創作脚本の部屋へ 作 まっちゃ 潤色 ごのい
【キャスト】 男２、女５
陽 子 正義
文 恵 性悪
由 佳 彼女
尚 樹 彼氏
彰 超越
雨 宮 異質
人 影 明日のあなた
「オープニング」
音楽と共に幕が開く。舞台には数カ所の明るい場所。教室か？ でもそうとも言い切れない
気配。机や椅子はなく、代わりにいくつかの箱が舞台に点在している。
雨宮 昼休み！ 始まりのチャイムが鳴る。
男子 き〜んこ〜んか〜んこぉ〜ん（以下継続）
文恵 先生の英文を読むスピードが上がる。
陽子 英文を読む生徒の数が急激に下がる。
そういえば超特急で教科書を読む先生（由佳）の声。みんなも必死でそれに続く。
男子 コーン、コーン、コーン。
雨宮 チャイムが鳴り終わる。
文恵 先生の英文を読むスピードがまた上がる。
陽子 英文を読む生徒がいなくなる。
先生の英文はもはや音速を超えた。だれもついて行けない。やがてフィニッシュ。
文恵 きりのいいところで授業は終わる。
陽子 起立、礼。
みんな （あいさつ）
そういうと明かりから三々五々別の方向へ。明かりには文恵だけが残る。
周りの人物はそれぞれ忙しそうに昼の準備を始めた。
文恵 ノートと教科書と下敷きと筆記用具を抱えて、席をたつ。３階の教室を出て、友達と階段を上り、４階の教室を
目指す。途中で違うクラスの友達に会う。
由佳 パン買うねん。付いてきて。
文恵 付き添いを頼まれ、仕方なく４階から１階に移動。
階段を急ぎ駆け下りる。そこには別の明かり。
文恵 パンの自販機の数字を押す係を頼まれボタンを押す。
由佳 ９番
文恵 ハイ「９」（がたん）
由佳 １０番
文恵 ハイ「１と０」（がたん）
由佳 ７番
文恵 ハイ「０と７」
…出てこない。自販機をたたく由佳。後ろに謝る文恵。苦戦。
彰 なんで０つけたの？
由佳と文恵、大ショック。恥ずかしそうにその場を離れる。
文恵 階段を昇って二年八組の前で友達と分かれる。（由佳は違うクラスへ）教室に入っていつものお弁当メンバー
とやっと合流。
雨宮 遅い。
陽子 お腹減っちゃった。
文恵 ごめん。（みんなを見回して）一口も食べずに待っててくれた友達たちに、申しわけなさと同時に、嬉しさを
感じる。
陽子 じゃ。
みんな いただきます。
そこでみんなはストップ。
文恵 ついでに周りを見渡すと自分以外がパンだと知る。今日は自分だけかお弁当だと気づき、「仲間外れだ！」
と思うと同時に、母への感謝を、感じる。
突然電話のベルが鳴り響く。みんなが振り返ると舞台の芯に緑の公衆電話が
浮かび上がっていく。驚くもの、興味を持つもの、噂話を始めるもの。みんなの
動揺を知ってか知らずか、電話は鳴り続ける。やがて一人の少女がおそるおそる
電話を取る。驚くみんなのストップモーション。
雨宮 もしもし。
音楽。誰と話をしているのだろうか。少女は小さくうなずくと。闇の中へ消えていった。
みんなは少女が去った後、緑の電話を焦点とする楕円軌道を描いてそれぞれの
場所へと移動する。
『誘拐犯からの電話？』
舞台は次第に明るく変わる。黒い箱や緑の電話以外に道順を示す立て札。
下手トイレ。上手が売店。少しだけ小高い場所、ベンチなども見える。どうやら
公園の一角らしい。下校途中の男子生徒が自転車で現れる。制服。なぜか
顔には大きな絆創膏。尚樹だ。後ろにもう一人私服の男の子。彰である。
二人は緑電話の前で自転車を止める。
彰 尚樹。
尚樹 何？ 兄ちゃん。
彰 これ、何か知ってるか？
尚樹 電話？
彰 そや、これが公衆電話や。どや、見たこと有るか？
尚樹 馬鹿にせんとってや。見たことぐらいあるよ。
彰 使たことは？
尚樹 そんなもん…。
彰 有るんか？
尚樹 無い。
彰 せやろ。ハードボイルドな俺でも二、三回しかない。
尚樹 すげぇ、兄ちゃん。二、三回使たこと有るんや。
彰 ああ。
尚樹 めちゃ、でかいな。
彰 でかい。絶対携帯できへん。
尚樹 メールとか、どうやるん？
彰 できへん。
尚樹 写メ、撮れる？
彰 撮れへん。
尚樹 インターネットは？
彰 出来ん。第一画面無いから。
尚樹 そっか。
彰 こいつは通話専用や。お話しだけに命かけてるんや。だから他の全てを拒絶しとるんや。
尚樹 すっげぇ。通話せん用マシンやな。
彰 アホ、通話する用のマシンや。
尚樹 あれ？ せん用。
彰 あ、専用？
尚樹 そう、専用。
彰 日本語、難しいな。
尚樹 うん、時々。
二人でケタケタ笑ってる。
尚樹 で、どうやって使うん。
彰 そんなんも知らんのか。
尚樹 知らん。
彰 驚くな。電話するのに、お金入れるねん。
尚樹 すげぇ。自動販売機みたいや。
彰 そやろ、お金入れてボタン押すんや。そしたら電話できんねん。やってみるか？
尚樹 やりたい。
彰 よっしゃ、今日は特別やぞ。
尚樹 うん。
彰はポケットから小銭をだし、尚樹に見せる。
尚樹 十円？
彰 これで電話かけられるんや。
尚樹 すげぇ、意外と安いんやな。
彰 どこに電話する？
