創作脚本の部屋へ 作：ハイジ 潤色 ごのい
【キャスト】
紗 枝 （さえ：女）
縁 （ゆかり：男）
林田先生 ：女
一 成 （かずなり：男）
栄 助 （えいすけ：男）
雛 （ひな：女）
真 由 （まゆ：女）
奈 央 （なお：女）
百合菜 （ゆりな：女）
紗枝幼少期 ：女
縁 幼少期 ：男
『モテたい！』
夏。夏休みだ。舞台は兵庫県のどこかの寮の娯楽室。ソファーとかテレビとかある。
あと一日ずつめくるカレンダー。
一 成 人生には、モテ期がある！
奈 央 そうだそうだー。
一 成 そしてそのモテ期は三回もある！
奈 央 そうだそうだー。
一 成 でも、俺ら二人は生まれてこのかたモテたことがない！
奈 央 そうだそうだー。
栄 助 自分で言ってて悲しくないんですか？
一 成 栄助、お前は黙ってろ。
栄 助 はいはい。
奈 央 その余裕がムカつくんだー。
一 成 モテる男にモテない男の気持ちがわかるか？ わかるのか？ いや、わからん！ 絶対わからん！
わかってたまるかコンチキショー！
奈 央 帰って来きてください一成先輩。
一 成 しゅたっ（帰ってくる）ええか、栄助。モテへんことっつーのがどういうことかお前にはわからんやろう
けどな、モテへんほど切ないことはないんやぞ！
栄 助 知りませんよそんなん。
一 成 うわ、知らんって言いよったコイツ！ 聞いたか奈央。
奈 央 聞きました一成先輩。
栄 助 モテるモテへんなんてそんなん言われても。
一 成 じゃあ聞くで。栄助、お前今年のバレンタイン何人からチョコ貰ってん？
栄 助 え？
一 成 もちろん女子限定やぞ。オカンは別やぞ。林田先生は除外やぞ。
栄 助 なんで先輩に言わなあかんのですか。
一 成 ええから。
栄 助 覚えてませんよそんなん。
一 成 ほらみろ。
奈 央 何ですか？
一 成 覚えてないイコール貰ったってことやん。
奈 央 あ、そっか。
一 成 やろ？ しかも聞いたか、そんなん扱いやぞ！
奈 央 すげえ栄助。相変わらずモテるなあ。
栄 助 勝手に推理されてることに対して俺はどう反応したらええねん。
一 成 あれやろ、女子寮の子の過半数から貰ってるんやろ。
栄 助 だから覚えてないってゆーてますやん。しつこいですよ。
一 成 なあ、どうやったらモテるん？
奈 央 俺も聞きたい、教えろや栄助。
栄 助 じゃあ…。
二 人 ふんふん…。
栄 助 エロ本をやめる。
二 人 ……無茶やろおおおおおおお！
栄 助 じゃあモテない。お疲れ様でしたー。
奈 央 ちょっと！
一 成 待ってや！
栄 助 （嫌味たらっしく）すみませーん無茶ですよねー健全な高校生ですもんねー。
奈 央 いじめんなや。ガラスやねん俺らの心は。
栄 助 百歩譲ってプラスチックやろ。
奈 央 お、結構頑丈や。
栄 助 落としても割れへんで。
奈 央 やった。
一 成 うまいことのせられてるぞ、奈央。
奈 央 あ。
一 成 栄助よ。
栄 助 何ですか。
一 成 俺はお前をそんな子に育てた覚えはない。
栄 助 俺は先輩の子になった覚えはないです。
『いい話・悪い話』
食堂のお姉さん百合菜、登場。
百合菜 みんなーいる？ 暑いねぇ。
奈 央 あ、百合菜さん。
百合菜 いい話と悪い話もってきたんやけどー。
一 成 俺宛に届いていたチョコが何処かに紛れ込んでいたとか？
百合菜 チョコ？
栄 助 二月の？ 賞味期限切れてますって。
一 成 しかもこの暑さでどろどろに。いい話か悪い話か区別が付かん！
奈 央 そんな話しちゃいますよね、いい話と悪い話って。
百合菜 そうね。どっちから聞きたい？
栄 助 どっちでもええですよ、そんなん。
百合菜 どっちでもいいってそんな寂しいこと言わんとってよ。
一 成 栄助、俺を話を流すのは焼きそばパン五個で許すが百合菜さんの話を流すのは許さんぞ。
栄 助 焼きそばパン五個も必要なんですね。
百合菜 あぁもう、そのレベルでもめんとって。
