創作脚本の部屋へ 作：ハイジ 潤色 ごのい
【キャスト】
幸太郎 男 高三
ほづみ 女 高二
一太郎 男 中二
晃 男 高三
真緒 女 高三
彩 女 高三
健之助 男 高二
恵 女 高二
萌枝 女 お嬢様
河合 女 萌枝の召使い
母（真知子）
父（源太郎） 声のみ
ＤＪ 女 声のみ
「海の家」
ここは田舎の浜辺にある真夏の海の家。カウンター、テーブルとイス、パネルには
メニュー表なんか欲しい。上には数々のうきわがぶら下がっている。シャチなんか
あったら面白い。カウンターのラジオから夏らしい音楽が流れている。首からタオルの
女、ビールやジュースの段ボールを豪快に抱えてやってくる。
真知子 ほづみ、サイン！
机にそれを置くと汗をぬぐう。休む間もなく給水。
真知子 ほづみ？ おらんの？
ほづみ （奥から）居る〜。
真知子 ほな、サイン。母さんまだ他に回らなあかんねんから。
ほづみ 自分でしてよ、サインぐらい。
真知子 あほか。どこの世の中に自分で配達して自分でサインする宅配便がおるねん。
ほづみ （やっとでてくる）はいはい。お待たせしました。
真知子 そんなんやったら自分で飲むぞ。
ほづみ ここ？
真知子 ここ。
さらさらとサイン。ペン返却。
真知子 毎度。あ、お茶ある？ さすがに今日は暑い。
ほづみ え〜、今さっき冷やし始めたばっかりや。
真知子 ええよ、それで。
ほづみ うん。
真知子 ごめんな。
ほづみは水筒を受け取ると店の奥へ。真知子はもう一度汗をぬぐう。ラジオから
ＤＪの声。
ＤＪ お送りした曲は、デフテックのパシフィック・アイランド・ミュージックでした。いやぁそれにしても暑いですね。
予報では本日の最高気温３５．５度、体温並みですよ、みなさん。すごいですねぇ。ホントどこに出しても
恥ずかしくない真夏日ですよねぇ。なるとＦＭのあるここ、エスカヒル・スタジオのブースから見える空には
雲一つありません。真っ青です。海の青、空の青って感じ。ホントに台風来てるんですかね。蒸発
しちゃったんじゃないかしら。暑い中お仕事の皆さん、がんばってくださいね。夕方には冷たぁい
ビールが待ってますから。皆さんからのメッセージはメールやホームページでお受けしてます。
なるとＦＭホームページからメッセージの項目へ進んでくださいね。リクエストも募集してますから
どしどしどうぞ。それでは「暑い中部活の練習頑張ってますっ！」っていう洲本実業高校１年生、Ｋちゃん
からのリクエスト、シュガーレイの「Ｅｖｅｒｙ Ｍｏｒｎｉｎｇ」
音楽スタート。その間真知子は晴れ渡った海と空を、まぶしそうに眺める。汗。
ほづみ 氷何個か入れとくぅ？ ほなすぐ飲めそう。
真知子 頼む。
ほづみ うん。
真知子 お客さんは？
ほづみ そこそこ。
真知子 一人でやってんの？ 幸太郎は？
ほづみ 幸兄？ あてにならへんし。勉強せなあかんって。
真知子 へぇ、勉強。
ほづみ いっちゃんは時々手伝ってくれるよ。
氷の入った水筒をカラカラいわせながらほづみが出てくる。
ほづみ はい。
真知子 サンキュー。働くモノは女ばかりか。
ほづみ 無理せんようにね。
真知子 無理〜。
ほづみ もう。あ、父さんの命日、明日。覚えてる？
真知子 せやな。
ほづみ せやなって、冷たいなぁ。
真知子 …みんなで行くか。 言うても海の家、閉められへんか。
ほづみ 朝早く行ったらええやん。近いねんし。
真知子 起きるか？ 幸太郎。
ほづみ 起こす。もしくは寝かせへんという手もある。
真知子 了解。ほな明日朝、う〜んと７時出発？
ほづみ 半でもええよ。
真知子 ほな７時半出発。余裕やん。
ほづみ だからはよ帰ってね。明日のことは幸兄といっちゃんに言うとくね。
真知子 うん。頼んだ。お茶、サンキュー。
ほづみ いいえ。
真知子はさっそうと店を出て行く。見送るほづみ。よしと気合いを入れ、真知子が
持って来た段ボール箱をまとめて持とうとする。
ほづみ （改めて母の偉大さを知る）うぉ重っ！
音楽。曲中ほづみは一太郎を呼び、荷物を奥へ運んでもらう。着替えを終えた
海水浴客が楽しそうに笑いながら浜へ向かう。やや不審な高校生登場し、ほづみに
挨拶。知り合いらしい。一太郎にも挨拶。先輩らしい。お手伝い中の一太郎をわざ
わざ呼び止め、怪しく笑う。手提げから双眼鏡。二人はそこで結託し、双眼鏡を
浜辺へ向ける。
「浜辺の日常」
二人、ゆっくり双眼鏡をおろすとニヤニヤと笑う顔がこんにちは。
晃 どうよ？
一太郎 す、すごいっすねえ。何倍っすか。
晃 ３０倍。
一太郎 うぉ〜、３０倍。
晃 ええ子おったか？
一太郎 え？
晃 アホかお前。純粋に双眼鏡に感動するな。双眼鏡とは、感動を見つけるためにあるモンや。
一太郎 はい。
晃 ええ子おったんか？
一太郎 い、一応。
晃 どの子や？
一太郎 あの、ピンクのビキニの子なんですけどお。
晃 はっはーん。さてはお前、胸より脚見る派なんやな。
一太郎 ま、まあ、そりゃあねえ。絶対領域とかいいますしぃ。
晃 甘い、甘いぞ一太郎。肝心なんは胸の形や、フォルムや。まあ、一太郎にはまだまだ早いかもしれんけど
なあ。
一太郎 大人の世界ってやつですね！