尚樹 え？
彰 だから電話やねんから、かける相手。友達とか。せや、彼女のトコ、かけたれ。
尚樹 由佳んとこ？
彰 ああ。
尚樹 いやや。
彰 なんで。
尚樹 恥ずかしい。（くねくね）
彰 くねくねすんな。電話ぐらい普通にしとるやろ。
尚樹 そやけど、いつもと感じちゃうから。
彰 何恥じらっとるねん。おもろいからやってみい。番号は？
尚樹 え〜〜。
彰 え〜〜ちゃうねん。番号。
尚樹 ここに有るけど。
尚樹は自分のケータイの電話帳を彰に見せる。
彰 よし、貸せ。人生何事も経験やぞ。
尚樹 ホンマにかかるんかな。
彰 かかるに決まってるやん。
そういうと彰は電話に十円を投入。すぐさまそれはからぁんという音と共に返金口に。
尚樹 お金、返ってきた。通話無料なん？ ソフトバンクやから？
彰 待て、何かがおかしい。
尚樹 二、三回使ったこと有るって。
彰 だから、久しぶりやから。
尚樹 ホンマに使ったことあるん？
彰 有るに決まってるやん。ちょっとしたミスじゃ。
こんどはちゃんと受話器を上げてから十円投入。
彰 よっしゃ、ぷー言い出した。番号。
尚樹 これ。
彰は画面を見ながら番号を押す。押し終わると二人は受話器に耳をあて
待機。しばらくコール音の後メッセージ。「おかけになった電話は、
お繋ぎできません…。」
尚樹 拒否られてるぅ。
彰 嘘、お前の彼女、セキュリティー半端ねぇ。
尚樹 何これ、緑の電話って、携帯にかけられへんの？
彰 非通知着信拒否とか、あんねやろ？
尚樹 おもろい。公衆でんわ使えねぇ。
彰 しゃあない。お前のケータイで実験や。
受話器を一度置く彰。十円は？帰ってこない。
彰 あ、十円食われた。
尚樹 え〜、あれで十円取られんの？ かかってないのに？
彰 いちいち騒ぐな。
別の十円を取り出し投入。尚樹の番号を押す。
尚樹 かけたん？
彰 おお、お前のケータイ。
尚樹 見えてるけど。
尚樹のポケットでケータイがなる。
尚樹 兄ちゃん、なってる。
彰 なんかしゃべれよ。
尚樹 うん。（つながった）もしもし？
彰 …もしもし？
尚樹 …彰兄ちゃんですか？
彰 …はい、そうです。
尚樹 これ、ずれて聞こえんで。ハハ、いっこく堂みたい。今ね、公園の緑の…
ぷー。電話が切れる。
尚樹 短っ！ もう切れた。
彰 そんなもんや。星の本棚で検索したところ、十円でしゃべれる時間は１３．５秒。
尚樹 なんか切ない。しゃべってる途中やのに、何の予告もなくいきなりプツって。バイバイとか言うてないのに。
彰 別れは突然やってくるねん。家デンにかけたら三分いけるで。
尚樹 それもなんか微妙な長さやな。だってオレ、由佳と二時間ぐらい電話でしゃべる時あるもん。
彰 二時間やったら、１２０分×６０秒で７２００秒、十円で１３．５秒しゃべれるとして割る１３．５…。５３３０円やな。
尚樹 高っ、しかも十円連続投入うざっ、てか計算した兄ちゃんすごっ。偉大。
彰 フィリップと呼んでくれ。その５３３０円を無料にしたのが孫社長っちゅう訳や。
尚樹 決めた。おれ、一生孫社長について行くわ。
その時突然緑の電話が鳴り始める。一瞬で５メートルほど飛び退く二人。一回、二回。
尚樹 兄ちゃん。鳴ってるで。
彰 ああ。
尚樹 公衆電話って、かかってくるコトとかあるん？
彰 そら、電話やから番号あるんやろうけど。星の本棚でも検索できへん。
尚樹 出る？
彰 ああ。多分間違い電話や。出てみ。
尚樹 兄ちゃん出てや。
彰 お前の方が近所におるやんけ。
そうこうしている間に、電話は切れた。と同時にトランクを持った帽子、
色メガネの女が走り込んでくる。電話に向かって一直線だったが、
切れたとたんに走るのをやめる。
雨宮 あぁ〜！
彰 わ、びっくりした。
尚樹 今度は何やろ。
雨宮 あ〜、あ、あん！
全力疾走してきたであろう雨宮は息が上がって苦しいのと、電話が
直前で切れて悔しいのとで言葉が出てこない。電話を指さし地団駄を
踏んでいる。
雨宮 っくしょう！ もう。三十分以内とか無理やし。
彰 さっきの電話のコトやろか。
尚樹 聞いてみる？
彰 やめとけ。
尚樹 なんで。
彰 事件のにおいがする。
尚樹 マジで？
彰 このシチュエーション、見たことある。恐らくは誘拐事件や。
尚樹 え〜。
彰 身代金持った刑事が、犯人の指示で次ぎここ、今度あそこいうて連れ回されんねん。その間に尾行がないか
とか、逃げ場所確保できるのどこやとか、捜査を撹乱させるわけやね。
尚樹 ほなあれ、刑事さん？
彰 おそらく。探偵の血が騒ぐぜ、相棒。
尚樹 めちゃバテてるよ。
見るとほぼぐだぐだの姿でベンチに倒れ込んでる。近くに銀色のトランク。
彰 そや。んであのトランクの中には。
尚樹 身代金？
彰 ５０００万円はかたいやろ。
尚樹 ごしぇんまんえん。
彰 さっきの電話が犯人からやとしたら、ここでぷっつりと連絡が途絶えるわけや。人質の命が危ない。
尚樹 やばいやん。
彰 やばいな。