奈 央 百合菜さん、じゃ、悪い話から聞かせてください。
百合菜 奈央君だけやわ、うちの話ちゃんと聞いてくれるの。
奈 央 …えへへ。
一 成 奈央、顔赤いぞ？ この年上好き。
奈 央 ほ、ほっといてくださいよ！
百合菜 じゃあまず悪い話からね。来週一杯ね、用事でうち出かけんねん。
栄 助 まじすか？
百合菜 まじっす。東京のおばちゃんがね、手術することになって身の回りの世話とか猫の面倒とか、
ついでに叔父さんの面倒とかどうしようって。
奈 央 叔父さんついでなんや。
一 成 お気の毒に。
栄 輔 手術って？
百合菜 あ、命には別状無いらしいねんけどね。腫瘍摘出って聞いたからガンかな。ガン。
全 員 がぁ〜ん。
百合菜 何ハモってるん。良性やからおできみたいなもんよ。
奈 央 分かりました。是非行ってあげてください。百合菜さんの留守は僕がしっかり守ります。
百合菜 ありがとう。
一 成 ちょ、ちょっと待ってや百合菜さん。百合菜さんいないと食堂どうするんですか？
奈 央 そ、そうですよ。
百合菜 幸い夏休みやから帰省してる子も多いでしょ。残ってるのは一成君ら数人やし、今しかないかなって。
ってことで来週食堂はは全部お休み。ごめんね。
栄 助 最悪や。
百合菜 ほんまごめん。
一 成 代わりに厨房立つ人いなかったんですか？
百合菜 おったら苦労せえへんねんけどね。あ、それとも林田先生に頼んでみる？
全 員 結構です！
百合菜 でしょ？
栄 助 ただでさえちっさい寮のちっさい食堂やねんもん。代わりがおらんくて当然やろな。
奈 央 百合菜さんだって一人で食堂切り盛りしてるしな。
百合菜 遊びに行くわけじゃないんだしぃ〜。
奈 央 なんとかなりますって、気にせんとって下さい。叔母さんの手術、上手くいくように手伝ってあげて
ください。
百合菜 ありがとう。
一 成 ま、一週間ぐらいやったらコンビニ弁当とか缶詰とかで食いつなぐしかないか。せや、奈央、飯だけ
炊け。
奈 央 え？ 俺？
栄 助 百合菜さんの留守は僕がしっかり守ります。言うてたやん。
奈 央 そら、そうやけど…。
百合菜 奈央君がそう言ってくれると心強いな。頼んでいい？
奈 央 （裏声で）ハイッ！ 出来るだけのことはやってみます。
一 成 任せた。食料班長はお前や。
奈 央 俺、やれるよ。やってみせるよ。
栄 助 飯炊くだけやろ？
一 成 で、いい話は何なんですか？
百合菜 あ、そうそう。これはみんな喜ぶと思うよ。東京から縁（ゆかり）君帰ってくるんやって！
一成・奈央 おぉ！
栄 助 縁先輩っすか。
一 成 元気してんのかなアイツ。
奈 央 先輩と縁先輩って同級生ですもんね。
一 成 まあな。
栄 助 東京行ったの四月の頭ですよね、縁先輩。何しに帰ってくるんですか。
奈 央 何しにって、お盆やねんから帰省やろ帰省。ねえ、百合菜さん。
百合菜 ま、そんな感じ。バイトの休みが取れたからって。
栄 助 でも、みんながみんな、縁先輩の帰りを喜ぶとは限らへんで。
奈 央 どういうことや？
栄 助 そういうことや。学校ほったらかして突然出て行ってからまだ半年もたってへんのに逃げ帰ってくる
なんて。
一 成 なんで逃げ帰ってくるとか言うかな。ずっとこっちに戻ってくるわけちゃうねんから。
百合菜 まあまあ。せっかく帰ってくるんやから暖かく迎えてあげたらどうかなって。違う？ 逃げ帰ってきたか
どうかは、顔見たらわかるんちゃうかな。
一 成 縁はそんな根性なしとちゃう。栄助、そんな小難しい顔して縁向かえたら、しばく。
栄 助 俺は別に、そこまで深い付き合いじゃなかったんで。問題は紗枝がどう思うか。
一 成 紗枝？ あいつがどう思おうと縁は縁や。
奈 央 で、いつ着くんですか？
百合菜 夜行バスで大阪着くのが早朝やって言ってたから、もうそろそろかなあ。
紗枝、雛、真由登場。紗枝落ち着きない様子。
雛 ちょっと落ち着いてくださいよ紗枝先輩。
