創作脚本の部屋へ 作 まっちゃ 潤色 ごのい
【キャスト】女６、男２
夏生（なつき）
杏奈（あんな）
加那（かな）
晴香（はるか）
智史（さとし）
めぐ美（誤解）
赤鬼（リーダー）
青鬼（付き人）
『心象風景１』
舞台上には椅子がいくつか、くっつけてある机が二つのみ。舞台上には夏生。
手には既に手鏡を一つ持っている。うっすらした明かりの中に他の二人。
加那、杏奈である。第一の心象。
夏生 気付いたら、あたし走ってた。なんだか取り返しの付かないことをしてしまったようで、後悔と焦りと、そして
絶望が胸の中を渦巻いてた。靴紐がほどけているんも、スカートからシャツが飛び出しているのも気付かんで。
杏奈 何があったん？
夏生 知らん。
加那 何したん？
夏生 分からへん。
杏奈 じゃ、何で逃げるの？
夏生 ちゃうねん。聞いて、あたし悪ないねん。でもずっと誰かがあたしを追いかけてくる。どんだけ必死で走っても、
机の下に隠れても、ずっと。
加那 誰？
杏奈 どんな奴？
夏生 走りながらこっそり振り返った。怖かったけど勇気出してやってみた。ぶれまくる視界の中で付いてくるその子。
確かにおってん。でも。
杏奈 でも？
夏生 肝心の顔だけ、はっきり見えへんねん。どんだけ目、こらしても、見ようとすればするほどぼやけて、にじんで。
加那 夏生、あんた泣いてる？
夏生 絶対怒ってる。あたし、知らんうちにあの子のこと何か傷つけてしもたんや。空気読まんでいちびっとったんや
。このままやったらあたし、あの子に追いつかれる。ひょっとしら殺されるかもしれへん。
杏奈 まさか。
夏生 でも分からんやん。ずっと追いかけてくるねんで。どうしよ。どうしよ。百万回のどうしよがぐちゃぐちゃに溶けて
流れていった後、あたまの中に一つだけやらなあかんことが残った。
杏奈 殺られる前にそいつを消すこと？
夏生 じゃなくて。
加那 親友に会うこと？
夏生 じゃなくて。
杏奈 自首すること？
夏生 でもなくて、…学校に行くこと。
杏奈 どんだけ生真面目なのか。
加那 それ以外にドキドキする心を押さえる方法が思い浮かばんくて。
夏生 あ、あたしもしかして、洋画のちょっとファンキーな不良少女みたい？
杏奈 とか思っちゃって、ピアスも空いてないのに。
夏生 慣れないことで、あたし、アドレナリン、ぎゅんぎゅんでした。
加那 ぎゅんぎゅん？
杏奈 でした、アドレナリン。
夏生 （突然正面に視線。逃げるように背を向ける）来た、ほら。
杏奈 どこ？
夏生 あかん、直接見たら。こうやって。
そう言うと夏生は背を向けたまま手鏡を通してあの子の様子をうかがう。同じように
真似する杏奈と加那。
杏奈 ふぅ〜ん。
加那 あの子…か。
夏生 うん。
三人はやがて見ようとすればするほど見えなくなるあの子を、鏡越しに目をこらして
みつめる。暗転。
『放課後のたまり場』
放課後の空き教室の一角。ここが三人のたまり場。使わなくなった机や看板などが
積み上げられ、ちょっとだけ息苦しい。でも三人にはかえって落ち着く空間だった。
夏生は消え去り、残るのは二人。それぞれ雑誌に目を落とす。杏奈はウォークマンから
曲をかけ、口ずさんでいる。
杏奈 （顔を上げ）加那さ、よく飽きひんな。（自分の耳を指さす）
加那 （自分の耳を指さす ヘッドフォンのサイン）飽きひんよ。
杏奈 楽しい。
加那 ま、そこそこ。
杏奈 変な子〜。
