創作脚本の部屋へ２０１０年度 県立伊丹西高等学校演劇部春期・アイフェス参加作品
作：ぴの 潤色 ごのい
【キャスト】 男子7人・女子8人・他
滝田 葵 高２
吉村圭吾 高２
藤村沙穂 高２
大畑英司 高２
水口香織 高２
小野遊斗 高２
坂下 純 高２
安西真里亜 高２
伊達雪光 高１
姫子先生 顧問
高木先生 生徒指導部
沢口 旭 OG
安部美由紀 OG
片桐ハイジ OG
倉田香奈子 OG
大道麗未 デザイナー
宇津井健 マネージャー
『オープニング』
様々なオブジェの並ぶ無機質な空間。奥には回廊のような通りが見えている。
やがて一筋の光の中にイーゼルに載せられた一枚の絵が浮かび上がる。その
絵は激しく破れ、無残な姿をさらしていた。回廊に数人の人影が現れる。その
うちの一人の男（葵）がその絵に近づく。男は絵の正面に回り込み絵を見つめて
いる。やがて男は絵を愛おしむように抱きかかえる、その場に崩れ落ちる。泣い
ているのだろうか。背中しか見えないその男の心境は、後半、物語がもっと盛り
上がってから明らかにされる…、はずだ。イーゼルと男の姿を残しつつ、ゆっくり
と舞台は暮れていく。暗転。
『美術室の男たち』
明かりが点くとそこは美術室。有名な絵のポスターに混じって先輩たちの残した
作品もちらほらと掲示されている。気になるのは壁面の残された足画。寒い冬休み
の朝。部員たちが作品作りのために登校してくる。舞台中央には黄ばんだ布が
掛けられたイーゼルが一つ。
雪光 あれ先輩、鍵開いてますよ。
圭吾 まじか。
やってきたの圭吾と雪光。
雪光 閉め忘れてたんすかね？
圭吾 かもな。
雪光 無用心っすねー。姫子先生。
圭吾 まあ開いとったとしても何も取られるもん無いけどな。
雪光 失礼しまぁす。姫子先生？ 居ます？
圭吾 準備室で寝とんちゃうん。
雪光 この寒さで寝たら凍死しますって。
圭吾 ホンマや。おい、早よストーブ点けろ。
雪光 え、いいんすか？ 生徒だけのとき勝手にストーブ点けて。
圭吾 冬休みやのに誰も来るかい。オレが許可する。
雪光 了解っす！
雪光、ストーブを点けるが暖まるのに時間がかかりそう。
雪光 先輩、部費で新しいストーブ、買ったらだめなんですか？
圭吾 何処にそんな金あんねん。それ、まだ使えるやろ。
雪光 だってこいつ、点くのに時間かかるんすよ。
圭吾 画材やらなんやらで部費なんかとっくの昔に無い。
雪光 弱小美術部ですもんね。先輩、来月の県大会。今年も入選して知名度上げてくださいよ。
圭吾 ま、去年のまぐれ入選で部費、倍に増えたもんな。六千五百円から？一万三千円？
雪光 万超えました。
圭吾 ん？ お前今何言った？
雪光 …流してください。
圭吾 いや。
雪光 とにかく、圭吾先輩様々です。今年入選したらまた倍になって二万六千円でしょ、葵先輩も今年こそは
って頑張ってますからダブル入選で五万二千円。そこに僕の立体がまぐれで評価されたりしたら十万
超えます。そしたら床暖房入れましょう。
圭吾 アホか。お前のはまだ立体やなくて塊じゃ。
雪光 これから立体に成長するんですって。目指せ四十ガーンです。
圭吾 作品名は？
雪光 ヴィー茄子（仮）。
圭吾 夢みたいな事言っとらんと早よストーブ点けろ。
雪光 …。消えてる。
圭吾 消えてるちゃうんじゃ。まだ一回も点いとらへんねん。
雪光 えへ。
圭吾 可愛ないぞ。
雪光 にゃは！
圭吾 お前はストーブも満足に点けられへんのか、あぁ？
雪光 いや、難しいんですってこいつ。
圭吾 どけ、アホ、ボケ、カス。
蹴散らされた雪光はふと、キャンバスの前に立つ。
雪光 圭吾先輩。
圭吾 （ストーブと格闘しながら）なんや。
雪光 葵先輩、何考えてるんでしょう。
圭吾 なんで？
雪光 最近これ、ずっと布被ってません？ コンクールまで後一月ないじゃないですか。
圭吾 せやな。
雪光 出品、せえへんのですかね。
圭吾 それはないやろ。あいつのことや、絶対なんか考えてる。
雪光 そうなんすかね。
圭吾 心配要らん。あいつは今、燃えてるハズや。なんちゅうても去年、俺に最優秀出し抜かれたばかりか、
自分は佳作にも撰ばれんかってんから。あいつ、俺の何倍頑張ってると思う？ 賭けてるねん。今年こそって。
雪光 先輩、これ、どこまで出来てるか、見てみません。案外もう完成してたりして。（布に手をかけようとする）
圭吾 アホ、やめとけ。
雪光 何でですか？ ちょっと見るぐらい。
圭吾 葵はまだ見せたないから毎日布かけて帰ってんねん。納得できるようになったらお前にも見せてくれる。