晃 この俺でもつい先日禁断の扉をオープンしたんや。
一太郎 禁断の扉？
晃 １８歳以上しか入ることの出来ない扉や…。
一太郎 おおおおお。
晃 一太郎も、その扉を開けれるような歳になったら分かる。胸の良さが。
一太郎 まだ中二なんで…あと…。
晃 １４か？
一太郎 はい。
晃 あと４年やな。
一太郎 長いっす…。
晃 まだまだだね、ふふん。
一太郎 そういう晃先輩はどの子がお気にめしたんですか？
晃 聞きたいか？
一太郎 ぜひとも！
晃 いいとも！ 構え！
二人とも双眼鏡を構える。さっきから二人の会話を聞いていたほづみが布巾を投げる。
一太郎 うわ。
ほづみ よい子は見てはいけません！
晃 手ぇ出さんといてくれほづみ。これは男の最高の楽しみなんやから。本屋も隣の町しかないド田舎のこの
村で、唯一俺の心を満たしてくれるこのビーチ！ ビーチ・オン・ザ・お姉さん！ そのお姉さんさえも
ド田舎というせいで数人しかおらん！ その絶滅寸前のお姉さんを観察するというこの貴重な体験！
それを阻害するんか！
ほづみ いっちゃんに変なこと吹き込まんといてくれますかね。おまけにビーチ・オン・ザ・お姉さんって…。
晃 あれ、逆？
一太郎 大丈夫やってほづ姉。僕な、今大人になってる最中やねん。
ほづみ 海の家から水着の女の人を双眼鏡で観察すんのは大人じゃなくてただの変態や。
晃 男のロマンや！
ほづみ 彩先輩にまた怒られますよー？
一太郎 彩先輩って、晃先輩の彼女さんの？
ほづみ そうそう。
晃 彼女が居ようが居まいが男のロマンはまっとうさせてもらうで！
ひょっこり顔をのぞかせている彩。
彩 晃きゅーん。
晃 こ、このいかにも怒ってますっていうオーラを放ちながら俺の名前を呼ぶのは！
ほづみ・一太郎 （敬礼）
晃 （敬礼）
彩 あ・き・ら・きゅーん？
晃 やあ、凶暴胸なし女。
彩 ちょっと面かせや。はさみ鼻の穴につっこんで鼻の穴一個にしたる。
みんな だー！（制する）
奥から幸太郎登場。
幸太郎 遅かったか。
一太郎 あ、幸兄。ぼ、僕どうしたらええの？
幸太郎 ご冥福を祈っとけ。（敬礼）
晃 おぉ、幸太郎。（彩と格闘中）
幸太郎 お前また双眼鏡でビキニのお姉さん見てたんか。
晃 なんで分かったん！？
幸太郎 彩の反応見れば。
彩 何回ゆーたら直してくれるん？
幸太郎 彩が晃という人間を彼氏にしたのが悪いと思うけどな、俺。
彩 一生の不覚。
ほづみ 幸兄、起きてたんや。
幸太郎 おぉ。
晃 いっつも夕方まで昼寝してんのに、めずらしいな。
一太郎 もはや昼寝じゃないところが幸兄の凄いところやねん！
幸太郎 彩の声が奥まで響いて寝られへんかったんや。
彩 うちのせいかい。
幸太郎 彩を制するやつおらんと晃の明日はないと思ってな。しゃーなし起きたった。ほら、彩。晃の秘密兵器、
俺が没収しといたるから。
晃 こら、幸太郎。お前どっちの味方やねん。
幸太郎 どっちの味方でもない。俺は安らぎを取り戻したいだけや。心配すんな、冬鳥が来る頃には返したる。
彩 へぇ、晃、女の子だけじゃなくて野鳥にも興味あんの。
晃 ちくしょ〜！
一太郎 流石幸兄！ 心広いな！
ほづみ そんないっちゃんに幸兄は救われてると思う。
幸太郎 んで、二人は痴話げんかしにここまで来たんか？
彩 せや、要件忘れるとこやった。
晃 おぉ、彩がな、英語の単語集貸してもらおって。
彩 んでこいつはあたしのハッピーセット。
幸太郎 まじめちゃんな彩が教材ないとかめずらしいな。
彩 ごんに取られちゃって。
一太郎 ごん？
彩 愛犬。でっかい犬でな、一回とったもんは返してくれへんねんよ。
幸太郎 え〜、単語集？ こっちもって来とったかなぁ？
幸太郎はける。
ほづみ 彩先輩大学受験するんですよね？
彩 うん。東大目指してるから。
ほづみ うそ！
晃 そんなん明るいだけのとこ何がええねん。
彩 その灯台ちゃうねん。
ほづみ 東大かあ…、やっぱ彩先輩はすごいですね。
彩 えへへ。
単語集を持ってきた幸太郎が帰ってくる。大学の話してる。やな予感。
一太郎 幸兄も大学行くねんで。
幸太郎 え？ …まあ、うん。
ほづみ 晃先輩はどうするんですか？ 進路。
晃 俺の知り合いにな、「音楽が彼女や」ってゆーて無計画で東京いったアホがおってな。駅前とかで歌ってる
らしいねんけど、そいつに負けたくないから俺も東京いって音楽する。
一太郎 すっげ！ すっげ！
ほづみ …晃先輩らしいですね。
彩 楽器も何もないのにやで？ アホ通りこして無謀としか思われへん。
晃 俺にはコイツがおる！
どっかで見たことあるようなギターのおもちゃ。ジャーンって鳴らしてみたり。
一太郎 すっげー！ 何ですか？ それ。
晃 その知り合いが使ってるもんと同じもんやねん。おもちゃやって馬鹿にしたら後悔すんで。
幸太郎 ある意味感心する。
一太郎 僕もでっかくなったら建築士んなってこの海の家五階建てにするねんで！ すごいやろ？
彩 一太郎くんなら出来るわ、きっと。
晃 幸太郎はどこの大学いくん？
幸太郎 え？
晃 村出て大学、行くんやろ？
幸太郎 一応な。
一太郎 すっげ！ やっぱり幸兄格好ええ！