紗 枝 雛、ちょっと黙っといて。
奈 央 紗枝。
栄 助 見とき。
奈 央 へ？
紗 枝 百合菜さん。今雛ちゃんから聞いてんけど、縁が帰ってくるってほんまなんですか？
百合菜 ええ。そうみたいよ。
紗 枝 …最悪や。
栄 助 ほら。
百合菜 紗枝ちゃん。せっかく縁君帰ってくるのに。
紗 枝 勝手に出ていったくせになんで今頃帰ってくるんですか。
一 成 お盆やからやって。
雛 真由先輩、なんとかして下さいよ。
真 由 どうしようもないよ。紗枝と縁の仲やもん、うちがどうこうできる話じゃないやん。
雛 そうですけど…。
一 成 真由、紗枝なんでここまでエキサイトしとるねん？ 俺、話についていかれへん。
真 由 一成はアホやもんな。
一 成 そうそう、ってオイ。
真 由 アホの一成のために優しい真由様が説明したろ。紗枝と縁って兄妹みたいな仲やったやろ？
それやのに…。
紗 枝 （さえぎって）やめてください真由先輩。
奈 央 そっか、紗枝…。
紗 枝 そんなんどうでもええの。
『帰ってきた男』
気配消して意味もなくサングラスをかけて大きな荷物とギターケースを引きずって縁登場。
紗枝の背後、近すぎるだろって距離に停滞。みんな気づいてない。
真 由 どうでもええんやったら笑顔で迎えたったら？ 久しぶりやねんから。
紗 枝 なんで笑顔で迎えなあかんのですか。あんな奴追い返してください。
雛 紗枝先輩、そんなん言ったら駄目ですよ！
真 由 そうやで紗枝。
縁 そうやで紗枝。
七 人 うわあ！
紗 枝 ゆ、縁！
縁 ただいま。
一 成 おお、縁！
縁 カズ？ カズか。お前縮んだなあ、身長。
一 成 うそお！
縁 うん二ミリぐらい。
一 成 ん〜〜〜。お前こそ痩せたんちゃうか？
縁 まじ？
一 成 うん、五グラムぐらい。
縁・一成 （ハグ）親友！
真 由 アホ。
縁 真由か。お前一段とおばさんになったな。
真 由 …殺す。（即縁にダッシュ）
全 員 だぁぁ〜（真由を押さえる）
縁 冗談やって。大人っぽくなったってことや、真由。うわあー俺みんなの名前覚えてるか不安になってきた。
えーと、栄助やな。
栄 助 ども。
縁 相変わらず男前やな。彼女と仲良くやってるんか？
栄 助 いませんよ、彼女。
一 成 …栄助君。君…彼女いたんですねー…そうだったんですかーへー…。
奈 央 一成先輩、どうどう…。
縁 えっと、お前は奈央やな。よぉお前の袋とじ空けて遊んだわ。
奈 央 せ、先輩だったんですか！ 俺の袋とじ空けてたの！
縁 ああ。十分楽しんだで。
奈 央 縁せんぱあああああい…。
一 成 奈央、おい奈央。後ろ、後ろ。
女子が集結して「奈央ってエロ本持ってるキャラやったんやー」とか「ありえへん」とか「類は友を
呼ぶってそういうことね」など様々にひいている。奈央、君に当分彼女は出来ないであろう。
奈 央 （半泣き）
縁 そんな君に、俺はウルフルズをオススメしよう。
奈 央 （撃沈）
縁 んで、君は雛ちゃんやな。
雛 は、はい。
縁 俺がこの寮飛び出したんが四月の頭くらいやったからなあ。覚えてる？
雛 もちろん覚えてますよ、縁先輩。
縁 雛ちゃんは可愛らしい女の子やったってのは覚えてたからな。
雛 そ、そんなことないですよ。
縁 一年は今一人なん？
雛 そうなんです。年々寮にくる人数が減っていってるらしくて。夏休みに残ってる一年はうちだけみたい
です。
縁 そっかあ。えらいちっさくなってもうたんやなあ。
紗 枝 ……なんで帰ってきたん、縁。
縁 え？ あ、紗枝か。大きなったなあ紗枝。
紗 枝 答えてよ。
百合菜 紗枝ちゃん、もっと縁君に優しくしてあげたら。
栄 助 百合菜さん、いいから。
百合菜 でも。
縁 俺の夏休みや。バイトで忙しくてなあ、二日しか休みとられへんかったんや。だからこの休みを利用して
ちょっとのぞいてみてん。
真 由 じゃあ、明日には帰るってこと？
