創作脚本の部屋へ2001年度 兵庫県立伊丹西高等学校演劇部コンクール参加作品
原作 伊丹西高校演劇部
潤色 五ノ井幹也
【キャスト】
江住卓也 ２年生男子 物理部部長
浦志 満 ２年生男子 物理部食料調達係
佐藤先生 生徒指導部長（声のみ登場）
橋本絵里 ２年生女子 卓也の幼馴染
萌 枝 絵里の友人
亜 美 絵里の友人
『三気圧の壁』
舞台はとある高校の理科教室。実験机、機材を置く棚、掃除用具箱
などが見える。下手の作業台には作りかけの実験装置。「物理部へよ
うこそ」なんて看板も見える。整然と雑然とした独特の空間。舞台上では
一人の男が実験装置に向かっている。手には工具。ひたいに汗、首には
タオル。そうあの男だ。日本一タオルの似合う男。
満
これで固定は出来た、と。後は４気圧まで圧力を…。耐えてくれよ、バルブちゃん。
男は愛を込めて実験装置に語り掛ける。傍らの手押しポンプを押して
空気を注入し始める。目標、４気圧。
満
いち、にい、さん、しい…（以後カウントしながら）くぅぅ、まだ１気圧半や、でもここで気圧を上げて
おかんとな…、よし、２気圧、しんど、（歌でも歌いながら）あ〜、私の恋はぁ、南のぉ風に乗って
走ぃるわぁぁ…、気持ち悪。まだまだ。
そのとき、爆音を発してエアバルブが吹き飛ぶ！
満 どぁ！
卓 也 （飛び込んでくる）どうしたぁ！
満 （間）…びっくりしたぁ！
卓 也 こっちがびっくりするわ。
満 いや、いま、これ、ばぁんて！
卓 也 なに？
満 そやから、ばぁんて！
卓 也
ばぁんはええねん、聞こえとったから。
満 見てや、これ。脈、はやぁぁ！
卓 也 いつから出しもん、爆弾になってん。
満 …。
卓 也 おい！ 大丈夫か。
満 ３８×４で１５２。
卓 也
いちいち脈まで計測するな。どこが破裂した？
満 あ？ 血管はまだ大丈夫や。
卓 也 誰が満のこと聞いてるねん。こっち。
満 あ、エンジン？
卓 也
そう。文化祭で血管切ってどうすんねん。
満 もしそうなったら、殉職なんかな？
卓 也 高校生に殉職なんかあるか。
満 初殉職。
卓 也
わかった。二階級特進で卒業させたろ。
満 お、それええなぁ。
卓 也 お前、死ぬねんぞ。
満 意味、ないな。
卓 也
あるかい。（エンジンを観察して）エボリューション４…。
満 エボリューション４〜。
卓 也 やっぱりタンクの出口か。
満
今度は止め方改良したからいけると思ってんけどなぁ。まだ３気圧までいっとらん。
卓 也
ということは２気圧は超えたわけやね。
満 お！ ほんまや。成長してる。
卓 也
目標まで後半分やな。タンクの口、改良をしてみよっか。針金で二重巻きやったら飛ぶことが分かった
ので、巻き数を増やしてみる。それが究極のエボリューション５や。
満
おぉ、そしたらもっと大きな爆発音が聞けるわけやね。
卓 也
聞きたくなかったら気合い入れて巻いてくれ。
満 あれ？ タックンは？
卓 也
ちょっと先にせないかん事があってな。
満 帰るんか？
卓 也 逆や。せな帰られへん事があるねん。
満 何や？ 宿題か？
卓 也 ま、そんなもん。
満 ふぅん。
卓 也
終わったら俺も手伝うから。ごめんな。
満 別に、気にせんでもええで。
卓 也 うん。
『なんか気になる』
卓也は机の方へ向かいカバンから筆箱や紙を取り出す。何かいつもと
雰囲気が違うのを感じる満。ちょっとは気になる。卓也は作文を書き始
めるのだがすぐ詰まってしまう。静かな会話が続く。
満 作文か？
卓 也 まあな。
満 感想文？
卓 也 そんなもんや。
満 提出、今日なんか。
卓 也 そ。