加那 ごめんね。
杏奈 でも、そういうとこが、いいねん。
加那 変な子〜。
杏奈 真似しんといて。加那。
加那 何ぃさ。
杏奈 今日、バレンタインやで。
加那 あ、そっか。
杏奈 昨日言ったやん。
加那 忘れてた。
杏奈 じゃ、友チョコも忘れたん。
加那 ごめんな。
杏奈 メールもしたのに。
加那 そういう杏奈は？ 友チョコ。
杏奈 へへ。無い。
加那 何それ。（紙袋を指す）
杏奈 友チョコ。クラスの友達には作ってんけど、どうせ加那はそんなん興味ないやろうし、今更友チョコ渡す関係
でもないかって。
加那 あたしらの友情もこれまでやな。
杏奈 バレンタイン自体を忘れる人に言われたないわ。
加那 へいへい。それじゃ仲直りしたんや。
杏奈 誰と。
加那 クラスの子。
杏奈 晴香…。
杏奈の動きが止まる。
杏奈 してへんわ。
加那 作ったんやろ？ 友チョコ。
杏奈 あいつの分はない。きっちり人数分。これがあたしの意思表明やねん。
加那 あの子の上靴、まだ履いてるくせに。
杏奈 これはな、口きいてないから返すチャンス無いだけ。
加那 だいたいなんでわざわざ靴交換するん。そこまでして仲良いですって見せびらかしたいん。
杏奈 知らん。みんなやってるもん。
加那 あげくケンカして靴だけそのままとか。アホらしいわ。
杏奈 分かってるわ、そんなん。
加那 どうだか。
杏奈 なぁなぁ、夏生は？
加那 今日はまだ見てへん。掃除かな。
杏奈 ちゃうねん、友チョコ。くれるかな。
加那 くれる…、かも。
杏奈 やばい。
加那 お返しないから？
杏奈 それもあるけど加那、覚えてないん？ 去年。
加那 何かあったっけ。
杏奈 あったあった。クッキー。
加那 あった。
杏奈 二人のために気合い入れて作ってん。手作りクッキー。チョコちゃうけどな。これが友チョコ代わり言うて。
加那 どんなんやったっけ。
杏奈 金の玉、５個ぐらいのってるやつ。なんで奇数なん？ 金玉。おまけに一口食べた時のあの感触。ぶにゅ〜
って。何度で焼いたん？って聞いたもんな。気合い入れるんやったらまずオーブンに気合い入れろよって。
加那 杏奈、よう覚えてるな。
杏奈 あれは忘れられん。
加那 あたしは忘れてた。
杏奈 冷たいなぁ、加那は。
加那 ごめん。
杏奈 あと、喋ってるときにそれ、やめて。
加那 ん。
加那は曲を止める。しばしの沈黙。二人、顔を見合わせる間。
加那 ヘッ。
二人 あほ〜。
呆れ笑い。お互い雑誌へ。そこに夏生が走ってくる。お弁当と教科書数冊、
それと手鏡を腕に抱えている。
加那 オウ。
杏奈 夏生ぃ、どないしたん。
夏生 走ってた。
加那 そら、そうや。
杏奈 なんで走ってたん。
夏生 なんもない。
加那 はっ？
夏生 なんも、ない。
杏奈 じゃ、なんでそんな無茶苦茶なことになってんの。靴紐。
夏生 ちゃうねん、急いどって。
加那 なんでそんな。
夏生 手鏡マンって知ってる？
杏奈 しらん。
夏生 噂やん。
杏奈 どんなん。
夏生 あんな、手鏡マンって言ってな。
加那 うん。
夏生 鬼退治するねん。
加那 どういうことよ。
夏生 手鏡をな、毎日大切に持って、平日に二回、土日祝日は三回、お願いごとしながらこの手鏡の前で髪の毛
クシでとくねん。ほんなら、お願いが叶うって話。
加那 知らんわ、それ。
夏生 ええ、大体知ってんのにな。
杏奈 そうなん。