縁 そうなるかな。一晩泊めてもらう許可は貰ってきたし。ちっさい寮で助かったわ。
一 成 じゃ、今日は久々に語るか、男同士で。
縁 もちろん。オールナイッ！
奈 央 そうと決まれば荷物運んどきますね。一成先輩の部屋でいいっすか？
縁 おっと。俺のギブソンには触れないでもらおう。ギターは二番目に大切なものやからな。
奈 央 かっこいいッスね。じゃ、こっちの荷物だけ。ちなみに一番大切なものって、これっすか？（小指を
立てる）
縁 しょうもないこと聞くなって。頼むわ。
奈 央 分かりました。
奈央、縁のカバンを一成の部屋へ運んでやる。
真 由 そっか。じゃあすぐ帰っちゃうんや。
一 成 随分急がしそうやな。ちゃんと食ってけてるんか？
縁 それがさあ、なかなか大変やねん。朝、昼、晩全部バイト。
百合菜 苦労してるみたいやね。
縁 でもまあそれなりに楽しいですよ。生きてるって感じ？ 東京弁うつっちゃってさ。
栄 助 音楽するために東京行ったって聞いたんですけど、まだ続けてはるんですか？
縁 なんやみんな質問多いな。音楽は続けてるに決まってるやろ。音楽は俺の命やからな。
一 成 なんかすごいやろ、夢だけ頼りに東京行ったなんて。
栄 助 無計画にもほどがありますよね。
一 成 まあそう言うたんなや。
縁 いや、実際無計画やったから大変やったで。
紗 枝 自分が悪いんやん、そんなん。
縁 それよかな、関東人ってなあ冷たい人ばっかやで。都会の色に染まらぬようにと毎日大変や。
真 由 縁なら染まるどころか都会を染めてきそうやわ。
縁 おお俺色にか！いいなあそれ。
ドッタドッタという足音と共に林田先生登場。奈央も戻ってくる。
林田先生 縁ちゃん！
縁 おばちゃんやん。
雛 林田先生。
林田先生 もう帰ってきとったんかいなあ。
一 成 おばちゃん相変わらず足音でかいですね。先生が来たって一瞬でわかりましたわ。
林田先生 あんた、そのおばちゃんっていうのやめてんか。ナイチンゲールやナイチンゲール。
一 成 そんな年とったナイチンゲール、天使でもなんでもないけどな。
林田先生 あっはっはっは。骨折るよ？
真 由 保健室の先生が生徒の骨折ってどうするんですか。
縁 でもまあ最初あったとき食堂のおばちゃんかと思ったからな。
百合菜 うちはよく保健室の先生と間違われるんよ。
林田先生 ああんもう。あたしらの話はいいから。縁ちゃん元気しとった？
縁 風邪ひとつひかずです。
林田先生 健康はいいことや。
栄 助 林田先生何しに来たんですか。
林田先生 栄助ちゃんその言い方はないわ。可愛い生徒が帰ってきたんや、そりゃ駆けつけなあかんやろ。
紗 枝 なんも考え無しに出て行った、可愛い生徒ですか？
雛 もういいじゃないですか、紗枝先輩。…ほら、せっかく帰ってきて下さったんですから、お祝いしましょうよ。ね？
真 由 お祝い？
雛 はい！おかえりパーティーみたいな、そういう。
一 成 なんや、面白そうやん！
奈 央 うわあ真っ先に食いついた。
縁 俺のために？ まじで！
雛 はい。
百合菜 雛ちゃんナイスアイデア。
雛 えへ。
縁 有難う心の友よー。
紗 枝 だからさ！
間。
紗 枝 なんで裏切った人のこと歓迎せなあかんねん。そんなんおかしい。
百合菜 裏切ってなんか。
紗 枝 裏切ったやん。
真 由 縁の自由ちゃうん？ 紗枝がどうこういう話やない。
雛 で、でも紗枝先輩にも考えが…。
奈 央 縁先輩やって頑張ってるんやって。
一 成 応援したってくれへんか？紗枝。
紗 枝 なんで自分勝手な行動ばっかとってる人を応援しなあかんのですか。そんなん、間違ってると思います。
真 由 「おかえり」くらい、言ったってくれへん？
紗 枝 なんでウチが？
真 由 縁が紗枝のこと考えんと出て行ったのはみんな知ってるよ。紗枝が悲しい思いしたってことだって。
紗 枝 別にウチは悲しくも何ともないですけど、や、考えてもらう筋合いとかもないですけど、みんなで一緒に