満 そんなん、あったっけ。
卓 也 俺だけ。
満 そう…。
卓 也 そう…。
間
満 そうかぁ。
間
卓 也 そうやねん。
満 この会話、あんまり意味無いな。
卓 也 まあな。
満 無理して返事せんでええよ。
間
満 ほんまに。
間
満 全然進んどらんな。
卓 也 人が考えてるのに横から。
満 お、起きてとった。
卓 也 …確認しに来るな。
満 いや、苦労してるみたいやから。
卓 也
なんや、代わりに書いてくれるとでも？
満 アイディア程度なら。
卓 也 ありがと。
満 で？
卓 也
でやない。満はそっちに集中してくれ。
満
それが面白いもんでな。手先に集中するとこっちのことも同じぐらい興味が出てくるんや。
卓 也
全然集中できてないやろ。一点に集中しろ、一点に。
満
いや、ワシの場合集中力が円形に広がるんやな。
卓 也 嘘付け。
満
いや、ほんまに。テレビでええシーンしてるやろ？ 当然集中するわけや。同時にオカン入ってこう
へんか、こう、集中力を円形に…。
卓 也 どんなテレビ見てるねん。
満 …それは言えんな。
卓 也 めっちゃ怪しいなぁ。お前。
満 修行にだいぶかかったわ。
卓 也
よし、今度お前が何かに集中してるとき隙突いたろ。
満 いつでも来なさい。
卓 也
よぉしって、そんなアホな話してる場合やない。これ書いてまわな。
満 はいはい、書いてちょうだい。
卓 也
うわ、もう４時半や。急がな。すまん、５分だけ黙っててくれ。
満 分かった。４分５９、５８…、
卓 也 ええい、これでも食らえ！
卓也はカバンからポテトチップを取り出し、上手側に投げる。
満 食ってええんか？
卓 也 食ってたら黙るやろ。
満 かたじけない。
卓 也 俺の、残しとけ。
満 分かってるって。
満はポテチの袋をひらいにいき、手近な椅子に座って開く。
満
ガーリック味か。バーベキューの方が…。
卓 也 …。
満
ごめん。つい言葉が口からあふれ出てしまうんや。
卓 也 その口をポテチでふさいでくれ。
満 でもお前の残しとけって。
卓 也
分かった。もう好きなだけ食ってくれ。
満 ほんま？ ええの？
卓 也 許す。その代り静かにな。
満
分かった。そや、気が散らんようにするええ方法見っけ。
卓 也 そら助かる。
満 まかして。
『おばあちゃんの知恵袋』
満はポテチの袋を持ったまま静かに掃除用具箱のほうへ進む。
作文の邪魔しないように掃除用具箱からほうきを取り出すと、その
中に入った。静寂。卓也余りに静かなので気になって振り返ると
誰もいない。
卓 也 ま、ええか。
やがてポテチを食う音が聞こえ始める。結構気になり始めると気に
なる。卓也は頭をかきむしって立ち上がり、ロッカーに近づき、耳あて
てみる。ロッカーを開ける。中にはポテチを頬張った満が！卓也、
後ずさる。
卓 也 わ！
満 （手をあげ挨拶）
卓 也 満、お前、みちみちやないか。
満 バビルボ、ブボウビバ。
卓 也 何？
満 ビョッボバッベ。
卓 也 ちょっと？ 待って？
満 ブンブン。
口一杯のポテチが言葉を無意味にする。やっと口の中のものが
なくなって。
満 あ〜、一時はどうなるかと思った。
卓 也
もうええ。そんなとこからパリパリ音しとったら、余計に気が散るやんけ。
満
いや、ここで食っとったら音反響してうるさいうるさい。
卓 也 わかったからもう出て来い。
満 いや、邪魔かなと思って。
卓 也 邪魔を超越してる。
満
これでも、気、使って入ってんけどなぁ。
卓 也 分かったから。出い！
満
へいへい。（出ようとして）お、タックン大変や。出られへん。