尚樹 兄ちゃん、電話とってあげたら良かったんや。時間稼ぎできたのに。
彰 そんなん今頃言われても。
女は起き上がる。お腹を押さえてイタタタとか言ってる。トイレか？
帽子を被り直し、電話の方を恨めしそうに見ると、下手のトイレに向かって
のろのろと歩き始める。
尚樹 あ！
見ると女はトランクを置いていくところだった。尚樹の声に気付き慌てて
戻る女。トランクを確保。左右を確認。それから尚樹に小さくお礼。
尚樹 ど、どういたしまして。
女は大事そうにトランクを持つと舞台を出て行く。
彰 あほ、黙っとけよ。
尚樹 だって。
彰 ５０００万やぞ。落とし物で拾って一割もろたら５００万ぞ。
尚樹 せこ、そんなん考えてたん？
彰 普通考えるやん。
尚樹 人質の命はどうすんの？
彰 それとこれとは話が別じゃ。
再び電話。下手の袖で悲鳴が聞こえる。なんで今かけてくるの？
タイミング悪すぎの「え〜〜〜〜！」
尚樹 兄ちゃん。
彰 尚樹。電話出な。
雨宮 （袖から悲痛な叫び）お願い！ 代わりに。
彰 あんなん言うてるぞ。
尚樹 代わりにって、電話？ トイレ？
彰 トイレ代わりに入ってどうすんねん。
尚樹 え、どうしよ、どうしよ。
取り乱しながらもついに尚樹は電話を取った。静かに耳を当てる。
尚樹 もしもし。………………、はい。………、それが、トイレに行ってるみたいで。はい。何なら伝言、しましょうか？
…………、分かりました。それだけ伝えます。はい。はい。それじゃ、失礼します。はぁい。（電話を切る）
彰 なんて？
尚樹 伝言、頼まれた。
彰 間違い電話、ちゃうかったんや。
女、静かに戻ってくる。取り繕うようにすまして。
雨宮 ありがとう。代わりに電話出てもらって。
尚樹 伝言あります。
雨宮 何て？
尚樹 伊丹・４２７へ、１６時３０分。
雨宮 ４２７。（ポケットから地図）北部の公民館前の公衆電話か。今からじゃ間に合わない。この自転車、君たちの？
彰 はい。
雨宮 捜査に必要なの。しばらく借りるね。
尚樹 どうぞ。
彰 おい。
そういうと雨宮はトランクを前かごに入れ、自転車で颯爽と走り出す。
尚樹 あの人、どっかで見たことあるんやけど。
彰 オイ、自転車、いつ返すねん。
尚樹 思い出されへんけど。
彰 勝手に乗って行きやがって。お前の罪を数えろ。
二人は並んで家路に向かう。誰かに似ているって、誰？
「お買い物」
明かりが落ちる。別の自転車に乗った少女がサスの中に停止。セリフを
言いながらマイム。地明かりは完全に落ちず、出入りする複数の少女が
うっすら見える。
陽子 学校帰り、百均のコンビニに寄る。自転車を止める、鍵をかけて、右のポケットに入れる。カバンを自転車の
前かごから降ろす。先に財布を取り出す。お店の中でカバンの中をごそごそすると、万引きと勘違いされそう
でいやだから。
別のサスに違う女の子。
由佳 右手に財布を持ち、店の中へと入る。店の中を一周し、何が売っているか確認する。小麦粉発見。７００ｇで
１０５円。関西スーパーでは７８０ｇで２００円台。今度からはここで買うことを決心する。
文恵 次は食パンを見つける。でもここでは買わない。業務スーパーの方が安いから。
陽子 今日はお弁当のふりかけが目当て。ふりかけはパンの反対側。サケにしようかなぁって思ったけどやめた。
辛そうだから。タマゴにはしない。何となく嫌いだから。ゆかりに決める。
由佳 １０５円を出す。お金をレジで出し、後ろのお客さんと店員さんを待たせるのは申し訳ないから。
雨宮 ゆかりだけ買うって恥ずかしい？ 他にも買った方がいいかな。でもやめた。
四人 もったいないから。
いつの間にか四人は一列に。最前列の役者によるリレーセリフ。
陽子 並ぶ。
文恵 並ぶ。
雨宮 並ぶ。
由佳 並ぶ。
陽子 レジの順番が私にまわってきた。ゆかりと１０５円を出す。
文恵 レシートをもらう。
雨宮 ありがとうございましたとヒトコト言う。よく考えるとおかしいんだけど。
由佳 ゆかりとレシートを持って店から出る。
自転車を止めたサスに陽子が戻る。他の三人は衛生の動きでサスから
離れていく。
陽子 外でレシートを財布に、ゆかりと財布をカバンに、カバンを自転車の前かごに入れる。鍵を右のポケットから
出して自転車にさす。自転車をこぎ出すのはいつも右足から。どうして？ そうなの。ちょっと…、不思議。
陽子は右足から自転車を漕ぎ、舞台から消えていく。
「しりとり」
公園に女子高生が二人ベンチに腰掛けている。仰け反ってるのと、
きちんと座ってるのと。放課後、夕暮れ。
由佳 なんじゃそら。
文恵 やろ。
由佳 体操服ならまだ分かるけどやな。
文恵 え？ 分かる？
由佳 だって汗かくほどがんばらへんし。持って帰ってまた次の日体育とかあるやん。
文恵 週に数回あるからな。
由佳 うん。
文恵 でも柔道着やで？
由佳 あれって高野豆腐みたいやんな。
文恵 味しみそうやん。
由佳 お出したっぷり。
文恵 ほんで男同士で寝技ぁとか？
文恵・由佳 きゃぁ〜