それまで待っとけ。
雪光 はい。
圭吾 くそ、まだ点かへんし、こいつ。
雪光 そんじゃ代わります。
圭吾 ああ。
そこへ着信が。開いてディスプレーを見て表情が変わる圭吾。大急ぎで電話に出るが
極力落ち着いた口調を装う。
圭吾 もしもし？ あ、お早う。どうしたん？ 電話なんか。今？ ええよ。
雪光 誰っすか。
圭吾 ちょっと待ってな。（受話器にフタをし）お前、ちょっとあっち行っとけ。
雪光 でも、ストーブがまだ。
圭吾 そんなんどうでもええから。はい。
雪光 でもぉ〜
圭吾 （焦りながらも蹴りを入れる）
雪光 分かりましたって。
圭吾 （目で精一杯威嚇する）あ、ごめん。大丈夫。ちょっとな、ネズミ出た。
雪光 ひどっ。
圭吾 うん、追っ払ったから。うん、スミの方で恨めしそうにこっち見てる。
圭吾の携帯にはストラップが。
圭吾 ああ、例のカウントダウンコンサートな。どうやった？ うん。うん。（間）そっか、そやんな。門限とかある
もんな。門限あったらカウントダウンできへんよな。何時？ ７時…。あ〜、嫌がらせ？ というわけでは
ない…。あ〜、絶対無理。オヤジさん大工の頭領やもんな。がっくし。いやいやいやいや、気にせんとって。
こっちこそ無理言って、ごめん。
雪光 はは、先輩、振られたんすか？
圭吾 （脱いだ靴を思いっきり雪光に投げつける）
雪光 危なっ。止めてくださいよ八つ当たりすんの。
圭吾 え、今、なんて？ いや、お詫びなんか、せんでええのよ。うん。好き。清荒神のカステラ焼き。うん、最高
やと思う。生田神社とか全然興味ないから。うん。それやったら？ ええの。分かった。初詣、決まりな。
おいこら、靴返せ。
雪光 おっと、これはＯＫサインか？ 意外だ。
圭吾 了解。じゃ詳しいことはまた連絡頂戴。待っとくから。うん。ありがとう。バイバイ。は〜い。はぁ〜い。
（切れる）あ、切れた。
近くの机に腰掛け、大きく息を吐く圭吾。携帯のストラップを眺め、にやける。
雪光 好きやったんすか？
圭吾 うん。え？
雪光 清荒神のカステラ焼き。
圭吾 あ？ そ、そうよ。
雪光 どこがちがうんすか？
圭吾 そ、その、ふんわり感？
雪光 へぇ〜。
圭吾 いっぺん食べてみて。旨いから。
雪光 ストーブ点けますね。
圭吾 そんなんどっちでもえよ。今日割と暖かいから。
雪光 うそん。
圭吾 さ、やる気出てきた。今日もガンバろっと。君もしっかりヴィー茄子、十クーロウぐらいがんばりなさい。
雪光 はぁ。
『ストーブを求めて』
そこへ香織・真里亜・純がやってくる。
真里亜 おじゃまぁ。
雪光 あ、真里亜先輩。お早うございます。
圭吾 出たな部外者ども。
香織 お早う。さっぶー！
真里亜 あら。暖かい美術室じゃない！
純 圭吾君。ストーブは？
圭吾 それがウンともスンとも。壊れた？
香織 マジで？
雪光 まじっす。努力はしてるんですけど。
純 校内唯一の暖房器具なのに。
圭吾 唯一ちゃう。暖かいで、職員室は。
真里亜 そっか。その手がある。
香織 あほ。あんなとこ暖まりにだけ行けるか。お小言の集中砲火やん。
純 うちは大丈夫やけど。
香織 そら純はな。うちは無事では帰れん。
真里亜 同じく。
雪光 先輩方。心配いりません。この美術室にも暖かいとこ、あるみたいですよ。
香織 どこ？
雪光 ここ、この辺り。
圭吾のあたりを指さす雪光。
圭吾 アホか雪光。何言うとんねん。
雪光 見といてください。初詣。
圭吾 その手には乗らんで。
雪光 清荒神さん。
圭吾 うふ。
雪光 ふわふわのカステラ焼きっ！
圭吾 やめてやぁ、もう。ごめん。俺が悪かった。
香織 何の茶番？
雪光 香織先輩。リア充っすよ、リア充。
純 え？ 圭吾君が？
圭吾 ちゃうちゃう。
香織 彼女できたん？
圭吾 まだまだまだ。
雪光 勝負はこれかららしいんすけどね。
真里亜 うぇ〜、誰なん？
雪光 誰やと思います？
圭吾 雪光。お前、しばくぞ。
雪光 ええやないですか。おめでたい話しなんっすから。
香織 なあ、誰なん？ うちら知ってる子？
圭吾群がる女子。
圭吾 知らん、かもな。
雪光 あ、着信履歴見たら分かるんちゃいます？
圭吾 アホ、お前。
香織 なんで？
雪光 だってさっきその子から電話、かかってきましたから。
真里亜 なるほど。
純 調査する必要がありそうね。
圭吾 ない！ 全然ない。
香織 行くで。みんな。
全員 おー！
圭吾 来んな。お前ら、くそ、それ以上近づくと容赦せんぞ。
