創作脚本の部屋へ作 井上唯香 潤色 五ノ井幹也
【登場人物】
長女 早紀
長男 拓海(高３)
次女 鈴(中２)
父 拓人
美佳
真紀子
美子
和樹
和樹の母
新井さん
山田さん
上手からおばさん達が現れる(和樹の母を含む)
新井 そうそう山田さん聞きました？
山田 何なに、こんどは何があったのッ(嬉しそう)
和母 今度は誰の話？
新井 西田さんのお宅なんですけどねぇ〜
和母 あら、拓海くんのお家？
荒い そうそう。ほら、あの父子家庭の…。
山田 あぁ、ハイハイ。あの緑の屋根のお家？
新井 あそこ西田さんって言うんですけどねー。…あんまり大きな声では言えないんだけど…
おばさん達は回りを見回して、誰もいないのを確認すると集まって。
新井 あそこの旦那さん、再婚なさるんですって。
和母 あら、ホントに？初耳だわぁ〜和樹からも何も聞いてないのに。
山田 お相手はどんな人なの？
新井 若い人だって話よ。
山田 大丈夫なのかしら。
和母 私はあのお家にはやっぱりお母さんが必要だと思うけどねぇ…。
新井 あら、どうして？
和母 あそこの子供達もう何年も前にお母さんを亡くしてるでしょー？そういう子供ってホラ、精神的に不安定な子の方が多いのよ。
新井 まぁ、何かあったんですか？
和母 いいえ。良い子たちばっかり。
山田 そうよねぇ。挨拶だっていつも元気にしてくれるし。
和母 でもやっぱり心配じゃない？下の子なんて反抗期の時期でしょぉ？
上手から和樹が鞄を持って現れる。
新井 (和樹に気付いて)あらぁ、和樹くん。こんにちは。
和樹 (頭を下げる)
和母 こら、和樹。ちゃんと挨拶しないとダメでしょ。ホントに。
和樹 …こんにちは。
山田 どこかにお出かけ？
和樹 …ああ、はい。まぁ。
和母 何処行くの？
和樹 ちょっと本屋寄ってから拓海んち言ってくる。
新・山 あらぁ(顔を見合わせる)
和母 気をつけてね。なんかあったら言うのよ。
和樹 何かって何。
和母 いろいろよ、いろいろ。ねぇ。
新・山 ねぇ。
和樹 (行こうとする)
和母 何時に帰ってくるの。
和樹 さぁ(行ってしまう)
下手へと去っていく和樹。
和母 まったくもう、あの子ったら。ごめんなさいねぇ。
新井 良いのよ〜。何処の家もあんなものよ。
山田 そうよ。ウチの子なんて夏休みに入ってから毎日毎日部屋にこもってゲームばっかりして。勉強もしないし。
和母 ホントにねぇ。夏休みなのにどっか遊びに行ったりしないのかしら。
新井 (腕時計を見て)あら、もうこんな時間。お買い物に行かなくちゃ。
山田 今日のセール何時からだったかしら。
和母 十時からよ、そこのスーパーで！
山田 早く行かなくちゃ。
急いで去っていくおばさん衆。
場所は変わって家のリビング。ダイニングテーブルとイスが五つ。壁にある
ホワイトボードにはでかでかと『家族会議』と書いてある。その横には家族写真がある。
早紀 ……で。
父 いや、で。もなにも。
拓海 あぁ？
父 いや、拓海くん？眉間に皺よってるけど。
鈴 誰のせい？
父 あー…お父さんのせい…かな？
早紀 もう一回言って。さっきなんていったの？
父 だから、新しいお母さん欲しくない？(笑顔で)
鈴 その後。
父 お父さん再婚しようと思ってるんだけど。(笑顔で)
拓海 違う。その後。
父 明日新しいお母さんが家にくるから(笑顔で)
間
早紀 なんで？
父 なんでも何も、早い方がいいかなー、と思って。
鈴 話が急すぎるよ。
父 じゃあいつならいいんだよ。
早紀 いつなら良いとかじゃなくて、あたし達は新しいお母さんなんていらないよ。
鈴 そうだよ！
父 でも悪い人じゃないよ。ステキな人なんだよ？いつでも笑顔でよく気がついて。穏やかだし、ちょっと抜けてるけど、それも愛嬌
っていうか…そうそう、チャーハンが得意なんだよ。美味しいぞー？
早紀 そういう問題じゃなくて！
拓海 再婚するしないは別に良いとして、今日の明日ってのは早すぎないかって言ってるんだろ。