二人立ち上がってお互いをたたく。
由佳 きも。
文恵 うちんとこ柔道月曜の二限目だけやのに。
由佳 ばり汚いやん。洗えよって。
文恵 男子ってほんまきもい。
由佳 あ、聞いて。昨日さ。
文恵 うん！
由佳 陽子と公園で語ってて、ほんなら。
文恵 うん？
由佳 帰る時間遅なって、十時半。
文恵 話変わった？
由佳 変わった変わった。
文恵 そ、そうなん。
由佳 （少しも悪びれず）そう。
文恵 ごめん、ちょっと乗り損ねた。
由佳 もう、文恵はいっつもそう。
文恵 え、いっつも？
由佳 あ、いっつもは言い過ぎか。ほんで？
文恵 で？
由佳 何の話やったっけ？
間。ふたりしばしその場で目だけ上を向く。どこかでチーン！って音がする。
文恵 十時半かぁ。
由佳 そうそう、それ。
文恵 ほんで？
由佳 ウチ門限、十時でさ。
文恵 ああ。
由佳 でな。帰ったわけよ。
文恵 うん。
由佳 ほんならさ、キレてて。オカン。
文恵 そら、なぁ。
由佳 ほんで晩ご飯抜きやで？
文恵 やば。
由佳 三十分遅れただけで、意味分からんやん。
文恵 分かるねんけどな。
由佳 なんで、ご飯抜きってとこや。
文恵 それはな。
由佳 やろ？
文恵 でも由佳、ダイエットするとか言うてたやん。
由佳 自分ですんのとされんのとでは全然ちゃうやん。
文恵 ほんでどないしたん。
由佳 寝たわ。水飲んで。ほんま門限とかあり得ん。
文恵 でも、ウチんとこ門限七時や。
由佳 今どき？ 下校時刻かよ。
文恵 ほんまそれ。
由佳 生きていかれへんやん。
文恵 いや、まぁいけるねんけど。
由佳 なんで？
文恵 むっちゃ過保護やねん。
由佳 それも嫌や。
文恵 今どこにおるん？ 誰とおるん？ なんでメール返してくれへんの？ などなど。
由佳 疲れるわ。
文恵 門限七時言うたけど、これも必死に頼み込んで掴んだ七時やから。
由佳 苦労してまんな。
文恵 どこの家庭も一緒ですわ。
由佳 そうですね。
文恵 正味、足りひんけど。門限。
由佳 分かる、十一時とかにしてほしいわ。
文恵 ほんまそれ。
由佳 アタシんとこ、泊まりも無理系やから。
文恵 マジで？
由佳 ウン。やばない？
文恵 窒息してまうなぁ。
由佳 ホンマな。泊まるんやったら出ていけ！ やって。まぁ出て行かな泊まられへんのですけどね。（笑）
文恵 それ、直で言ったら？
由佳 八つ裂きや。
文恵 親って、ホンマにきしょい。
由佳 夏休みにな、尚樹んとこ誰もおらん日あるから来えへん？ って誘われてん、泊まり。
文恵 え？ 田中君？
由佳 そう。だって高二の夏やで。思いでいっぱい作らなあかんやん。めっちゃ気合い入れて親に「今日文恵んとこ
で宿題するから。」言うたら「何考えてんの！」って。
文恵 うちんとこ…。
由佳 あ、ごめん。黙って使わせてもうた。何？ あかんかった？
文恵 いや、ええけど。
由佳 さすが文恵。
文恵 行ったん？ お泊まり。
由佳 だから行かれへんかった。
文恵 ふぅん。
由佳 絶対行ったるねん。いつか。
文恵 嘘ついて？
由佳 正直には言えんやろ。
ここで文恵の携帯に着信。携帯を開く文恵。
由佳 親？（覗く）
文恵 ちゃう。陽子。（メール読みつつ）
由佳 なんてな？
文恵 遅れるって。ついでにふりかけ買ってから来るって。
由佳 もー。
文恵 まあまあ。
由佳 やっぱりみんなで来た方がよかった。
文恵 どっちみち待ってるあいだ、ぼやくやん。
由佳 生殺し。
文恵 鬼殺し。
由佳 意味がわからん。
文恵 （笑う）言葉遊びやん。
由佳 ちゃうし。
文恵 えー。
由佳 言葉遊びってあれやん、空耳とか。
文恵 耳やん。
由佳 ちゃうよ。…あれやって、ホラ。
文恵 なに？
由佳 こう、ガイジンの歌がさ、日本語に聞こえる、みたいな。
文恵 あるなぁ。
由佳 それやって。
文恵 へぇ。え、むずっ。できひんやん。
由佳 頑張りんしゃい。
文恵 まじ？
由佳 うん。
文恵 マライヤキャリーがな、よう知らんねんけど、タヌキ蕎麦ぁ〜（"That It's Over"）って歌っとったり。
由佳 無理やろなぁ。
文恵 無理。
由佳 やると思わんかった。
文恵 簡単なん、ないん？
由佳 しりとり。
文恵 やろ、しりとり、やろ。
由佳 しりとり〜？
文恵 言うたん由佳やで。
由佳 えー。言うたけど。
文恵 いいやん。
由佳 文恵、一人でやりぃや。
文恵 一人じゃ、終わらん。
由佳 自分をより好きになる、いい機会やで。
文恵 しりとりの、りからな。りんご。
由佳 ゴリラのウコン。終わり。
文恵 もう。
由佳 牛のウコン。終わり。
文恵 意味分からんやん。
由佳 分かってよ、ウコンの力やん。
文恵 ら？ ライト。
由佳 その、ら、じゃない。
文恵 由佳、と、やで。由佳。
由佳 トン。終わり。
文恵 由佳ぁ。
由佳 イエーイ。
文恵 と。
由佳 イエーイ。
文恵 と。
由佳 イエーイ。
文恵 と！
間。のってこない由佳にちょっとムカつく文恵。
