創作脚本の部屋へ 作：五ノ井幹也
【キャスト】
演出 千秋（２年）
副部長 愛（２年） 北川Ｍ
照明 ミツルさん（２年）
音響 志乃（１年）
美術 優雅（１年）
舞監 智美（１年） 松阪
台本 奈月（１年）
小雪（１年） 畑野
淑子はん（１年） 平田点々
小道具 静香（３年）
貴史（２年） 飯島
『大会二日前』
演劇部部室。出来上がった大道具、小道具を詰め込んだ段ボール箱等が部室を普段より
狭く見せている。入り口には神棚。信心深いクラブなのだろう。平台で組まれた舞台装置が
むき出しのまま置かれている。先輩たちにはちょっと懐かしい野球部のバッティング練習用
ティーが置いてあったりする。秋のコンクール二日前の放課後、事件はすでに静かに進行し
ていた。
１１月１１日（金）午後三時半。授業を終えた演劇部員たちが次々と集まってくるはずである。
入り口の鍵の音。一番乗りは舞監の智美。制服の腰にはがち袋が下がっている。神棚に手を
合わせ、近くにぶら下がっている日めくりをめくる。大会まであと二日の文字。
智美 おはよぉございます。（誰もいないのは知っているけれど。ふと見ると平台に脱ぎっぱなし抜け殻のような
ジャージと上履きを見つける。）臭っ！ あぁ〜もう。貴史先輩〜、脱ぎっぱなしで置いとかないで下さいよ。
智美は真っ先にジャージと上履きを部屋のすみに排除。次にふと気配を感じて段ボール箱
に話しかける。
智美 千秋先輩、授業終わりましたよ。練習です。
段ボール箱がボカンとふただけ開き、手が出てくる。優雅に手を振っている。
智美 やっぱ居たんだ。授業ちゃんと出てくださいね。
千秋 出たよ。午前中。（段ボールからはい出してくる。寝起き顔）
智美 ４時間とも？
千秋 ３…，２時間ほど。
智美 ほら。そんなんだから大会の公欠もらうとき後輩がつらい思いするんですよ。村パパに「お前のとこの
クラブは非公認欠席が多すぎるんじゃ」とかなんとか。高校生は勉強が本職なんですから。
千秋 お前は親か？担任か？。
智美 それにこんな狭い部室ですけど、取り上げられたら泣くに泣けないんですからね。
千秋 そんな話になってる？
智美 まだなってないですけど、ならない保証はどこにもない！
千秋 せやね。うちら立場弱いから。何かというと目の敵にされるんだ。
智美 目の敵っていうか、やることやって来た実績がありますから。校内から何かなくなる度に坂本先生必ず
教頭先生に問いつめられるって。脚立が見あたらないんだけど知らんかとか、中央階段の掃除用ロッカー
知らんかとか。
千秋 まあそれが、演劇部の顧問になった宿命？「演劇に犯罪は付き物」って言うじゃない。
智美 そんなこと言ってるのウチのクラブだけですよ。
千秋 そう？ だって去年のコンクールとか雲雀丘がさ、学校の机ばんばん壊してたやん。あんなの絶対黙って
借りてるヤツやって。
智美 嘘ん！
千秋 嘘ちゃうって。それにさ、近畿大会の時の大阪の学校見た？ 舞台一面竹林。竹２００本ぐらい使ってた
やん。篠山の学校やったら分かるけど大阪の梅田にあの竹はありえへん。あの子ら能勢とかの山奥まで
トラックで竹取りに行ってるって。
智美 そこまでくると組織犯罪ですね。
千秋 ね？ 演劇に犯罪は… 智美 付き物。
そこへ登場は静香。大きな荷物を抱えている。
静香 おはようございま〜す。
智美 お早うございます。
千秋 あ、静香先輩。おはようございます。
静香 ちょうど良さそうなのが落ちてたからゲットしてきちゃった。使える、これ。
見るとほんまもんの消火器。カバンからにゅっと登場する。
静香 消火器。
千秋 さすが小道具マイスター。使えますっていうかばっちり。
智美 あの〜。どこから？
静香 あ、これね、廊下のだとバレると思って、体育館のトレーニングルームから。もちろん返すよ。明々後日
（しあさって）には。
千秋 鍵とかかかってません？ あそこ。
静香ポケットからトレーニングルームの鍵を取り出す。キラ〜ン。
静香 これは今から返すよ。
智美 聞いてない聞いてない。
千秋 付き物がまた一つ。
その時校内放送のチャイムが。
坂本 生徒の呼び出しをします。演劇部、中村。校内にいるのは分かっているので至急、職員室、顧問まで来て
ください。以上。
放送終了。中村って千秋のことみたいですよ。
千秋 うち？
静香 ちゃらっちゃ〜ちゃらっちゃ〜。軽くヤバい？
智美 何のことでしょうね。坂本先生、なんか悲しい声でしたよ。
千秋 それはいつもやって。
静香 だけどいつもとちょっと違う気も。
智美 何の話でしょう。消火器？エスケープ？ あ、「校内にいるのは分かってるので」なんて普通言いません
よね。
千秋 そりゃ公演二日前にウチが部活休むってあり得ないから。