夏生 うん。あ、手鏡やったら市販のもので、なんでもイケるから。
杏奈 ま、やらへんけどね。
夏生 え、杏奈ぁ。
杏奈 加那と一緒やったらやってもええで。
加那 とりあえず、荷物置きや。
持ってるものを床に。
杏奈 そこ汚なない？
夏生 おっと、そやった。これ。
夏生は荷物を下に。小さなタッパを開け、何かを二人に差し出す。
杏奈 チョコや。
加那 ありがと。やめたん？ クッキー。
夏生 ん？
加那 いやいや。
夏生 手作りやで。今年はホンマの友チョコ。
杏奈 ありがとぉぉぉ。あ、金玉。
加那 決まりなん、これは。
夏生 まだ余ってる。
杏奈 去年のか？
夏生 ちゃうよ。ま、食べてみて。
杏奈 う、うん。
二人は恐る恐るチョコを口に。か、固くて噛めない。
夏生 どう？
加那 プラスチック？
杏奈 いや、コンクリートかも。
夏生 うそん。
急いで自分もタッパからチョコを一つ取り出し、噛んでみる。固い。
夏生 なんで？
加那 ファットブルーム。
夏生 なんて？
加那 ファットブルーム。杏奈、ググってみて。
杏奈 なんて、ファット？
加那 ブルーム
夏生 味は？ 味は大丈夫やんな。
加那 ん？ う〜ん。
杏奈は携帯を取りだし検索…。出た。
杏奈 板チョコを溶かして固めただけではファットブルームという現象がテキメンに発生して、表面に脂肪分が浮いて
しまって、口当たりが脂っぽくなり、ガチガチに固い、プラスティックのようなまったく味のしない、チョコレートに
なってしまいます。
夏生 うそ。（続きを読む）テンパリングしていない手作りチョコって、正直、食べられたものじゃありません。激マズ
です。
間。
杏奈・加那 劇マズ。
夏生 ごめん、ごめんな、知らんかってん。
加那 ま、友チョコだけに、固い友情ってことで。
夏生 加那ぁ。
杏奈 去年は柔らかかったけどな。
夏生 杏奈ぁ。
杏奈・加那 お疲れ！
夏生 回収、回収します。
杏奈 いや、ええよ。歯形付いてるし。
夏生 大事に取っとくから。
夏生は奪い去るようにチョコをタッパに戻す。そして悲しそうにいじける。
加那 夏生、ありがとう。
夏生 何？
加那 いや、あたしら友チョコとか用意してへんかってん。でも夏生はちゃんと作ってきてくれた。
杏奈 ちゃんとでは無かったけどな。
夏生 ええよ。
杏奈 気持ち、伝わったから。な。
加那 伝わった。な。
二人 なぁ〜。
杏奈 あ。
夏生 仲ええな。相変わらず。
杏奈 ほーか？
夏生 ええやん、なぁ。
加那 あたしに聞かれても困っちゃう。
夏生 えー。にこいちみたいな顔して。
杏奈 さんこいち、やん？
夏生 うちも？
杏奈 もちのロン。
夏生 えー、あはは。
杏奈 誰が想像するやろ、うちら。
加那 まぁね。クラスじゃ、全く喋らんし。
夏生、床に置いた手鏡を拾い、抱く。
夏生 だって杏奈、クラスじゃ賑やかな子ばっかりとおるもん。騒いでる時とか近寄りがたい。
杏奈 大体が会わへんもん。クラスじゃ加那は大人しいし。
加那 そうやね。
杏奈 どこに本性隠してんのよ。
加那 フツーやん。
夏生 どこが。
杏奈 ほうかな？ 夏生は。
加那 夏生は、…普通。
杏奈 やな。
加那 な。
夏生 ええ、ほんまにい。
加那 嫌そうやな。
夏生 普通って、一番ツライところやん。
杏奈 いやいや、平和ってことやん。
夏生 そうかな。
加那 あたしも、そう思うで。
夏生 ほんなら、ええか。
加那 単純。