文恵 イエーイ。うちの勝ち！
由佳 イ…と。
文恵 （こういう勝ち方もあるんだなって顔）時計。
由佳 インコ。
文恵 こども。
由佳 森。
文恵 リス。
由佳 滑り止め。
文恵 目をつむる。
由佳 動詞やん。
文恵 （笑う）る、やで。る。
由佳 せっこ。るいるい。
文恵 なにそれ。
由佳 意味は分からんけど楽しい言葉や。
文恵 そんな芸人みたいな。
由佳 い、やで。い。
文恵 イコッ。
由佳 は？
文恵 意味は分からんけど、楽しい言葉や。
由佳 コンブゥー。
文恵 ブゥーミィー。
由佳 ミジ。
文恵 ンコ。
由佳 コーマァー。
文恵 マーゴォー。
由佳 ゴジゴジゴジゴジ。
文恵 じん、りき。じん、りき。
由佳 キキーッ！ …キィー…。
文恵 きん。
由佳 ぴら。
二人 ごぼーっ。
二人、顔を見合わせて笑う。たのしそう。由佳、立ち上がる。文恵は地面にしゃがんでる。
由佳 ぼこ、ぼこ、ぼこ。（ノック）
伝わらない。
由佳 ぼこ、ぼこ、ぼこ！（激しくノック）
まだ伝わらない。
由佳 コン、コン。
文恵 ？
由佳 （えーって顔）ノックやって。
文恵 ああ。え？（慌てて立ち上がる）
由佳 え？
文恵 なんで？
由佳 ノリで。いけると思って。
文恵 ノックが？
由佳 うん。
文恵 伝わると？
由佳 と。
文恵 えー。
由佳 いやいや、えー。
文恵 わからんよぉ。
由佳 しけるわぁ。
文恵 なにそれ。
ちょっと盛り下がる。
「正義のヒーロー」
同じ制服の女子高生が自転車に乗って来る。
陽子 聞いて。
由佳 うお。
陽子 聞いて、聞いて。
由佳 うお、うおうお。ふりかけ半額か？
陽子 そんなんちゃうよ。
文恵 今日は何？
陽子 これ、見て。（新聞を渡す）
二人 おお〜。
由佳 で？
陽子 虐待ですやん！
由佳 そやね、アカンね。怖いね。
文恵 いつの？
陽子 昨日。虐待やで、虐待。ホンマ何考えてるん。
由佳 知らんやん。こんな事件あった？ 昨日？
文恵 え、んー。
陽子 あったよ。
文恵 そう？
陽子 そう。七歳の翼くんが、両親に投げられて。
由佳 ギャクタイ。
陽子 両親は自分の心配しかしてへんねんで？ 愛し合って産んだ子供やろ？ こんなこと許されていいん？
文恵 いいん？ いいん？ イ〜ン〜…。（溜める）
由佳 コッ。（飛ぶ）
陽子 おい。
文恵 はい。
陽子 なにしてるねん。
由佳 好き勝手しりとり。
陽子 おい、おい。
由佳 なんでしょ。
陽子 今それちゃうでしょ、虐待でしょ。
文恵 そう？
陽子 だって、アンタ、また一つ幼い命が奪われてますやん。
由佳 また、やん。
文恵 日常過ぎて。
由佳 しりとりの方が大事やし。
陽子 嘘やん。
文恵 ほんまやん。
陽子 なんで？ 虐待やろ？
由佳 虐待やなぁ。
陽子 なんで二人ともそんな冷静なんよ。
由佳 実感沸かへんし、どうでもいいし。
文恵 関係ないやん。
陽子 あるよ。
由佳 虐待なんか遭ったことないし。
文恵 ニュースで頻繁にやり過ぎやし、なぁ。
陽子 それほど問題視されてるんちゃいますのん。
由佳 さぁ。
陽子 外に放り出すとかも虐待の可能性、潜んでるんやで。
文恵 そうなん？
陽子 殴るだけが、虐待ちゃうから。
由佳 じゃあ、じゃあ晩ご飯抜きとかは？
陽子 それ、ネグレクトみたいなもんやん。
文恵 ねぐ？
陽子 育児放棄ってこと。
由佳 はい、はい。うち昨日されました。ネグレクト。
陽子 由佳が？
文恵 晩ご飯抜きやってんて。
由佳 聞いてや、昨日陽子としゃべってたやん。帰ったらおかん切れてて。晩飯抜き。
陽子 ネグレクトや、それ。
由佳 そうなん？ うそ、ホンマ？ どないしよ。児童、ちゃうくても？
文恵 言うてもハタチまでは、うち等も親に責任あるからな。
陽子 あ、でも。
由佳 何？
陽子 逆に干渉しすぎるんもアカンらしいで。
由佳 文恵のとこもか？
文恵 なにそれ。
由佳 この子んとこ、過保護やねんて。門限五時。
文恵 七時です。
陽子 束縛も虐待の内ってことらしいで。
間。
由佳 アタシら？
陽子 虐待。
文恵 されてるの？
陽子 子供の無自覚が、虐待をエスカレートさせていくらしいで。
由佳・文恵 うそやぁ〜
陽子 ほんまやって。
由佳 陽子さっきから「らしいで」ばっかりやん。
陽子 だって虐待のことなんか気にしてなかってんもん。でもこの記事見てたら、なんか言葉で言えんような怒りが
突然むらむらと。
文恵 不透明やなぁ。
由佳 じゃ、陽子は？ 陽子は知らんうちに虐待されてへんの？
陽子 うちはその辺自覚有るから。
由佳 何ソレ。どこからが虐待かちゃんと説明できへんのに？
陽子 ちゃんと区別できるって言われたら、微妙なの。
文恵 絶対じゃないん？
陽子 みたいやで。
由佳 なんか嫌やわ。陽子は大丈夫やのに、自分がやられてるかもって思うと。
陽子 なんかちょっとだけ自覚出てきた？
由佳 だって翼君って子には悪いけど、他人のことなんて、正味関係無いし。
陽子 心が汚い、狭い、愛がない。