智美 他、なんか有るんですか？
千秋 ま、有るっちゃ有るし、無いっちゃ無い。
静香 あそこ、バレないと思ったのになぁ。これ、いっぺん戻しとこっか？
千秋 （無音の笑）ま、その時はその時で。とにかく行って来ます。あ、トモ（トモは智美の呼び名）。みんな来たら
発声柔軟短縮バージョンで始めといて。今日は直しの小返しと後半最終通しの予定だから。
智美 はい。公演まであと４５時間ってとこですからね。
千秋 うん。グランドの場面、まだしっくり来ないんだ。
智美 すいません。
千秋 いやいや、貴史と智が咬み合ってないっていうか、あのバカいまだに本気でやってないっていうか。ま、
今日解決しよ。
智美 はい。
千秋 あ、それからうちにもしものことがあったら、後は頼む。
智美 はい。って後は頼むってどうしたらいいんですか？
静香 幕が上がれば演出は用無しなんだから。
千秋 そうそう。 智美 だってまだ解決できてないシーンいっぱい残ってますよ。
千秋 嘘ウソ。詰め込み準備先にやっといてって意味。
智美 あ、そういうことなら…。
千秋 んじゃ！行って来まぃす。（だるそうに部室を後にする）
静香 いってらっしゃ〜い。
千秋そういうと部室を出て行く。残された二人は千秋を見送ったあと目を見合わせて神棚に祈る。
パンパン。
智美 先輩。
静香 ん？
智美 なに祈ったんですか？
静香 （にぃ〜）秘密。うちも鍵返してくる。
というと静香も部室を後にする。残されることになった智美。
智美 聞くんじゃなかった。
『部員たちの日常』
そこへわさわさと部員たち登場。空段ボール箱を持っているもの、すでにジャージなもの、
クリームパンをかじりながら登場するものetc。食べたいからではなく自分の役柄と状況を
考えてクリームパンの係になって下さい。
愛 おはよぉ〜ござま〜す。
智美 お早うございます。
ミツル おはよう。
小雪 トモちゃん、これもらってきたけど。
智美 サンキュー。あっちかためといて。
奈月 おえ〜。
愛 奈月だいじょぶ？
奈月 （涙目でうなずく）…。
淑子 よしよし。（バケツを差し出す）
小雪 トモちゃんここ？
奈月 おえ〜。
小雪 上？（何かに登ろうとする）
ミツル だれや、こんなん調光席に置くヤツは。（貴史のジャージを蹴飛ばす）パン不味なるわ。
智美 すいません、そんなつもりじゃ無かったんですけど。
ミツル え〜、トモ？ なんの嫌がらせかなぁ。
智美 違いますって。
奈月 （目の前に飛んできたジャージの異臭を嗅ぎ）おえ〜。
淑子 はいはい、あっちやっとこな。（ジャージ再排除）
志乃 （自分の前に飛んできたジャージを気にする）
優雅 この子中学の時からいっつも。緊張してきたらおえ〜ってなるんです。
愛 そうなん？
奈月 だいじょぶ、大丈夫ですから。
優雅 それに奈月今度のコンクール作者やろ。役者ちゃうやん。なんで緊張するん。
愛 ほんまや。
奈月 いや、舞台立つとか立たへんとかやないんです。公演が迫って来たと思うだけで。
淑子 よしよし。
優雅 本番まで後二日。
間
奈月 …おえ〜。
小雪 え〜、もっと上？
智美 もう、優雅やめたりいや。
優雅 だって。
淑子 よしよし。
愛 でも、おもろいな。って（小雪に気付く）何してんの小雪ちゃん。
小雪 え？ 何ですか？
智美 ホンマや段ボールそんなとこ置いて。
小雪 だって、上、上って奈月ちゃんが。
奈月 知らん知らん。
愛 出た、小雪ちゃんビーム。
小雪 え？ 私？ ビ〜〜〜〜ム。って。
智美 ゴメンゴメン。段ボールな、ここでええねん。頂戴。
小雪 （不満そうに段ボールを智美に渡す）
奈月 な、な、この場合やっぱ悪いのはうち？
淑子 よしよし。
小雪 もういや、いっつもうち何かやらかしてしまうから。
愛 まあまあ、それが小雪ちゃんの魅力ということで。
小雪 今日はばっちし頑張ろうと思ったのに。
智美 うん、頑張ってた。大丈夫やから。ね。
クリームパンを食べきった女、おもむろに。
ミツル あのさ、ちょっと言っていい？ みんな公演二日前って自覚有るん？
智美 あ、あります。
ミツル いま何時なん？ さっと集まって基礎練してやることやって始めて自覚有るってことやろ。小雪ちゃん、
頑張るんやったらさっさと着替えておいで。
小雪 はい。
ミツル 他の１年生も。
奈月他 はい！
奈月、淑子、小雪は大急ぎで着替えに部室を出る。優雅はその辺に落ち度はない。
ミツル 愛も副部長やったら一緒になってゲラゲラ笑ってる場合や無いで。
愛 はぁいって、お前もスタッフやからって着替えもせんとクリームパン食ってるやんけ。
ミツル これは、昼休みに照明台本仕上げとったから半分しか食べられないの、可哀想ね、ミツル君って状態