夏生 いいやん。あっ。それ、あたしも見たかった雑誌。
杏奈 さっき買ってん。
加那 一緒に見る？
夏生 うん。
加那 かわいいな、きゃりーちゃん。
夏生 え、そう？ 鼻やじるしやで。
杏奈 んな、仲理衣紗は。
夏生 あたし、苦手や。顔キツいもん。
杏奈 え〜。
加那 夏生、嫌いばっか。
杏奈 な。
夏生 でも、この子好きや。
杏奈 誰ぇ。
夏生 鈴木奈々。
加那 うわ、意外。
夏生 ほんまに。
加那 キャラじゃなくない？
夏生 可愛いやん。
杏奈 目が、ほんまに猫みたい。
夏生 そこが可愛い。性格も。
杏奈 性格、言うて。
夏生 テレビやブログでしか知らんけど。
加那 都会に行ったら、きっと会えるで。
夏生 いいなぁ。
杏奈 会いたい？
夏生 うん。だって芸能人やで。
杏奈 そこなん。
夏生 うん、うん。だってすごいやん有名人。
加那 あほ〜。
杏奈 あほあほ〜。
夏生 なにそれ。
杏奈 ええから、夏生もやっときて。
加那 あほ〜。
夏生 ええ。
加那 あほ〜。
杏奈 あほあほ〜。
夏生 あほ〜…。
あほ〜のポーズのまんま。
加那 うちも有名人、会いたい。
杏奈 加那まで。
加那 だってすごいやん。
夏生 すごいよなぁ。
加那 こんなん、別の子の前でやと言いづらい。
夏生 そやなあ。
加那 うん。
杏奈 加那さ。
加那 うん？
杏奈 なんであたしらの前でやと加那って呼ばんの。
加那 自分のこと。
夏生 あ、そやな。
加那 だって合してるだけやし。
夏生 そうなん。
加那 うん、合してるだけ。
夏生 そうなん。
加那 そっちの方が、取っ付きやすいカナ？と思って。
夏生 加那だけに。
加那 ん？
夏生 なんもない。
杏奈 なんや、加那も一緒やん。
加那 なにが？
杏奈 人のこと靴交換してアホみたいって言ったくせに、別のとこでは別の顔して誰かと都合良く付き合ってる。
加那 それは…。そうかも。なんでやろ。自分では意識してないのに。
夏生 普通がええよ。どこ行っても自分は自分のまま。でないとホンマの自分が見えなくなる。
杏奈 抜けたいな。
加那 今の子ら。
杏奈 うん。
夏生 なんで。
杏奈 なんかだるいやん。ウルサいだけで。
加那 言うねー。
自分の履いている靴に目を落とした杏奈。
杏奈 あ。あ〜あ。
夏生 なに、なに。
杏奈 いつまで靴、アイツのまんまなんよ。
加那 晴香ちゃんやっけ。
杏奈 そう。返さな。
夏生 どうやって。
杏奈 共通の友達使って。ちょっと行って来る。
加那 え、今？
杏奈 今。
加那 ついでに渡してくんの？
杏奈 義理で作った友チョコやし。
杏奈、紙袋を持って早々に立ち去る。
夏生 どうすんのやろ。
加那 アテ、あるんちゃう。
夏生 じゃなくて、荷物。
加那 戻って来るから置いてるんやって。
夏生 そうかな。
加那 なぁ。それ。
夏生 ん？
加那 そんなん持ってた？
夏生 いや。買ってん。
加那 そうなんや。かわい、見せて。
夏生 あ、あかんあかん。
加那 え？
夏生 これな、手鏡マンの手鏡やから。
加那 これか。
夏生 うん。
加那 あんた、夢見過ぎやで。
夏生 そんなバナナ。
加那 手鏡マン信じることが、バナナなことや。
夏生 おるねんで。
加那 だって、明らか女モンやん。
夏生 どうせ持つなら可愛いやつがいいもん。
加那 胡散臭ない？
夏生 お手頃やとは思う。
加那 祈るっていうのがまた、胡散臭いわ。