純 それはこっちのセリフよ。かかれ。
圭吾 ひえ〜。
しばしアクションシーンをお楽しみください。如何に体力的に勝った圭吾でも、４人に一斉に
襲われると逃げ切ることは出来なかったのであった。疲れて倒れるみんな。
真里亜 熱ぅ〜。
純 これがリア充の暖かさ〜。
圭吾 いやいや。
香織 今なら水ぶっ掛けられても蒸発する勢いやねんねぇ。
圭吾 それは勘弁。
真里亜 身体の芯から脂肪燃焼しちゃう。
圭吾 脂身燃えたら実際、煙すごいから。
真里亜 はぁぁぁ？ 脂身？
圭吾 言い過ぎました。
雪光 先輩方の嫉妬の炎が熱いっす。
香織 お前も血祭りに上げて欲しいか？
雪光 とんでもないっす。
純 （携帯を操作して）さっちゃん…。
圭吾 ぐおぉ
香織 純はホンマ疲れを知らん子やね。
圭吾 あかん、返してくれ。
純 さっちゃんってどこのさっちゃん？
圭吾 いや、どこって。
純 正直に言いなさい。
香織 なんか浮気の修羅場みたいになってんねんけど。
真里亜 かけちゃう？
純 その時、ウチの中の悪魔が目を覚ました。
圭吾 虐めや。もはやこれはれっきとした虐めです！
雪光 さすがに僕も先輩が可哀想になってきました。
香織 分かったよ。そこまで言うなら見逃したろ。純。
純 命拾いしたわね。（携帯を圭吾に返す）
圭吾 どこまで上から目線やねん。。
香織 朝からうちら何してんねやろ。
真里亜 クリスマス、女だけで過ごしたもんね。
ストーブに寄り添う香織。
真里亜 寒さがしみるよね。
香織 素手で触れるもんな。
そこへ新たな登場人物。英司、遊斗の二人がやってきた。
英司 邪魔するで。
雪光 邪魔するんやったら帰って。
遊斗 しゃあない、ほな帰りましょか。
英司 また来るわ。ってお〜い。
遊斗 腕、あげたな。
雪光 あざっす。
真里亜 なあ、雪光。先輩らと付き合ったらアホ、うつるで。
雪光 あ、
英司 アホいうな。苦労人と呼んでくれ。
純 一つ年上の苦労人？
真里亜 二年生二回目の苦労人？
香織 今年もやばい苦労人？
遊斗 ちょ待って。僕は留年してないから。
香織 してないにもかかわらず、アホがうつって今では同じ穴のムジナっちゅう話や。雪光。あんなんなってええんか？
雪光 微妙？
英司 誰が微妙やねん。英司先輩は僕の目標ですぐらい言え。
雪光 そこまでは、ちょっと。
英司、遊斗はごそごそと鞄を開けながら。
英司 姫子先生は？
圭吾 まだ来てないですけど。
遊斗 嘘、来てるはずやで。
圭吾 なんで？
遊斗 朝飯、注文メール来たから。ヤマザキ「ランチパック」厚い男爵いもコロッケとバナナオレ。
香織 なんで注文取ってるの？
英司 いやぁ、二学期美術欠点取ったから、罰ゲームで冬休み中俺ら姫子先生の御用聞きせなあかんねん。
な。
遊斗 ま、それで後々単位何とかしてもらえるなら安いもん。
純 進級掛けて奴隷に成り下がったってわけね。
真里亜 ええん？ そんなんして。
遊斗 ええの。
英司 姫子先生ぇ。朝飯、買ってきましたよぉ。
がちゃ。準備室のドアの音がしてパジャマ姿、ナイトキャップの女が現れる。
英司・遊斗 お早うございます。姫子先生。
姫子 おはよう。
英司 ご注文のおめざです。
姫子 ありがと。じゃこれ。（と小銭を置く）
遊斗 毎度あり。
姫子 （袋を確認）明日は「カシスジャム＆ホイップ」にしてね。
英司・遊斗 分かりました。
姫子はそのまま準備室へ消えていく。
圭吾 おったんや。
香織 すげえ。
雪光 あそこ、姫子先生の家やったんですね。
圭吾 まあ住んでるいう噂はあったけどな。
真里亜 まさかホンマに住んでるとは。
英司 さてと、配達も終わったし、数学の欠点補充でも行くか。
圭吾 お疲れ様です。
英司 ん？ 圭吾、さっきから何やってんねん。
圭吾 いやね、これ、壊れとるんです。なんぼやっても点かんくて。そや、姫子先生。ストーブ壊れたみたいなん
すけど。
姫子 （奥から）英司く〜ん。悪いけどストーブ、見てあげてくれない。いい子いい子したら点くから。
英司 まじっすか？
姫子 できる？ 出来ない？ どうなのぉ？
英司 もう、買い出しの次は修理かよ。
遊斗 人使い荒いっすね。姫子先生も。
英司 出来ます、やってみます。
姫子 お願いね。
香織 完全奴隷やね。
真里亜 ちょっと可哀想になってきた。
純 アタシも欲しいな、奴隷。
雪光 わお。
英司 どれ、見せてみ。
圭吾 すんません。
遊斗 英司さん、あれで意外と器用なとこあるからな。
純 そうなの？
遊斗 うん。