ほづみ じゃあたいがい高三の先輩らはこの村出ちゃうんですね。
彩 多分な。
ほづみ 寂しなるなあ。
一太郎 大丈夫やって！ ほづ姉には僕がおるやろ？
ほづみ ありがとう。
彩 ほづみちゃんは進路とか決めてるん？
ほづみ うちですか？
晃 もしかして海の家継ぐとか？
ほづみ はい。
幸太郎 え？
晃 おぉ。冗談のつもりが当ててもうた。流石俺。
ほづみ 約束ですからね。
彩 約束？
ほづみ 死んだうちの父さんの。
一太郎 僕がまだ３歳の時にな、海で溺れてた女の子助けて死んじゃってんて。僕、まだチビやったから覚えて
ないんやけど。
晃 彩のせいで空気重くなったやろ。
ほづみ いやいや、大丈夫ですよ。
一太郎 父ちゃんは命を救ったヒーローやから。
幸太郎 呑気っていうか、勝手なオヤジやった。家事も仕事も全部お袋に押しつけて、お袋が稼いだ金は全部
この海の家を建てるための費用に消えた。
彩 すごいな…。
晃 ある意味勇者。
幸太郎 それでもお袋はオヤジの側から離れようとせんかった。
晃 わーお。ええなあそういう愛。俺もそんな彼女がよかったなあ。
彩 ほづみちゃん、はさみある？
ほづみ 抑えて。
幸太郎 ろくでもないオヤジやったけど、あの日、溺れてた小さい女の子助けて死んだ時は、本気でみんな
泣き続けた。やっぱり憎めなかった、あのオヤジは。
一太郎 僕は父さんの事ろくでもないって思ったこと一度もないもん。父さんよぉ遊んでくれたで。それだけは
ちゃんと覚えてる！
幸太郎 あのよそモンの女の子さえ浜に来んかったら、オヤジが死ぬこともなかったのにって、悔しかった。
ほづみ 父さんもまさか自分が死ぬなんて思ってなかったやろね。浮き輪持ってちょっと行ってくるって。
晃 天国まで行ってしもたんや。
彩 こら。
ほづみ それが最後の言葉やったわけですよ。ホンマ不思議。父さん海が大好きで「この海の家は絶対ついで
くれ」っていうのが口癖やったから、父さんが一番大切にしてたこの海の家だけは守ろうって決めた
んですよ。
晃 後継ぐんやったら、幸太郎が継いだらええねん。
幸太郎 なんで。
晃 長男やろ？ 普通やで。
幸太郎 古い。お前の考えることは古すぎる。
ほづみ ええんです。幸兄大学行きたい言うてるし、この仕事、嫌いじゃないし。うちも海、大好きやし。
彩 偉いな、ほづみちゃんは。
一太郎 僕も偉いってゆーてや。僕は五階建てにするんやから。
幸太郎 一太郎は体弱いから無理やってゆーてるんやけどな。
一太郎 そんなんやってみな分からへんやんか。
晃 ならお前が一太郎の夢叶えたったらええんちゃうん？
幸太郎 嫌。めんどい。
彩 最低。
ほづみ 幸兄は大学進学するからええんですよ。な、幸兄。
幸太郎 …おう。
彩 幸太郎はどこの大学いくん？
幸太郎 ん？ まだ決めてないけど。
晃 大丈夫なんかそれで。
幸太郎 お前に言われたくない。秋までに決めたら十分なんや。
ほづみ 幸兄といっちゃんを支えるのがうちの役目ですからね。それにこの海の家はうちの生きがいなんです。
晃 ようゆーた！
彩 でもホンマにここなくなったらみんな困るよ。うちら学生のたまり場でもあるしね。
ほづみ でしょ？ 任せて下さいよ。うちがここ守りますから。
幸太郎 守る、か。
「恩返し」
わいわいと真緒、健之助、恵が登場。
真緒 ちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとちょっと。
恵 さて問題です。真緒先輩は「ちょっと」を何回ゆーたでしょーか！
晃 ざっと５…６…７、８、９回。
彩 適当。
健之助 大ニュースやねん。
ほづみ どないしたん？
健之助 さっきものすげえ長くていかにも高そうな車がそこの竹谷食堂の前に止まってな。
恵 そう止まってん。
一太郎 金持ちが、竹谷食堂に？ 何注文するんやろ。
健之助 ちゃうねん。何か話したかとおもたら今度は役場の駐車場に車どぉ〜んって停めて。
真緒 お茶ちょうだい。
恵 うちも。
ほづみ どぞ。（あらかじめ予測していたリズム）
健之助 おそらく。
彩 何よ？
健之助 真緒先輩がいうには、その金持ちがこの村を買い取ってでかいビルどんどん建てて巨大都市にして
まうって！
幸太郎 はあ？
ほづみ ほんまですか？ 真緒先輩！
真緒 うちの言うこと信じへんってわけ？
幸太郎 時々。
ほづみ め、めっそうもございません。
真緒 この海の家の話もしててんで。
恵 ほづみ、どないするん？ この海の家も狙われてるかもしれへんで？
一太郎 ホンマですか？恵先輩。
恵 恵、嘘つかへん。
健之助 現にそいつら、こっち向かってる。
彩 大げさに言いすぎちゃうん。
幸太郎 真緒が勝手に妄想してるだけやって。
真緒 黙らっしゃい。
幸太郎・彩 はい…。
海の家に来訪者。いかにも仕えてますって感じの女性と、お嬢様らしき雰囲気を漂わせている女。
萌枝 すみません。
ほづみ い、いらっしゃいませ。
恵 はい出た。出ましたよ真緒先輩！
真緒 出たね。
萌枝 何が、でしょう？
健之助 気にせんとってください。
晃 おお。都会の香が…。
彩 ほづみちゃん、はさみ。
ほづみ こらえて。
萌枝 ほんと、ここであってるの？