鈴 そうだよ、再婚するのは良いけど急すぎる…っておにいちゃん？
早紀 拓海？ちょっと、何言ってるの？
父 拓海ッ(嬉しそう)
拓海 なんだよ。
早紀 いいの？！お母さんじゃない人が家族になっちゃうんだよ？！
拓海 何がダメなわけ？
父 そうだッ、会ってみないと分からないじゃないか！
鈴 そうだけど…。
早紀 そうじゃない！
父 とりあえず会ってみて欲しいんだ。
早紀 ………。
父 ダメか、早紀。
早紀 …絶対イヤ！
奥へ走り去る早紀。
鈴 お姉ちゃん。
拓海 ったく。小さいガキみたいに。
父 拓海は良いのか。
拓海 ……うん。親父の好きにしろよ。
暗転
再びリビング。ホワイトボードには家族の一日のスケジュールが書いてある。
『父→昼まで仕事 長女→長男→勉強 次女→お姉ちゃん確保！』大きな荷物を
持って早紀が現れる。足音を立てないようにゆっくり歩いてくると、辺りを見渡す。
早紀 鈴―…？拓海―…？……よし。
人が居ないのを確認して、そろりと荷物を降ろす。
早紀 ふう。さすがに荷物が多いかなぁ…。まぁ、でもいつ帰ってくるか分かんないし。なんか忘れ物ありそう…。
鞄から一冊の本を取り出す。
早紀 えっと、『家出するときの必需品』…まず、着替え、歯ブラシ、地図、コンパス、食料。あ、お菓子入れてない…ま、いっか。コンビニで買おう。
本をもう一度鞄に戻す。
早紀 (家の中を見渡して)…あ、コレも持って行こう。(壁の家族写真も外す)…お母さん。
間
早紀 (写真を鞄に入れると)よしッおっけーッ行こう！決心が鈍っちゃう前に！
早紀が鞄を背負って出て行こうとした瞬間、物陰から鈴が飛び出してくる。
鈴 (早紀を捕まえると)早紀ちゃん、つかまえたッッ
早紀 げっ、鈴！離せッ
鈴 お姉ちゃんだけ行かせるわけないでしょーッおとなしく捕まれーッ
早紀 くそーッッ
じたばた暴れる早紀。下手の玄関から帰ってきたのは拓海。手にはコンビニの袋を持っている。
拓海 何やってんの。
鈴 あ、お兄ちゃん！お兄ちゃんも止めてよ！お姉ちゃんが家出するとか言ってんの。
拓海 はぁ？また訳のわかんないこと言って。
早紀 だって新しいお母さんなんて嫌だもん。そんな人が来るくらいならあたしが家出てく！
鈴 気持ちは分かるけど、もうちょっとよく考えてよ。
拓海 会ってみないと何にも分からないだろ。少しは父さんのことも考えてやれよ。
早紀 少しはお母さんのことも考えてよ。
拓海 あのなぁ…。
早紀 鈴はどう思う？もちろん、あたしの味方だよね？
鈴 え？
拓海 お前と一緒にすんな。鈴ならお父さんの気持ちだって分かるだろ？
鈴 えとー…鈴は…
早・拓 はっきりしろ！
鈴 ごめんなさいーッ
ピンポーン。チャイムの音。
鈴 あ、お客さん。鈴出てくるねッ
早紀 まったく、はっきりしないんだから。
拓海 あの優柔不断さは間違いなく父さん似だな。
早紀 間違いないね。
玄関の方から声。
和母 お邪魔しますー。
鈴 え、ちょ、ちょっとあのッ
下手玄関から和樹の母が登場。手には買い物袋。早紀は急いで自分の荷物を隠す。
和母 あらぁ、拓海くんに早紀ちゃんこんにちはぁ。
早紀 あ、こ、こんにちは。
拓海 …こんちは(鈴を手招きして)
鈴 (拓海に近づいて)何？
拓海 なんで家に入れてんだよ。
鈴 え、なんか勝手に入ってきちゃって。ダメって言おうとしたんだけどね？
拓海 押しに弱すぎ。
鈴 ご、ごめんなさい。
早紀 今日はどうかなさったんですか？
和母 いやねー、和樹が拓海くんのお家にお邪魔してるって聞いたからお菓子でもと思って持ってきたのよ。
早紀 和樹くんですか？来てませんけど…。
和母 あらホントに？
早紀 あんた何か知らないの？
拓海 家に来るとは言ってたけど、俺は知らない。
和母 あの子ったら何処をうろうろしてるのかしら。じゃあ、これ、置いていくわね。どうぞ食べて(早紀に渡して)
早紀 そんな、良いですよ。
和母 いいのいいの。いつも和樹がお世話になってるから。