英司 （覚悟を決めて作業に入る）燃料よし、燃料供給ライン微調整完了、火種よし、安全装置解除確認。完了。
真里亜 なんか本格的。
ポンと手を置いたのはストーブ。
英司 お前の気持ちは分かる。長いこと毎年一生懸命働いても、ストーブやねんからついて当たり前みたいに
思われてこき使われて。辛かってんな。悔しかってんな。うん。分かる。オレには分かるよ。
香織 何あれ？
遊斗 最後の仕上げ。情に訴えてるねんな。
真里亜 ふぇ〜。
雪光 効果あるんでしょうか。
圭吾 俺らの理解を超えてる。
雪光 そしてあの構えはっ。
英司 はぁあああああああっ。（覇気をためる）
純 もしや留年生にしかできない奇跡の技！
真里亜 それは！
純 昭和式家電修復方！！
英司 とひゃぁあああああっ！！
バフンと小音がし、赤々と燃え始めるストーブ。歓喜する一同。
香織 ストーブぅううう。
英司 姫子先生。点きましたぁ。
姫子 （奥から）さんきゅ〜。
英司 さ、行こか。
遊斗 ですね。
雪光 先輩、まじかっこいいです。
英司 いやいや。
真里亜 まさかの技が見れるなんて。
純 いいモノ見せてもらったって感じね。
圭吾 英司さん、ただの留年生じゃなかったんだね。
英司 まあな。
遊斗 さすが苦労人にしか思いつかない落としのテクニック。
英司 ま、だてに留年してねえって事よ。
真里亜 あのさ、ウチに壊れてるプレステあんねんけど、それも直せる？
香織 それ、無理やろ。
遊斗 いや、今の英司さんに不可能はない気がする。
英司 そうか？ そう？ 持ってきなさい。なんでも直しちゃうから。
真里亜 うん。お願いしちゃう。
雪光 よ！ 修理のカリスマ！
英司 おだてるなって。照れるやろ。
拍手の中、満面の笑みを浮かべ満足そうに腰を下ろす英司。不幸にもそれは点けたばかりの
ストーブの上であった。一瞬の間。
香織 あ。
英司 あっづ！
ばっと仰け反る英司。あまりの熱さにもだえ苦しみ、周りを巻き込み大パニック。そのまま
バランス崩してイーゼルへ向かって倒れていく。
圭吾他 危な〜い！
教室の明かりが一瞬で消え、イーゼルだけに明かりが落ちている。シルエットのストップ
モーション。何かがぶつかり、倒れる音。破壊音も聞こえた。やがて人々は静かに四方へ
散らばっていく。
『分かれ道でゴキブリは迷わない』
再び明かりが美術室に戻ってくると葵の姿。イーゼルとは違う場所でスケッチブックに
向かっている。描いているモノは鉛筆画で自分の手。左手を眺めては形を整え、スケッチ
ブックに向かう。なぜか苛ついているようにも見える。葵は今まで描いていた紙に絶望した
かの用にぐたぐたの曲線を書き、次のページを開く。大きく息をする。一人の少女が教室
をのぞいた。
沙穂 葵、葵。
葵 （気付いて）沙穂？ 何してんの。
沙穂 それ、こっちの台詞やん。一人？
葵 圭吾おらへんで。
沙穂 その方がええねん。
葵 え？
沙穂 ちょっと入ってええ？
葵 あ〜？ う〜ん、ま、ええよ。
沙穂 昨日、ごめんな。大事な話してるとこ、邪魔した？
葵 大事な話って、誰と。
沙穂 圭吾君と。
葵 いや、何もそんな話してへんかった。
沙穂 嘘。なんか教室開けたら変な空気流れてたもん。めっちゃ間、悪いとこ来てもうた感じ。葵絶対怒っとった
もん。
葵 怒ってないって。こっちこそ変なこと言うてごめん。
沙穂 あぁ、あれ。ちょっとな。恥ずかしいし。
葵 忘れて。ホンマごめん。
沙穂 うん。でもなんかウチに出来ることあったら、また、言ってみて。出来るかどうか分からんけど。
葵 あるがとう。
沙穂 親友、やもん。ね。
葵 おまえ、その単語こそ恥ずかしないんか。
沙穂 …、そやね。改めて言うと恥ずかしいな。
ん？昨日何があったの？
沙穂 あのさ、忙しい？ 冬休み。
葵 いきなりやな。何それ。
沙穂 水泳部って今、暇なん。
葵 まあ冬やからな。
沙穂 美術部は？ 忙しい？
葵 そら、コンクールまで後一月ないからな。忙しいよ。
沙穂 どっこも行けんぐらい？
葵 行けんぐらい。
沙穂 息抜きも？ 買い物も？ 映画って気分じゃないけど美術館ぐらいやったら付き合ってあげてもいいよ。
葵 何やそれ。
沙穂 昔っから葵は思い込んだらばぁ〜んみたいなとこあるやん。ちょっと空気抜いた方がいいときもあるかな
って。
葵 余計なお世話じゃ。どうせ暇やから遊ぶ相手欲しいだけちゃうん。
沙穂 バレた。
葵 バレバレじゃ。
沙穂 バレバレか。
葵 お前、他に友達居るやろ。水泳部の奴でも、クラスでも。