河合 はい。間違い御座いません。
萌枝 そう。
一太郎 真緒先輩、恵先輩、ほんまにこの村この人らに持ってかれちゃうん？
萌枝 持ってかれる？
恵 どうする？一太郎。
一太郎 僕、守る。
萌枝 私の恩人がここにいらっしゃったと聞いて。
幸太郎 恩人？
萌枝 昔、私がここの海で溺れていたところを命をかけて救ってくれた方です。
晃 ん？ それって。
幸太郎 オヤジの事か？ ひょっとして…、
萌枝 貴方、もしかして幸太郎さんですか？
幸太郎 そうです、けど。
萌枝 お会いしたかったです！ っということは妹さんのほづみさんと、弟さんの一太郎さんも？
恵 ほづみは、
ほづみ うちですけど。
一太郎 僕、一太郎です。
萌枝 嬉しい！ 来てよかった。河合、やっぱりここでよかったみたい。
河合 よろしゅうございましたね、お嬢様。
晃 お嬢様あああ？ おおおおおお。
健之助 晃先輩、鼻息。
晃 健之助は興奮せーへんのか？
健之助 いいえ、しません。
晃 名前は？ 歳は？ 身長は？ 体重は？ バ・ス・ト・は？
健之助 先輩、後半に行くにつれて質問が卑猥になっていってます！
萌枝 すみません、申し遅れましたね。私、小曽根萌枝と申します。こちらは召使の河合です。
河合 （無言で一礼）
彩 小曽根って、ひょっとして桜正宗の？
河合 よくご存じで。
一太郎 彩姉ちゃん。何それ？
彩 うん。古くからある酒蔵の一つで、今の桜酒造…って知ってる？
健之助 知ってるよ。酎ハイとかも作ってる会社やん。
萌枝 曾々おじいちゃんが創業者で、今は父が専務を務めております。
全員 お〜。財閥。
晃 ほんまモンのお嬢様、初めて見た。
真緒 せやな、感想は？
晃 違う。そこいらの娘とは根本的に何かが違う！
彩 ま、その点は認めよう。
晃 な！
萌枝 歳、ですよね。今年で２０になります。
晃 はたち！ 年上でも歓迎です！ 晃のここ、空いてますよ！
彩 空いてないよねー？（威圧）
晃 空いてないです。
真緒 待って、ちょちょちょちょ、集合。
彩 確認しよう。
恵 ハイ。
彩 幸太郎のお父さんが助けた溺れてた女の子って、何年前？
真緒 確か。
ほづみ １１年前です。
彩 まさか、その、女の子が…。
萌枝 私です。
河合 お嬢様です。
間。
一太郎 すっげー！
健之助 村がどうこうって話はやっぱり真緒先輩の早とちりやったんですね。
真緒 （あは☆）
彩 そんなことやと思ったわ。
恵 真緒先輩をせめんとって下さい、誰でもみんな長ーい車止まったら村乗っ取られるって誤解するじゃない
ですか！
彩 全くせーへんな。
ほづみ いや、あの時父さんが助けた女の子ってことはわかりましたけど、なんでここに？
萌枝 そのことでお話したいんですけど…、お母様はご健在ですか？
一太郎 はい。今仕事行ってます。
幸太郎 こっちに顔出すことはめったにないですけど。
萌枝 そうですか。じゃあ御兄弟の三人にお伝えします。
ほづみ はい。
萌枝 命を救っていただいたのに、まともなお礼も出来ず１１年過ぎてしまいました。本日は今更ではありま
すが、何か恩返しをしたいと思いまして参りました。
幸太郎 恩返し？
河合 当時９歳のお嬢様も、いち早く恩返しがしたいとおっしゃっていたのですが、何しろ死の恐怖を味わった
海に再び近づくことには公私共々抵抗が多く、今になってようやくという有様で御座います。折しもお父
様のご命日がそろそろ。
ほずみ 明日です。
河合 やはり。
ほづみ でも、恩返しなんてそんな。
一太郎 遠慮せんとこうや、ほづ姉。
幸太郎 だいたい恩返しされるんは俺らちゃうますよね？
萌枝 それは、お父様が生きてらっしゃるのならお父様に恩返ししたいところなのですが…それも叶わぬこと
ですから…。（うるうる）
一同の冷たい目が幸太郎へ。特に河合の目は恐ろしい。
恵 ほづみのお父さんってここの海が命やってんな？
ほづみ そうやけど？
恵 なら、ここの浜とか、この海の家のことについてなんかお願いしちゃったらええちゃうん？
真緒 おぉ。
恵 ほづみのお父さんなら、絶対海の家のことについてなんか頼むと思うで？ 例えば五階立てにしてくれとか。
一太郎 あかん！ それ僕の夢！
真緒 確かに一理ある。海の家のことならほづみの管理下やからほづみに恩返しを受ける権利がある。
ほづみ えぇ！ うち？
真緒 他者の異論は認めん。
健之助 ほづみにもたまには我がまま言わせな。な？ ほづみ。
ほづみ でも、長男は幸兄やねんで？
彩 こういうときに長男とか関係ないって。
健之助 なんかないん？
ほづみ えぇ…。
幸太郎 無理して言わすなよ。ほづみが萌枝さん助けたわけちゃうんやから。
ほづみ そうや、幸兄の言うとおり。
健之助 でも、ほづみいっつも遠慮しがちなんですよ。この際ですから、なんか言わせてあげましょ？
一太郎 五階立てはやめてなあ？
晃 お姉さんを一望できる展望台が欲しい。
ほづみ どないしょ…。
萌枝 出来ることがあればなんでもさせてください。命を救っていただいたんですから。
河合 会長のお爺さまからも、専務のお父様からも、我が財閥が総力をあげて出来ることが何か無いか尋ね