卓 也 え？
満 ほら。
卓 也 そんなアホな。
満 しもた、ここで成長してもうたんや。
卓 也 ウソ！
満 助けてくれ。
これ、このまま出れんことにしたらおもろいか？ 登場人物が多かった
らそうするねんけれどなぁ〜。始めは笑いをこらえていた卓也だが、だん
だん心配になってくる。
卓 也 なあ、ほんまに出られへんのか？
満 だってほら、肩幅が…。
卓 也 ほんまや。ねじってみても？
満 あかんみたい。
卓 也 なんでそんなこと、なるねん。
満 いや、作文の邪魔、せんようにな。
卓 也
めちゃめちゃ邪魔してるやん。もう…、今何とかしてやる。
満 何とかするって。
卓 也 そうや、レスキュー隊や。
満 いや、そんな大事には…。
卓 也 ほな、どうするねん。
満 痩せるまで待とか。
卓 也 そんなあほな。
満 ここ、意外と暮らしやすいかも。
卓 也
言うとけ。そや、ええこと思い付いた。
満 何？
卓 也
おばあちゃんの知恵袋。こんなときには石鹸を塗りたくってぬるぬるに。
満 え？
卓 也
ちょっと便所まで行って石鹸とってくるわ。
満 ちょっと待てって！
卓也は石鹸を取りに走り出る。一人残される満。間。
満 行ってもた。まあ人がええというか騙され易いというか…。
するりとロッカーを抜け出す。
満
出れるに決まってるやん、こんなん。（卓也が去った方向を見て）おばあちゃんの知恵袋やて。
ふっ。（可愛い。）
ふと目が行く作文用紙。見るではなく見てみる。口に出さない新鮮な
驚き。反省文を書いているようだ。そのとき廊下の向こうから走ってくる
卓也の足音。満は静かにロッカーに戻る。
卓 也 満、取ってきたぞ。
満 ありがとう。
卓 也
石鹸とトイレ用洗剤。どっちがええやろ。
満
トイレ用洗剤はあかん！ 塩素やぞ塩素！
卓 也 でも強力って書いてあんで。
満 強力過ぎるわ。
卓 也 仕上げがこのスッポンで。
満
ほんまにお前のおばあちゃん、そんな知恵出したんか？
卓 也
まあええやん。出すやろなってぐらい。
満 出すか？
卓 也
ともかくこれであかんかったらレスキュー隊やぞ。
満
うん。でも今の間にちょっと痩せた気もするし、挑戦してみよ。
卓 也
石鹸をこの角にちょっと塗って…。こんなもんでどうやろ。
満 充分でしょ。
卓 也 一回出てみい。
満 よし。
満も優しい。せっかく走ってくれた卓也の為に、苦労してロッカーから
抜け出す。
『水臭い？』
満 おお、出れた！
卓 也 効果あるやん。これ。
満
ほんまや。もう一回試して…（ロッカーに入ろうとする）
卓 也 おい、もうやめとけ。
満 …（笑う）
卓 也 お前のせいで汗かいたわ。
満 アリガト。
卓 也 へへ。
満 あれ、これ。
卓 也
あ！（急いで反省文を取りに来るが間に合わずとっさに便所のスッポンを使う。取れるのかな？）
満 …どうしたんや？ それ。
卓 也 どうもない。
満 わしには言えんことか？
卓 也 いや、そんなたいそうなことでは。
満 なにがあったん？
卓 也 別に。
満
何もないのに、反省文は普通書かんぞ。
卓 也 何で反省文やと。
満 題名に書いてある。
卓 也
いや、言うのも恥ずかしい程度の反省や。思いついたときは何かすごいカッコイイ話のような気がした
んやけど、ふと気付いたら一人でみじめの底に取り残されてる気分や。
満 なんやそれ。
卓 也
だから恥ずかしくて、満にも言えんようなことなの。
満 ほな勝手にし。水臭いねんから。
卓 也 ゴメン。
『逆塩じい』
卓也の重いため息を打ち消すように校内放送のアナウンスが流れる。