沙穂 居るけどな、たまには葵をおちょくるのも楽しいかなって。
葵 そんな理由か。それやったら遠慮しとく。
沙穂 うそ、おちょくらへん。おちょくらへんから。
葵 なんせ今は忙しいの。他の奴と行ってこいや。
沙穂 おもんない。
葵 どうせオレはおもんないです。
沙穂 ちぇ。
葵 そんで？
沙穂 ん？
葵 何処行きたいの。
沙穂 （笑）個人的にはカウントダウンコンサート。
葵 深夜徘徊やん。
沙穂 憧れてるねん。
葵 沙穂んとこ門限七時やろ。
沙穂 それは中学のとき。今はもうちょっと遅なりました。
葵 何時？
沙穂 八時。
葵 無理。
沙穂 半。
葵 全く意味ないから、その三〇分。
沙穂 だからね、言うてるやん、憧れって。現実的なところとしては、西宮ガーデンズにお買い物。
葵 オレと？ オレと行ってもしょうがないやろ。
沙穂 あかん？
葵 あかん。あいつと行ったらええねん。
沙穂 あいつって？
葵 圭吾。
沙穂 なんで？
葵 そのストラップ、圭吾にもろたやろ。
沙穂 なんで知ってるん。
葵 オレはなんでも知ってる。どっかのブランドのストラップらしいぞ。
沙穂 ブラン・ピーナッツ。結構可愛いなって思て。
葵 そんで、いつから、その、圭吾と付き合ってんねん。
沙穂 付き合ってるって感じでもないねんな、それが。
葵 へぇ、じゃ、どんな感じ？
沙穂 言い寄られてる。
葵 なんや、嫌やったら嫌って言うたらええやん。
沙穂 でもな、なんか圭吾君見てたらオモロいから。そんだけ。
葵 勝手にせえ。
間。沙穂はぐるりと何かを探す。
沙穂 圭吾君のは？
葵 圭吾のは、あれ。
沙穂 ふぅん。
沙穂はゆっくりと圭吾の作品に近づく。ちらりとその様子を見た葵は自分のスケッチブックに
注意を戻す。
沙穂 不思議。
葵 何が。
沙穂 あの人、こんなん描くんや。（ここで圭吾の絵についての何か）なあ、圭吾君ってどんな人？
葵 アホ。
沙穂 それから？
葵 単純。
沙穂 それから？
葵 直球投手。変化球は投げられへんタイプ。投げたと思ったらすっぽ抜け。
沙穂 分かるわ。
葵 シンプル。オレに無いものをちゃんと持ってる。
沙穂 ゴキブリみたい。
葵 何があっても生き残る。ある意味そうかもな。
沙穂 シンプルで、迷いがなくて。エサや、行け。敵や、散れみたいな。ある意味うらやましい。
葵 沙穂、なんか言いたいことあるんやったらちゃんと言えよ。
沙穂は葵に聞きたいことがあった。ちょっと決心してチャレンジ。
沙穂 目の前に道があってな、どっち行ってもええねん。そんなとき自分の行く道をどうやって決めるかって。
考えたことある？
葵 そら、なあ。どの道がどこへ続く道かによるんちゃう。行きたい方に、行くやろ？
沙穂 じゃ、どっちの道もどこにつながってるか分からん時は？
葵 そら難しいけど。
沙穂 そやろ。右に行くとするやん、じゃ、左の道にあるお店とか綺麗な景色とか、左の道を歩いてくる人には
会われへんってコトやんな。
葵 そらそうやけど。分かれ道でじっとしとくのもな。
沙穂 葵はそんなこと考えたことない。
葵 どやろ。
沙穂 ゴキブリやったらきっと考えへんねやろな。こっち、行け、以上みたいな。
葵 圭吾のこと？
沙穂 ちゃうよ。ゴキブリ。
葵 いっぺんあいつに聞いてみ。こんなとき圭吾やったらどうするかって。意外と役に立つこと言うてくれるかも
よ。
沙穂 あかんねん。ウチは葵がどう言うか、聞いてみたかってん。子供の頃からずっとウチのこと見ててくれた
から。
葵 近所で遊んどっただけじゃ。
沙穂 それでも。
振り返らず沙穂が聞く。
沙穂 あのさ、もしウチが圭吾君と付き合うって言ったら、葵はヤキモチ焼いたりする？
葵 オレが？ 沙穂に？
間。スケッチブックに変な線が入ってしまう。
沙穂 無いよなぁ。
葵 無いやろ。
沙穂 ウチ、何聞いてんねやろ、ちょ〜ハズカシ。
葵 恥ずかしいねやったらアホなこと聞くな。
沙穂 ごめ、ごめ、忘れて。
葵 あ〜、もう。スケッチブック一枚無駄にしたやんけ。
沙穂 申し訳ありませんでした！ 帰ります。失礼しました。
葵 ああ、お疲れ。
鞄を持って出て行こうとする。スケッチブックをめくった葵は、真っ白な画用紙を前に
何かを思いつく。
葵 あ、考えたこと、ある。
沙穂 え？
葵 いや、目の前に道があって、どっちに行こうかって。
沙穂 どんなとき。
葵 真っさらな画用紙前にしたとき。真っ白な画用紙には無限の可能性があるから。画用紙に負けんぐらい、
お前には可能性があるんかって問われてる気がする。