早紀 でも、こんなにいっぱいいただけません。
和母 …あらそう？じゃあ持って帰るわね(早紀からお菓子を奪い)
早紀 え、あ、…はい。どうぞ。
和母 なんか困ったことあったらいつでも言ってね。家も近いんだし。
早紀 いえ、そんな。ありがとうございます。
和母 ホント、お母さんがいないのに皆えらいわねぇ。…あ、そうそう。ちょっと聞いた話なんだけどね、お父さんが再婚されるってのは
ホントなの？
早紀 ……え？
間
和母 私もちょーっと小耳に挟んだだけなんだけどねー。
早紀 あの、
和母 きっとあなた達にとっても良いことだと思うわ。鈴ちゃんなんてまだ中学生でしょ？やっぱりまだお母さんが必要だと思うの。
早紀 はぁ。
拓海 ……。
和母 こういってはなんだけど、早紀ちゃんも拓海くんもお母さんがいなくなって不安定なところがあるでしょ。お父さんもすこし頼りない
感じだし。だからね…
拓海 あの、家のことなんで首突っ込まないで貰えますか。
早紀 ちょっと拓海。
和母 …あ、あら、ごめんなさい。私ったら。少し口を出しすぎたかしら。
早紀 いえ、すいません、ありがとうございます。
拓海 なんで礼なんて言ってんの。こんなのただのおせっかいだろ。なんで他人に口出されなきゃなんないんだ。
早紀 拓海ッ
鈴 お兄ちゃん、ダメだよッ
拓海 黙ってろ。
和母 ……ま、まぁ。
ピンポーン。チャイムの音、再び。
和樹 拓海―？入るぞー？
下手から和樹が登場。手には袋。
鈴 かずっちゃんッ
和樹 母さん？何してんの、こんなとこで。
和母 和樹。…帰りましょ。
和樹 は？何言ってんだよ、おい。…もしかしてまたなんか言ったのか(拓海を見る)
拓海 ……。
和樹 …ごめん、連れて帰るわ。
和母 ごめんなさいね、お邪魔しました。
和樹に引っ張られ、和樹の母は帰っていく。
拓海 ホントお邪魔だ。ふん。
早紀 あんたなんてこと言ったの！
拓海 何が。
早紀 何が、じゃないわよ。
拓海 ホントのことしか言ってねぇだろ。
早紀 そういう問題じゃないの、あんなのは黙って聞いてればすぐ終わることでしょ。変に真面目に受けて。
拓海 じゃああのまま言わせておけばよかったのかよ！好き勝手言われて…
早紀 でも、拓海のせいでお母さんが悪いことになっちゃったじゃない。
鈴 ちょっと、二人とも落ちついてよ。
拓海 いつだってそうじゃんか。俺達が少しなんかやらかせばすぐ母さんがいないせいだ。他のヤツよりどれだけ優れてたって、その一つ
で全部パアだ。
早紀 …仕方ないでしょ、そんな文句言ったって。
拓海 好きで居なくなったわけじゃないのに。
間
早紀 別にあんただけじゃないのよ、苦労してんのは。あたしだって外あるけばおばさん達に絡まれて、大変ねえ、とか大丈夫？とか色々
好き勝手言われてそりゃもうムカついてんのよ！
鈴 お姉ちゃん…。
早紀 いっつも笑顔でにこにこにこにこ。仕舞いには笑顔意識しすぎて口の端ピクピクしてくるし。知ってる？！ホントになるんだよ、これ！
鈴 へ、へぇ…。
早紀 それだけじゃないの！買い物にいったって人の籠の中見て、今日の晩御飯はシチューなのねー、とかこれは体に良くないわよー、
とか言って置きながら『ごめんなさい、関係ないことなのにねー』とか言うの！
鈴 お姉ちゃん…。
早紀 友達だってさ、休みの日とかに遊びに行こう、なんて誘っても、『お母さんと買い物に行くんだー。』なんて言うんだよ。
鈴 ……。
早紀 いや別に気を使って欲しいわけじゃないんだけど、でもなんかやっぱり羨ましいじゃんか。
間
早紀 だからって新しいお母さんなんて認めないからね、あたし。
拓海 まだ言うか。別にだから良いって言ったわけじゃないし。
鈴 お茶でも入れるね。なんかお菓子とかあったっけ？
台所にいく鈴。
早紀 確か棚にクッキーの箱がなかった？
鈴 (台所から)うん、あるー。
早紀 (台所に)開けちゃえ。
拓海 和樹来ねぇのかな。