やったから食べてるんです。書けるか？自分、照明台本。
愛 う、無理。
ミツル 見てみ、志乃なんか音出しの用意して台本広げて座っとるで。
志乃 （笑顔でいえいえのご謙遜）
ミツル 隣に貴史まで座らせてるやん。
見ると音響席の横のイスに貴史のジャージがそれっぽいかっこで座っている。
優雅 あの足組んでるところがそれっぽいですね。
志乃 ちょっと工夫してみました。
優雅 志乃ちゃん、ナイス。
志乃 （笑顔でいえいえのご謙遜）
愛 よし、うちもがんばろ。千秋は？
智美 さっき坂本先生に呼ばれて職員室です。基礎練短縮バージョンで始めといてってことでした。
愛 おっけ〜。後まだ来てないんは？
智美 貴史先輩です。連絡はもらってません。
ミツル また遅刻か。ええ加減にして欲しいなぁ、公演前に。
優雅 でもこれ有るからいる雰囲気だけはできてますけど。
愛 まあ、そのうち来るって。あの子も公演二日前ってことぐらい分かってるよ。二年やねんから。
ミツル それやったらええねんケド。去年のコンクールかて８時１０分前集合って言われて８時９分に来る奴やから。
智美 遅刻ですやん。
ミツル ８時１０分の前やと思ってたんやて。
優雅 意味わかんねぇ〜って感じですよね。
智美 あ、そろそろ基礎練開始時間です。愛先輩。
愛 え〜、まだ着替え戻ってないけど、やっちゃう？やっちゃうん？
ミツル 当然。志乃ちゃんスタンバイＯＫ？
志乃 （きりっとしまって）オッケーです。
愛 じゃ、カウントダウン！スタートォ
志乃がＭＤをスタートする。カウントダウンするＢＧＭに続き基礎練ミュージックが流れ始める。
ダッシュで着替えて突入してくる１年生を交え基礎練習が始まる。これ、パクっちゃおうかなって
思うようなヤツお願いね。ついでに音響・照明までウォーミングアップできたりする基礎練が一段
落し、美しいポーズが決まる（１分１４秒）。そこへ千秋戻ってくる。皆ポーズのまま挨拶。
皆 お早うございます！
千秋 …。
智美 今短縮バージョン終わったとこです。貴史先輩以外みんなそろってます。先輩出てないところの直し先に
やっちゃいますか？
千秋はそれに応えない。すごい形相。つかつかと志乃の方へ歩み寄る。あまりの迫力に志乃、
音響席から立ち上がる。ただし、千秋の向かったのは志乃へではなく隣に座った貴史人形へだっ
た。千秋はうなり声を上げるとジャージにつかみかかる。高く持ち上げたかと思うと地面にたたき
つけ、踏む、蹴る飛びかかる。初めはあっけにとられていた部員たちもやがて自分を取り戻し千秋
を止めに入る。ライオンに襲われたインパラの子供ようなジャージと肩で息する千秋。みんな目を
見合わせる。
愛 ち、遅刻？
千秋 （首を振る）
愛 じゃ、何なん？ なんでそんなに怒ってるん？
ミツル なんかあったんか？
間
千秋 あのアホ、公演二日前に謹慎やって…。
全員 でぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜！！！
ミツル 何やらかしたんや、あいつ。タバコ？万引き？
千秋 （首振る）ちょっとコンビニまでいうて近所のバイク勝手に乗っとるとこポリさんに見つかったんやて。
ミツル バイクかぁ〜。
優雅 １０日はかたいですね、謹慎。
智美 え、え、大会はどうなるんですか、大会は。
奈月 ちょっと待ってくださいよ。明後日本番じゃないですか。貴史先輩の役、たった一人の男子向けに書いたん
ですよ。
小雪 先輩、ほら、公欠ってあるじゃないですか。謹慎とかにも公欠って…。
みんな あるかい！
小雪 …ですよね。
愛 千秋、どうするんよ、大会。
千秋 そんなん、うちに言われても。
間
千秋 坂本先生が言うてた。明徳義塾で行くか、駒大苫小牧で行くか。ま、どっちにせよ代役か脚本の変更は必要
やろなぁって。
奈月 脚本の変更って。２日前ですよ！
智美 そうですよ。代役にしても他男子、居ないんですから！
千秋 せめて一週間あったらなぁ。
優雅 いえ、１０日はかたいです。
ミツル あ〜あ、最後のコンクールやから必死こいでやってたのに。県大会どころか地区大会に出ることすらでけ
へんとは。
愛 み、ミツル！ そんなあきらめたみたいな事言うな！
ミツル なんで、どう考えても無理やん。代役おらん、大会２日前、おまけに明徳義塾やったら出場辞退やで！
愛 トマ大コマ小牧かも知れへんやろ。
ミツル は？
愛 トマ大コマ小牧。出てからゴメンナサイって言う方。
ミツル それも言うなら駒大苫小牧じゃ！ なんやそれ、トマ大って。トマト大学か？
愛 いや、嫌々嫌々絶対イヤ！ うちらの最後のコンクールやねんで、県大行って近畿行って行けるとこまでいっ
てみんなで一緒にお泊まりしようって。
千秋 去年は地区大止まりやったけどな。