コンキンカンコォン〜！
佐藤先生
あ〜、（せき払い）校内放送をいたし、ます。校内放送をいたし、ます。二年一組江住。例のものを
直ちに完成させた上、至急職員室に持参しなさい。あ〜、繰り返し、ます。二年一組江住。直ちに職
員室まで。以上。なにをいつまで…。
キンコンカンコォン〜！ 聞かれたくない放送に卓也はあわてる。
とっさにスピーカーをＯＦＦにできないかとばたばたするが、これば
かりはどうしようもなく放送は無力に終了する。
卓 也 ああ、もう。
満 呼ばれたとみた。
卓 也 ぜんぜん書けてないのに。
満 もしかしてわし、邪魔した？
卓 也 してるわ。もう。
満
逆塩じいやったのね。それ書かせてるの。
卓 也 そう。佐藤先生。
満
（ 間 ）放送好っきゃからなぁ。今から１０分おきに呼ばれるで。
卓 也 やめてくれ。恥さらしや。
満 例のものってなんやろ。
卓 也 これやこれ。
満
まさか反省文やとは思えへんやろなぁ。他の生徒。
卓 也
何やと思われてるんやろ。どないしよ明日みんなに質問攻めにされたら。
満
大丈夫やて。いつものことやから、逆塩じいの放送なんか聞き流してる。
卓 也
ともかく急ご。満、今から言う話でおかしいところがあったら言ってくれ。
満 ああ。ええけど。
卓 也
いくで。昼休みに弁当を食い終わって、教室から窓の外を眺めてたら青空に真っ白い雲が浮かんでる
のが見えてん。そしたら…
満 おかしい。
卓 也 え？ まだ本題に入ってない。
満 ってことは前提からおかしい。
卓 也 なんで？
満
だってお前今日、めっちゃ急いで弁当食い終わってからすぐ教室出ていったやろ。
卓 也 そやったっけ。
満 そや。
卓 也
それでも窓の外を見るぐらいの時間はあるやろ。
満
ないな。（生徒手帳を出し）授業が終わったのが１２時半、ワシの記録では教室を出たのが１２時３７分と
なっている。
卓 也 記録してるんか？
満
いや。その方が雰囲気出るかなと思って。
卓 也
雰囲気なんかええねん。ともかく急いで教室を出たということは逆塩じいは知らん。そういうとこは気に
せんでええねん。
満
甘いな。完全犯罪はそういうところから崩れるんや。
卓 也
完全犯罪なんか狙ってない！ とっくの昔につかまってるんや。あ…、
満
なあ、ほんまにお前、何やった？ ここまで来たらしゃべってもしゃべらんでも一緒やで。
卓 也
せやな。…言うわ。ほんまは大したことではないんやで。６時間目終わって掃除の時間にな、職員室か
ら鍵、持ち出そうとしたところ見つかったんや。
満 鍵？
卓 也
そう。屋上の。キーボックスあるやろ、職員室入って左側に。その中に屋上の鍵もあるんや。掃除する
ふりして鍵、持ち出そうとしたらちょうど後に、逆塩じいが。
満
（真似して）おい君、待ちたまえ。そ、それはまさか、禁断の屋上の鍵では？
卓 也 ご、誤解です佐藤先生！
満 窃盗、及び建造物不法侵入逮捕する。
卓 也 佐藤先生〜！
満 それで反省文？
卓 也 ああ。
『魔性の女？』
満
一つ不思議に思った事があるんやけれど。
卓 也 なに？
満
鍵、取りに行ったんって掃除の時間やな。
卓 也 うん。
満
なんでその反省文は昼休みからスタートすんねん。
卓 也 それは…。ほんまや。
満
昼休みに下見にでも行ったんやったら分かるけど。そうなんか？
卓 也
いや、ほんまほんま。昼休みのことは関係ないな。
満
そやろ？ 結局お前は今日の昼休み、どこに急いで行ってたんや？
卓 也 いや、ほら、あれやん。
満 なに動揺してんねん。
卓 也 してないって！
満 目、見開いてるで。
卓 也