早紀 そりゃ来れないでしょ。あの後じゃ。
拓海 ……そうだけど。
鈴がジュースとクッキーを持って帰ってくる。
鈴 はい。
拓海 何、この高そうなクッキーの箱。
鈴 なんだろね。
早紀 誰が買ってきたんだろ。
拓海 あれ、姉貴じゃねぇの？
早紀 違うよ？鈴？
鈴 ううん。
早紀 ……じゃあもしかして、お父さん？……ま、いっか。もう開けちゃったし。
拓海 だな。
早紀 食べちゃえ。
鈴 いいのかな……。
早紀 食べないならあたしが鈴の分も食べちゃうぞー。
鈴 食べる食べるッ
三人でクッキーの箱に手を伸ばす。奪い合いながらも結構仲が良かったりするんだよね。そこに玄関から声。
美佳 さっちゃーん、たくちゃーん、すずちゃーん？
早紀 あ、美佳おばさんだ(立ち上がる)
鈴 お姉ちゃん、またおばさんて呼ぶと怒られるよ。
美佳 (部屋に入って来て)そーよ、さっちゃん。美佳お姉ちゃんでしょ。
早紀 あはは、ごめんね。つい。
拓海 別に間違ってねぇじゃん。若作りしたってもう四十…
美佳 こらっ、女性の年齢をそうポンポン言うもんじゃありません。それにまだ私は二十代です。
鈴 美佳姉ちゃん、それは無理があると思うけど。
拓海 父さんが三十代なのになんで姉さんの美佳おばさんが二十代な訳？
美佳 あ、それもそうね…拓人が今三十八だから…ええと。…あ、そっか！そうよ！お父さんが嘘ついてるのよ。
早紀 はぁ？
美佳 さっちゃん達のお父さんはね、ホントはまだ二十代なの。だから私も二十代。ほら！これで万事おっけい！
鈴 でも、そうしたらお姉ちゃんはお父さんがまだ小学生の時に生まれたってことになるよ？
美佳 ……あらッ……。
拓海 そろそろ諦めたら？
美佳 …そうだわ！さっちゃん達はホントはお父さんの子供じゃないの！
早紀 ええぇぇぇ？？？
美佳 拾われて来た子なの！
拓海 …や、あのさ、マジで考え直してくれない？
美佳 やっぱりダメ？
鈴 やっぱりも何も…。
美佳 おかしいわねぇ…小さい頃はこれで大丈夫だったんだけどなー。
拓海 で、どうしたんだ？
美佳 えッ？…あぁ、そうそう。ちょっと近くまで用があったから寄ったのよ。はい、これお菓子。
鈴 わぁ、ありがとう。
早紀 用？
美佳 そう！すぐそこでね、今日セールがあるって聞いていったんだけど、時間間違えたみたいで行ったらもう終わってたの。
拓海 もうボケてきたんだ。
美佳 失礼なこと言わないの！
鈴 はい、美佳姉ちゃんどーぞ(ジュースを渡して)
美佳 ありがと。そういえば拓人は？
早紀 お父さんなら昼まで仕事。もうすぐ帰ってくると思うけど。
美佳 あら、そう。休みの日ぐらい子供たちと過ごせばいいのに。忙しいのね、相変わらず。
早紀 そうだ！美佳姉ちゃん、お父さん再婚したいって言い出したの！
美佳 あら、そう。…再婚？拓人が？
鈴 …うん。
美佳 あらーーーーッッ！お姉ちゃんはそんな話聞いてないわよ？
拓海 俺たちだって昨日聞いたところだよ。
早紀 今日来るんだって。
美佳 そのお相手が？また急な話ねー。
早紀 でしょ？
美佳 もうプロポーズしちゃったのかしら？
鈴 じゃないの？ウチに来るくらいだから。
拓海 いや、そうとは限らないんじゃない？あの父さんだし。
美佳 じゃあ私も顔見て帰ろうかしら。
拓海 良いのかよ。
美佳 良いの、良いの。
鈴 どんな人なんだろーねー。
早紀 知―らない。
美佳 あらら、さっちゃんは反対なの？
早紀 反対っていうかなんていうかまあいわゆる…反対です。
美佳 そう。…おばさんもかな。
拓海 へぇー、おばさんも。
美佳 あ、間違えたッ、お姉ちゃんも。
早紀 そうなの？
美佳 うん。ほら、だってあの子情けないし頼りないし、良いとこないでしょ？騙されてるんじゃないかと思って。
鈴 美佳姉ちゃん、言いすぎじゃない？
拓海 まぁ、間違っちゃいないけど。
早紀 なんせ美佳姉ちゃんの弟だからね、うちのお父さん。
美佳 それはどういう意味かしら。