卒業しようとか言ってた本人が真っ先におらんようになるなんて…。
真 由 取りあえず落ち着いて縁と話するチャンスやん。笑顔で向かえたりいや。
紗 枝 真由先輩に、何が分かるんですが。
真 由 分からへんよ？ うちは紗枝でも縁でもないからなあ。
林田先生 なに言うてんのよ。もー再会の喜びを味わってたのに。
一 成 ほ、ほんまや。楽しくいこうや。な？
栄 助 縁先輩。紗枝に謝って下さい。
百合菜 栄助君まで。
縁 謝んの？ 俺が？
栄 助 縁先輩は今まで紗枝の気持ちどう受け取ってたんですか？
縁 どうって言われてもなぁ。ごめん、俺アホやから話がよう分からへん。裏切るとかそんな気持ちはない
んや。悪う思わんとって。
栄 助 紗枝の気持ちも知らないで、自分の夢だけ見るのはやめてください。
林田先生 そのへんにしときなさいんか！
『お詫びの品』
紗枝と栄助の頭をコツっと叩く。間。うわ、どうすんねんこの空気。縁がポケットをごそごそ。
パスケースから取り出したのはギターのピックだった。
奈 央 そ、それって…。
縁 （紗枝に差し示す）ん。
紗 枝 …これ…。
縁 やる。
百合菜 え、でもそれって縁君の。
奈 央 やめといた方がいいですよ縁先輩。
縁 紗枝。ごめんなあ。俺が悪かった。これ…お前にやるから、ほら。
紗 枝 でも。
縁 俺の宝物。一番大事にしてるもんや。これで許してくれるか？
林田先生 なんやそれ。
雛 ピックですよね。
林田先生 あ〜日本語で言うたらおっきいってこと。
一 成 それビックです。
林田先生 あ〜あ〜、ピンク色したあのぶーぶー言うてる。
一 成 それピッグです。
林田先生 あたし、ギャグのセンス抜群と思わん？
一 成 思いません。
栄 助 ギターとか、弦楽器を弾くときに使う道具ですよ。こうやって、（ギターをひく素振り）爪の代わりに
弦にあてて、弾いて音を出すんです。
林田先生 そんなん知っとるがな。あれやろ？ フォークソングでよう使ってるやつや。最近じゃコフクロウ
とかが。
奈 央 コブクロのこと言いたいんですか？
林田先生 奈央ちゃん、よく今のボケが分かった。よっしゃ。コンビ組もか。
奈 央 考えときます。
真 由 縁、そのピック、ええんか？
縁 なんで？
真 由 あんたの…。
縁 もう平気やから。俺は紗枝のことが大事やし。な、紗枝。ほら。受け取れ。
縁が紗枝の腕を掴み、紗枝の手にピックを握り締めさせる。
百合菜 いい子やねえ縁君は。
縁 そんなことないですよ。
栄 助 でも、安易に手放せるほどのものだったんですね、それ。
雛 そ、そんなことないと思います。
一 成 そやかて。そのピックは縁が…。
縁 （さえぎって）カズ。それ言わへん約束。
一 成 あ…ごめん。
百合菜 え、何なん？
真 由 こっちの話ですよ、百合菜さん。
百合菜 ってことは真由ちゃんも知ってるん？
真 由 え…。
紗枝、縁のピックを割る。おーまいがー。間の後に「あああああああぁぁぁぁ」って空気に。
あーかんのにあかんのにー。せーんせーにゆったろー。これには流石に紗枝もやっちゃった顔。
一 成 紗枝、お前！
雛 そんなことしちゃいけないですよ！
奈 央 （紗枝の手からピックを奪う）うわ、真っ二つや。
雛 直りそうですか？
奈 央 無理やな…。
真 由 縁、縁。
縁 （屍のようだ）
林田先生 ありゃりゃ。これ縁ちゃんの大事なものやったんちゃうんかいな。
一 成 紗枝、いくらなんでもこれは酷い。縁に謝れ。
紗 枝 ほら、やっぱり。
一 成 なんやねん。
紗 枝 またうちが悪もん扱いやん。いっつもそうや。
真 由 やっていいことと悪いころがあるんや。素直に謝り。
百合菜 みんな、紗枝ちゃんばっかり責めるのやめてあげて。紗枝ちゃんかって理由なしにこんなこと
せーへんって。
林田先生 もうわけわからん。ほら、これ使い。（木工用ボンドを差し出す）
奈 央 なんで今持ってんすか！
雛 こんなんじゃなおりませんよ。