沙穂 可能性か。
沙穂はイーゼルのそばにふと立ち止まる。
沙穂 あのさ、これ、何処まで出来たん？ コンクール出す作品でしょ。
葵 まだ。
沙穂 ちょっと見ていい？
葵 見んでいい。
沙穂 ケチやな。
葵 ケチで結構。触んなよ。
沙穂 ちょっとだけでええから。
そういうと沙穂はキャンバスにかけてある布をめくろうとする。
葵 あかん。
沙穂 なに？ ひょっとしてこれ、葵のラブレターやったりして。誰に書いたん？
葵 ちゃうわ。もう、帰るんちゃうんか。
沙穂 帰るからさ、ちょっとだけ。な。
沙穂は布に手をかけた。
葵 触るな言うてるやろ！
沙穂 えっ？
びっくりして肩からカバンが床に落ちる。
葵 それまだ、誰にも見せたないねん。悪い。
沙穂 …ごめん。
葵 いや。
沙穂 帰る。
葵 じゃ。
なんかすごい罪の意識が沙穂に沸いてくる。急いでカバンを拾い上げると、沙穂は逃げる
ように美術室を後にした。何かにとらわれたようにスケッチブックに集中する葵。葵とイーゼル
を残し、部屋の明かりが落ちていく。やがて葵の姿も見えなくなり、イーゼルだけが舞台に残された。
『お説教』
暗闇の中、次のシーンに向け役者の板付き。やがて声が聞こえる。
高木 バカもぉン。
明かりが点くと直立不動の高校生たち。特に英司と遊斗は机の上で正座している。
うろついているのはいかにも怖そうな高木先生ご立腹中。
高木 何の騒ぎや思て来てみたら、部外者引き入れて美術室で大暴れするわ、生徒らだけで勝手にストーブ
点けるわ、教室焦げ臭いわ。美術部はどないなっとるねん。お前ら学校燃やす気か？
圭吾 すいません。
高木 おまけに大畑に小野。
英司 はい。
遊斗 おまけって言われちゃった。
高木 お前らのおるところにろくな事はない。
英司 そこまで酷くはないと思うンですけど。
遊斗 ねえ。
高木 いや、ひどい。玄関のガラス割ったり、実験室で爆発騒ぎ起こしたり。プールの授業中に海パンなくしたり。
遊斗 あれは笑えました。
高木 笑えるか。わいせつ物陳列罪じゃ。街でやったら捕まるんじゃ。
英司 あれは事故やったんです。
高木 ほんで？ これも事故か？ この半分焦げたか燃えたかしらんズボンも事故か？
（おしりがシースルーになっている制服のズボンを高々と上げる高木先生。英司さんは
いま何はいているの？ あ、膝掛け腰に巻いてる）
英司 はい。
高木 何でや、お前らの行くとこ次から次に事故がついて回るのはなんでや？
英司 さぁ、何でなんでしょうね（笑）
高木 スキが多すぎるんじゃ！ アホ、ぼけ、カス。
遊斗 言い返せない。
高木 なぁ、頼むからうろうろすんな。大人しゅうしてくれ。生徒指導部はな、生徒を正しい方向へ導くから生徒
指導部なんや。このままではお前ら専属事故処理係になってしまうやないか。
英司 お世話になってます。
高木 誰が世話するか。ホンマ。
雪光 あのぉ
高木 なんや？
雪光 高木先生、勝手にストーブっていいますけど、英司先輩は姫子先生に頼まれてストーブ修理してたんです。
香織 これ、ホントです。
高木 あん？
真里亜 あたしも、証人です。
高木 黙れ部外者。用もないのにのこのこ美術室まで来ているお前らの発言が信用できると思うか？ あ？
香織 ひっど。
高木 ひっどない。おい、そこの一年。名前は。
雪光 一組の伊達です。
高木 伊達か。よっしゃ。お前今姫子先生が大畑らにストーブ修理せいって頼んだ言うたな。
雪光 はい。
高木 ええこと教えたろ。こいつらにストーブの修理頼むっちゅうのはな、カブトムシにヒモ付けて車引っ張らす
ようなもんじゃ。（日替わりでお願いね）
純 先生。たとえがよく分かりません。
高木 荷が重い。
間
雪光 かえって分かりにくないですか？
高木 やかましいんじゃ、おんどれ。だあって聞いとけ。
圭吾 分かりました。すんません、後でよう教えときますから。
雪光 先輩。
圭吾 もう、お前しゃべるな、な。
高木 ほんでや、肝心の姫子先生は何処いったんや。（準備室に向かって）姫子先生。先生。
雪光 それが…。
圭吾 姫子先生、自由すぎるんでどっか行ってしもたみたいです。
英司・遊斗 自由だぁ〜
高木 この大嘘つきが。姫子先生は突然蒸発したり消えたりせん！ 理由はただ一つ。姫子先生は初めっから
おらんかったんや。
純 決めつけたわ。
香織 後には引かんな、高木。
高木 何？
香織 …先生。
高木 ええか、ここは美術室や。お前らがしょうもないことして壊したらあかん高価な作品とか、大切なもんとか