鈴 あー…ほらッこんなステキなお姉ちゃんなのに弟は全然違うのねっって良いたいんだよ。
美佳 良く分かってるじゃない(早紀の頭を撫でて)
早紀 やっぱりお父さんのお姉ちゃんだね。
美佳 これでももう四十年お姉ちゃんやってるからね。
早紀 じゃああたしの先輩だ。
拓海 やっぱりおばさんじゃん。
美佳 こら、お姉ちゃんでしょ。…で、その再婚相手はいつ来るの？
鈴 わかんない。何も聞いてないの。昼に来る、くらいしか。
早紀 ホントに来るの？
電話の音。早紀が取りに行く。
早紀 (受話器をとって)はい、もしもし、西田ですが。あー、お父さん。どうしたの？…うん。え？…ふーん。
美佳 拓人なんて？
早紀 (受話器を横によけて)そろそろ相手の人が家に着く予定だって。(受話器を耳にあて直して)で？お父さんはいつ帰ってくるの？
…うん、分かった。
鈴はリビングのテーブルの上を片付け始める。
鈴 なんか用意しとかなくて良いのかな。
拓海 紅茶くらいあるだろ。
早紀 (まだ電話で会話中)は？なんだって棚にお菓子がある？それ出しておけばいいの？
鈴 お菓子？
早紀 ……あー、うん。分かった。え？いいいいや、別に。んじゃあねッッ(受話器を置く)
鈴は台所へ。明らかに早紀の様子がおかしい。
美佳 さっちゃん、どうかしたの？
鈴 (台所から)おねーちゃん、お菓子なんてないよー？
早紀 いや、それがね、高そうな箱に入ったクッキー買ってあるからそれとお茶出しといてねー、って…。
皆テーブルの上のほぼ空の箱を見つめる。間。
拓海 もしかして…っていうかもしかしなくても…コレのことか？
鈴 いや、もしかしても何もコレしかなくない？
美佳 そうよねぇ(覗いて最後の一個を口に入れる)
鈴 あぁッ！最後の一個ッ！
拓海 一個残ってても仕方ないだろ。
早紀 ちょっとどうしようどうしようどうしよう！全部食べちゃったよ！漏れなく食べちゃったよ！カラッポだよ？！
鈴 おおおおねえちゃん落ち着いて(釣られて焦る)
美佳 そうそう。あわててもどうにもならないわよー。
拓海 おばさんはもう少しあわてた方がいいと思うけど。
美佳 お姉ちゃん。
早紀 他になんかあった？
鈴 出せるようなものなんてないよーッ
早紀 どうしようどうしよう…どうしよう拓海―ッッ
ピンポーン、チャイムの音。
早紀 うわぁーッホラッ来ちゃった！鈴ッ！
鈴 えぇッ鈴が〜？
拓海 姉ちゃん、お菓子どうしよう！
早紀 ホントだ！ なんかないの？
拓海 さっきおばさんが買ってきた菓子ぐらいしか…。
美佳 それ貸してね。
美佳は拓海からお菓子の袋を取る。仕方なく玄関へ走る鈴。
鈴 はぁーい。
美佳と早紀と拓海は急いでお菓子の袋を開けると、空になったクッキーの箱に詰める。
美佳 これで大丈夫。
早紀 さっすが美佳姉ちゃん！
美佳 ふふん、まぁね。
早紀 お姉ちゃんは荷物もって逃げるから後は二人で頑張って。
美佳 あらあら。
真紀子 ごめんくださ〜い。毎朝新聞で〜す。
鈴 (玄関から声)おおおおおおねえちゃん！
早紀 新聞の勧誘ならちゃんと断ってね。今日それどこじゃないんだから。
鈴 違うの、おお母さん！
真紀子 あら、ちょっとお嬢ちゃん。お邪魔…します。
鈴が女性を引っ張って部屋に入ってくる。
真紀子 すいません厚かましく中まで入れてもらっちゃって。いえ、すぐ先のマンションの一階に新しく販売店が出来るんですよ。
ご挨拶ついでに…
拓海 母さんだ。
早紀 …お母さん。
真紀子 今日も暑いですよねぇ〜え？
その女性は写真に写っていた早紀たちのお母さんとうり二つ。
美佳 …あら、ホント。
鈴 ほら、お母さんだよ。
拓海 母さん。
真紀子 あの、お母さんって？
早紀 やっぱり！お父さんの再婚が嫌で帰って来ちゃったんだ！
真紀子 何の話ですか。
美佳 あらあらあらあら(真紀子をじぃっと見て)
早紀 あのね、お父さんが再婚しちゃうって言うの！ダメだよね！お母さんからも言ってあげてよ！
真紀子 お父さんが再婚？ 失礼ですが