愛 …地区大までの道がこんなに遠いと思ったことはなかったわ。
ミツル いつもやったらチャリですっと行けんのにな。
がっくしもうダメかという空気が部室を支配する。ふと聞き覚えのある曲Ｆ．Ｉ． 尾崎豊だ。
みんなが志乃の方を見る。志乃うつむきがちにフェーダーを上げる。『十五の夜』暗転。
『緊急ミーティング』
明かりがつくと部内では緊急ミーティングが開かれている。インパラの子供のようなジャージは
さっきの位置に放置されたまま。移動用黒板に刑事ドラマの捜査本部のような書き込み。
「公演二日前出演者謹慎対策本部」という文字。こいつら本気かふざけてるのかよく分からん。
見ると写真まで貼り付けてあったりする。千秋、奈月、淑子はん、志乃は坂本先生の所に直談判
に遠征中。つまり愛、ミツル、智美、優雅、小雪が黒板前に集合中。
愛 嫌々嫌々絶対イヤ。そんなん書かんでええやん。
ミツル なんで、今んとこ可能性としてはあるわけやろ？
智美 そりゃそうですけど、愛先輩の中にはないと思います。
小雪 縁起悪いし。
優雅 そうね、言葉や文字になると一段現実に近づいた感じがしますもんね。
愛 だから書くな。
ミツル 分かったわ。（○○すると書く）これやったらええやろ？
愛 ん。まだ、マシ。
ミツル 可能性としてはこの三つやと思うねん。貴史の出てるシーンみんなカットする。代役を立てる。○○する。
小雪 ？
ミツル 小雪ちゃん、どないしたん？
小雪 ○が三つであと送りがなが「める」じゃなかったんですか？
愛 める？ めり、めり、める、めれ？
小雪 え、分かりません？ うちのは（耳打ち）めるです。
愛 あ〜あ〜、あそこに書いてあんのは（耳打ち）する。
小雪 なぁ〜んや。分かりました。
ミツル そこの天然、二人だけでこそこそ話すんな。だからいややねん、この書き方。棄権するもあきらめるも
一緒や。
愛・小 ヴぁ〜！（耳ふさぐ）
優雅 現実逃避って見苦しい。
ミツル ほんまやなぁ。
智美 他、可能性あるんちゃいます？
ミツル 校長先生とか、指導部長の特別な計らいで上演の時だけ貴史の謹慎を一時的に解いてもらう。超法規的
措置ってヤツ。
智美 それ、出来たらいいのになぁ。書いときましょ。
ミツル もう書いてある。
智美 どこ？
見ると黒板右下に異様に小さく「一時解除」と書いてある。
智美 ちっこ！
優雅 それだけ可能性も小さいってこと。
ミツル 今千秋とか奈月とかが村パパのとこ、交渉に行ってる。
愛 うちも行きたかったのに。
ミツル あんたなんか行ったら交渉にならへんやん。嫌々とか言うて泣いてむくれて帰ってくるのがオチや。
愛 そりゃ、そうかも知れへんけど？ でも演劇部ならではの事情も分かって欲しいやん。
智美 そうですよね。運動部とかやったらピンチヒッターとか補欠とかありますもんね。演劇にはそれが無い。
優雅 演劇部の掟その八、『死ぬな休むな怪我するな 役者に代打なし』か。公演前に風邪ひいた人いましたよ
ね。
小雪 …ごめんなさい。
優雅 怪我するなの後に「捕まるな」って入れましょね。
小雪 それは大丈夫。
智美 一人でもいなくなったらお芝居全体がダメになるなんて、はかないなぁ。
愛 ダメ言うな。まだそうと決まったわけやない。
智美 私、前に千秋先輩に聞いたことあるんです。先輩、授業平気でさぼるくせにクラブには来はりますね。なんで
ですかって。
優雅 あんた聞きにくいことを良くも真顔で。
智美 なんで？
ミツル 千秋なんて？
智美 はい。私一人おらんでもみんな普通の顔して授業受けてるやろ？ 先生かって同じ。でもクラブはそうやな
いって。一人おらんかったら稽古できへんようになったり、みんなの元気が出んかったりするって。だか
らクラブは休まへんのですって。
愛 千秋らしい。理屈こねちゃん。
智美 貴史先輩も昨日の夜、ちょっとでもうちらのこと思い出してくれたら、こんなことにならへんかったのに。
小雪 ショック。うちら忘れられてたん？ ミツル …ムカついてきた。あいつ絶対帰ってきたらシバく。
愛 うちも行く。
優雅 ここ、書いときますね。行く人。（愛・ミツルと書く）
智美 まあまあ、それは後のお楽しみと言うことで。じゃ、選択肢は４つですね。順番に行きます。一つ目、全部
カット。
優雅 それは無理ちがう？ だって貴史先輩の出てくるシーンって一番の見せ場やん。部活に行き詰まった松阪
（智美指さし）が一生懸命クラブに打ち込む飯島を見て悪いのは自分やって気付くとこやから。千秋先輩この
シーンは泣けるはずって言ってた。
ミツル 別の意味で泣けるわ。
智美 今日一番に直ししたいシーンやってん。「悪いのは自分や」ってセリフには書いてあるし、自分でもそう思おう