由佳 愛あるもん。尚樹。
文恵 はいはい。由佳は結局自分だけ。
由佳 コンクリートジャングル歴、十七年なんで。
文恵 遅いんちゃうの。
由佳 ん？
文恵 田中くん。
由佳 遅いな。突然どしたん？
文恵 ごめん。汚いって聞いて、思い出して。
由佳 おい。
陽子 田中、歯、汚いもんな。あ、ごめん。
文恵 由佳も言ってたやん、付き合う前。
由佳 そやけどさぁ、でもさぁ。優しいし。
陽子 優しさが全て？
由佳 喧嘩しーひんねん。向こうがさ、気遣ってくれて。
文恵 それってええこと？
由佳 ええこと。
陽子 そういえば田中くん、今日でっかい絆創膏して来てなかった？
由佳 あれな、階段から落ちてんて。ドンくさいやろ。
由佳の携帯の音が鳴る。携帯を開く。
陽子 ああっ。（驚く）
文恵 どしたん？
陽子 由佳、歌ってんのかと思った。
由佳 アホやなぁ。
陽子 アホじゃないもん。
由佳 え、もー。
文恵 ん？
由佳 尚樹から。メール。
陽子 田中くん？
文恵 なんて？
由佳 あの子いっぺん家、帰っとる。迎えに来てって。
陽子 わお。
文恵 女の子に迎えに来さすとか、どんだけ。
由佳 チャリないねんて。
陽子 パクられた？
由佳 刑事さんに乗ってっいかれたらしい。
陽子 え、没収なん？
由佳 捜査に必要なんやって。陽子、ちゃり貸して。
陽子 ちゃんと返してな。（鍵パス）
由佳 よお、っほおい。（解錠の音）
陽子 何？
由佳 鍵。固ない？
文恵 サビてるん？
陽子 かなぁ。
由佳 新しいチャリほしい。
陽子 借りてんねんから、文句言わずにそれ使ったら。
由佳 ぺっ！
由佳、自転車に乗り、ハンドルを握る。
由佳 ちょっと迎え行って来る。
文恵 いってらっしゃい。
由佳、去る。見送る二人。ちょっと沈黙。
陽子 絶対親が間違ってるって時、文恵やったらどうする？
文恵 言うても高校生やから。
陽子 言うても未成年やから。例え親が間違っていても、返す言葉が無い時ってあるやん。そんな時は何言われ
ても、全身で受け止めるほか無かったんやろなって。
文恵 なんで今日のこだわりは虐待なん？
陽子 だって昨日やで。しかも、県内やで。
文恵 そやなぁ。
陽子 同じ空気吸ってるやん。
文恵 そやなぁ。
陽子 事件あった近くに遊びに行ったとこやん。
文恵 だいぶ前やん。
陽子 一週間前は最近です。
文恵 女子高生にとって一週間前は白亜紀や。
陽子 え、じゃあうち女子高生じゃないんかな？
文恵 そうやな？
陽子 え？
文恵 何事も身をもって確かめてみる。
陽子 うちって、誰？
文恵 あんたは…、あたしの子どもやん。
陽子 あ…そうやった。
文恵 お母さんのこと、ちゃんと全身で受け止めてみなさい。
陽子 やってみる。
文恵 なんでタメ口なん？ 何回言わせんの？（ビンタ）
陽子 あ。
文恵 あんたは言った事も出来ひんの？（ビンタ×２）
陽子 あ。
文恵 だから、あかんねん。
陽子 ごめんなさい。
文恵 謝ったら済むの？ 学校で何習って来てるの？
陽子 ごめんなさい。
文恵 悪いと思ってるん？（殴る蹴るの大暴れ）
陽子 思ってます、ごめんなさい。ごめんなさい。
文恵 じゃあ、お母さん、換わって？
陽子 え？
文恵 痛いねん。
陽子 お母さん？
文恵 痛い、痛いねん。
陽子 大丈夫？ どこが痛い？
文恵 痛いねん。
陽子 なぁ。
文恵 はよ換わって、このままやったらお母さん死んでしまう。
陽子 おい。（触れようとする）
文恵 ごめんなさい！
文恵はそう言うと、陽子と入れ替わりのタッチ。
陽子 うおお。痛い、痛い。
文恵 お母さん、どこが痛いん？
陽子 良心が…。
文恵 ええんよ。そんなに苦しいぐらいやったら、悪い心に負けてしもても。
陽子 ごめん、お母さん、弱虫で…。
文恵 お母さん。
陽子 なぁんてこれしきのことで、負けてたまるかぁ！ といや。
そう言うと、陽子は口から邪悪な心をはき出し、丸め空に向かって
蹴り飛ばす。はじけ飛ぶ邪悪な心。
文恵 優しいなぁ。熱演、お疲れ様。
陽子 どうも。うちは正義のヒーローやから。良心はめちゃくちゃ健在です。
文恵 知ってるよ。入学式ん時からずっとやん。陽子ヒーロー説。
陽子 説じゃないもん。
文恵 嘘ぉ。
陽子 迷える子羊はうちが救う。おるか、分からんけど。
文恵 いるよ。
陽子 え？
文恵 子羊。
陽子 どこどこ？
文恵 どこにでもおるやん。留年しそうやのに毎朝遅刻してまう南とか、授業料タダになったのにいまだに毎月督促
状もろてる智子とか。突然何の前触れもなく行方不明になった雨宮さんとか。先生のくせに生徒に思ったこと
ストレートによう言わん田口っちゃんとか。
陽子 よう考えたら、周りにおる人、不器用ばっかり。ここはどん底か？
文恵 どん底やね。世の中の９２％は不器用で出来てるねん。…ここにも。
陽子 ん？
文恵 あたし。
陽子 何、なんか悩んでるん？
文恵 うん、まぁ。
陽子 おお、迷える子羊よ。我に話したまえ。アーメン。