あるやろ。もしそんなことになったらどう責任取りますか？ 取れますかっちゅうことや。
英司 身にしみてます。
高木 せやろ。例えばこれ。石膏で作った芸術品は一度壊れたら決して元には戻らない。不可逆反応や。
言えるか、不可逆反応。
純 不可逆反応。
香織 不可逆反応。
真里亜 ふきゃきゃくきゃんのう。
高木 言えてない、全然言えてない。不可逆反応や。な。
雪光 あのぉ〜。
圭吾 ちゃい！
雪光 でも…。
圭吾 ええから。今は話を聞く。
高木 なんや、そこの一年一組伊達くん。
雪光 その芸術作品、僕のです。僕が作りました。
高木 僕の？ 君のか。
雪光 はい。なんか他の人に初めて作品を芸術だって分かってもらえて、正直嬉しいです。
高木 そ、そうか。いや、これは中々いけてる。ああ、シュールリアリズム？
雪光 先生、分かってますやん。作品名はヴィー茄子。
高木 でも、高価な作品というわけでは…。
雪光 ないです。
高木 先生もそう思ってた。そう思ってました。けれどや、自分の大切に作り上げた作品はお金では買えない。
プライスレスちゅうやつやろ。
遊斗 耳が痛いです。
英司 ごもっとも。
高木 それを一時の楽しみのために壊してしまったらどうする。
圭吾 どうしよ。
雪光 そうっすよね。
英司 おれ、謝るから。
遊斗 でも謝っても、なぁ。
香織 取り返しは
真里亜 つかへんし。
純 ね。
急速に高まる反省モード。みんなの目線は舞台中央のキャンバスに注がれている。
高木先生は自分の言葉が生徒たちにここまで深く届いていることに感動する。素直な
いい子たちじゃないか。
高木 そうか、分かってくれたか。
英司 先生、心が痛くて折れそうです。
高木 よし、お前ら全員、その気持ちを忘れないために今から職員室で反省文。書けるまで何時間でも付き合っ
たるからな。分かったか。
全員 え〜。
高木 分かったんか。
全員 はい。
そこへやってくる葵。結構高めのテンションで登場する。
葵 おはよう、さび〜なコン畜生。って高木先生。みんな？
圭吾 よ。
雪光 お早うございます。
葵 おはよう。何か、あったんですか？
高木 いや、ちょっとしたぼや騒ぎがあってな。大畑のズボンとケツがちょっと焦げた。
葵 あぁ〜、ええ？！
英司 葵。後でちょっと。
葵 はい。
英司 話したいことあるから。
遊斗 オレも。
圭吾 オレも。
純 ウチらも、ね。
真里亜 うん。
葵 オレ、なんかした？
香織 ちゃうねん、そういうことじゃないねんけど、あっしら今から職員室、連行されるから。
葵 え〜、連行って。
雪光 絶対約束してください。ヤケだけは起こさないって。
圭吾 オレからも、頼む。
高木 じゃ、行こうか。
全員 （静かにうなずく）
葵 何？ 何があったん？ 圭吾、雪光。
部屋の明かりが少し落ち、イーゼルのキャンバスだけに明かりが強く当たっていること
が分かる。
葵 お前らまさか、オレの絵。
そう言うと葵はキャンバスに駆け寄る。みんなは悲鳴のような声を上げ葵を制する。
一瞬のストップモーションと同時にイーゼルを残し全ての明かりが消えた。
『苦労と感動』
まったりとした休日の午後。窓の外からはグラウンドの雑音が流れ込む。野球部の
練習試合中。圭吾は自分のキャンバスに、雪光は窓の外に向かい、葵は作品ストックを
チェック中。
圭吾 おい、雪光。今度の展覧会、いつか分かってんのか。
雪光 ………。（野球がいいところ）
葵 なあ。
雪光 あ、すいません。聞いてませんでした。
葵 展覧会。いつか分かってるかって、圭吾が。
雪光 一月っすよね。あと三ヶ月ってとこですか（カキーンって音。ちょっと歓声。野球が盛り上がってる）やった回
れまわれ。
葵 何見てんねん。
雪光 いや、野球部が練習試合してるみたいで。相手どっかよそから来てるんですよ。
圭吾 のんきな奴や。そんなに野球が良かったら入部してこい。
雪光 無理っす。
圭吾 ワシもそう思う。。
葵 締め切り迫って泣いても知らんぞ。
圭吾 居残りとか絶対付き合ったらんとこな。
葵 ああ。
雪光 いいっすよね、高校野球は。ね、先輩。
葵 何が。
雪光 勝っても負けても。さわやかで。
圭吾 まあな。
雪光 ええなあ。校歌が流れるじゃないですか。みんなワーッて歌うっしょ。感動やぁ。
葵 歌うときが感動なんか。
圭吾 ちゃう、そうやなくて。あれ、そうかな。ちゃうって。点取ったときかな。ちゃうな。
雪光 そうですって。野球って何が感動なんかわからへんのですけど何か感動するやないですか。