夏生 そんなことないわ。
加那 あるわ。
夏生 でも、神様出て来るで。
加那 やめてや。夏生、真理教か？
夏生 そんなんと違う。
加那 手鏡マンは、戦うんじゃないん。
夏生 その辺は、オールマイティなんちゃう。
加那 ごっつ適当。
夏生 加那さ。
加那 うん。
夏生 なんで目見て話してくれへんの。
加那 深い意味はないけど。
夏生 じゃ、目見てや。
加那 嫌や。
夏生 なんで。
加那 むずがゆい。
夏生 なにそれ。
加那 そういうこと。
夏生 分からんし。
加那 今、何時。
夏生 もう五時。はや。
加那 そっか。あたしそろそろ。
夏生 え、ほんまに。
加那 ごめん。
夏生 ええよ。杏奈もいつ戻って来るか分からんし。
加那 夏生はどうすんの。
夏生 あたしは、もうちょっと残ってみる。
加那 わかった。ごめんな。
夏生 うん。
加那 ほな。
加那は支度を済ませ、夏生と別れる。一人だけ教室に残される夏生。まだまだ重い
タッパを手に持ってみる。
夏生 なんか、なぁ。
『悪口』
そこへ突然の来客。晴香が入って来る。
晴香 やっぱここか。
夏生 あ…、杏奈はおらんで。
晴香 くさっ。ここ、なんか臭わん？
夏生 そうかな。
晴香 ホコリとか、カビとか。なんせ古いもんの臭い。
夏生 そういえば懐かしい感じ、してた。
晴香 モノは言い様やな。加那ってあんた？ それとも夏生って子の方？
夏生 夏生はさっき…、帰った。
晴香 じゃ加那ちゃんか。杏奈と仲いいやろ。
加那 なんで。
晴香 こっから杏奈が出て来るの見てんけど。
夏生 知らんやんか。
晴香 あたしが言うことちゃうねんけど、やめた方がええで、杏奈と仲良くすんの。
夏生 別に仲良くないって。
晴香 なんで隠すん。隠さなあかんことなん？ どんな友達なんよ。
夏生 普通やから。昔から知ってる、それだけ。
晴香 あいつさ、陰であんたの悪口言ってるん、知ってる？ 根暗とか、プライドだけ高いとか。散々。
夏生 あの子とは、そら、身の周りのモンが全くちゃうし。
晴香 でも、辛くない。腹立たへんの？
夏生 別に。そんなん気にしてないから。好きに言わせといたらええから。
晴香 夏生って子なんかもっと可哀想やで。おらへんから言えるけどな、キモイとか、オタクやとかババ臭いとか。
おまけに可哀想やからそこにおらしたってんねんとか笑いのネタにしとるねんで。聞いてて辛かったわ。
夏生 へぇ〜。あ、当たってるやん。
晴香 そうなん？
夏生 でもな、夏生は夏生でええとこあんねんで。優しいし、人の悪口なんか言わへん。
晴香 なのに可哀想やねんな。
夏生 ごめん。あたしもう帰る時間やねん。他何かあたしに用事ある？
晴香 ある。
夏生 意外やわ。何？
晴香 あんた、友達おるん。ほんまにこの子やったら信じられるって友達。
夏生 し、失礼やな。まだあんまり会ったこともないのに、いきなり友達おらんやろって決めつけるとか、何なん？
晴香 あ、ごめん。言い方悪かった。
夏生 どうせあたしはオタクでキモいです。
晴香 あれ？
夏生 おまけに根暗でプライド高いです。
晴香 やんな。
夏生 自覚してるねん。根暗にプライドかけてるから。
晴香 ちゃうねんちゃうねん。杏奈のことどう思ってるか聞きたかってん。杏奈、陰で悪口言ってるいうたけど、あんた
らだけちゃうかってん。
夏生 え？
晴香 あたしのこと、別な友達のとこで嘘つきやとか、イケズやとか好き勝手。