文恵 由佳ってさ、ウザくない。
陽子 え…。そうかな。
文恵 そう。
陽子 でも、ホラ、いいとこもあるって。
文恵 えー？（笑）
陽子 あるよ。
文恵 どこ？
陽子 急に言われても、ねぇ。
文恵 ノリ悪いし、めんどくさがりやし。
陽子 確かに、あるけどな。
文恵 おまけに我儘。自己中。
陽子 まぁ、ねぇ。
文恵 おって疲れるっていうか。最初はな、よかってん。人懐っこくて、可愛いなって。
陽子 一緒に居すぎたんちゃう。
文恵 しかも。
陽子 うん。
文恵 尚樹くん。
陽子 うん？
文恵 由佳にばっかり構って。
陽子 付き合ってるから。
文恵 中学の時はもっと喋ってたのに。
陽子 難しいなぁ。
文恵 そうかな。
陽子 ホラうちって恋とか分からんし。そういうの。
文恵 知ってる。
陽子 ばれてた？
文恵 うん。
陽子 でも、誰でも嫌なところはあるんちゃうかな。
文恵 うん。でも一番嫌なとこあんの、あたしかも知れん。
陽子 大丈夫やって。
文恵 何が？
陽子 何かが。
文恵 ふーん。
陽子 うん。またなんかあったら言うて？
文恵、頷くのみ。その頭を撫でる陽子の手を、文恵は振りほどく。何も気付かない正義のヒーロー。
「私の役割」
再び鳴り始める公衆電話。文恵と陽子は驚いて立ち上がる。そこへ今度こそ
間に合って自転車で走り込んでくる雨宮。電話を取る。息は荒い。
雨宮 あたし。今度こそ間に合ったから。学習してるもん。………、ええ。分かった。五時半まで？ 余裕よ。チンっていったらすぐ取るから。………、大丈夫。誰にも付けられてない。……………、人質は無事？ そうだ、声、声を聞かせてよ。そしたら信用するから。ちょっと、聞いてるの。（電話が切れた）ちぇ。
文恵 雨宮さん？
雨宮の動きがぴたりと止まる。
文恵 雨宮さんじゃない？
雨宮 人違いです。
文恵 ちがう。やっぱりそう。雨宮さんだ。
陽子 あ、ホント。なんで変装してるん？
雨宮 忙しいんだから。話してる暇なんか無いの。
文恵 忙しいって、今何してるの？
雨宮 関係無い。
文恵 そりゃ、関係無いって言われたらそうだけど。
陽子 雨宮さん。学校おいでよ。みんな心配してるよ。突然学校に来なくなって、連絡しても電話も出ないって。
文恵 そうやで。元気そうやから安心したけど、学校来ないなんて普通ちゃうよ。
陽子 何かあるんだったら話聞くし、出来ることあったら何でもしてあげるから。
文恵 何がしてあげられるか、分からないけど。
雨宮 何それ。
文恵 え？
雨宮 何それ、何それ。何でもするけど、何してあげられるか分からない？
陽子 だってまだ何も聞いてないから。
雨宮 じゃ、永遠に分からないままで結構。さようなら。
雨宮は再び自転車に手をかけ、次の目的地に行こうとする。追いかける二人。
意地になって逃げる雨宮。でも取り押さえられる。
雨宮 離せ、離してくれ。
陽子 あなたのこと、放っておけへんのよ。
雨宮 じゃ、言わせてもらうけどなんで上から目線なん？ 学校に行けない可哀想な元クラスメイトに、暖かい声を
かけてあげてる心優しい優等生目線なん？
文恵 そんなつもり無い。
雨宮 あるある、大ありやん。普段そんな声出してしゃべってんの？ うざっとかきしょっとか平気で吐いてるの
どの口ですか。
陽子 うちはそんなこと言いません。
文恵 うわ、卑怯者。
雨宮 あたし、もうそんな人らがうようよおるトコに戻りたないねん。友達に気つかって、嫌なことも嫌って言われへん
まま、役に立つかどうか分からん勉強させられるなんてまっぴら。今の方がよっぽど充実してる。可哀想なんは
そっちや。
陽子 ちょっと待ってよ。どういう意味なん、それ。
文恵 別にあたしら雨宮さんのこと可哀想やって思てないし。
雨宮 言葉って怖い。慎重に選んで選んで喋ってるつもりでも、心の中に少しでも毒持ってたらばれてまうねん。
陽子 さっきから聞いてたらなんなん？ 自分こそ上から目線ちゃうの？
文恵 陽子、あかん。
雨宮 ほら、すぐ本性みせるやん。
陽子 正直に喋って何が悪いん？
文恵 雨宮さんも熱くならんと。
陽子 うちはいつでも冷静やわ。
雨宮 あたしかって。
文恵 じゃお互いその握りしめてる手、ほどいて。
気がつくと二人は自転車のハンドルを車体が持ち上がるほど握りしめていた。
陽子 分かった。
雨宮 あのさ、時間ないねん。気持ちは分かったから。あたしは大丈夫。元気でやってます。みんなにもよろしく。
もう行ってええ？
文恵 うん。ええよ。
雨宮 じゃ。
陽子 待って、一個だけ聞かせて。今の方が充実してるって、どういうこと？
雨宮 言うても伝わらへんし。
陽子 聞かなわからへんし。
文恵 そうそう。
陽子 口から出任せちゃうんやったら教えて。
雨宮 …、このトランク言われる場所に運んで、次また別な場所に運んで。絶対誰にも気付かれたらあかんねん。
間に合わんくて連絡が切れたらおしまい。まだ見たことない人質さんのためにまだ見たことない犯人と、