てこいとのご命令です。どうか遠慮なさらず。
ほづみ じゃあ…。
みんなの視線が一気にほづみへ。
ほづみ 海岸を、綺麗にして下さい。
間。
真緒 え、それだけ？
ほづみ え？ ダメですかね？
真緒 いや、あかんくはないけど…え？
恵 あんた欲無いなぁ。
ほづみ え？ 考えなおした方がええ？
健之助 いや、ほづみがそういうなら俺は反対せーへんで？うん。
幸太郎 お前、何処までも人魚姫やなぁ。
ほずみ 人魚姫？
幸太郎 いや、人間社会の欲にまみれてないっちゅうことや。
ほづみ そんなことないって。
萌枝 どうして、清掃活動を？
ほづみ 父さんは、海が大好きな人やったんです。理由、教えてもろた気もするんですけど、うち、まだちっさ
かったから忘れてしもたんです。でも、とにかく海が好きで、父さんは海の家を建てたんです。そんな、
父さんが大好きな海が汚れてたら、父さんも悲しむと思うんです。
恵 なるほど。
健之助 結局自分の為じゃなくてお父さんの為なんやな…。
ほづみ 潮の関係で、どうしてもゴミが流れてきてまうんですよね。綺麗にしようって思ってもうちの手だけじゃ
どうにも追いつかへんのですよ。田舎で空気もおいしくて、なのにゴミあるってちょっと寂しいやない
ですか。
河合 確かに。
ほづみ 清掃活動、促してもらえませんか？ 自分から協力してみようっていう人だけでええんです。
萌枝 そんなことお安いご用ですよ。河合。
河合 はい、お嬢様。
萌枝 清掃活動に参加できそうな者を手配してちょうだい。それからチラシを大至急制作。参加者にはそれ
なりのお礼を手配してちょうだい。告知の方法は…商店街なんてあったかしら。
河合 先ほど車を停めた場所が、この村一番の繁華街で御座います。
萌枝 人っ子一人いなかったじゃない。
河合 この辺りでは、あんなものかと。
萌枝 分かりました。チラシをヘリでばらまきましょ。広範囲に呼びかけることが必要です。大急ぎで！
河合 かしこまりました。（携帯を持ち）もしもし、河合です。ご遺族の依頼を只今お聞きしました。お嬢様は
さっそく行動に移りたいとご希望です。よろしいでしょうか。ハイ。では八尾の方からヘリを一機回して
いただけますか。ＡＳ３５０クラスで十分かと。ええ。目的は海岸付近の一斉清掃です。
萌枝 もちろん、皆様も手伝っていただけますよね。
全員 はい…。
財閥のお嬢様の勢いと迫力にお互いの顔を見合わせる一同。暗転。
「守りたいものって何」
ヘリの音が聞こえる。明かりがつくと舞台上にはほづみ一人。カウンターで
何かしてる。そこへ一太郎入ってくる。軍手にゴミ袋。清掃活動の最中かしら。
一太郎 ほづ姉？
ほづみ わあ。（慌てて何かを隠す）どうしたん？ いっちゃん。
一太郎 ほづ姉、宿題？ 夏休みの。
ほづみ え？ あぁ、そうそう。
一太郎 嘘や。ほづ姉夏休み入る前に終わらせてたの僕知ってるで。
ほづみ あ、そうなんや。
一太郎 勉強してたん？
ほづみ うん。
一太郎 ん？（落ちていた何かを見つけ拾い）大学案内？
ほづみ （それを奪い）掃除、どう？順調なん？
一太郎 …ほづ姉、大学行きたいん？
幸太郎が入ってくる。掃除の格好してないなあ。
幸太郎 どないしたん？
ほづみ こ、これな、幸兄のやつ。落ちてたから片づけようと思って、うん。
幸太郎 教育大？ ああ、鳴門にあるやつな。俺、そんなん頼んだっけ？
一太郎 あんな、ほづ姉が、
ほづみ 幸兄は掃除せーへんの？
幸太郎 めんどいし。
ほづみ え？
幸太郎 いや、受験勉強せなあかんから。
ほづみ あ〜そっか、なら仕方ないよな。
幸太郎 まあな。
袖からフラフラで入ってくる健之助と恵。
健之助 ほづみ、なんか冷たい飲み物くれへん？
恵 ちょうだい。
ほづみ はいはーい。
ほづみが奥にはける。
幸太郎 大変そうやな、掃除。
恵 めちゃくちゃ大変ですよ、ほんま。
健之助 まあ、ほづみの言ぅーたことなんで。頑張ろかなって感じですよ。
恵 幸太郎先輩はサボりですかー？
一太郎 違うんです。幸兄、受験勉強あるからって。
幸太郎 そ、そうやって。
恵 ホンマですかあー？
幸太郎 ほ、ほんまやし。
恵 東大目指してる彩先輩ですら参加してるんですけどー？
幸太郎 天才とアホを同じ器に並べんとってくれ。
健之助 にしても聞いて下さいよ。あのヘリからのチラシのおかげで迷惑してるところなんです。
一太郎 なんでですかあ？
健之助 物理的に考えてな、チラシゆーても所詮紙やん？ 村人そないおらんのに大量のチラシばらまかれ
てみろ。空からゴミ落ちてきてるようなもんやん。
幸太郎 うわ、最悪や。
恵 おかげで海にはチラシがプカプカ浮かんでて、それが海岸にも流れてくるもんやからもう…。
一太郎 恩返し出来ることが嬉しすぎて先の事考えられへんくなってもうたんかもしれんね。
幸太郎 ええ気なモンや。しょせんはお嬢様の気まぐれや。
健之助 そうなんっすかねぇ。
幸太郎 こっちは恩返しなんか頼んでない。あいつらが来んかったら、オヤジは死なんで済んだんかも知れ
へん。
健之助 言い方悪いですよ、先輩。
幸太郎 お嬢さんがまだ意識不明の時にオヤジは一人で死んだ。優先順位ってやつかしらんけど、オヤジの