林田先生 木工用甘くみたらあかん。使ったあとは絶対手に白いのつくねん。
奈 央 あのべたつきは最悪ですね。
林田先生 そう。
雛 なんの話ですか！…てか縁先輩かえってきてくださいよ！
縁 （それでも屍のようだ）
紗 枝 …うちは結局いつもこうや。
間。紗枝の横顔を見つめていた栄助が我慢できずにしゃべり出す。
栄 助 縁先輩。先輩は大事なピック渡してまで、紗枝に何を求めてるですか。それで紗枝に自分のこと
許せって言うんですか？ 先輩は勝手や、自己中なんちゃいますか。
林田先生 縁ちゃんは自分の夢追いかけただけや。
縁 …紗枝…お前…、そんなに寂しかったんか…。
間。
紗 枝 …え？
縁 俺、アホやから紗枝の気持ち分かってあげられへんくて。歌やりたい一心で。それしか考えてなかった
んかも知れん。
紗 枝 そんなん…。
言いたくて、でも言葉か詰まって。紗枝、去る。
縁 さ、紗枝！
縁、後を追う。空気超重い。どうしてくれるんだよジョニー。百合菜が何かを話し出そうとするが、
林田先生が止める。黙って首を横に振った。林田先生と百合菜はその場を離れる。
『二人の過去』
雛 え、あ、あの…。と、とりあえずこれ、引っ付けてみます？
一 成 引っ付くかいな、そんなん。
雛 ですよね。
奈 央 紗枝、なんでこんなこと…。
栄 助 知らん。
真 由 栄助さ、もっと言葉選ばれへんの？
栄 助 俺本当のこと言ってますよ。なんで真由先輩にそんなこと言われなあかんのですか。
一 成 いい加減にせえよ栄助。お前縁は仮にも先輩やぞ？ なんであんなこと言うねん。先輩は勝手や、
自己中やとか。
栄 助 紗枝をあそこまで傷つけたのは、先輩です。
一 成 誰も傷つけようとなんかしてない。
栄 助 そんなん間違ってますよ。縁先輩がいなくなったとき、紗枝泣いてました。俺見ました。ここまでいって、
まだいいますか？ 縁先輩は悪くないって。
奈 央 一成先輩にまでそんなこというんかお前。
真 由 やめえや。うちらがケンカしても仕方ないやろ。
栄 助 じゃあ真由先輩はどうなんですか？
真 由 何がよ。
栄 助 紗枝があんなことするなんておかしいですよ。それほど紗枝は苦しんだんです。
真 由 それが縁のせいやっていいたいんか？
雛 や、やめましょうよお。
栄 助 紗枝のこともっと考えてあげたらどうなんですか。
一 成 じゃあ栄助はもっと縁のこと考えたりーや。
栄 助 そんな必要ないです。紗枝裏切った人のことなんか考えたくないです。
真 由 裏切ってないって何回も言ってるやん。
栄 助 紗枝を…紗枝を一人にしといてですか？
真 由 うちらがおるやん。一人じゃない。
栄 助 俺達じゃ駄目なんですって。
間。
雛 駄目って、どうして。
奈 央 俺らだって大事な友達や。なのになんでそんなこと。
真 由 でもたしかに、それは言えることかもしれへんで。
一 成 真由。
真 由 紗枝と縁は幼馴染やったやろ？
雛 あ、だから紗枝先輩は縁先輩に敬語を使ってないんですね。
栄 助 幼馴染以上ですよ、関係は。
奈 央 付き合ってるってことですか？
一 成 いや、それはありえへんやろ。縁は音楽が彼女やああ！ とか言ってる馬鹿やし。てか俺より先に
彼女とか絶対許さん。
真 由 紗枝にとって、縁はお兄ちゃんやったんよ。
五人ストップモーション。袖から泣き声が聞こえる。幼少期紗枝、幼少期縁登場。
幼少縁 そんなに泣くなや。ミキヤ君やって、また会おうねっていってたやん。
幼少紗枝 だって…。
幼少縁 先生かって言うとったやん。ちゃんと笑顔でバイバイせなあかんって、なぁ紗枝。
幼少紗枝 だってもう会われへんやん。
幼少縁 しゃーないやろ？ ミキヤ君のお父さん転勤なんやから。
幼少紗枝 縁クンは悲しくないん？
幼少縁 ものごっつい悲しい！
幼少紗枝 ならなんで泣かへんの？
幼少縁 だってさ、笑ってバイバイしたほうがええやん。バイバイされた人はその笑顔にまた会いたくなるん