としてるんやけど、昨日の通しでまだピンと来てないっていうか、千秋先輩も納得してくれんかったって言うか。
小雪 でもかなり変わってた。
智美 ちゃうねん、まだ。
ミツル そのシーンを全部カットするとなると、松阪が自分一人で気付かなアカンようになるわけやんな。夕日の
シーン全部カットになってまうし。
優雅 うちも出てますけど。
智美 優雅は淑子はん出てきたときにはけてまうやん。
優雅 だから、もう一回出てきて、智美に気付かせてあげるとか。セリフ増えすぎるのも困るけど。
愛 うちのセリフをちょっと変えるっていうのは？ 貴史は初めっからランニングに行ってることにして、飯島のセリ
フをウチが見た話とかに変えるねん。
小雪 それ、いいんちゃいます？
愛 やろ？ 何とかなるかも。
智美 ウチは違うと思います。セリフでなんぼ言っても表面だけしか伝わらへんって言うか。やっぱり動作とか、
存在感とかみんなミックスして始めて嘘っぽくなくなるような気が。
愛 確かに女ばっかりの所に貴史出てきてバットブンブン振っとったら野球部っぽく見えるわな。
智美 そうなんですよ。真面目にやってくれないときも多いけど、貴史先輩存在感だけはすごいですから。今更
居なくなったからカットってしてもぼこっと空いた穴が大きすぎます。
優雅 なんかトモちゃん、千秋先輩がもう一人いるみたいやね。
小雪 ほんまや。
智美 え？ そんなことないって。受け売り？
愛 じゃね、全部カットはイマイチってことで、３番目は論外ってことになると、２番目？
智美 ん〜。
優雅 おらんでしょ。
小雪 ありえない。
ミツル ウチもそう思う。だいたい男役出来そうな子ってこのクラブおらんやん。
智美 役ついてないのは奈月ちゃんと千秋先輩、スタッフですけど志乃ちゃんにミツル先輩。あとは、静香先輩。
優雅 静香先輩は引退してはるでしょ。
智美 そうやけど一応。
愛 一番出来そうなんがミツル。
ミツル はぁ？ ウチは照明。
愛 でも心は男やろ？
ミツル ちゃうわ。
小雪 千秋先輩も男前ですけど。
愛 あかんあかん。千秋は死んでも舞台に立たへんで。
優雅 何でですか？ 愛 新入部員の時からやねん。入ってきたときから演出部でな、入部条件も役者ではなく
演出希望で、やったから。去年のコンクールの時にな、幕前で。
ミツル あ、あったあった。
智美 どないしたんでしか？
愛 上演後出演者全員と演出と幕前に立って質問とかされんねやんか。千秋めっちゃ舞い上がって裏声なって
鼻血出してん。
１年 え〜！
ミツル 退場〜って感じやったな。
愛 あれ以来だれも千秋に役者しいって言わへん。ま、演出としてはいい線行ってるのもあるし。
優雅 人は見かけによらへんねやね。
小雪 ビックリした。
愛 今の話、秘密な。後は志乃ちゃん、普段でも無口やなぁ。奈月ちゃんは？
ミツル 有り得んやろ。舞台にバケツ持って出る？
愛 あ〜。（ローテンション相づち１）
小雪 あ、いいこと思いつきました！ こんなんどうです？ 奈月ちゃんの上に肩車で志乃ちゃん載せて飯島。
身長だけは貴史先輩ぐらいになります。
全員 あ〜。（ローテンション相づち２）
小雪 バケツは衣装のお腹の所に…。
ミツル 無理！
そこへ直訴組が帰ってくる。一応に元気がない。そりゃそうでしょう。千秋など怒る元気も
なくなって貴史のジャージを見てもライオンに変身できない。でも何かしないとイヤなので
やる気無く踏んでいく。奈月と淑子はんまで踏んでいく。唯一志乃ちゃんだけはジャージを
拾い上げようと手を伸ばすが…。考え直して踏んでいく。
ミツル その様子じゃこれ、消しといた方がええみたいやな。（超法規的措置を消しに行く）
愛 どやったん？
智美 やっぱ出場停止ですか？
千秋 坂本先生が電話してくれた。演劇研究会事務局の熊田先生の所。
愛 アカンやん！トマ大コマ小牧作戦でいかな出場停止ちゃうん！
ミツル 駒大。
小雪 もうバレちゃったんですか？
奈月 バレました。
愛 しょっく〜！
千秋 バレたんはええねん。高校野球で部員の不祥事があったら出場停止やろ。うちらそのイメージしかなかった
から演劇部もそうやろうと思いこんでたけどな。
優雅 違うんですか？
千秋 演劇部の大会にそんな規約無いねんて。「あ〜、野球とちゃいますから出たらええんちゃいます？」やって。
ミツル ちゃいます？ってめっちゃええ加減やん。
千秋 そやねん。高校演劇はええ加減やってん。
愛 らっき〜！ ええ加減最高！
小雪 ええ加減でよかったですね。
愛 ええ加減、万歳！
智美 ええ加減ええ加減って、言い過ぎですって。
愛 みんなも知ってた？ 部員が不祥事起こしても演劇部は大会に出れるんやって。
ミツル おい！お前、誰にしゃべってんねん。