葬式に来んかった。
恵 ホンマですか？
健之助 それちょっと酷いですね。
幸太郎 そのくせに今更恩返しやとかぬかすやろ？ むかつく。
ほづみ登場。手にはお茶。
ほづみ 幸兄、もう終わったことなんやから、そうウジウジ言わんくても。な？
幸太郎 ほづみはお人好しすぎる。
ほづみ 今日の幸兄は意地悪すぎるだけやって。健之助、恵、はいお茶。
健之助 ありがと。
恵 あざーす！
幸太郎 ほづみは悔しないんか？
一太郎 幸兄？
幸太郎 あいつさえおらんかったらオヤジは死なずにすんだんちゃうん？
ほづみ そうかも知れへんけど。でも今更、
幸太郎 なんであんな平気な顔してくんねん。
ほづみ 誰が悪いとかじゃないよ。…父さんには、目の前に、そこに、するべきことがあったから。やっただけ
ちゃうんかな。
幸太郎 するべきコト？
ほづみ うん。大好きな海で、ちっちゃい女の子が溺れてる。こんなとこで命を落とすためにあの子は来た訳
やないやろって。おい！ 海、何するねんって。
健之助 俺も、行くと思うな。多分やけど。先輩は、どうします。
幸太郎 現にオヤジは死んだんや。
ほづみ じゃあ幸兄は目の前で助け求めてる子がいても見殺しにするって言うん？ 父さんのやったことは
間違ってるん？
波の音。俺にオヤジと同じコトが出来るんやろか？ イライラとかモヤモヤが
幸太郎を襲い、海の家を出て行ってしまう。
一太郎 幸兄！
恵 あちゃー。ほづみ、恵見てくるわ。
一太郎 僕も行こか？
恵 外、暑いよ。大丈夫なん？
一太郎 ちょっとぐらい大丈夫やって。じゃあほづ姉、行ってくる。
ほづみ ありがとう。
ほづみの切ない顔とため息。健之助、フォローしようと焦る。おっと二人きり。
健之助 げほげほ！（思いっきりお茶を飲んでむせる）
ほづみ け、健之助？ 大丈夫！？
健之助 き、気管で、お、お茶が、わっしょーいって…。
ほづみ わけわからへんよ健之助。
様子を見ながら背中をさすってあげるほづみ。健之助、明らか緊張してる。
こいつまさかほづみを…。
ほづみ 大丈夫？
健之助 お、……おぅ。（声裏返る）
ほづみ どないしたん？
健之助 な、なんもない。
ほづみ お茶になんか入ってたんかな？
健之助 何かのエキスが、いつもより濃いめにな、うん。
ほづみ 何焦ってるん？
健之助 うぇ？…いや、別に…。
ほづみ 幸兄の事は気にせんでええよ。幸兄のゆーてることも、間違いやないねんから。
健之助 うん。
波の音。男として、ほづみに何か気のきくこと言ってやれんのだろうか。そんな間。
ほづみ 健之助。
健之助 な、なに？
ほづみ 健之助の守りたいものってある？ それもさ、命かけてでも守りたいもの。
健之助 え？ いや、まあ、そりゃあ…。
ほづみ 何？ あるん？ すごい。なに？（くいつく）
健之助 えっとお…。（「ほづみやで」なんか言えない）
ほづみ …あ、ごめんな、変な話して。
健之助 た、大切な人！…とかやな。
ほづみ 大切な人？
健之助 う、うん。
ほずみ 健之助の？
健之助 ん？
ほづみ 大切な人って、誰？
健之助 誰って言われてもなぁ〜〜〜。
ほずみ 何、恋してるの？ 健之助。
健之助 （ちゅどぉ〜ん）アホか、ちゃうわ、そんなんと。連れやん。おないとか先輩とか、ここに集まるみんな！
妙に告白した後みたいな空気が流れる。勿論健之助だけね。間。
ほづみ やっぱ、そうやんなあ…。健之助が恋してる訳無いよな。
健之助 そこまで言い切られると逆に、痛い。ほづみは？
ほづみ ん？
健之助 ほづみはやっぱ、海の家？
ほづみ せやねー。海の家っていうか、父さんとの約束を守りたいかな。
健之助 でも、それでほづみはええん？
ほづみ なんで？
健之助 ほづみ、先生になりたいんやろ？
ほづみ なんで知ってるん？
健之助 当たった？ ちょっとカマかけてみたんやけど、でもわかるで。顔に書いてある。
ほづみ え？
健之助 それに必死んなって勉強してんの、知ってるし。
ほづみ そっか…。
健之助 ほづみは、どんな先生になりたいん？
ほづみ 優しくて、人の気持ちの分かって、生徒に愛される小学校の先生。
健之助 ええなあ。向いてるかも。
ほずみ ホンマ？
健之助 うん。
ほずみ 嘘でも嬉しい。
健之助 （嬉しいと言ってくれた言葉が嬉しい）よし。
そういうとおもむろにイスに座る健之助。
健之助 せんせーい。出席とってー。
ほづみ え？（少し笑い）じゃあ。健之助くーん。
健之助 はーい。
ほづみ もっと子供らしくしてや。
健之助 俺に演技力求める？
ほづみ お願い。
健之助 （どきゅん）…はーい！（子供になりきって）
ほづみ はい、大きな声で非常によろしい。
健之助 えへへ。
ほづみ では、授業を始めます。
心なしか、ほづみが本当に大人になり、健之助が本当に子供になったよう。
袖から一人ずつ子供が増えていく。最初は晃、真緒、彩。
晃 せんせー、お腹すいたー。
ほづみ えー？ まだ一時間目始まったところですよー？
真緒 食いしん坊か。
晃 うっさいなあ！（ケンカ開始）
健之助 ケンカはやめようやあ…。
ほづみ こらこら。ケンカしたらアカンでしょ？
彩 先生、はよ授業始めてください。