夏生 放っといたらええやん、そんなん。
晴香 あたしは辛かった。
夏生 それは…、可哀想やなぁ。
晴香 友達やと思ってたのにさぁ。最低やん。ムカついたからこっちも思いっきり悪口言いまくったった。
夏生 ほんで、喧嘩。
晴香 あたしは、したくなかってんけど。
夏生 色々あるな。
晴香 つらたん。
夏生 したらええやん。仲直り。
晴香 ゴメン言うて？
夏生 そう。
晴香 先始めたん、杏奈やで。
夏生 それでも。
晴香 気が向いたら、そうするわ。あたしにもプライドあるし。
夏生 そうしてみて。
晴香 加那ちゃん、ありがとう。根暗でプライド高いけど、いい子やん。
夏生 あたしにもケンカ売ってるわけ？
晴香 ちゃう。バイバイ。
夏生 バイバイ。
晴香が出て行く。じっとしていた夏生。机の上のタッパを部屋の隅に投げつける。
夏生 なんで、嘘、ついたん。加那やなんて、すぐバレる嘘。お陰で聞かんでええことまで聞いてもうた気分。あたし、
ネタなん？ さんこいちちゃうかったん。確かに杏奈、その場のノリでいろんなこと言うけど。あんまりやん。
全身がぱって熱くなった。杏奈のこと、今でも好きやから、友達やと思ってるから、余計に泣きたくなった。
『手鏡マン』
夏生 （手鏡を見て）手鏡マン、手鏡マン。出て来てください。
夏生が手鏡を撫でるが、反応は無い。
夏生 やっぱり。手鏡マンなんておらんのかも。バナナなことなんかも。
♪手鏡マン 手鏡マン きらりと光る 手鏡で
悩めるすべてを 救います
やりましょう やりましょう わたしが言うなれ 手鏡マン
すてきな魔法を みせましょう
鬼の登場。セクシーでいて、軽快。
鬼達 ♪お嬢さん お嬢さん あなたの願いは なんですか
見せてあげます その願い
すてきな魔法を そりゃ進め
夏生 え！
赤鬼 砂漠に漂う夢のように。
青鬼 夜長に運ぶ奇跡のように。
鬼達 すてきな魔法をみせましょう。
夏生 ええ〜！
赤鬼 困ってるみたいやね。
青鬼 みたいやね。
夏生 困って、は、ないけど。
赤鬼 嘘はあかんで。
青鬼 あかんで。
夏生 なんで知ってんの？
青鬼 なんで知ってるの？ なんで知ってるのって聞かれればぁ。
赤鬼 ワシらは何でも知ってるの。君、その手鏡に毎日祈ってたやろ。
青鬼 やろ〜？
夏生 そっちか。
赤鬼 え？
夏生 うん。祈ってた。
赤鬼 その願いが、キュピピーン。届いたんや。
青鬼 ヤッター。
夏生 え、もしかして、手鏡マン。
赤鬼 ああ。
夏生 嘘みたい、ありがとう、神様。
赤鬼 届いた、言うても。
夏生 なに。
赤鬼 微量なモンや。君の願いの。
夏生 え。
赤鬼 ま、全貌は分からんてこと。
夏生 そうなんや。
青鬼 落ち込まないで、ア、リトル・ガール。
夏生 あ、ありがと。
赤鬼 でもな、わしらは君に興味がある。
夏生 ほんま。
赤鬼 だからな、これから君を見守ったる。んで。
夏生 うん。
赤鬼 君の願いがはっきり判明した瞬間に。
夏生 うん。
赤鬼 バーン、と。
夏生 と？
赤鬼 叶えたるわ。
青鬼 たるわ。
夏生 うわあ、ありがとう。
赤鬼 造作もないわ。
青鬼 ないわ。
赤鬼 おっと、そや。君の名前教えてくれ。
夏生 夏生、夏生やで。
赤鬼 なつきか。
夏生 うん。手鏡マンの名前は。
赤鬼 わしらに名前なんてない。
青鬼 ハヴント・ネイム！
夏生 じゃ、なんて呼んだらいいん。