愛 （ふと我に返る）あ…。そや、浮かれてる場合やない。飯島のシーンをどうするかや。
智美 うちらで先考えてたんです。選択肢はカット、代役、ん〜んめる。もちろん三つ目は最終手段ということで。
優雅 千秋先輩の考えは。 みんな千秋の答えを待つ。
千秋 あきらめよっか、今年。
結構長い間。
千秋 お芝居してたらこんなこともあるって。文化祭の時かって小雪ちゃん熱出して大変やったし、去年の春公演も
誰か欠点取って練習出来へんかったし。いつでも何かしら起きるんや。今まで無事に公演できてたんがある
意味奇蹟やったかも知れへん。
愛 千秋、何言ってるん。
千秋 一回失敗したらええねん。そしたらみんな舞台の大切さがホンマに分かるねん。
ミツル 本気か？
千秋 本気や。
愛 いやや。なんでうちらが代表して失敗して悲しい思いせなアカンの。
ミツル ちゃうで。うちら失敗してない。貴史やん。貴史一人のせいでなんでみんなのコンクールが終わってまうねん。
愛 そうや。そんなん許されへんわ。
千秋 みてみい。愛かってミツルかって全然分かってない。自分ら悪くない、貴史一人だけ悪い、そう言うんやった
ら初めっから貴史無しで劇作ったらええねん。男の役者他におらん、公演まであと二日。やれるもんならやって
くれ。
小雪 （突然声を上げて泣き始める）
千秋 …泣くな、小雪。泣いても何も解決せえへん。しゃあないモンはしゃあないんや。
淑子 千秋先輩。
部屋の隅にいた淑子が千秋をにらんでいる。
淑子 嘘つかんとってください。
奈月 淑子はん？
千秋 嘘？ ついてないよ。
淑子 今年はあきらめるとか、全然思ってないこと平気な顔して言わんとってください。
千秋 思ってないことちゃうで。いっつも思ってたことや。
淑子 さっき職員室で貴史先輩が戻れるように最後まで粘ってたの千秋先輩やないですか。二年生最後のコン
クールやから、自分だけじゃなくて愛先輩やミツル先輩みんなのコンクールが終わってしまうからって村パパ
に土下座しようとして止められてたの千秋先輩やないですか。
千秋 そや、だからあきらめがついたんや。先生らが貴史を許す、許さへんとかは気持ちの問題やない。仕組み
や。学校いうところの仕組みの問題や。
淑子 納得してないくせに分かったような顔せんとってください！
というと淑子は千秋にタックル。千秋かなり驚くがひっくり返る直前で踏ん張る。
淑子 納得してないくせに。
千秋 はらわた煮えくりかえってんのを、人がやっとこさ我慢とるっちゅうのに。
淑子 そしたら素直にそう言う顔してください。
千秋 後悔するで。
千秋はそう言うと腰にしがみついてる淑子をぶん回して吹っ飛ばす。悲鳴を上げて受け止める
みんな。千秋は再び野獣に戻る。血の気の多い女である。
千秋 ウチを怒らせたらどうなるか！
ミツル （千秋のパンチをがっしと受け止め）そのセリフ、すっかりそのままお返しするわ。（千秋を吹き飛ばす）
千秋 やりやがったな。
愛 おもしれぇぇぇぇ！
優雅 付いていけない。
智美 や、やめてください！先輩！
乱闘シーン。中心は千秋、ミツル、愛であるが時々凶器を持った淑子の姿が目に入る。
逃げる者、止めようとする者の大根乱、いや大混乱。やがてミツルが千秋に馬乗りになって
一段落。全員肩で息をする。暑いぃぃぃ〜。
ミツル おい、演出。どっちにするか決めて。貴史のシーン全部カットで行くか、それとも代役作戦か。選択肢は二つ
やで。
淑子 台本の方は奈月ちゃんが大急ぎでなんとかしてくれると思います。
奈月 えぇ〜、はい。出来るだけ、いや、任してください。
愛 諦めんのは最後の最後でええやん。千秋、なあ、やろうな。
千秋 どいてや、そこ。
ミツル 答え聞いたらな。
千秋 分かったから。二つに一つやろ。こうなったら意地でも舞台仕上げたる。みんなもええんか？それで。
智美 はい。
奈月 出来るだけのことはやってみます。
優雅 わたし、セリフ覚えはいい方ですから。
淑子 ウチは苦手ですけど、なんとか。
千秋はミツルに起こされるようにして立ち上がる。大きく息をすると奈月の方へ歩く。
千秋 奈月ちゃん。頼むわ。
奈月 カットで行きます？ それとも書き換え？
千秋 いや、（淑子が握りしめていたバットを受け取って）飯島、やってみて。
奈月 （思わず受け取って）はい。って…。えぇぇぇ〜〜〜！
愛 代役作戦で決まりみたいやな。（黒板の代役作戦に丸印）
小雪 志乃ちゃん、乗せます？
ミツル 乗せるか、アホ。
志乃 何？ なんのこと？
優雅 いやいや。いいのよ。
奈月 千秋先輩。セリフとかどうするんですか。
千秋 もちろん基本的にはそのまま。幸い奈月は作者や。今からセリフ入れる必要もないやろ。
小雪 そっか。