ほづみ はいはい。
晃も真緒も彩も、姿は彼らそのものなのに、やはり子供のようだ。恵がやってくる。
この頃幸太郎を引き連れた一太郎が戻ってくる。あれれ、なんだこのムード。
ひとまず身を隠す。
恵 （泣きじゃくっている）せんせえー…。
ほづみ どうしたん？
恵 みんなケンカするから怖いー…。
健之助 大丈夫？ よしよし。
彩 あの二人が悪いんですよ。先生。
ほづみ 晃君、真緒さん。二人はケンカして楽しい？
晃・真緒 …楽しない。
恵 怖い〜。
ほづみ ほら、恵さん泣いてるわよ。どっちが悪い子か先生が決めてその子だけやっつけたら恵さん泣かん
ですむ？
晃・真緒 う〜
恵 怖い〜。
ほづみ 違うでしょ。二人ともちょっとだけお兄さんとお姉さんになって、相手の気持ちを考えてあげたら、
仲良くできるんよ。ちょっとだけお兄さんとお姉さんになれるかなぁ。
晃・真緒 なる。
ほづみ よし！ じゃ二人とも仲直りして、な？
晃 …ごめんね。
真緒 …いいよ。
ほづみ はい、えらいねえ。じゃあ、一時間目は音楽。元気に大きな声で歌いましょう。『いるかはざんぶらこ』
の歌。さんハイ。
子供達の歌。楽しそうなほづみを残し、生徒達がゆっくり去っていく。
健之助 ほづみ。（元通りの声で）
黒板だと思って手をつけていたのはメニュー表がある壁。生徒達の姿は
もうない。ほづみの背中。
健之助 諦めんの？教師。
ほづみ …諦めるって感じじゃ無いねんな。どっちを選ぶか、考えてるとこ。それに勉強してもウチの頭やった
らなれるかどうか微妙やし、幸兄は大学目指してるんやし、いっちゃんは建築士なりたいみたいやし。
そう考えたら父さんの約束を守れるのはうちかなって。
健之助 それで、ほづみは後悔せーへん？
ほづみ 大丈夫！
健之助 なんでそこで大丈夫って、言えるんかな。オヤジさんや先輩を理由にして、自分のせなあかんこと
から逃げてるんちゃうん。
抑えきれなくなり飛び出す一太郎。
一太郎 ほづ姉！
幸太郎 お、おい一太郎。
ほづみ いっちゃん。幸兄。
健之助 幸太郎先輩、いはったんですか。
一太郎 ほづ姉、小学校の先生なりたいん？
ほづみ え？ ちゃ、ちゃうよ。冗談やって冗談。
一太郎 ほづ姉、海の家継ぐってゆーてたやん。僕らに気つかって嘘ついてたん？ 遠慮してんの？
ほづみ いっちゃん、うちは、
一太郎 ちゃんと言うてくれなわからへんよ！ ほづ姉のこと、僕わからへんよ！
健之助 俺が言うのもおかしい気がするけど、ほづみがあんまり自分のこと何も言わへんのは心配や。人の
ことばっかり考えて、自分のこと後回しにして、それでホンマにええん？
幸太郎 ほづみがそれでええんやったら、それでええんちゃうん。
健之助 先輩。
幸太郎 第一お前がなんでそんなムキになってるねん。キャラ変わってるやん。
健之助 いや、そんな。
幸太郎 ほづみにええとこ見せなあかん理由でもあんのか？ 健之助。
健之助 …別に。
幸太郎 さてはお前、ほづみのこと。
ほづみ え？
健之助 （かっと熱くなる）そんなんちゃいますけど、どこの大学行くか三年の夏休みになっても決めんとだら
だら寝てばっかりの兄貴見て、不満の一つも言わへんほづみ見てたら、黙ってられんようになるや
ないですか。
幸太郎 なんやて？
健之助 俺が言いたいのはそんだけです。（その場に居られなくなって走り出す）
幸太郎 待てこら、逃げんな。
ほづみ 幸兄！
つかまえて一発かましたろかという勢いの幸太郎。はっと我に返る。
幸太郎 なんや、あいつ。
ほづみ 怒らんとってよ。
幸太郎 …なんも怒ってへん。
一太郎 どうしたん、みんな。何かおかしいよ、今日。な。
「幸太朗の責任」
清掃活動をした三年の三人が休憩にやってくる。何故か真緒をおぶっている晃。
真緒 ほづみー飲みもんちょうだーい。
ほづみ …。
真緒 ほづみー？
ほづみ え？ なんですか？
真緒 なんか飲みもんくれる？
ほづみ あ、はい。
ほづみはける。
一太郎 晃先輩、なんで真緒先輩おぶってんすか？
彩 掃除もせんと水着の女の人ナンパしてたから、おぶらせた。
幸太郎 晃もこりへんなぁ。
晃 まあな☆
彩 妙な自信をもつな。
真緒 どしたん？ 一太郎。元気ないやん。（晃から降り）
一太郎 うん…。
真緒 なんかあったん？ 健之助、えらい勢いで走っていったけど。
晃 おお、海に向かって直進していったよな。
一太郎 え？
幸太郎 別に…。
真緒 …ふーん。
ほづみ帰ってくる。手にはお茶。
ほづみ お茶でええですか？ 真緒先輩。
真緒 他お金いるやん。ありがとう。
一太郎 ほづ姉、健之助先輩、叫びながらあんなとこ泳いでる。
ほづみ うそ、何処？
彩 アホちゃう。服着たままやん。
ほづみ どないしよ。
幸太郎 ほっとけ。頭冷えたら帰ってくるって。
真緒 ほづみ、休憩したいから一瞬掃除、代わってくれへん？
ほづみ ええですけど、店番せなあきませんし。
真緒 それは晃がなんとかするわ。な？ 晃。
晃 えぇー？ 俺ー？
真緒 嫌ならもう一回おぶってもらうけど？
晃 やらせていただきます！
ほづみ すんません。（エプロンを晃に渡す）