美佳 あたし？ あたしはここん家のお母さんじゃないの。この子達の叔母さん。忘れちゃったの？ 優子さん。
真紀子 はあ。
鈴 会いたかったよ。お母さん。
真紀子に飛びつく鈴。困りながらも邪険に出来ない真紀子母さん。他の三人ひそひそ話し。
拓海 …姉ちゃん、どう考えても違うくないか？
早紀 なんで？ そうだよ、絶対。
拓海 ありえないだろ、な、おばさん。
美佳 おばさんはさっちゃんに賛成かな。
拓海 なっ
美佳 だってこんなにそっくりだし、こんなにタイミングが良いんだもん、絶対さっちゃん達のお母さんよ。
拓海 ひょっとしてこの人が父さんの再婚相手？
美佳 まさか？
早紀 だとしたら複雑。でも父さんそんなこと言ってた？
拓海 言ってたも何も、昨日いきなりだったからな。
美佳 聞いてみてあげよっか？
早紀 うん。
ミーティング終わり。いつの間にか鈴はよしよしされている。
美佳 あの〜。質問があるんですけど。
真紀子 お亡くなりになったんですね。お母さん。
美佳 ええ。
真紀子 いつ頃。
美佳 六年前です。その子とこっちのは小学生。一番上は中学生の時でした。
真紀子 そうですか。
鈴 帰ってきてくれたんだよね。どこにも行かないよね。
真紀子 （困った顔）自分にそっくりな人が世の中には三人はいるってよく言うわ。悪いけど、私はお嬢ちゃんのお母さんじゃないの。
鈴 嘘だ。嘘だよ。
早紀 鈴。
美佳 まさか、弟はこの子達の母親にそっくりだって理由で貴方を再婚相手に選んだんじゃ？
真紀子 再婚…ですか？ それも違います。
拓海 そうなんだ。
真紀子 言ったでしょ。新しく販売店が出来るって。
拓海 こんなに似てるのに。
拓海は奥の部屋から遺影を持って来ていた。みんなで面通し。
早紀 なんか悪い冗談みたいね。
拓海 姉貴ッ
真紀子 これ、どう見ても私ね。
鈴 お母さん！鈴だよ、鈴！分かる？！
美佳 この子達が間違えるのも無理無いわ。
早紀 ちょっと！鈴だけずるいでしょ！
真紀子 あ〜、分かった。それかぁ！（笑い出す）
鈴 どうしたの？
真紀子 いえね、ご近所へ伺ったときにずいぶん不思議そうなお顔されるもんだからおかしいなって思ってたんです。裏のお婆さんなんて、
私に向かって手をあわせるもんだから。
早紀 椎名のお婆ちゃんだ。
真紀子 こうやって、なんまいだぶなんまいだぶって。新聞取ってくれませんかってお願いしたら、走ってハンコ取りに行ってくれたの。
美佳 あらあら。
拓海 幽霊が新聞の勧誘に回るわけないのになぁ。
早紀 あ、それだ。
拓海 ん？
早紀 お願いがあります。しばらく家にいてもらえませんか？
真紀子 しばらくって？
早紀 もうすぐお父さんが再婚相手の女の人、家に連れてくるんです。それも昨日いきなり「明日新しいお母さんが家にくるから」とか何の
相談も無しに。絶対お父さんは私たちのことや死んだお母さんのこと、軽く考えてるんです。
拓海 そうか？不器用なだけだって。
美佳 申し訳ない。
早紀 目の前にもし、お母さんが現れたら。今までのいい加減な行動を反省するはずです。お願い。しばらくお母さんになってください！
真紀子 そんな、いきなり言われても。
鈴 毎朝新聞取るから！
真紀子 おばさん、昔演劇部だったの。
早紀 ありがとう！
拓海 いいのか？え？親父腰抜かすぞ。
真紀子 う〜ら〜め〜し〜や〜
拓海 そういうタッチで行くわけ？
真紀子 ちょっと古いよね。
早紀 普通でいいです。ただお母さんが、お父さんの気持ちを確かめるために、一度だけ天国から帰ってきてくれたってことにしてください。
私たちのこと、ちゃんと考えてくれてるか。お母さんのこと忘れてないか。確かめたいんです。
真紀子 わかった。協力してあげる。みんなのことは何て呼べばいいの？
鈴 わたし鈴。
真紀子 鈴ちゃんね。
鈴 呼び捨てでいいよ。
真紀子 じゃ、鈴。
鈴 はい！
拓海 おれ拓海。
真紀子 拓海。
早紀 わたしはさっちゃん。