やもん。
幼少紗枝 でも、もうバイバイしちゃった。
幼少縁 だからはよ泣きやみ。ミキヤ君どっかで見てるかもしれへんで。
幼少紗枝 （ちょっと笑って）幽霊みたいや。
幼少縁 へへ。笑ったな、紗枝。
幼少紗枝 あ…。
幼少縁 ほら、遊びにいくで。公園いこか。
幼少紗枝 うん。お医者さんごっこする。
幼少縁 え〜。またぁ？
幼少期紗枝、幼少期縁去る。ストップモーション解除。
雛 優しいお兄さんですねー。
真 由 だからこそ、やねんて。
栄 助 大切な人が自分を置いて出て行ったんですよ。
奈 央 でも縁先輩は音楽がしたい一心で東京いったんですよね？ 応援しない紗枝が悪い気もする。
一 成 そりゃ、そうやな。
雛 紗枝先輩は、なんで素直に「おかえり」って言わないんでしょうね。
真 由 言えないんだよ。プライドみたいなもんがあるから。
奈 央 紗枝は頑固者やし。
一 成 許したってもええのにな。
栄 助 それにはまず縁先輩が紗枝の気持ちを知る必要があるやろ。…俺ちょっと探してくる。
真 由 栄助は余計なことしなくていいの。
栄 助 余計？ 何がですか。
真 由 今回は紗枝が悪い。
一 成 どっちが悪いとか、そんなんじゃない気がするんやけど。二人の問題に俺らがこんなに関わってええ
んやろうか。
雛 そもそも悪い悪くないの話じゃないですよね。
真 由 でも、二人をあのままにしておくわけにはいかへんやん。うちらも何かしたらな。
栄 助 縁先輩に謝らせるんですよね。
真 由 だからちゃうって。
栄 助 でも。
真 由 これは、どちらかが謝ったらおしまい、なんて簡単な問題じゃないのかもしれへん。たしかに栄助が
言ってることは間違ってない。それはうちも認めるよ。でも、二人のことは、二人で解決せな。
雛 真由先輩…。
奈 央 それはそうですけど。
真 由 どっちの味方とかじゃなくて、ちゃんと二人を見てあげないと。それじゃないと、うちは縁に自信もって
「おかえり」とも「行ってらっしゃい」とも言われへん。
栄 助 どっちの味方でもないなんて綺麗事じゃないですか。
真 由 綺麗事で何が悪いんよ。
一 成 よっしゃ。俺にいい計画がある！ 雛ちゃん、さっきおかえりパーティーがどうとか言ってたよな。
雛 は、はい。
一 成 へっへー。天才カズナリンがそのパーティーを盛り上げたろうやないか。
奈 央 なんですか天才カズナリンって。
一 成 もう一人の俺。
雛 聞かせてください、その盛り上げる方法。
一 成 あんまりでかい声では言われへんなあ。
雛 ここじゃまずいですか？
一 成 まずい。
雛 じゃあ保健室いきます？
一 成 あかん、林田先生に食われてまう。
奈 央 先生どんだけ凶暴なんですか。
一 成 さ、いこか。真由、お前もいくで。
真 由 え？…うん。
一成、真由、雛去る。
『見守る二人×２』
奈 央 栄助。
栄 助 何。
奈 央 お前、男前になるねんなあ。
栄 助 は？
奈 央 好きな子の話になると、栄助は男前になる。
栄 助 …え？
奈 央 え？ 栄助って紗枝のこと好きなんちゃうん？
栄 助 あ、あほ！
奈 央 へへ、図星か。
栄 助 （顔真っ赤）
奈 央 でも分かるわ。その気持ち。好きな子が責められててさー…守りたくもなるわなあ。
栄 助 奈央は百合菜さんやもんな。
奈 央 何それ、逆襲したつもりなん？（かなりの動揺）
栄 助 いや、分かるし。奈央のリアクションで。
奈 央 そんなリアクションしてないし。（本日二度目の撃沈）
栄 助 優しいよな、奈央は。
奈 央 モテへんけどな。
栄 助 今その話ちゃう。
奈 央 あ、ごめん。モテるモテないの話しになるとついついテンションが。
栄 助 紗枝はさ、やっぱり縁先輩のこと好きなんやろうな。
奈 央 栄助にもまだチャンスはあるさ！
栄 助 ライク。ラブじゃない。ライクの方の好き。
奈 央 事前にしっかりチェック？
栄 助 それレイク。