スリリングな駆け引き続けてる。
文恵 それって誘拐
雨宮 そんなとこかな。
陽子 そんなん警察に任せたらええやん。ってかヤバイやん。
雨宮 警察なんか知らせたらあかん。連絡来んようになって、人質になってる人もどうなるか分からへん。
文恵 でもな。
陽子 だいたいそれってホンマなん？ 近所で誘拐なんて、ニュースにも新聞にも出てなかったし。
雨宮 当たり前やん。だれにも知られたらあかん、極秘の任務や。
陽子 だれも知らん事件なんてホンマにあるって言えるん？
雨宮 別に誘拐事件があろうと無かろうと関係ないねん。よどんだ空気の学校に行くより、誰かの命を守るために
何か出来るのが新鮮やねん。あたし、初めて自分に役割もらった。そんな気がする。そんだけ。あんたら
何か持ってる？ 自分の役割。
陽子 今は、勉強して、遊んで、おっきなるのが役割や。
雨宮 あたしは違う。もっとすごい役割、見つけた。みんなとはもう、同じ世界におられへんねん。
文恵 いつまで続けるん？
雨宮 その人助けるまで、かな。もう行かな。
陽子 全然分からへんし。
雨宮 分かってもらわんでも結構です。
陽子 ええんちゃう、充実してんねんから。
雨宮 今日はちょっと言い過ぎた。ごめんね。
ちょっとお互いに熱くなりすぎたと反省する陽子と雨宮。走り去る雨宮を
見送った文恵は、雨宮の見ている世界を想像するしかなかった。
「尚樹と彰」
自転車に乗った由佳、尚樹。それからキックボードの彰がやって来る。
由佳と尚樹は二人乗り。由佳が運転。尚樹は後ろ。
彰 ひゅーひゅー。
尚樹 イエーイ。
由佳 ひっ。揺らすな。
尚樹 あ、ごめん。
由佳 だから手を離すなよ！
尚樹 あ、ごめん。
彰 ひゅーひゅー。
由佳 っさい（煩い）お前は。よし、降りろ。
尚樹 あざす。
陽子 こら、二人乗り。
由佳 固いこと言わない。青春の特権や。
陽子 乗せていいのは子連れのおかんだけ。
尚樹 はい、差し入れ。（お菓子を渡す。）
陽子 今回だけ大目に見よう。（以下適宜お菓子をつまみながら。）
彰 俺、参上。（ポーズ）
間。
由佳 気持ち悪いから。
文恵 誰？
由佳 さあ。付いてきた。
陽子 え、なんで着替えてんの？
彰 話題変えたな。
尚樹 制服なん？
由佳 そうやろ。
尚樹 おい、なんやねん。言ってくれよ。
陽子 言わんでも分かるかなって。
尚樹 そういう心の甘えがな、すれ違いを生み出すんですわ。
由佳 放課後集まる言うたら制服やろ。
彰 制服無いしぃ。
尚樹 誰が決めてん。
陽子 神様？
尚樹 神様、調子のんなよ。
由佳 ちゃう。アタシが決めた。
尚樹 由佳かー。なら仕方ないなぁ。
彰 俺、参上。（ポーズ）
再び間。
陽子 おい。
文恵 なぁ。
尚樹 ん？
文恵 その子、誰なん。
尚樹 ああ、これ。
彰 兄貴に対してコレとか、どうなん？
尚樹 コイツ。
彰 …許しといたろか。
尚樹 俺の兄ちゃん。暇そうやったから、誘ってん。
陽子 え？ お兄ちゃん？
尚樹 小学生みたいやろ。
陽子 うーん…、うん。
彰 シバいたろか。
由佳 てか、おったんや。兄弟。
尚樹 うん。
陽子 知らんかった。
文恵 うん。
由佳 あたしもー。
陽子 由佳もしらんの。てかまだ名前、聞いてないやん。な。
文恵 うん。
尚樹 ああ。
彰 はじめまして、園咲来人です。
尚樹 田中彰やろ。
彰 フィリップって呼んでください。
尚樹 彰でええで。
由佳 彰。
彰 フザけんな。お前等より三歳上やぞ。
文恵 え？
尚樹 今年の先月で、ハタチ。
陽子 ハタチィイ？
彰 おうよ。
陽子 え？フィ…さん？ ハタチなんですか。
彰 フィリップ。二人で一人の、仮面ライダーや。
陽子 は？
尚樹 持病ですねん。気にせんとったって。
彰 お前なぁ。
陽子 なんていう病気なん？
由佳 そこ掘り下げんなや。
尚樹 なんていうか、ライダーシンドローム？
彰 かっこいい。ええな、それ。
尚樹 嘘。やっぱりバッタ病。
彰 流行病みたいやん。
尚樹 ある意味、流行病や。ただ兄ちゃんの場合発症が遅かっただけで。
由佳 友達おらんっしょ。
陽子 由佳。
彰 友達なんかいらんねん。
尚樹 やめて、お兄ちゃん。
彰 すまない、弟よ。（コマンダー）
文恵 それ、なんなんですか？
陽子 ピースや。
彰 ちゃう、これはコマンダーや。
由佳 仮面ライダーの決めポーズみたいなやつやねんて。
彰 は？
由佳 は？
尚樹 コマンダーは兄ちゃんのオリジナルやで。
由佳 …は？
陽子 オリジナル？
文恵 それはちょっと…。
由佳 なんでなん？
彰 いや、流行らせようと思って。
尚樹・彰 （コマンダー）
由佳 あ、尚樹。
尚樹 何？
由佳 あんた、ボタン取れかかってるで。
尚樹 ホンマや。
彰 そっちか。コマンダーはどうでもええんか？
由佳 ちゃいちゃい。
彰 お前の罪を数えろ。
つづく…
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