真紀子 さっちゃんね。
美佳 ついでに美佳お姉様。
拓海 なんでお姉様なんだよ。
美佳 嘘、姉さんで。
真紀子 はい。
早紀 細かい打合せはあっちで。家の中のこと知らないとまずいからこっち来てもらえます？
真紀子 なんだか面白くなってきたみたい。
みんなはがやがやと台所へと向かう。静寂の後ピンポーン、チャイムの音。
父 たーだーいーまーッ
玄関から入ってくる父。
父 早紀〜い、拓海〜い、何やってんだろ。美子さん連れてくるって言っといたのに。鈴〜。鈴ちゃん？ ったく。家開けっ放しだぞ。美子さん。
いいから入って。狭いけど。
美子 お子さんは？
父 それがさ、いないんだよ。近所のコンビニでも行ったのかも。
美子 そう。
美子が居間に現れる。家の中を注意深く見回す。
父 ま、いいか。子供達といきなり会うより、二人きりの方が良かったかもね。あ、座って座って。
美子 （まだ座らない）それもそうね。アタシ柄にもなくちょっと緊張してたの。お子さん達にどう思われるだろうって。
父 そりゃそうだよ。ごめんね苦労かけて。
美子 全然。好きになった人にたまたま家族がいて、ここでの生活があったってだけだもの。そんなの全然平気よ。
父 …くわぁ。
美子 どうしたの？
父 今の、いい。もう一回言って！
美子 （笑ってる）もう！
父 いいから。お願い。
美子 いやよ。恥ずかしい。
父 恥ずかしいもんか。二人きりじゃないか。
美子 ばか。
父 おねがい。
美子 しょうがないな。好きになった人にたまたま家族がいて…。
二人は置き忘れられたさっきの遺影が、まるで二人の間に挟まるように置かれていることに気付く。
二人 どぇ〜！（もしくはひぇ〜！）
美子 ねえ、なんで？なんで？
父 びっくりしたぁ！ 誰だよこんなイタズラ。
美子 ひどい！心臓止まるかと思った。
父 ごめん。あ、拓海だこういうコトするの。あいつイタズラ好きだから。
美子 歓迎されてないのかな。
父 そんなことない！ そんなことないよ。
美子 涙出てきた。
父 泣かないでよ。ごめん。悪かった。
美子 その方、亡くなった？
父 そ、そうなんだ。優子っていいます。
美子 まさか一番最初に会う家族が亡くなった奥さんだとは思わなかったわ。
父 だよね。これ、片付けるね。ホントはあっちの部屋に置いてあるんだ。
美子 だめ、そこに置いておいて。
父 なんで？
美子 だって、奥さんにもちゃんと挨拶して認めてもらわなきゃ。
間
父 そうだね。君の言う通りかも。
父は遺影をリビングの棚の所に立てかけようとする。一度置いてみて、裏返しに…。
美子 そんなことしたら奥さんかえって怒るわよ。
父 そうだね。何も悪いコトするワケじゃないんだから。堂々と。
二人は優子さんの遺影を大切に棚の上にレイアウトする。自然と二人は写真に向かって
手を合わせる。そこへ、コップと麦茶をお盆に乗せた真紀子が登場。リビングのテーブルに
素早くそれを並べ台所へ引き上げる。お祈りを終え振り返るふたり。
美子 奥さんなんて？
父 え？ああ。考えてみてくれるって。いくら天国へ行った後だからって、心の準備がいるみたい。
美子 そうね。私も同じ。
父 ま、子供達がかえってくるまでお茶でも飲んで…。
美子 あ、私入れるね。
父 これ、最初からここにあったっけ？
美子 知らない。あなたの家でしょ。
父 うん。子供たち、隠れてるのかな。
美子 ええ？
父 こういうときは…。
そういうと父は台所ののれんのそばで大声を張り上げる。
父 わ！
というと出てくる出てくる。どやどやと４人くずれるように台所から出てきた。ん？
５人か？ 最後の一人はダッシュで台所に戻る。
早紀 …おかえり。
拓海 おかえり。
鈴 お帰りなさい。
父 （見下ろすように）ただいま
美佳 あら、姉さんに挨拶はないのかしら。
父 来てたんだ。
美佳 たまたまね。
父 紹介するよ。美子さん。昨日話した。どうぞ。
美子 どうぞって言われても。…あ、え、えっと、は、は、はじめまして。若井美子と申します。(頭を下げる)