奈月 いや、そりゃ私書きましたけど。書いたからって全部憶えてるワケじゃ。
千秋 試してみよ。台本Ｐ３７、真ん中のト書きから。
みんな はい。
奈月 え、Ｐ３７って。みんな、どこ行くん。
智美 飯島はランニング中。下手にスタンバイしてください。
奈月 はい。あ〜。下手ってどっち！
優雅 こっち！
ミツル 演出。照明まだええやんなぁ。
千秋 うん。音響は適当に入れてみてくれる？
志乃 はい。
志乃はグランドの雑踏をＦ．Ｉ．する。智美、愛、淑子スタンバイ。小道具なんかはみんなが
先行して準備してあげてね。
千秋 ト書き読みます。続けて役者入ってみてください。「突然顔を上げた松阪は北川にお願い事をする。」 ハイ。
松阪（智美） 北川さん。お願い。これ、ちょっとやらせて。
北川（愛） いいけど、出来る？
松阪 多分。
点々（淑子） なあ、なんかヤケになっとらへん？
松阪 大丈夫。
千秋 「というと松坂はボールをティーに乗せバットで思いっきりひっぱたいた。」
二人 おぉ〜。
松阪 結構難しいね。
北川 まあね。
松阪 もう一回いい？
北川 今外周走りに行ってると思うから、帰ってくるまでだったらどうぞ。
松阪 よし！
松阪はボールをティーに乗せると思い切りひっぱたく。怒りをぶつけるように。だんだん当たるように
なってくる。点々はあっけにとられて見ている。
松阪 これ、すっきりするかも。
点々 思い切って引っかかってる事みんなぶつけてみたら？
松阪 え？
点々 そしたら何か分かるかも知れへん。
松阪 （ひっぱたいてみる）
点々 そう。ボールにぶつける感じで。
松阪 これ、思いっきり打っていいの？ 壊れへん？
北川 まさか。みんな毎日使ってるよ。
松阪 やってみよかな。
点々 いけいけ。
松阪 このやろ（打つ）
点々 まだまだ。
松阪 こいつ！（打つ）
点々 その調子。
松阪 こんちくしょう！
点々 やっちゃえやっちゃえ。
松阪 （続けながら）オイおかま！クラブ中は他のことして遊ぶな！ （打つ。ボールを乗せる）それから１年女子！
なんでいつでも帰りたがるんだ！そんなに帰りたいなら初めから来るな！（打つ。ボールを乗せる）いちいち
文句を言うな！
千秋 「そこへランニングから帰ってきた飯島が現れる。」 奈月！
奈月意を決して舞台に飛び込んでくる。
飯島（奈月） 何やってる！
松阪 あ、ごめんなさい。
飯島 人のバット、勝手にさわるな！
北川 ごめん、私が。
飯島 よう平気でこんなことさせるな。素人の憂さ晴らしにボールやバット使われて平気なんか？ そんな事のため
にボール縫いやってるんか？
松阪 ごめんなさい。うちが頼んだから。
飯島 誰が頼んでも一緒や。マネージャーがそんないい加減な奴やとは思わんかったわ。
もう倒れそうになりながら無我夢中に演じる奈月。本気でやっていいです。下手にヘタを演じよう
と思わないこと。
千秋 はい。
奈月 …おぇ〜。
淑子 （ダッシュでバケツ）よしよし。
バケツから顔を上げた奈月。みんなを見る。静まりかえった稽古場。誰かが手をたたき始める。
拍手。
奈月 みんな…。ありがとう。ありがとうございます。
ミツル イマイチやな。
奈月 え？
愛 いや、そらしゃあないって。
智美 頑張ったと思いますよ。
小雪 うちは感動しました。
奈月 小雪ちゃ〜ん。
優雅 奈月ちゃん。さすが作者。結構セリフ入ってるけど、「ええ加減なヤツ」じゃなくて「無神経なヤツ」やから。
結構ニュアンス違うと思うのよね。
千秋 周りウルサい！ 演出まだひと言も言えてないやん。
ぴたりと静まる。
奈月 すいません。
千秋 なんで謝るん。
奈月 だって、全然、出来てないから。
千秋 …この劇は一回死んだんや。今から生き返るかどうか挑戦するねやろ。一回死んだモンがそんなに簡単に
生き返らへんのは当たり前やん。奈月は今から一回も謝らんでええ、いや、謝ったらあかんで。
奈月 おぇっ、いや、ハイ。
千秋 みんなも、奈月の飯島が成立する可能性がちょっとでも上がるように、出来ることは全部して。それからミツ
ル。今度イマイチ言うたらシバく。もしくはあんたが舞台出て。
ミツル …ごめん。
愛 あのさ、頭悪いからか知らんけど、奈月の飯島が成立する可能性がちょっとでも上がるようにってどうすれば
ええん？
千秋 それは役者が考えて。少なくとも奈月が飯島やということ、一緒に出てる役者が疑ったらあかんと思うわ。
ちゃうかな。
疑うなと言われても、昨日までの貴史（筋肉質で丸刈りのヤツやと考えて頂きたい）と奈月とは
あまりにも違う。そこへ段ボール箱を抱えた静香先輩再登場。
静香 おはよ〜。
全員 お早うございます。
静香 ちゃらっちゃ〜ちゃらっちゃ〜。かなりヤバい？
奈月 代役、することになりました。