ほら、昼休みは、そ、弁当の塩鮭が辛かったから食堂までジュース買いに行ってたんや。
満
タックン。わしらの間で隠し事なんかなしにしよう。
卓 也 こら、早まるな。何も隠してない。
満
いや、この事件には何か裏がある。正直に白状し。
卓 也 ないないないない。なんもない！
満 食堂で買ったジュースの銘柄は！
卓 也 え、コ、からだ想い。
満 ほほう。嘘発見器が反応している。
卓 也 それ懐中電灯やん！
そのとき卓也のかばんの中で携帯電話が鳴り始める。
満 ほら、反応も出てるやん。
卓 也 あ、ちょっとタンマ！
卓也なぜか大急ぎでかばんを広げる。取り出した携帯電話を
確認するとすばやく応答。
卓 也 あ、もしもし。俺。どうしたん？
いや、別に大したことないねん。ちょっと提出物。
うん。期限今日やったんすっかり忘れてて。ごめんな、約束してたのに。
ほんまゴメン。今度またでええかな。
うん。うん。分かった。
今？ 部室でやってる。もうちょっとでできそうやから。
そう、ひとりひとり。うんありがとう。じゃ。
卓也はそう言って電話を切る。しばらく何かをかみ締めていた
のだが、小さくガッツポーズが出る。今の電話、なんだったの？
卓 也 よし。ええぞ。
満 ますます謎は深まるばかりや。
卓 也 未来は明るい！
満 犯罪の陰に女ありか…。
卓 也 なに？
満
タックンも大きゅうなったんやねぇ。お母さん嬉しい。
卓 也 いつから俺のおかんになったんや。
満 で、昼休み、誰と約束したんや？
卓 也 え？
満
先ほどの電話の空白部分を合成してみよう。
卓 也 やめろよ。悪趣味やな。
満
われわれ取材班の前に驚くべき事実が展開した。あ、もしもし、俺。どないしたん？
（女声で）うん。急に来れないって言うからどうしたのかなと思って
（男声で）いや、別に大したことないねん。ちょっと提出物。
（女）宿題？
（男）うん。期限今日やった。ごめんな、約束してたのに。
（女）うううん、いいの。でもちょっと寂しいな。
（男）ほんまゴメン。今度またでええかな。
（女）うん。でも今度約束破ったら承知しないぞ。
（男）うん。分かった。
卓 也
誰やねん。そのクネクネしたやつは。違う違う。そんなオカマみたいな奴と俺はしゃべってない。
満
じゃあ誰としゃべってたんや？ お母ちゃんに言うてみ。
卓 也 誰って、そんなん…。
満 我々取材班は一つ結論に達した。
卓 也 え、なんやねん。
満 お前、恋をしているな！
卓 也 ええ〜！
満 どうやら図星のようだな。
卓 也 なぜそれを。
満
クォークが私以外の人に愛されるなんて。
卓 也 おい、嫉妬に燃えるな！
満 で、どこまで行ったんや。
卓 也
だから、行こうと思ったけど、行く前に捕まったんや。
ちょっとした驚きの間。
満 …ひょっとして、屋上の話。
卓 也 そう。
満 誰と？
卓 也
それは。（笑顔）まだ言えん。まあ幼馴染ってとこ。
満 そうなんや。
卓 也
デートとかそういうのじゃないんやで。ちょっとしゃべりに。
満 屋上へ。
卓 也
いや、どこでもよかったんやけど、あんまり天気がよかったから。
満 屋上へ？
卓 也
屋上行ってみたいなぁってヒトコト言ったら「うちも！」って言うから。
満 屋上へ。
卓 也
よし、放課後鍵取りに行って来るから一緒に行こかって。
満 …やっとつながって来たわ。
卓 也
そうやねん。なんか喜んでる顔見てたら、屋上に前から俺も行きたかった気がしてきて。どっちでもよ
かったのに。
満
反省文にそう書いたらええんとちゃうか。
卓 也 そんなんあかんやろ。
満 なんで？