葵 まあな。
雪光 そこんとこ、気になるんです。
圭吾 なんで。
雪光 同じ高校生やのに、下手でも感動してくれるんですよ。僕ら下手やったら誰も感動してくれへんじゃない
ですか。不公平ちゃいます？
圭吾 ははーん。それで世の不条理を怒ってるんやな。
雪光 違います。怒ってるわけやないんですけど。不思議やなって。それより、何かその感動をすーっと作品で
表現でけへんもんか考えてるんです。
圭吾 すーっとね。なめたらあかんぞ。芸術は奥が深い。
葵 野球かって奥は深いねんで。いっしょやん。
圭吾 ちゃうで。あいつら真剣やんか。
葵 オレらかって真剣やろ。
雪光 汗かいてますよ。キラッと。
葵 オレらかって、汗書いてるで。ドドッと。
圭吾 えーっと、練習がつらい。
葵 何言ってんねん。練習、楽なんか。デッサンとか。
圭吾 ああ、つらいよな、あれは。そうか一緒か。
雪光 そうでしょ。同じだけ苦労してるはずやのにかたっぽは感動の嵐で、もう方っぽは「ふーん」て皆に思われ
る。何かもっと自然に感動させる方法はないかと。
葵 自然ちゃうやろ。オレが思うに雪光は楽したいだけなんやろ。楽はないで。
雪光 楽したいだけなんすかね。
とそこへ姫子先生が入ってくる。
姫子 何が楽なん。
葵 あ、姫子先生。会議終わったんですか。
姫子 うん。長かった。お、圭吾君。そこに手を入れましたか。
圭吾 ちっちゃくまとまりそうやったんで。どうっすか？
姫子 賛成かな。でも一段世界変わるから時間かかるかも。
圭吾 でもここは行くでしょ。
姫子 行っちゃって。チャレンジャー。
圭吾 はい。
姫子 で。敢えて楽を選ばない圭吾君に対して誰かな？ 楽しようなんて考えてるの。
圭吾 いや、雪光がね。楽して感動させる作品をつくれないもんかって悩んでるんです。
姫子 楽して…か。
雪光 ちゃいますよ。僕らがむしゃらに作品作ってるけど、もっと効率よく感動させる方法を忘れてるんじゃない
かと。
姫子 効率よくね。
葵 何でもそうやろ。野球かて感動させる試合しようと思ったら並大抵の苦労と違うんやで。オレらじーっと座っ
てあーでもない、こーでもないってウジウジ考えてるだけなんや。あいつらは苦労の量が違うんやって。
姫子 苦労の量か〜。
雪光 そんなん、やっぱり違いますって。僕の言いたいのは、単位苦労あたりの感動なんです。
葵 単位苦労って雪光、変な理屈持ち出しやがった。
圭吾 なんかムカつく。
雪光 単位はカロリーになるのか分からないですけど、同じ数だけ苦労して、どれだけ感動させるかっすよ。
圭吾 油絵一枚描いて八百キロカロリー消費したから、体脂肪率が一パーセント下がりました。ムキムキです。
姫子 なんか、ダイエットみたい。
圭吾 だったら、カロリーとちゃうでしょ。えーと、苦労やから「クーロウ」。
雪光 そうか。油絵一枚で二十クーロウしましたから……。あれ、感動にも単位いりますよね。
葵 そうやね。じゃ「カンドー」。
姫子 安直。
葵 すんません。
雪光 わかりました。感動したら、じーんて来るから「ジーン」てのはどうっすか。
圭吾 ええな。でも、もっと強烈に「ガーン」の方がええんちゃう。
姫子 それ採用ね。「クーロウ」も安直ちゃう。
雪光 そうっすね。うーんてうなるから、「ウーン」。
葵 なんかきちゃないやろ。
圭吾 じゃあ、ひーひー苦しむから「ヒーヒー」。
葵 それ、やらしい。
雪光 ほな、「ヒーハー」。
姫子 いっしょやん。
葵 もう、安直やけど「クーロウ」でいいじゃないですか。物理のクーロンみたいでかっこいいし。
雪光 そうっすね。決まり。
姫子 では、さっそく使ってみましょう。（と圭吾の作品へ行って）現在のこの作品の苦労は。
圭吾 四十クーロウぐらいかなあ。でも最終的には八十クーロウまで持って行くつもり。
姫子 じゃ、感動は。
雪光 三ガーン。
圭吾 なんでや。八十に対して三か？
姫子 （今度は雪光の作品へ行って）これは。
雪光 四十一クーロウ。
圭吾 これのどこが、四十一やねん。なんでオレのより…。
姫子 （無視して）じゃ感動は。
圭吾 うーん、ゼロ……。
雪光 （押し退けて）十五ガーン。
圭吾 汚ねぇ。
姫子 主観やから仕方無いやん。
葵 ガーンか。次はオレの、見てもらえます。クーロウだけは負けてないっすよ。
圭吾 お前はどうせ上手いよ。
つづく…
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