ こんなだよ！
加賀はそう言うと一枚目の紙芝居をめくる。そこにはビルのようにそびえ立つ、
巨大なステゴザウルスの絵が描かれていた。青い空には火山の噴煙が長々と流れ、
太陽の日差しが今と変わらず降り注いでいる、そんな絵。
まーきゅ 恐竜！
まーず ホントだ、恐竜だ。
ヴぃーな 違うよ、ステゴザウルスだよ。
じゅぴ ステゴザウルス？
まーず 強いの？
ヴぃーな うん。めっちゃ強い。そやんね。
加賀 そうよ。その気になったらバスだってペチャンコ。しっぽのトゲを振り回したら、あの凶暴なティラノ
ザウルスだって逃げ出しちゃうんだから。
むーん すごいね。
加賀 すごいの。今日はそんなステゴザウルスが、恋をしちゃうすてきな話。（一枚めくってタイトル）
『ステゴザウルスの恋』
次のページにはいたずらっぽい表情をした恋のキューピットがステゴザウルス
と共に描かれている。加賀の表情が活き活きと冴え、先ほどまでの気弱な加賀
ではなくなる。紙芝居を読む声はやがてフェードアウトしていき、本と七海がサス
明かりの中に浮かび上がる。食い入るように加賀を見つめる七海の後ろ姿を、
腕組みした本は見つめていた。
七海 本さん。
本 何や？
七海 うち、諦めませんから、絶対。
本 今はなんべん言うてもあかん。
七海 今は、ですよね。
本 あ？
七海 今はダメでも、いつか必ず自分の紙芝居で子供ら笑顔にしてみせる。決めたんです。
本 勝手にせえや。
七海 はい。
加賀 うひょ〜、甲羅が堅くて恋の矢がささらねぇ。このままじゃステ子ちゃんは一生独身で売れ残っちまう。
負けるもんか。今度は三本いっぺんに撃ってやる。やぁ！（めくる）カキン、コキン、ポキン。
ガキ （笑ってる）ゲラゲラ
加賀 吹き飛ばされた矢がイグアノドンとトリケラトプスに刺さっちゃった。あら〜、こんなとこ刺さってるねぇ。
大変、どうしましょう。二人は恋に落ちてしまいました。
じゅぴ 大失敗だね。
まーず でも幸せそう。
まーきゅ 結婚だぁ、結婚だぁ。
むーん できちゃった結婚やんな、それ。
加賀 ちょっと違うかな？
まーず・まーきゅ 結婚だぁ、結婚だぁ。
ゲラゲラ笑っているガキたちにつられて七海も笑う。そして、絶対紙芝居屋に
なってやるんだ。そう決意する七海であった。暗転。
『預かりもの』
サス位置に男が一人。静かにたたずんでいる。そこへ走り寄る礼次郎。この男は誰？
礼次郎 島田さん。
島田 おう。元気でやっとったか。
礼次郎 はい。兄貴も。
島田 その呼び方、やめ。
礼次郎 はい。すんません。
島田 例のもん、持ってきたか？
礼次郎 はい。これ。
島田 おお、すまんな。
礼次郎は紙袋を島田に渡す。島田は紙袋から、銃を取り出した。あのドンキで買った銃だ。
礼次郎 なんでまた、これが要るようになったんです？
島田 余計なことは聞かんでええねん。
礼次郎 すんません。
島田 山村組も、組長とられてから龍神会との抗争が忙しゅうてな。お前に預けたチャカかって要りようになる
こともあるんや。
礼次郎 要りようって、これ、オモチャとちゃうかったんですか？
島田 あ？
礼次郎 い、いえ。
島田 オモチャや。ドンキで買った。
礼次郎 はは、ドンキで。
島田 誰かに聞かれてもそう言うとったやろうな。
礼次郎 はい。もちろん。
島田 それでええねん。ほら、これ。
島田はそう言うと礼次郎に茶封筒を渡した。
礼次郎 何ですか？
島田 いろいろ居りようもあるやろ？ 取っとけ。
礼次郎 （中の現金を確認して）こんなに？ すんません。結構困っとったんです。
島田 ええから。その代わりまた、頼むことあるかもしれへんからな。
礼次郎 なんでも言うてください。島田の兄貴のためやったら、俺、何でもしますから。
島田 すまんな。とりあえず誰にも見つからん様に、大人しゅうしとけ。
礼次郎 はい。
島田 ところで礼次郎。お前、まだ絵は描いとるんやろ？
礼次郎 はい。紙芝居やの作業場で、絵、描いてます。
島田 お前の最後の晩餐、ごっつかったもんな。最高や。ぞくっとしたわ。
礼次郎 紙芝居やのおっさんに、最後の晩餐の意味、教えてもろたんです。
島田 （ぴくりと止まる）へぇ。
礼次郎 キリストさんが、処刑される前の晩に、子分と食った晩飯の絵やいうて。
島田 それから？
礼次郎 それから、っすか？
島田 ああ。それから。
礼次郎 それだけっす。
島田 （笑う）また来るわ。
礼次郎 はい。
見送る礼次郎。島田は暗闇に消えていった。
礼次郎 島田の兄貴、かっちょえぇ。（封筒を見て）最高！
礼次郎は楽しそうに作業場へ戻っていった。暗転。
『あこちゃんとワンダー』
舞台はまたボンカレー職場。舞台上にいるのはさっきより格段に大きくなった
タッパーをもった福沢と、白い豚のぬいぐるみを持った女の子。一目見ただけで
イタイ彼女はあこちゃんである。机の下ではむーんとまーずが落書き中。
福沢 あこちゃーん。あーん。（イカナゴを差し出す）
あこ あーん。ぱくん。もぐもぐもぐ。
福沢 おいしい？
あこ おいしいっス。
福沢 そうやろなあ。だって僕がバイトでもらってきたやつやもーん。
あこ 福ちゃんが魔法の力で作ったんじゃなくてスか？
福沢 前言撤回。僕が魔法の力で作ったあ。
あこ 流石福ちゃん。
福沢 あこちゃんのためならなんでもするよおー？
礼次郎登場。
礼次郎 おい、気違いタッパーカップル。
あこ （タッパーを可愛らしく差し出し）…いるスか？
礼次郎 蹴り倒す。
つづく…
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