卓 也
決まってるやん。その子が共犯みたいに思われる。
満 だってある意味共犯やろ？
卓 也
ちゃうちゃう。俺がヒトコト言ったから「うちも！」ってなってんから。
満
でもその子がおらんかったら、この事件は起きなかった。
卓 也 いや、そんなことは。
満
おるんや。世の中にはそんな魔性の女が。
卓 也 そんなん違うって。
満 …って顔をしてるもんなんや。
卓 也 …そうなんかなぁ。
満 どうなんやろ。
卓 也
突き放すなよ。悪い子やないんやで。今日も鍵奪取作戦が失敗して約束守れなかったからきっと怒って
ると思ったけどな、気にせんとってって。
満
で、もういっぺん挑戦するんか？ 屋上。
卓 也 え？
満
だって、約束したんやろ？ 屋上行こうって。
卓 也 うん。
満 どうする気？
卓 也 どうしよ。
満 ほら、困った。
卓 也
今更学校はやめてつかしんの屋上とかいっても、なあ。
満 じゃあ職員室の鍵箱また、狙うんか？
卓 也
２回もこれで捕まったらあほやしなぁ。あ〜、今の俺には屋上に行く自由さえないのか。
満 他の自由はいっぱいあるやろ。
卓 也 有るような、無いようなやで。
満
いったい何が不満なんや。だいたい今の人間は恵まれすぎてるねん。
卓 也 恵まれてるか？
満
むしろ仏をも恐れぬって感じやな。こんなこと、続けてたら人類は滅ぶ。いや、むしろいっぺん滅んだほう
がええぐらいや。
卓 也 なんでそこまで言うねん？
満 ん？
卓 也 いや、そこまで言う理由や。
満
それはな、人間が地球を独り占めしとるからや。
卓 也 独り占めなぁ。
満
そうや。地球は全ての生き物のもんやのに、自分の都合で他の生き物を平気で殺す。
卓 也
ちょ、待てや。ということは満は肉、食わへんの？
満 食うよ。
卓 也 ほんなら殺してるのと一緒やん。
満 違う。食うために殺すのはええねん。
卓 也
へぇ〜。じゃあ、蚊とか殺さへん？ あれ食われへんやろ？
満 殺さへん。
卓 也 え、ほんまに？
満
だいたい害虫なんてもんは人間が勝手に決めただけや。自分の都合で害とか害やないとか。
卓 也
ほな、回りに蚊が５０匹ぐらいぶわぁっておっても平気なん？
満
それは、逃げるよ。逃げる自由ぐらいあるやろ。
卓 也 そりゃ、まあな。
満 お前はその蚊、全部殺すんか？
卓 也 え、そらまあ、な。
満
…もしお前が見知らぬ場所に迷い込んだとしよ。
卓 也 え？
満
目の前に美味しそうな果物がなってる木があったとしよ。
卓 也 ああ。
満 お腹も減ってたとしよ。どうする？
卓 也 そら食う、わな。
満
そしたら木が突然動き出して「何するねん！」いうて人間皆殺しに来たらどうする？
卓 也 それ、めちゃ怖いな。
満
今まで平気で蚊、殺してきたような奴は、蚊にそういう思いをさせてきたんや。
卓 也 うわぁ。すごい例えや。
満
そやからわしは、食う以外で生き物は殺さん。どんな生き物でも生きる自由はあるんや。
卓 也 満、坊さんなったらええんちゃうか？
満
（ポケットから用紙を取り出し）進路希望調査。高野山。
卓 也 おお！ 担任びびったやろ。
満
かなり。これやから懐の狭いお方は困る。
卓 也
しかし、すごいこと考えてるねんな。前々からただ者ではないと思っていたが、そこまで考えてる奴やっ
たとは…。
満 納得してもらえて光栄です。
卓 也
それに比べて俺なんか、今度のテストどうしよとか、留年したらどうしよとか…。反省文適当に書いて逆塩
じい誤魔化すにはどうしよとか…。情けなくなってきたわ。
満
まあまあ、そんな煮詰まらんと。その程度の邪念はワシにもある。