赤鬼 今まで通り、手鏡マン。
青鬼 二号。
夏生 わかった。
赤鬼 なつき。
夏生 何？
赤鬼 神様なんて、おらん。
夏生 え…。
赤鬼 そんなもんは、信じたらあかん。
青鬼 奇跡が起きなくなってしまう。
夏生 どういうこと？
赤鬼 今日はもう、帰り。
夏生 なんで。
赤鬼 逢う魔時は、もうとっくに過ぎとる。
青鬼 手鏡マンの営業時間外って事ですわ。
夏生 そうなんや、ごめんなさい。
赤鬼 ええねんで。
夏生 でも、友達待ってるから。
赤鬼 友達？
青鬼 キツそうな顔の子。
夏生 知ってんの、杏奈のこと。
青鬼 知ってるとも。あの子なら、もう帰ったで。
夏生 嘘。
青鬼 さっき一緒におった子と。
夏生 加那と。
青鬼 うん。
夏生 …あたし、もう帰る。
赤鬼 そうし。
夏生 手鏡マン。
赤鬼 なんや。
夏生 また会える？
赤鬼 勿論。ただ、いっつもこっつもは、無理やで。
青鬼 アナタの魂が強く光る時。
赤鬼 そん時にまた、会おうや。
夏生 難しいこと、わからへん。
赤鬼 気まぐれに、出て来るでってこと。
夏生 そうなんや。
赤鬼 おう。
夏生 じゃ、帰る。ありがとう、手鏡マン。
夏生は、荷物を持ち、立ち去る。
赤鬼 間違ってない、みたいやな。
青鬼 ですね。気強そうな子と、一緒におった子。
赤鬼 あれが夏生の、問題。
青鬼 久々に、楽しいですね。
赤鬼 こっからがエエところや。行くで。
青鬼 どこへ、ですか。
赤鬼 見守る、言うてるやろ。
青鬼 あ！
赤鬼 行くで。
青鬼 アイアイ・サー。
颯爽と去っていく鬼達。ブル転。
『友チョコ誤配』
明りが戻ると、場所は廊下。杏奈がいる。そこへ登場するアホっぽくて
校則違反の塊みたいなめぐ美。
杏奈 めぐ美。
めぐ美 よ。
杏奈 何してたん？
めぐ美 反省文。Ｂキャンセルで来てんけど。
杏奈 またかいな。
めぐ美 学校終わったからオケボでアがろ〜言うとったら廊下で多賀子に捕まってん。
杏奈 最悪ぅ。
めぐ美 まじチンやで。化粧取れ、シャツ入れろ、ボタン留めろ、反省文下までびっしり書け、以上。お決まりや。
杏奈 ほんでえなりってるわけ？
めぐ美 よれるわぁ〜。まるでぱギャル。帰って寝よ。
杏奈 ほなこれで元気出し。友チョコ。
杏奈はめぐ美に小さな袋を手渡す。
めぐ美 お〜めぐに？ ちょりっす。開けんで。
杏奈 いいよ。
開けると中には可愛いチョコ。結構凝ってる。キャーキャー言い出すめぐ美。
ついでに杏奈もキャーキャー言うてる。
めぐ美 超デコってるやん。まじリスペクト。
杏奈 みんなのもあんねん。
めぐ美 渡しといたろか？
杏奈 マジで？
めぐ美 マジで。オケボ行ってるはずやから。杏奈も来る系？
杏奈 ごめん、今日無理やねん。じゃ頼んでええ？
めぐ美 もーまんたい。
杏奈 ついでにこれ、あいつに返しといて。
めぐ美 出たぁ。
杏奈 なにいさ。
めぐ美 晴香の靴やろ。いい加減、仲直りしーや。
杏奈 友達ちゃうし。
めぐ美 もう。
杏奈 いいから、渡しといて。
めぐ美 しゃあなしやで。
杏奈 ありがと。
めぐ美 晴香も気にしとったで。（変な顔して）うち、どうしても杏奈の前では素直になられへんねん。バロス。
杏奈 なんじゃそら。そんなら謝りに来たらええやん。
めぐ美 晴香も杏奈と一緒。
杏奈 どういうこと。
めぐ美 意地張ってんねん。
杏奈 終わった話や。まじちん。
めぐ美 無いわ。