真緒 そうそう、沖の方にお嬢さんのチラシ、ようさん浮いてるから集めてもらうんやで。
ほづみ いってきます！
ほづみが出ていく。
一太郎 僕もいってこよか。
幸太郎 あんま外、長いことおるな。
一太郎 うん！
晃 ほづみと健之助の間に入らんたっといてな。
一太郎 え？
晃 いやいや、こっちの話
一太郎 （ニヤー）僕、まだ子供だから分かんない。
一太郎も出ていく。
真緒 一太郎って空気読めるやつなんやろか、それとも逆？
彩 微妙、かな。
幸太郎 真緒、どうしてん、いきなりみんな追い出して。
真緒 せっかくやから三年だけで話しよ思てな。
幸太郎 は？
真緒 さっき、ほづみとなんかあったやろ。
幸太郎 …何もないわ。
真緒 嘘つけ。
幸太郎 何もないわ。
彩 何言うてるん？ 真緒。
真緒 ほづみも幸太郎も一太郎も様子おかしかったもん。おまけに健之助はあの様子やし、なんかあったやろ。
晃 真緒さん、怖いですよ？
真緒 あぁ！？（般若）
晃 何にもないです！
真緒 ゆーてみーや幸太郎。
幸太郎 …ほづみがさ、先生なりたいんやって、小学校の。
晃 それがどないしてん。
彩 ほづみちゃん、海の家継ぐんじゃなかったん？
幸太郎 ホンマは先生になりたいのに、俺大学行く言うし、一太郎には夢があるからっつって、自分しかオヤジ
の約束守る人おらんつって、そのこと黙ってたらしい。
彩 そんなん初耳やわ。
幸太郎 俺かてそうやわ。せやのに健之助にまでつっかかられて…。ほづみのせいでとんだ災難やで。
晃 ほづみの事やもん、そりゃ内緒にするやろ。
彩 それでなんで幸太郎が落ち込んでるん？
幸太郎 落ち込んでないわ。
彩 落ち込んでるわ。
真緒 ほづみも、一太郎も、夢あんのに叶えられへん。自分は何してんねんやろって？
幸太郎 真緒、
真緒 教師になりたいのに大好きな家族の為にそれ諦める妹と、建築士になりたいけど体弱いから叶わへん
て自分でも分かってる、それでも諦めへんと夢追い続ける弟と。その二人を隣で見て情けなくなったん
や。そうやろ？
幸太郎 なんや、今度はお前か。真緒に何がわかるねん。
真緒 丸わかりやわ。
彩 …幸太郎さ、村出るん？
幸太郎 出る。
彩 なんで？
幸太郎 大学行くから。この村に大学なんかないし。仕事かってろくなんあらへんやろ。
彩 じゃあどこの大学いくん？
幸太郎 …大阪。
彩 まだ決めてないん？
幸太郎 ちゃんと決めようとしてるって。（大学案内を探し、それを示す）
真緒 それ、ほんまにアンタの？
幸太郎 他にもあんで。
真緒 鳴門教育大って大阪の学校やったっけ？ バレバレやん。
間。
晃 真緒も彩もそのへんにしたれや。な？
彩 晃でも村出る理由ちゃんとあんのに。
晃 おい、「でも」は余計ちゃうん？
彩 みんな村出るからとりあえず俺もって考えてるんやろ？ どうせ。ちゃんと夢もって村出る晃の方が何十倍
も格好ええわ。
晃 彩…。
幸太郎 言わせとけばなんやねんさっきから。俺がお前らに何してん。俺の事は俺が考える。何でお前らに俺の
事決められなあかんねん。
真緒 ほづみのこと、ちょっとは考えたったんか？
幸太郎 ほづみのことは俺が自分で、
真緒 自分の事もまともに決められへんのに、ほづみの事考えるって？ 何アホなことゆーてるん。
晃 真緒！
真緒 なあ、幸太郎。アンタ甘すぎるで。ほづみに海の家任せる自己中のくせに、自分の事も面倒くさいからって
後回しにして。アンタって何なん？ なんでそんな空っぽなん？
幸太郎 空っぽ…？
ほづみが帰ってくる。
ほづみ もうやめてください、真緒先輩。
幸太郎 ほづみ。
彩 聞いてたん？
真緒 かばわんくてもええよ、ほづみ。
ほづみ 幸兄と、二人で話させてもらえます？ みんなの気持ち、嬉しいんですけど、健之助も真緒先輩も、
どんどんウチらの痛いとこ突いてくるから、幸兄も、ウチも、ゆっくり考えたり喋ったり、できんくて。
幸太郎 （そういえばそうやなって、空気を入れ換える気持ちになる）
ほづみ いいですか？
晃 そらな。
真緒 …ええよ。
ほづみ それから良かったら健之助、見てきてあげてください。海から帰ってきた思たら、砂浜で一人で体育
座りして動かへんのです。
彩 ほんまや、ほぼ砂のオブジェになってんな。
真緒 放置しとこうや、あんな不器用。
晃 そうもいかんやろ。
彩 行くか。
三年生陣去る。
「二つのコップ」
静かになった海の家。ほづみはいったん消されていたラジオのスイッチを入れる。
夏らしい曲が流れてくる。
幸太郎 みんなおかしいよな、今日。今まで知らんふりやったのに、いきなり俺に大学考えてんのかとか、
お前に自分のしたいことちゃんと考えろとか。
ほづみ そやね。我慢してたんかな？
幸太郎 え？
ほづみ うちらのだらしないとこ、気付いて何か言うたろってチャンス伺ってたんかも知れへん。
幸太郎 健之助が？ まぁ真緒ならありえるけどな。
ほづみ 違う。父さん。
幸太郎 オヤジが？
ほづみ うん。ほら、お盆って一年に一度、死んだ人帰ってくるんでしょ。父さん来てるんよ、きっと。
幸太郎 まじで？
つづく…
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