静香 貴史？ 代役？ 奈月ちゃんが？
奈月 はいぃ〜。
静香 みんなチャレンジャー！
千秋 無理は承知です。やるだけやって見んと。納得できないですから。
静香 そだね。そんなことになってるだろなと思って、ほら。
智美 何ですか？ それ。
静香が降ろした箱からは小さめのユニホーム。帽子、グローブ、シューズ。さすが小道具
マイスターである。どこで小道具と情報を入手しているかは謎のままであるが…。
ミツル さすが、小道具マイスター。
静香 借りもんですから大切に。し明後日にはクリーニングして返却します。
愛 ありがとうございます！
千秋 着せてみて。
優・小 はい。
奈月 これ、着るんですか。
優雅 衣装やん。
奈月 え〜。 小雪 似合うかもよ。
早速寄ってたかって衣装を着せる。人だかりがはけると、そこには少年野球の選手のような飯島
君が立っていた。
静香 サイズはＯＫ。内側に着る筋肉とか用意しよか？
千秋 いや、いいです。 静香 それから野球部といえば、これ。要るかなと思って一応用意したけど、お奨めはしま
せん。
というと一休さんのハゲズラを奈月に被せる。みんなあっけにとられるけど、笑い出す。
ミツル イ、いやいやいけてるで。
奈月 涙出てきた。
千秋 こら、信じろ言うたやろ。
ミツル そういうあんたも笑てるで。
奈月 ちくしょ〜う！
千秋 よし、その怒りを全てバットにこめて今から素振り５０回。
奈月 はい！
千秋 初め。
バットに怒りを全て込め、やけくそで振り続ける奈月。みんなは応援のかけ声。イチ、ニィ、サン、
シイ…。志乃の選んだ曲も応援歌。暗転。
『ずれ違いへの扉』
その日の夜。携帯を取り出す優雅が見える。電話を掛けても電源が入っていないガイダンス。
あきらめて電話を切るが、やはりあきらめきれない。今度はポケットのメモ用紙を見て電話。コール
が鳴る。２回、３回、出た。
優雅 あ、夜分すいません。木村さんのお宅ですか？ 西高演劇部の片桐といいます。あの、貴史先輩はいらっしゃ
いますか。はい。はい。…それは、分かっています。でも、どうしても伝えなければいけないことがあって。
顧問の先生にも最小限で済ませるようにと言われました。なにしろ明後日が大会なもので…。いえ、
許可は…、取ってあります…。無理言ってすいません…。ありがとうございます。
間。祈るようにうつむいている優雅。この娘は今、嘘を付いている。やがて電話の向こうにふてく
されたような貴史の声がした。優雅は顔を上げる。
優雅 …たかし。
うわ、いや〜ぁ、呼び捨てやん、どういう関係？この二人って波紋が広がる中明かりが消える。
（すいません、興奮しすぎました）次に明かりが点るとかなり遅い時間の部室。下校時刻はとっくに
過ぎていますよ。奈月がセリフの特訓中。お付き合いしてくれているのは淑子はんと志乃ちゃん。
３人ともちょっとぐでんぐでん。
淑子 ちゃうちゃう。いっこ飛んだで。
奈月 一個ぐらいええやん。話さえつながってたら。
淑子 その油断が芝居を止めるんやって。千秋先輩言うてたやろ。
奈月 作者もそこまでこだわって書いてないって。
志乃 あ、自分で書いといてそんなこと言うてる。
奈月 ここまで来たら言うよ。この台本に必要なセリフなんて一行もない。
淑子 あんなぁ。
奈月 なんなら今からカットしよか？ ばっさり行くで。
志乃 奈月ちゃん、目が危ないから。 奈月 世の中は、初めは何もなかったんや。演劇なんてなくったって、
西高の上演中止になりましたって言ったって、誰も死なへんやん（泣）
淑子 奈月のばかぁ〜！
出た、意外と実力行使の淑子はん。スローモーションで奈月にビンタ。奈月は同じくスローモーションで宙を舞う。
奈月 あれ〜
志乃 奈月ちゃん！ きちゃん、きちゃん！（エコーです）
奈月 どさぁ〜。（着地音）
淑子 （トラ君に変身）目を覚ませ、奈月。確かにお芝居なんて無くても生きていける。うちらの芝居なんか、便所に
書いてある落書きみたいなもんや。でもな、落書きっちゅうのは必ず書いたヤツがおる。そのときそこに誰か
がいて、「書いたろか」と思った証拠が落書きなんや。
志乃 あ〜、淑子はんも目がおかしい。
奈月 （キツネ君に変身）トラ君！
淑子 この世に産まれてきたからには、少なくとも、誰かに、その時そこで生きてたこと、気付いて欲しいと、思わ
へんか？
奈月 トラ君、僕間違ってたよ。もう決して僕たちの…
歩み寄るキツネ君をトラ君はがぶりと食べた。
奈月 あっ。 淑子 弱肉強食。
志乃 はい、気分転換終わり。最後一回いってみるよ。
奈月 お願いします！
素早く虎とキツネを片付けて。
北川（志乃） あのさ、よかったらホントのＴバッティング、どうやってするか見せてあげて。
つづく…