奈 央 うわ！林田先生のボケが移ってもうた！
栄 助 コンビ組んだら？はんにゃを超えてみせろ。
奈 央 売れたら儲かる？
栄 助 何の話やねん。
しばし軽い笑いあい。間。
奈 央 ……元気、出た？
栄 助 は？
奈 央 栄助が本気で本音出してるの、久々に見たから。ビックリしてさ。
栄 助 うん。
奈 央 さてと。一成先輩のとこ行こか。
栄 助 空気重くなりそう。
奈 央 しゃあないやん。これ、どうする？
栄 助 一度壊れてもうたモンは、もう直らんのかな。
奈央が机の上にあのピックを置く。二人が出ていったのを見計らって、林田先生と百合菜登場。
百合菜 みんな人の事やのに必死に考えて。ホンマの友達なんですね。
林田先生 あの子らがムキになって、それでもこう、現実に振り回されてる姿見たら、飛んでいって抱きしめて
あげたくなるわ。
百合菜 一々抱きしめに来られたら迷惑ですって。
林田先生 その無償の愛こそ真の友情なのよ。私もそんな友達が欲しい。ぎゅ〜、がぶぅ。
百合菜 先生、噛んでます、噛んでますって。
林田先生 一成ちゃんたら。もう今度会ったら骨ごと食ってやる。
百合菜 先生。ヤマンバみたいになってますよ。
林田先生 あ、食べようとしてるやん、私。嫌やわぁ、もう人の子は食べへんって絶食宣言したのに。
百合菜 林田先生、ホンマに食べてはったんですか？
林田先生 百合菜ちゃん！ 「食べてはったんですか？」やあらへん。「食っとったんかぁい！」とか勢い付けて
突っ込んで！ こんなにボケてんのに！
百合菜 林田先生に合わせたらキャラ崩壊してしまいます。
林田先生 可愛いからって調子のってると痛い目みるよ。
百合菜 林田先生。
林田先生 （ちょっと反省）はい。
百合菜 生徒たちだけで何とかなりそうですね。
林田先生 知らん。
百合菜 はい？
林田先生 この年の少年少女たちは輝きも多けりゃその分悩みも多い。大変なお年頃よ。全部が全部解決する
なんてありえへんし、全部が全部解決せえへんなんてのもありえへん。
百合菜 はあ。
林田先生 ああぁぁぁぁ〜、戻りたい・わあ…。
百合菜 先生。
林田先生 青春というもんをさあ、取り戻したいわけよ。
百合菜 先生。
林田先生 神様時計を戻してください。二年ほど（つっこんでくれ）
百合菜 （え？）
林田先生 五年（ほら！）
百合菜 （？）
林田先生 十年ほど（もー）
百合菜 先生。
林田先生 はい、三十六年です。すいません。
百合菜 林田先生は心配や無いんですか？ 紗枝ちゃんと縁君のこと。
林田先生 あー大丈夫大丈夫。なめときゃ治る。
百合菜 先生！
林田先生 あれが青春、これだって青春。
百合菜 え？
林田先生 …あんたも通ってきたんやろ、青春の曲がり角。
百合菜 …ですよね。
林田先生 さーってと。そろそろ保健室に戻ろうかねーと。
百合菜 そうですね。私も食堂に戻って後片付けしなきゃ。
林田先生 あら、百合菜ちゃんが片付けしてないなんてめずらしい。
百合菜 縁君からいろいろ連絡受けて、いてもたってもいられなくなって。
林田先生 あ、そっか。そうやね。
百合菜 そうだ、奈央君に食料調達係頼むんやったら何が何処にあるとか書き出しておかなくっちゃ。じゃあ、お先です。
林田先生 はいよー。
百合菜、去る。
林田先生 難しいねえ、ほんと。
壊れたピックを手に取る。
林田先生 大切なものは一つだけじゃないと駄目、なんて決まり、ないのよ。紗枝ちゃん。
ピックを机に戻し、林田先生去る。
『ピックの思い出』
静まりかえった娯楽室にフラリと縁が現れる。ギターケースを大事そうに抱えると
机の方に運ぶ。ケースを左脇に抱え直し、机の上のピックを手に取る。
縁 最悪や。みんな俺の側からいなくなる。やっぱバチが当たったんかな、アホなコトした。
真由と一成が入ってくる。
つづく…
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