杏奈 じゃ。みんなに渡しといて。
めぐ美 おっけ。
杏奈 頼んだ。めぐ美のも含んでるから。
めぐ美 はいはい。
晴香 めぐ美。あ。
話しているところに晴香がやってくる。目が合う二人は気まずい。
杏奈 ほな、あたし行くわ。
めぐ美 もうちょっと喋ろうや。なぁ〜。
杏奈 なんでやねん。
めぐ美 （二人の顔を見比べ）やんね。
杏奈 ほなら。
めぐ美 ん。ばいばい。
杏奈 うん。
晴香の横を、何事もないように通り過ぎる。間。
めぐ美 晴香。
晴香 あ、ああ。
めぐ美 どうしたん。
晴香 いや、めぐ美がおったから、呼んだだけやねん。杏奈と一緒とは思わんかって。
めぐ美 びっくりしたわ。
晴香 めっちゃ、ＫＹやったな。
めぐ美 まあ。
晴香 ごめん。
めぐ美 あんたが謝るべきなのはめぐ美やない。はい。これと、これ。
晴香に靴と一緒にチョコを渡してしまう。
晴香 これ…。
めぐ美 杏奈が渡しといてって。
晴香 杏奈が。
めぐ美 ほんま、強情やんな。ま、それは晴香も。
晴香 あたし、ちょっと、杏奈のとこ行って来る。
めぐ美 え、晴香。カラオケは？
行ってしまう晴香を見送るめぐ美。
めぐ美 いってらっしゃい。
笑顔で手を振る。
めぐ美 （袋のぞいて）めぐ美と美加と、ゆいゆいと晴香…。あれ？ 一個足らん。むちゃぶりやわ。めぐ美ＡＹ
やのにぃ あたま、よわい。きゃー！
逆の方向へ帰っていく。
『智史の訪問』
場面は再び元の教室。窓から差し込む夕日がキレイ。そこへ加那が戻ってきた。
部屋に入ると真っ先に人の気配を確認。
加那 夏生。杏奈？
誰もいない。ゆっくりと部屋の中央に進む加那。杏奈の荷物だけ確認。
加那 杏奈はまだおるんや。やっぱ待っといたろかな。
窓際へ。そこで加那はウォークマンを耳に。目をつぶると曲が聞こえ始める。
小さく？ いや、何かを吹っ切るように大きく歌い始める加那。部屋の隅に智史が
現れ聞いている。加那は、気付いてない。こうしてワンコーラス終了。
智史 いえ〜いい。（拍手）
加那 ひゃぁ。
加那は突然聞こえた拍手にびっくりして振り返る。
智史 加那ちゃん。歌、上手なったなぁ。
加那 いつから。
智史 さっき。
加那 ストーカーやん。
智史 失礼やなぁ。
加那 聞いてたやろ。
智史 うん。
加那 最低やで。
智史 だって、好きやし。
加那 エッ？（照れる）
智史 歌が、な。
加那 ああ。
智史 それも加那ちゃんの。
加那 やっぱ口説いてるやろ。
智史 バレた？ 返事はいらんけど。
加那 久し振りやんな。
智史 こうやって喋るの？
加那 うん。
智史 そうやね。
加那 あたし、変わった？
智史 うん。
加那 分かるん？ そんなん。
智史 歌、上手なった。
加那 そういうことじゃないねんな。他には？
智史 え、他？ 他はいっしょかな。懐かしい感じ。
加那 なんや。
智史 あれ？ 変わったって言って欲しかったん？
加那 そう、いうわけでもない。
智史 なにそれ。
加那 変わったって言われたらドキッとするし、変わってないって言われたら、つまらん。
智史 微妙な乙女心分からんし。
加那 智史に分かってもらえると思ってないし。
智史 なんじゃそら。
加那 ほんま、なんじゃそらやわ。
振り返ると再び夕日。どんどん沈んでいく。
つづく…
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