美佳 あらッ
鈴 若い美子…？
美子 いや、あの、若井は苗字で。
鈴 …すみません。
美佳 綺麗な人ね。
父 （なんでお前が照れるんだという笑いで髪の毛をかき乱す）
美子 そんな。
間。気まずい。
美佳 えーと…とりあえず、立ったままじゃなんだし、どうぞ？
父 そうだね。
美子 すいません、失礼します。
美子がイスに座ると、向かい合うように美佳が座る。 早紀と拓海も空いている席に座るが、
鈴の分のイスはなく、仕方なく立ったまま。
早紀 ちょっとお父さん。私たちのことも。
父 なに？
早紀 ほら、紹介するとか無いわけ？
父 そうだね。悪い悪い。え〜こっちの無愛想なのが長女の早紀です。
早紀 …(無愛想に)いつも父がお世話になっています。無愛想な長女の早紀です。
美子 こちらこそ、いつもお世話になってます。
父 それからそっちはぬらりひょぉ〜んとしたのが弟の拓海。
拓海 別にいいけど。こんちわ。
美子 こんにちわ。
父 で、そこで立たされてるのが妹の鈴です。
鈴 宿題忘れたわけじゃないもん。
美子 どうも。
美佳 あらまあまあ。そんな硬い挨拶はなしにしましょッ。どーもー、私、拓人の姉の美佳ですー。
美子 初めまして。
美佳 あ、そうそう。お菓子とか食べます？ほら、たくちゃん。
拓海 え、ホントにこれで良いのか？
美佳 これしかないんでしょッ
拓海はクッキーの箱を開ける。
美子 …めずらしい詰め合わせですね。
鈴 そ、そうですか？あははー。
美佳 ちなみに端からポテトチップス、ポッキー、プリッツ、キットカット、ビスコです。
拓海 いらんこと言うなッ
美子 は、はあ…。
美佳 はいはい、これでも食べて(クッキーの箱を薦めて)
父 …あれ、これクッキーじゃなかったの？
鈴 あ、いや、それは…
美佳 クッキーって書いてあるからってそれを何もかも信じちゃいけないのよ！昔から言ってたでしょ。外面だけが全てじゃないの、いい？
どんなことも中身まで疑ってみなくちゃわからないの。
父 そうか…中身はお菓子の詰め合わせだったのか。騙された…！
美佳 でもクッキーは美味しかったわ。
父 え？
美佳 なんでもない。あ、美子さんもどうぞー。鈴ちゃん、お茶入れて差し上げて。
鈴 はい。（真紀子の持ってきたお茶をつぐ）
美子 は、はい。
父 ごめんね、こんなものしかなくて。
美子 あ、全然。
父 どれがいい？ 好きなの取っていいから。
早紀 じゃ、ポテトチップ。
拓海 姉貴、まだ食うのか？
鈴 ねぇ、キットカット鈴の…。
父 やめなさい。お前達、お客さんに気を使うとかしないか？普通。
美子 いいのいいの、気にしないで。
父 気にするよ。せっかく美子さんが家に遊びに来てくれたっていうのに。
美佳 ごめんなさいね。ここの子供達、滅多におやつなんて食べさせてもらえないの。私も可哀想で可哀想で。
父 何言ってるんだよ。ちゃんと食べさせてやってるよ。
美子 そうなんですか。
美佳 そう。だから時々ここん家に来るときは必ずなんか買ってくるんだから。手土産って言うの？そんな感じ。
美子 あ…。
美佳 いいのいいの。何もお土産持って来いって言ってるワケじゃないんだから。あら、そう聞こえた？
美子 アタシ、買ってきます。
父 いいよ今更。わざわざ美子さんに行ってもらうことないから。僕行ってくる。
美子 私を置いて行くの？
父 …そりゃまずいか。早紀。
早紀 いやよ。
父 じゃ、鈴ちゃん。
鈴 え〜、また私？ お兄ちゃん行ってきてよ。
拓海 やだよ。暑いのに。
美佳 アタシ行ってこようか？
父 助かるよ。
美子 そんな、お姉さんに行ってもらうなんて出来ません。
美佳 いいっていいって。
美子 だめだめ。すぐ戻りますから。
父 あ〜もう。二人とも落ち着いて。
何故か冷静さを失っていた二人。鈴の心ない一言が西田家に響き渡った。
鈴 お姉ちゃん。こういうの、嫁と姑（しゅうとめ）の争いって言うの？
つづく…