卓 也 なんや、あるんや。
満 あるに決まってるやろ。
卓 也
そやな。なんぼなんでもその年で悟り開いてたら怖いもんな。
とんだ殺生談義であったが、こんな何気ない話をしているとき
が一番楽しかったりする。
卓 也
授業受けとってもな、こんなん毎日しとってなんか役に立つんかなと思うときがある。ない？
満
まあそういうことは深う考えんことにしている。
卓 也
そやな。考えてもいっしょやもんな。でも面白くないときとか、当てられる授業の前とか、考えるな。
満
でもな、そんなん言うとったらほら、このエンジンかて何の役に立つ？
卓 也 え、こいつ？
満
何も世の中の役に立つわけでもないし、ただ回るだけ。おまけにちゃんと回ったことはまだ一度もない
ねんで。
卓 也 まあな。でも成長はしてる。
満
役に立つとかたたへんとかも人が勝手に決めてるだけなんや。お前はなんでこれ、一緒に作ってるん？
卓 也
初めは文化祭に何か大きいものを作りたいと思ったからやけど、今は…、意地かなぁ。
満 ほう。
卓 也
ここまでだいたい２ヶ月かかってるやん。自転車もらいに行ったり材料集めたり。途中で諦めるのは悔
しいから何とかやってる。
満 男のこだわりやね。
卓 也
そうそう。こだわりこだわり。苦労して作って動いたら楽しいやろなと思ったから。それでええんかな。
満 なにか問題が？
卓 也
ええんやんな。ほなそれで自信もっとこ。
満
へんな奴やな。自信は自分で持つもんやで。
『屋上に見る夢』
卓也の自信を打ち消すように校内放送のチャイム。
卓 也 うお！ しまった！話し込んでる場合やない！
あせる卓やを尻目に校内放送はチャイムだけで終わる。
ずっこける二人！
卓 也 フェイントかい！
満 今のは高等なテクニックや。
卓 也 なに？
満
逆塩じいの必殺技、ツバメ返しと呼ばれとる。
卓 也 なんや、そら！
満
こないだなんかな、横におる先生、校内放送で呼び出したらしいで。「校内放送いたし、ます。上田先生、
大至急、あ、キンコンカンコォン〜」って。
卓 也 今のは誰を探してたんやろ？
満 そら、お前やろぉぉ。
卓 也 やめてくれ。
その時であった。教室の表から呼ぶ声が聞こえる。誰？
絵 里 卓也君、いる〜？
卓 也 え、誰？
絵 里 うちぃ。
卓 也 うちって、え、え？
絵 里
一人って聞いたから差し入れ持ってきた。
満 わしもおるがな。
卓 也 橋本？
絵 里 そう。
満 誰や？
卓 也
パニック！ おい、満、ちょっと席はずしてくれ。
満 いや、席はずせって言われても。
卓 也 どこでもええから隠れてくれ。
満 ひょっとして、魔性の女か？
卓 也 こら、聞こえる。
絵 里 誰かいるん？
卓 也 いや、おらんおらん。
満 ええ〜、またここ？
卓 也 このお礼は必ず。
満 高うつくで、ほんまに。
卓 也 分かったから。
卓也は大急ぎで満をロッカーに詰め込む。呼吸を整え教室の
ドアへ向う。そのときロッカーのドアが開いて満が顔を出す。
満 トイレ…。
卓 也
（走って来て勢いよくドアを閉め）五分で済ませる。恨むな。
満 みょぉぉ〜。（意味不明）
卓也は再びドアへ。絵里を招き入れる。
絵 里 何してたん？
卓 也
いや、散らかってて。それにゴキブリとかが走ってたから。
絵 里 嘘、ちゃんと殺した？
卓 也
うん、あ！ 殺したらあかんねん。帰ってもらった。
絵 里 もうおらん？
卓 也 おらんおらん。絶対大丈夫。
つづく…
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